いまも6人が行方不明の北海道・知床半島沖で起きた観光船の沈没事故。発生から1年という節目を迎え、斜里町ウトロでは追悼式が行われた。が、運航会社の桂田精一社長(59)は乗船者家族の神経を逆なでした、事故後の“土下座会見”以来、姿をくらましたまま。そのくせ、新たなビジネスを準備しているという。
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【写真6枚】桂田社長が従業員を解雇させる際、一方的に送りつけたLINE画面 全国に衝撃を与えた事故から1年が経過した4月23日。観光船「KAZU I(ワン)」が出港したウトロの町は神妙な空気に包まれた。

社会部記者が解説する。「町主催の追悼式には乗船者家族79人のほか斉藤鉄夫国交相、鈴木直道北海道知事や町の関係者ら約130人が参列しました」桂田精一社長 町役場には半旗が掲げられ、庁舎や道の駅には献花台が設置された。「供花とともに“安らかにお眠り下さい”“このような悲惨な事故が二度と起きることのないように”などと書かれた何枚ものメッセージカードがありました。朝のうちから、地元民だけでなく観光客と思しき人々も手を合わせていましたね」なぜ書類送検すらされない? 町を挙げた鎮魂の日。それでも謝罪はおろか、経緯の説明すら行わない桂田社長の姿はどこにも見当たらなかった。「地元テレビ局によると、追悼式には“呼ばれていないから行けない”と答えたとか。重大な事故の責任者という意識や反省は、まったく伝わってきません」 すでに沈んだ船は引き揚げられ、沈没の原因もほぼ特定された。安全管理にいくつもの不備があったことは明らかで、桂田社長が何らかの罪に問われるのは必至。にもかかわらず捜査は遅々として進まず、桂田社長は逮捕どころか書類送検すらされない。なぜなのか。「しっかりと捜査を進めており、送検が遅れているわけではありません」(第一管区海上保安本部総務課)例年なら予約でいっぱいのはずだが… とはいうものの、改めて1年もの月日が費やされている理由を尋ねると、「何をもって時間がかかっていると定義するのか分かりませんが、他の事例では4年かけて捜査しております。この事件は遅い、遅くないというのはこちらでは分かりかねます」(同) 開き直りにも聞こえるこの回答。まだまだ進捗を待つしかなさそうだが、ともあれ日本列島に新緑が芽吹き始めるゴールデンウイークがやって来た。冬場は豪雪とマイナス15度に達する寒波に見舞われる知床半島の住人たちも、毎年、観光客で賑わうこれからの時期を「グリーンシーズン」と呼んで待ちわびている。「例年なら、連休中の予約はいっぱいのはず。ようやく営業を再開できますが、便数を減らしたのに現時点のお客様の人数は半分以下。問い合わせは増えてきましたが、実際に来てくれるかどうか……」(観光船業者) 北海道に多いエゾヤマザクラの見頃は5月中旬とされ、ウトロには遅い春の訪れが近づく。それでも住民の表情は沈んだままだ。補償は進んでおらず 地元商工会関係者が言う。「迷惑を被っているのは観光船だけではなく、ホテルや旅館、飲食店や土産物店も同様です。それでも桂田さんは謝罪しない。取材でウトロを訪れるマスコミ関係の人の多くも“桂田社長には誠意を感じない”と言いますが、私たちもまったく同じ意見です」 その桂田社長は、昨年6月に宿泊施設を運営する有限会社の代表取締役を辞任していた。謄本を見ると後任には父親が就任している。「事業の継続を心配して、対外的な印象の悪さを気にしたのかもしれませんね。一部には“被害者からの損害賠償請求を念頭に置いた資産隠しのためではないか”と疑う声もありますが」 ところで賠償は進んでいるのか。被害者家族ら28人が参加する、知床観光船事件被害者家族会の山田廣弁護団長に話を聞いた。「保険の内容次第ですが、運営会社が加入していたという船客傷害賠償保険は本件にも適用されます。上限が1人1億円ですから、ほとんどの方の逸失利益と慰謝料は賄えるはず。ただ、多くのご家族はいまだに賠償の話をする気にはなれないようで、話はほとんど進んでいません」「荒唐無稽な話」 ウトロやその周辺では渦中の桂田社長にまつわる仰天話が取り沙汰されていた。「桂田さんがダイビング関連の会社を計画しているというものです。そこを拠点に、商売をしながら定期的に行方不明者の捜索に取り組むとか。周辺海域の調査も行って、地域の安全性を高めると言っているとも聞きました」(地元住民) 主な客層が観光客という、営利目的のダイビングショップに捜索活動などできるのか。道内に住むベテランダイバーは首をかしげる。「知床でも1年を通して潜ることは可能です。ウトロ側では分厚い流氷を下から眺める“流氷ダイビング”が一番人気。水温がマイナス1度でも、経験があれば1時間程度は潜れますが……」 同じ潜水でもレジャーと捜索活動とでは、勝手がまったく異なると指摘する。「岬の周辺は潮の流れがかなり速い。経験を積んだダイバーでも、海域の特性を理解していなければ危険です。桂田さんに本気で捜索をする気があるなら、事故の発生直後にプロの潜水士を雇って取り掛かるべきだった。いまから会社を作ったところで何ができるわけでもない。あまりに荒唐無稽な話ですよ」あきれる地元の観光業者たち 札幌在住のジャーナリストで、いまも事故の取材を続ける曽我部司氏も言う。「桂田社長がダイビング会社を設立する話は、私もウトロで聞きました。どんな理由を掲げようとも、会社として手掛けるなら営利目的。私には観光船事業に代わる、新たな収入源の確保としか思えません」 桂田社長はいずれ刑事被告人になる身。在宅起訴か、逮捕を経て起訴されれば、新会社の経営など立ちゆくまい。「観光という知床最大の産業に深刻なダメージを与えながら、同じ場所で新規事業を画策する。彼にとってはしょせん、地域や被害者、そのご家族への謝罪や補償は二の次なんでしょう」 40キロ離れたJR知床斜里駅周辺の観光業者もあきれ顔。「ウトロの知人らも“彼にはもう、この町で商売をしてほしくない。ほとんどの町民がそう思っている”とボヤいていますよ」 楽は一日、苦は一年。桂田社長の居場所は確実に沈没しつつある。「週刊新潮」2023年5月4・11日号 掲載
全国に衝撃を与えた事故から1年が経過した4月23日。観光船「KAZU I(ワン)」が出港したウトロの町は神妙な空気に包まれた。
社会部記者が解説する。
「町主催の追悼式には乗船者家族79人のほか斉藤鉄夫国交相、鈴木直道北海道知事や町の関係者ら約130人が参列しました」
町役場には半旗が掲げられ、庁舎や道の駅には献花台が設置された。
「供花とともに“安らかにお眠り下さい”“このような悲惨な事故が二度と起きることのないように”などと書かれた何枚ものメッセージカードがありました。朝のうちから、地元民だけでなく観光客と思しき人々も手を合わせていましたね」
町を挙げた鎮魂の日。それでも謝罪はおろか、経緯の説明すら行わない桂田社長の姿はどこにも見当たらなかった。
「地元テレビ局によると、追悼式には“呼ばれていないから行けない”と答えたとか。重大な事故の責任者という意識や反省は、まったく伝わってきません」
すでに沈んだ船は引き揚げられ、沈没の原因もほぼ特定された。安全管理にいくつもの不備があったことは明らかで、桂田社長が何らかの罪に問われるのは必至。にもかかわらず捜査は遅々として進まず、桂田社長は逮捕どころか書類送検すらされない。なぜなのか。
「しっかりと捜査を進めており、送検が遅れているわけではありません」(第一管区海上保安本部総務課)
とはいうものの、改めて1年もの月日が費やされている理由を尋ねると、
「何をもって時間がかかっていると定義するのか分かりませんが、他の事例では4年かけて捜査しております。この事件は遅い、遅くないというのはこちらでは分かりかねます」(同)
開き直りにも聞こえるこの回答。まだまだ進捗を待つしかなさそうだが、ともあれ日本列島に新緑が芽吹き始めるゴールデンウイークがやって来た。冬場は豪雪とマイナス15度に達する寒波に見舞われる知床半島の住人たちも、毎年、観光客で賑わうこれからの時期を「グリーンシーズン」と呼んで待ちわびている。
「例年なら、連休中の予約はいっぱいのはず。ようやく営業を再開できますが、便数を減らしたのに現時点のお客様の人数は半分以下。問い合わせは増えてきましたが、実際に来てくれるかどうか……」(観光船業者)
北海道に多いエゾヤマザクラの見頃は5月中旬とされ、ウトロには遅い春の訪れが近づく。それでも住民の表情は沈んだままだ。
地元商工会関係者が言う。
「迷惑を被っているのは観光船だけではなく、ホテルや旅館、飲食店や土産物店も同様です。それでも桂田さんは謝罪しない。取材でウトロを訪れるマスコミ関係の人の多くも“桂田社長には誠意を感じない”と言いますが、私たちもまったく同じ意見です」
その桂田社長は、昨年6月に宿泊施設を運営する有限会社の代表取締役を辞任していた。謄本を見ると後任には父親が就任している。
「事業の継続を心配して、対外的な印象の悪さを気にしたのかもしれませんね。一部には“被害者からの損害賠償請求を念頭に置いた資産隠しのためではないか”と疑う声もありますが」
ところで賠償は進んでいるのか。被害者家族ら28人が参加する、知床観光船事件被害者家族会の山田廣弁護団長に話を聞いた。
「保険の内容次第ですが、運営会社が加入していたという船客傷害賠償保険は本件にも適用されます。上限が1人1億円ですから、ほとんどの方の逸失利益と慰謝料は賄えるはず。ただ、多くのご家族はいまだに賠償の話をする気にはなれないようで、話はほとんど進んでいません」
ウトロやその周辺では渦中の桂田社長にまつわる仰天話が取り沙汰されていた。
「桂田さんがダイビング関連の会社を計画しているというものです。そこを拠点に、商売をしながら定期的に行方不明者の捜索に取り組むとか。周辺海域の調査も行って、地域の安全性を高めると言っているとも聞きました」(地元住民)
主な客層が観光客という、営利目的のダイビングショップに捜索活動などできるのか。道内に住むベテランダイバーは首をかしげる。
「知床でも1年を通して潜ることは可能です。ウトロ側では分厚い流氷を下から眺める“流氷ダイビング”が一番人気。水温がマイナス1度でも、経験があれば1時間程度は潜れますが……」
同じ潜水でもレジャーと捜索活動とでは、勝手がまったく異なると指摘する。
「岬の周辺は潮の流れがかなり速い。経験を積んだダイバーでも、海域の特性を理解していなければ危険です。桂田さんに本気で捜索をする気があるなら、事故の発生直後にプロの潜水士を雇って取り掛かるべきだった。いまから会社を作ったところで何ができるわけでもない。あまりに荒唐無稽な話ですよ」
札幌在住のジャーナリストで、いまも事故の取材を続ける曽我部司氏も言う。
「桂田社長がダイビング会社を設立する話は、私もウトロで聞きました。どんな理由を掲げようとも、会社として手掛けるなら営利目的。私には観光船事業に代わる、新たな収入源の確保としか思えません」
桂田社長はいずれ刑事被告人になる身。在宅起訴か、逮捕を経て起訴されれば、新会社の経営など立ちゆくまい。
「観光という知床最大の産業に深刻なダメージを与えながら、同じ場所で新規事業を画策する。彼にとってはしょせん、地域や被害者、そのご家族への謝罪や補償は二の次なんでしょう」
40キロ離れたJR知床斜里駅周辺の観光業者もあきれ顔。
「ウトロの知人らも“彼にはもう、この町で商売をしてほしくない。ほとんどの町民がそう思っている”とボヤいていますよ」
楽は一日、苦は一年。桂田社長の居場所は確実に沈没しつつある。
「週刊新潮」2023年5月4・11日号 掲載