「ひきこもり」への対応を巡り、自治体向けの新たな指針作りが本格化する。
現在のガイドラインでは、家庭にとどまる期間を「原則6カ月以上」と定義しているが、家族らから「実態に即していない」との指摘があり、厚生労働省は今夏にも有識者委員会を開催。定義変更も視野に、指針策定の議論を進める見通しだ。ひきこもりの実相は複雑・多様化しており、とりまとめには紆余(うよ)曲折も見込まれる。(中村翔樹、長橋和之)
精神科医らで構成する厚労省研究班は平成22年、「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」をまとめ、ひきこもりを「社会的参加(義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労など)を回避し、原則的に6カ月以上にわたっておおむね家庭にとどまり続けている状態」と定義。?統合失調症などの精神障害を主な診断とする群?発達障害などの群?パーソナリティー障害などの群-の3群に分類するなどし、個々に支援の方向性を示した。
ガイドラインは、自治体の相談窓口職員らの研修で使われるなど一定程度、普及している。
これに対し、ひきこもり当事者や家族らで構成される「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」の池上正樹副理事長は、「6カ月に達していないという理由で、相談に乗ってもらえないケースが確認されている」と指摘し、期間の撤廃を主張。診断群への分類も「医療機関への受診を望まない当事者も多い。『人』ではなく『病』を見る内容になっている」(池上氏)として、見直しを訴える。
定義変更を巡っては今年6月、自民党の「ひきこもり支援推進議員連盟」が、支援の早期実施を目指し、「6カ月」の期間の短縮などを厚労相に提言した。背景には、ひきこもりを取り巻く情勢の深刻化がある。
内閣府が3月に公表した調査では、全国の15~64歳のうち「ひきこもり」に該当するのは約50人に1人に当たる146万人と推計。40~64歳の中高年層では、4年前に公表された調査の1・45%から、2・02%になった。新型コロナウイルス禍の影響も伴って高齢化や長期化が進んでいる可能性があるとされる。
また、家族ら以外にどのような人や場所に相談したいかとの問いでは、「誰にも相談したくない」と答えた人が、15~39歳で22・9%、40~69歳で18・1%。理由として「相談しても解決できないと思うから」が両年代とも最多で、支援の在り方にも課題が突き付けられた格好だ。
厚労省は新たな指針の策定に向けた調査研究事業として、今夏にも有識者委員会を開催予定。自治体から支援事例を集約し類型化を進める。令和6年度中の策定を目指し、ガイドラインの代わりに自治体などでの活用を見込む。
池上氏は、当事者ごとにSOSを発するタイミングは異なり、期間にかかわらず支援できる態勢が求められていると指摘。新指針について「対応をパターンにはめたマニュアルのようなものになってはならない。解決ありきではなく『継続』や『伴走』の意識浸透に寄与する内容になることを期待したい」としている。

ひきこもり支援を巡っては、東京都江戸川区が令和3年度、6カ月など期間を設定せずに、実態把握に向けたアンケートを実施。区教育委員会が不登校として把握する児童・生徒1113人を合わせ、約1万人に上ることが分かった。担当者は「区ではこれまでも期間で線引きせず、支援につなげてきた。そのためアンケートでも期間には触れなかった」と説明。全体の7・5%がひきこもり期間を「6カ月未満」と回答しており、?定義外?が実際に一定数、存在することが確認されたという。
当事者が希望する支援の内容では、「短時間でも働ける環境」など、就労に関する回答が約4割で最多だった。このため区は今年2月、就労体験などを目的とした、区営の駄菓子屋「よりみち屋」を開設した。
「何とかしないと」。同区内に住む40代男性は20歳ごろ、勤務先での人間関係がうまくいかず、自宅にこもりがちになった。30代で作業所での就労や単発のアルバイトもしたが長続きしなかった。そんな時、区の支援を通じて「よりみち屋」を知り、今年6月から約1年ぶりに働くように。1日15分から可能という勤務体系に魅力を感じ、当初は1日1時間、今は2時間まで延びたという。
「人それぞれ支援を求めるタイミングや内容は違う」。男性はそう訴えた上で「6カ月など期間設定にあまり意味はない。当事者の声を反映させた区の取り組みには感謝している。こうした形で支援の輪が広がってほしい」と話す。