近年、小学生にも見られる摂食障害の一つ「神経性やせ症」。死亡率5%といわれる、若い女性の身に起きるこの病について、【前編:小中学生も骨と皮に「激やせ願望の戦慄実態」】につづいて見ていきたい。
神経性やせ症は、女性に圧倒的に多い病だ。
彼女たちはやせることが美しさの象徴だと考え、食事をとらない、一度食べたものを嘔吐する、危険なダイエット薬を服用するといった行動に走る。それが彼女たちの体力を奪い、不整脈など様々な二次的な病気を引き起こし、最悪の場合は命を落とすことになる。
なぜ彼女たちは、それほどまでにやせることに固執するのか。その背景にあるのは、彼女たちが抱えている心の問題だ。私が取材した事例を簡潔に2つほど紹介したい。
●元被虐待の女性
A子さんは親から長らく虐待されていた。そのせいで、自尊感情が低く、常に人に嫌われるのではないかと不安に駆られていた。
中学生になって、A子はSNSをはじめ、寂しさを紛らわすために自分の写真を投稿するようになった。その時、フォロワーから「細くてかわいい」「顔が小さくてうらやましい」などと言われた。
彼女はやせればほめてもらえるのだと思い、それからダイエットした自分の姿をSNSにあげるようになった。親から虐げられていた分、やせることでフォロワーに温かい言葉をかけてもらいたいという気持ちになったのだ。その行為は家で親から暴力を受ける度にエスカレートしていった。
半年後、極端なダイエットによってA子の手足は枯れ枝のように細くなった。傍目には、今すぐ倒れてもおかしくない状態だった。それでも、ネットのフォロワーたちからは、「すごいきれい」「うらやましい」「私もやせたい」という声が上がりつづけた。A子はその言葉に煽られるように、ますますダイエットに励んだ。
●学校でのいじめ
B美は生まれつき肌が色黒だった。小学校の時は、そのせいで「ガイジン」と言われていじめられ、不登校になったこともあった。それ以来、B美は身体のことをとても気にするようになった。
高校に入学後、B美はバレー部に入った。その高校のバレー部は強豪だったため、毎週のようにジャンプの高さが測られ、少しでも落ちると、コーチから「体重を管理するように」と厳しく注意された。
そんな環境の中で、真面目なB美は小学校時代にいじめられていたこともあり、やせなければという強迫観念に襲われるようになった。体重を下げなければ、コーチに怒られるのではないか、チームメイトから仲間外れにされ、嫌われるのではないかといった気持ちになったのだ。
部活ではどのように体重を管理するかは教えてもらえない。焦ったB美は、ネットで検索して次から次に間違ったダイエットを試した。毎日下剤を飲みつづける、熱いお風呂に2時間以上つかる、ゆで卵の白身しか食べない……。B美は体重が落ちただけでなく、栄養不足からいつもボーッとしたような状態になり、ついには電車に乗って登校することさえできなくなってしまった。
日本人の女性の間には、多かれ少なかれ「やせているのが美しい」という考え方がある。
だが、その思いにとらわれて神経性やせ症にまでなる人は、そうなる原因を別に持っているケースが少なくない。それは【前編】で述べたように、虐待、いじめ、成績不振といった心の傷であることが多い。
どんな人でも人に認めてもらいたいという気持ちを持っている。ただ、大半の人は、勉強、スポーツ、趣味などいろんなところで少しずつ承認欲求を満たすことで一定の自尊心を獲得している。
しかし、心に傷を負った人たちは、人から認められることを渇望していることが少なくない。もともとの自尊心が低いからこそ、彼らはやせればやせるだけ美しくなれる、人に認めてもらえると考え、ダイエットをエスカレートさせてしまう。そしてそれに歯止めが利かなくなった時、神経性やせ症になるのだ。
昨年、国立国際医療研究センター国府台病院は「摂食障害全国支援センター:相談ほっとライン」を開設した。ここには全国から摂食障害の相談が寄せられる。
窓口で相談を受けている看護師の中野昌子(仮名)は次のように語る。
「1回の相談につき平均して20~40分ほど話を聞いています。現状はもちろん、その背景にある悩みの部分まで聞き出すように工夫しています。まずは身体を回復させることが大切なのですが、その上でご本人が抱えている悩みの部分をきちんとケアしなければ、また摂食障害になってしまう可能性があるためです」
相談者が神経性やせ症によって日常生活を営めなくなっている場合、まずは命の危険があることをきちんとつたえ、適切な医療機関に行って体重を戻すよう勧める。
だが、それは表面的なケアでしかないので、神経性やせ症になった根本の原因を正さなければならない。先のA子の場合であれば家庭の問題であり、B美であればいじめのトラウマだ。
これはなかなか病院の精神科や心療内科だけでは対応しきれないので、時には学校や児童相談所やカウンセリングに任せる必要もある。そこに、神経性やせ症の治療の難しさがある。
同病院の河合啓介医師は言う。
「日本には多数の摂食障害の患者さんがいるのですが、専門の医療機関はすごく少ないです。理由は2つあって、1つはこの病気の身体と心の問題を両方診ることのできる医者が少ない、あるいは複数の診療科間の連携環境がまだ整っていないことが挙げられます。診療に時間をかけたいのですが、現行の制度ではそれに見合った診療報酬が得られません。しかも診療が大変ということであれば、積極的に取り組もうとする人はなかなか出てきません。
2つ目は、患者自身がやせていることに危機感がなく、治療を拒否する傾向にあることです。彼女たちの本音は『せっかくやせたんだから太りたくない』です。だから、医者が一生懸命に治療しようとしても、協力してくれないのです。やせだけではなく、患者さんの辛い心の部分に焦点を当てたいのですが、そこに辿り着くには時間が必要なのです」
治療拒否する患者に対して、時間と労力を惜しまずに向き合うのは並大抵の労力ではない。病院運営のために利益を求められる開業医に至ってはなおさらだろう。
だからこそ、相談ほっとラインでは、当事者の話に最後まで耳を傾け、全国にある専門の医療機関を紹介するだけでなく、そこでうまくいなければどうするべきなのか、どういう人に相談をするべきなのか、家族や学校としてはどう対応すればいいのかといった正しい情報をハードルの低い電話相談で提供する。
それでも現実的には、いろんな困難があるそうだ。中野は話す。
「相談者のやせたいという願望はものすごく強いです。このままだと命の危険がありますよと話しても、『太りたくないので、やせたまま、体力だけ元に戻してください』と言ってきたり、『私は(精神科に行くほど)病んでなんかいない。ダイエットは正しいです』と言ってきたりします。
歩くことさえままならないのに、『私は大丈夫ですよね』と言ってくる人もいます。あるいは親の方が現実逃避して『うちの子はまだ平気ですよね』なんて言うこともあります。こうした人たちにきちんとした医療を受けてもらうには、やはりそれだけしっかりした機関でないとならないのです」
【前編】で見たように、ネットの世界にはやせていることを過度に賛美する様々な投稿や情報が溢れている。さらに、現在の親世代の人たちは、ダイエットブームが起きた1980年代に青春時代を過ごしてきた世代であるがゆえに、細身であることへの憧れを持っており、それをわが子へ求めることもあるだろう。
悲しいことだが、そうした環境の中で、生きづらさを抱えている若い女性たちが、人の目を気にして過剰なダイエットに取り組むという現象は、起こるべくして起きていると言えるのかもしれない。
日本で20万人以上の人たちが苦しんでいる摂食障害。その中で死亡率が5%もある神経性やせ症。社会全体がそのことを深刻に受け止め、少しずつでも意識を変えていかなければ、知らず知らずのうちに当事者たちをより追いつめてしまうことになるだろう。
■摂食障害全国支援センター:相談ほっとライン
電話 047-710-8869
受付時間:火から金 9時~15時(休日、年末年始、お盆休みを除く)
取材・文:石井光太’77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対貧困』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『格差と分断の社会地図』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。