■[情報偏食]第3部 揺れる教育現場<1>
インターネット上の情報は全て正しい――。
ネットが身近な環境に育ち、デジタル端末を自在に操る子どもたちのそんな認識は、思考が偏るリスクと隣り合わせにある。
5月中旬、埼玉県戸田市の市立小学校であった特別授業。5年生の教室で、このクラスの児童37人がノートパソコンでネットの検索サイトを開いていた。
探していたのは、カモノハシの赤ちゃんの画像。半数超の20人は同じ1枚にたどり着いた。それは海外アーティストが作った精巧な彫刻作品の画像で、「正解」ではなかったが、ゾウやパンダと違ってカモノハシの赤ちゃんを目にする機会は、そうない。この画像を「本物」とした児童に理由を聞くと、多くが「検索結果で上の方に出てきたから」と答えた。
教育現場でネット情報の適切な活用法を教える企画会社「インフォハント」(東京)社長で、特別授業の講師を務めた安藤未希さん(37)によると、画像はアーティスト本人ではない第三者が、「カモノハシの赤ちゃん」としてSNS上で拡散した結果、サイトのアルゴリズム(計算手順)によって上位に表示されるようになった。男子児童(11)は「ネットの情報に間違いがあるなんて思わなかった」と驚く。
安藤さんは「出典を確認するという所作を身に付けることが大切だ」と訴える。
◇ 政府のGIGAスクール構想でデジタル端末の1人1台配備が実現した学校現場では、子どもたちが授業中もネットとつながる。滋賀県の小学校で教壇に立つ20歳代の女性教員は、端末から目を離さない児童がいると、チョークを持つ手が震える。
「先生なのに知らんの?」。昨年度に受け持った4年生のクラスで、男子児童の一人から繰り返し言われた。
クラスの中でも控えめな方だった児童が変わったのは、夏休み明けだった。授業中も端末を見続け、同級生にクイズを出すようになった。最初は「路面電車が走る都道府県はいくつあるでしょうか」といった程度だったが、やがて小学校では習わない数学や理科の問題へと進んだ。
ある日の授業中、男子児童は世界史の問題を女性教員にぶつけてきた。歴史上の出来事などを強い口調で解説するタレントユーチューバーそっくりの語り口で、大げさな手ぶりと眉を上下させるしぐさまでそっくりだった。女性教員が教科書を開くよう注意すると、彼は一方的に正解を言い、ふんぞり返った。
男子児童は夏休み中、一人で家で過ごす時間が長く、その間に見続けたユーチューバーの動画に染まっていったようだった。女性教員は彼の出す問題を受け流していたが、しばらくすると他の児童たちも「先生って何も知らないんや」と言うようになった。提出物を出すよう言っても、整列を指示しても、反応しなくなった。
「ネットに強く影響を受けた子に、教師としてできることはなんだったんだろう」。女性教員は思い悩む。
◇ ネットの情報を信じ込み、授業や学級運営に支障が生じる――。文部科学省は「問題が起きているのは一部の学校にとどまり、限定的との認識だ」とするが、対応に苦慮する教員は少なくない。
首都圏の公立高校に勤める男性教員(33)が昨年度に授業を受け持った2年生の中に、スマホを手放さない男子生徒がいた。
「今の中国はバブルが崩壊した日本と同じだ!」。中国の経済発展を扱っていた時、彼は急に叫んだ。ロシアのウクライナ侵略後は「日本も徴兵制になる」と主張。男性教員は発言の度に注意したが、「先生、ムキになっちゃって」とかわされた。
時々、発言の根拠を問うと、男子生徒は決まって「ネットで色んな人が言ってますよ」と答えた。後に、保守的な言動で知られる作家らのツイッターを複数フォローしていたとわかった。「アルバイト先で一緒の中国人や韓国人の悪口も増え、考えや価値観が偏っていくようで心配だった」という男性教員。「でも、どうやってそのことを伝えればいいのか。正直、難しかった」と思い起こす。
兵庫教育大の秋光恵子教授(学校心理学)は「知識や考えを主張する子どもは以前からいたが、ネットの普及で、その内容が偏向したり過激化したりしている。周りの子どもが感化されないよう、当人だけでなく教室全体で問題点を考えるようにする必要がある」と話す。