今日3月31日は、「国際トランスジェンダー可視化(認知)の日」。トランスジェンダーの人々には、どのような差別や困難に直面している現状があるのだろうか。
【画像】26歳で性別適合手術を受けた西原さつきさんの写真を全部見る ドラマや映画の脚本監修、講演会への出演など幅広い分野で活動するトランスジェンダー女性の西原さつきさん(36)によると、当事者が就労の困難や貧困問題を抱えているという。長年貧困問題を取材しているライターの吉川ばんび氏が、西原さんに話を聞いた(全3回の1回目/2回目に続く)

西原さつきさん 山元茂樹/文藝春秋◆◆◆「乙女塾」という支援団体を立ち上げ、毎週土日にレッスンを開講――西原さんはトランスジェンダー女性の立場から映画『ミッドナイトスワン』、ドラマ『六本木クラス』(テレビ朝日)といった話題作で脚本監修をなさったとのことですが、普段はどのような活動をされているのでしょうか。西原さつきさん(以下、西原) 「乙女塾」というトランス女性向けの支援団体を立ち上げ、毎週土日にレッスンを開講しています。そこに来られた方に、女性として社会生活に馴染めるよう、所作や発声の指導を行なったり、一緒に練習を行なったりもしています。「女性らしく」というのも本来は画一的な価値観の押し付けにならないよう気を付けているのですが、ここではあくまで社会に馴染む、という意味でその言葉を使っています。 そのほかにも、ドラマや映画でトランスジェンダー女性役を演じる俳優さんを指導させてもらったりもしています。NHKドラマ『女子的生活』では演技指導だけでなく自らも出演――「乙女塾」では発声の指導まで行なっているのですね。西原 実は、性別適合手術やホルモン投薬治療を受けただけでは、声は変わらないんですよ。だから女性のような声で話すには、練習が必要になります。 声帯を手術する方法もありますが、私はボイストレーニングで今の声を習得しました。元々は我流でしたが、それでは限界がきてしまったので、途中から声優学校に2年間通って。声の仕組みや発声方法を学んだりしながら。――ホルモン投薬治療で自然と声が高くなっていくのかと勘違いしていました。ちなみに「乙女塾」に参加される方はどういった年齢層が多いのですか?西原 それが結構幅広くて、10代から70代の方までいらっしゃいます。10代の方だとご両親と一緒に来られて、家族単位のお付き合いになることが多いですね。――西原さんは脚本監修や「乙女塾」以外に、ご自身も俳優やモデルをされていると伺いました。西原 俳優、モデル、タレントの活動をしながら、先ほども少し触れましたが、映像作品での演技指導のお仕事もさせてもらっています。2018年のNHKドラマ『女子的生活』では、トランス女性役として主演した志尊淳さんに指導をさせていただきながら、私自身もドラマに出演させてもらっていて。――それはどういった役柄で?西原 志尊さん演じる主役の、親友役です。親友もトランス女性という設定だったため、もともと制作側が俳優を探していたらしく……。私は演技指導だけだと思っていたので、出演を打診されたときは動揺して思わず「一度(話を)持って帰らせてください」と伝えて、すぐにお母さんに電話しました(笑)。映画『ミッドナイトスワン』に突然出演が決定――西原さんは、脚本監修をされた草剛さん主演の映画『ミッドナイトスワン』にも出演されていましたよね。西原 ちらっと映る程度でしたが、それも現場で「カメラの前に立って!」と突然言われて。その場で決まったのですが、すっぴんにかなりラフな服装だったんです。「すっぴんなんですけど……」と私が言ったら、監督が「全員、水商売の出勤前という設定にするから!」と。――意外にも、現場で突然決まるんですね。西原 そうみたいですね(笑)。――トランスジェンダーであることを公表されたのはいつ頃だったのですか?西原 毎年タイで行われる「ミスインターナショナルクイーン」に出場したタイミングですね。はるな愛さんが過去にグランプリを受賞されたことでも知られる、トランス女性の世界的な大会です。 私は初めて出場した2013年に4位に入賞して、2015年には「ミス・フォトジェニック賞」をいただきました。――タレント活動などを始められたのは、それからですか?西原 はい、日本で注目されることが増え、テレビや雑誌、ドラマなど様々なお仕事をもらえるようになりましたね。16歳のときから自費でホルモン投薬治療を開始――西原さんが初めて、ご自身の体に違和感を持ったのはいつ頃のことでしょうか。西原 幼稚園の頃だったと思います。自分の体が他の女の子と違うことを知って……自分のことを「女の子だ」と思っていたのでショックでしたね。――その頃からもうはっきりと「違う」という感覚を持っていたんですね。そして、16歳のときからホルモン投薬治療を始められたとのことですが。西原 はい、未成年だと病院での処方をしてもらえないので、自費で薬を買って。今はわかりませんが、当時は法整備があまりされていなかったこともあり、ガイドラインもなかったのでそういう方法しかなくて。適量がわからないまま、今考えたら薬の副作用もよく知らなかったので怖い話なんですけど。――「怖い」という気持ちより、男性らしくなっていく体の成長を少しでも止めたい気持ちのほうが強かったのでしょうか。西原 圧倒的にそうですね。恐怖心よりも、心の性に合う体になりたい気持ちが強かったです。26歳のときに、タイで性別適合手術を受ける――性別適合手術を受けられたのはいつごろでしたか?西原 26歳のときに、タイで手術を受けました。だから「ミスインターナショナルクイーン」の少し前ですね。 地元の広告代理店で、営業職として働きながらお金を貯めて。少しでも早く女性の体へと変えたかったので、もともと「30歳までに手術を受けよう」とは思っていたんです。お金が貯まったのと、転職を考えていたタイミングでもあったので、自分の中で「ここを人生のターニングポイントにしよう」と。――手術のために、どれくらい貯められたのですか。西原 私の場合は、250万円くらいでした。ただ、必要なお金は本当に人それぞれで。病院によっても手術の方法によっても違ってくるし。例えば女性らしい顔に近づけるために美容整形も受けている子は、合計で1000万円近くかかったりもするようです。――個人差がかなりあるのですね。西原 そうですね。私は手術費用が200万円くらいで、術後3~4ヶ月は絶対安静というか、働けない状態になることがわかっていたので、その間の生活費としてプラス50万円ほど貯めていました。月に1度の「ダイレーション」が半年くらい痛かった――働けない状態というのは、例えば傷が癒えるまで入院をしたりですか?西原 いえ、意外に入院期間はそんなに長くないため、日常生活に気を付けていれば問題はなくて。ただ局部を切る手術をしているので、座るときに患部が圧迫されないように、円座クッションを使ったり。――重いものを持つとか、走ったりしなければ基本的には大丈夫ということですか。西原 そうですね。歩けるのは歩けるけどガニ股になったり、歩くスピードがゆっくりだったり、やっぱり手術直後なので体に怪我を負っている感じではありますけど。――術後の痛みは、どれくらい続くものなのでしょう。西原 痛み自体は10日くらいで落ち着いて、麻酔がなくても大丈夫な状態にはなります。ただ月に1度「ダイレーション」という、作った膣をアクリル製の棒で広げてメンテナンスをする必要があるんですけど、それがじわじわ痛くて、半年くらい痛かったです。――ピアスの穴の傷口が塞がらないようにする、みたいなことですよね。膣がふさがるのを防ぐために、広げる作業が必要だという。それは術後どれくらいの期間続くのでしょうか。西原 一応、一生とは言われているんですが、私の場合、1年くらいしっかりとやってからは、2~3年後の経過に問題がなければほとんどやらなくても良い感じでした。就職先で「在職トランス」の壁にぶち当たる――性別適合手術もダイレーションも保険適用外の自費診療になると思いますが、ダイレーションにはどのくらいの費用がかかるんですか?西原 それは毎月3000円もかからないくらいですね。ちなみに性別適合手術を受けると、ホルモン投薬治療が保険適用になるんです。なので、もともと手術前は週に1回2000円から2500円かかっていたものが、今は週に1回、550円くらいです。――性別適合手術を受けられる前は、ホルモン投薬治療だけで月に1万円、年間12万円くらいかかっていたそうですね。学生の頃などは、アルバイトをして費用を捻出されていたのでしょうか。西原 そうです。割烹料理屋さんでホールスタッフをしていました。――大学を卒業されてからは、就職先で困難に直面することはありましたか?西原 実は先ほどお話しした広告代理店の前に、アパレルメーカーに就職したんです。その会社で、通称名を名乗ることや名札を変更させてもらえないかなどを相談したんですが「うちでは難しい」と断られてしまって。在職している途中で性別移行を行うことを「在職トランス」というのですが、そこで壁にぶち当たる方は多いです。 私の場合はそれで転職活動をして、たまたま人が足りていなかったという背景もあり、ウェブ系の広告代理店に営業として採用されました。本当は内勤のデザイナーをやりたかったんですが、営業職が足りないということで。トランスジェンダーに理解のある会社が当時は少なかった――広告代理店では、性別移行のお話はされたのですか?西原 はい、しました。その会社にいたのはもう13年ほど前なのですが、まだ当時の社会的背景を考えると理解がある会社というか、私の申し出に色々と配慮をしてくださって。 まだ戸籍の名前が変わる前のタイミングだったのですが、同じフロアで働く社員の方々に、会社側が事情を説明して通称名を名乗る許可をいただいたり、名刺を女性の名前で新しく作り直してくれたり。 また、女性社員の方の了承を得て、女性用トイレを使わせてもらえたりもしました。あとは、健康診断の際に男性と一緒になるのではなく、女性として配慮してくださったりだとか。――当時、そういった理解のある会社は少なかったように感じますか?西原 少なかったと思います。職場で差別的な扱いを受けたり、アウティング(暴露)をされたという人の話も聞きますし、そもそも就職活動の段階で「前例がない」ことを理由に受け入れてもらえなかったり。今は昔よりも理解が進んでいるとは言っても、それは都市部や東京23区内だけなのかな、とも思います。――生活する地域によって、価値観が固定してしまって、変化しにくい場合もあるかもしれませんね。個人的な話になりますが、私自身、働いていた職場などで個人の性指向や性のあり方について、偏見を持っている人を見たこともあります。西原 そういった偏見や無関心さを背景として、実は「トランスジェンダーの貧困」というのが深刻な問題としてあるんですよ。撮影=山元茂樹/文藝春秋役所では「男の格好で就職してください」と言われることも…トランス女性(36)が語る、当事者が“貧困”に陥りやすい理由 へ続く(吉川 ばんび)
ドラマや映画の脚本監修、講演会への出演など幅広い分野で活動するトランスジェンダー女性の西原さつきさん(36)によると、当事者が就労の困難や貧困問題を抱えているという。長年貧困問題を取材しているライターの吉川ばんび氏が、西原さんに話を聞いた(全3回の1回目/2回目に続く)
西原さつきさん 山元茂樹/文藝春秋
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――西原さんはトランスジェンダー女性の立場から映画『ミッドナイトスワン』、ドラマ『六本木クラス』(テレビ朝日)といった話題作で脚本監修をなさったとのことですが、普段はどのような活動をされているのでしょうか。
西原さつきさん(以下、西原) 「乙女塾」というトランス女性向けの支援団体を立ち上げ、毎週土日にレッスンを開講しています。そこに来られた方に、女性として社会生活に馴染めるよう、所作や発声の指導を行なったり、一緒に練習を行なったりもしています。
「女性らしく」というのも本来は画一的な価値観の押し付けにならないよう気を付けているのですが、ここではあくまで社会に馴染む、という意味でその言葉を使っています。
そのほかにも、ドラマや映画でトランスジェンダー女性役を演じる俳優さんを指導させてもらったりもしています。
NHKドラマ『女子的生活』では演技指導だけでなく自らも出演――「乙女塾」では発声の指導まで行なっているのですね。西原 実は、性別適合手術やホルモン投薬治療を受けただけでは、声は変わらないんですよ。だから女性のような声で話すには、練習が必要になります。 声帯を手術する方法もありますが、私はボイストレーニングで今の声を習得しました。元々は我流でしたが、それでは限界がきてしまったので、途中から声優学校に2年間通って。声の仕組みや発声方法を学んだりしながら。――ホルモン投薬治療で自然と声が高くなっていくのかと勘違いしていました。ちなみに「乙女塾」に参加される方はどういった年齢層が多いのですか?西原 それが結構幅広くて、10代から70代の方までいらっしゃいます。10代の方だとご両親と一緒に来られて、家族単位のお付き合いになることが多いですね。――西原さんは脚本監修や「乙女塾」以外に、ご自身も俳優やモデルをされていると伺いました。西原 俳優、モデル、タレントの活動をしながら、先ほども少し触れましたが、映像作品での演技指導のお仕事もさせてもらっています。2018年のNHKドラマ『女子的生活』では、トランス女性役として主演した志尊淳さんに指導をさせていただきながら、私自身もドラマに出演させてもらっていて。――それはどういった役柄で?西原 志尊さん演じる主役の、親友役です。親友もトランス女性という設定だったため、もともと制作側が俳優を探していたらしく……。私は演技指導だけだと思っていたので、出演を打診されたときは動揺して思わず「一度(話を)持って帰らせてください」と伝えて、すぐにお母さんに電話しました(笑)。映画『ミッドナイトスワン』に突然出演が決定――西原さんは、脚本監修をされた草剛さん主演の映画『ミッドナイトスワン』にも出演されていましたよね。西原 ちらっと映る程度でしたが、それも現場で「カメラの前に立って!」と突然言われて。その場で決まったのですが、すっぴんにかなりラフな服装だったんです。「すっぴんなんですけど……」と私が言ったら、監督が「全員、水商売の出勤前という設定にするから!」と。――意外にも、現場で突然決まるんですね。西原 そうみたいですね(笑)。――トランスジェンダーであることを公表されたのはいつ頃だったのですか?西原 毎年タイで行われる「ミスインターナショナルクイーン」に出場したタイミングですね。はるな愛さんが過去にグランプリを受賞されたことでも知られる、トランス女性の世界的な大会です。 私は初めて出場した2013年に4位に入賞して、2015年には「ミス・フォトジェニック賞」をいただきました。――タレント活動などを始められたのは、それからですか?西原 はい、日本で注目されることが増え、テレビや雑誌、ドラマなど様々なお仕事をもらえるようになりましたね。16歳のときから自費でホルモン投薬治療を開始――西原さんが初めて、ご自身の体に違和感を持ったのはいつ頃のことでしょうか。西原 幼稚園の頃だったと思います。自分の体が他の女の子と違うことを知って……自分のことを「女の子だ」と思っていたのでショックでしたね。――その頃からもうはっきりと「違う」という感覚を持っていたんですね。そして、16歳のときからホルモン投薬治療を始められたとのことですが。西原 はい、未成年だと病院での処方をしてもらえないので、自費で薬を買って。今はわかりませんが、当時は法整備があまりされていなかったこともあり、ガイドラインもなかったのでそういう方法しかなくて。適量がわからないまま、今考えたら薬の副作用もよく知らなかったので怖い話なんですけど。――「怖い」という気持ちより、男性らしくなっていく体の成長を少しでも止めたい気持ちのほうが強かったのでしょうか。西原 圧倒的にそうですね。恐怖心よりも、心の性に合う体になりたい気持ちが強かったです。26歳のときに、タイで性別適合手術を受ける――性別適合手術を受けられたのはいつごろでしたか?西原 26歳のときに、タイで手術を受けました。だから「ミスインターナショナルクイーン」の少し前ですね。 地元の広告代理店で、営業職として働きながらお金を貯めて。少しでも早く女性の体へと変えたかったので、もともと「30歳までに手術を受けよう」とは思っていたんです。お金が貯まったのと、転職を考えていたタイミングでもあったので、自分の中で「ここを人生のターニングポイントにしよう」と。――手術のために、どれくらい貯められたのですか。西原 私の場合は、250万円くらいでした。ただ、必要なお金は本当に人それぞれで。病院によっても手術の方法によっても違ってくるし。例えば女性らしい顔に近づけるために美容整形も受けている子は、合計で1000万円近くかかったりもするようです。――個人差がかなりあるのですね。西原 そうですね。私は手術費用が200万円くらいで、術後3~4ヶ月は絶対安静というか、働けない状態になることがわかっていたので、その間の生活費としてプラス50万円ほど貯めていました。月に1度の「ダイレーション」が半年くらい痛かった――働けない状態というのは、例えば傷が癒えるまで入院をしたりですか?西原 いえ、意外に入院期間はそんなに長くないため、日常生活に気を付けていれば問題はなくて。ただ局部を切る手術をしているので、座るときに患部が圧迫されないように、円座クッションを使ったり。――重いものを持つとか、走ったりしなければ基本的には大丈夫ということですか。西原 そうですね。歩けるのは歩けるけどガニ股になったり、歩くスピードがゆっくりだったり、やっぱり手術直後なので体に怪我を負っている感じではありますけど。――術後の痛みは、どれくらい続くものなのでしょう。西原 痛み自体は10日くらいで落ち着いて、麻酔がなくても大丈夫な状態にはなります。ただ月に1度「ダイレーション」という、作った膣をアクリル製の棒で広げてメンテナンスをする必要があるんですけど、それがじわじわ痛くて、半年くらい痛かったです。――ピアスの穴の傷口が塞がらないようにする、みたいなことですよね。膣がふさがるのを防ぐために、広げる作業が必要だという。それは術後どれくらいの期間続くのでしょうか。西原 一応、一生とは言われているんですが、私の場合、1年くらいしっかりとやってからは、2~3年後の経過に問題がなければほとんどやらなくても良い感じでした。就職先で「在職トランス」の壁にぶち当たる――性別適合手術もダイレーションも保険適用外の自費診療になると思いますが、ダイレーションにはどのくらいの費用がかかるんですか?西原 それは毎月3000円もかからないくらいですね。ちなみに性別適合手術を受けると、ホルモン投薬治療が保険適用になるんです。なので、もともと手術前は週に1回2000円から2500円かかっていたものが、今は週に1回、550円くらいです。――性別適合手術を受けられる前は、ホルモン投薬治療だけで月に1万円、年間12万円くらいかかっていたそうですね。学生の頃などは、アルバイトをして費用を捻出されていたのでしょうか。西原 そうです。割烹料理屋さんでホールスタッフをしていました。――大学を卒業されてからは、就職先で困難に直面することはありましたか?西原 実は先ほどお話しした広告代理店の前に、アパレルメーカーに就職したんです。その会社で、通称名を名乗ることや名札を変更させてもらえないかなどを相談したんですが「うちでは難しい」と断られてしまって。在職している途中で性別移行を行うことを「在職トランス」というのですが、そこで壁にぶち当たる方は多いです。 私の場合はそれで転職活動をして、たまたま人が足りていなかったという背景もあり、ウェブ系の広告代理店に営業として採用されました。本当は内勤のデザイナーをやりたかったんですが、営業職が足りないということで。トランスジェンダーに理解のある会社が当時は少なかった――広告代理店では、性別移行のお話はされたのですか?西原 はい、しました。その会社にいたのはもう13年ほど前なのですが、まだ当時の社会的背景を考えると理解がある会社というか、私の申し出に色々と配慮をしてくださって。 まだ戸籍の名前が変わる前のタイミングだったのですが、同じフロアで働く社員の方々に、会社側が事情を説明して通称名を名乗る許可をいただいたり、名刺を女性の名前で新しく作り直してくれたり。 また、女性社員の方の了承を得て、女性用トイレを使わせてもらえたりもしました。あとは、健康診断の際に男性と一緒になるのではなく、女性として配慮してくださったりだとか。――当時、そういった理解のある会社は少なかったように感じますか?西原 少なかったと思います。職場で差別的な扱いを受けたり、アウティング(暴露)をされたという人の話も聞きますし、そもそも就職活動の段階で「前例がない」ことを理由に受け入れてもらえなかったり。今は昔よりも理解が進んでいるとは言っても、それは都市部や東京23区内だけなのかな、とも思います。――生活する地域によって、価値観が固定してしまって、変化しにくい場合もあるかもしれませんね。個人的な話になりますが、私自身、働いていた職場などで個人の性指向や性のあり方について、偏見を持っている人を見たこともあります。西原 そういった偏見や無関心さを背景として、実は「トランスジェンダーの貧困」というのが深刻な問題としてあるんですよ。撮影=山元茂樹/文藝春秋役所では「男の格好で就職してください」と言われることも…トランス女性(36)が語る、当事者が“貧困”に陥りやすい理由 へ続く(吉川 ばんび)
――「乙女塾」では発声の指導まで行なっているのですね。
西原 実は、性別適合手術やホルモン投薬治療を受けただけでは、声は変わらないんですよ。だから女性のような声で話すには、練習が必要になります。
声帯を手術する方法もありますが、私はボイストレーニングで今の声を習得しました。元々は我流でしたが、それでは限界がきてしまったので、途中から声優学校に2年間通って。声の仕組みや発声方法を学んだりしながら。
――ホルモン投薬治療で自然と声が高くなっていくのかと勘違いしていました。ちなみに「乙女塾」に参加される方はどういった年齢層が多いのですか?
西原 それが結構幅広くて、10代から70代の方までいらっしゃいます。10代の方だとご両親と一緒に来られて、家族単位のお付き合いになることが多いですね。
――西原さんは脚本監修や「乙女塾」以外に、ご自身も俳優やモデルをされていると伺いました。
西原 俳優、モデル、タレントの活動をしながら、先ほども少し触れましたが、映像作品での演技指導のお仕事もさせてもらっています。2018年のNHKドラマ『女子的生活』では、トランス女性役として主演した志尊淳さんに指導をさせていただきながら、私自身もドラマに出演させてもらっていて。
――それはどういった役柄で?
西原 志尊さん演じる主役の、親友役です。親友もトランス女性という設定だったため、もともと制作側が俳優を探していたらしく……。私は演技指導だけだと思っていたので、出演を打診されたときは動揺して思わず「一度(話を)持って帰らせてください」と伝えて、すぐにお母さんに電話しました(笑)。
映画『ミッドナイトスワン』に突然出演が決定――西原さんは、脚本監修をされた草剛さん主演の映画『ミッドナイトスワン』にも出演されていましたよね。西原 ちらっと映る程度でしたが、それも現場で「カメラの前に立って!」と突然言われて。その場で決まったのですが、すっぴんにかなりラフな服装だったんです。「すっぴんなんですけど……」と私が言ったら、監督が「全員、水商売の出勤前という設定にするから!」と。――意外にも、現場で突然決まるんですね。西原 そうみたいですね(笑)。――トランスジェンダーであることを公表されたのはいつ頃だったのですか?西原 毎年タイで行われる「ミスインターナショナルクイーン」に出場したタイミングですね。はるな愛さんが過去にグランプリを受賞されたことでも知られる、トランス女性の世界的な大会です。 私は初めて出場した2013年に4位に入賞して、2015年には「ミス・フォトジェニック賞」をいただきました。――タレント活動などを始められたのは、それからですか?西原 はい、日本で注目されることが増え、テレビや雑誌、ドラマなど様々なお仕事をもらえるようになりましたね。16歳のときから自費でホルモン投薬治療を開始――西原さんが初めて、ご自身の体に違和感を持ったのはいつ頃のことでしょうか。西原 幼稚園の頃だったと思います。自分の体が他の女の子と違うことを知って……自分のことを「女の子だ」と思っていたのでショックでしたね。――その頃からもうはっきりと「違う」という感覚を持っていたんですね。そして、16歳のときからホルモン投薬治療を始められたとのことですが。西原 はい、未成年だと病院での処方をしてもらえないので、自費で薬を買って。今はわかりませんが、当時は法整備があまりされていなかったこともあり、ガイドラインもなかったのでそういう方法しかなくて。適量がわからないまま、今考えたら薬の副作用もよく知らなかったので怖い話なんですけど。――「怖い」という気持ちより、男性らしくなっていく体の成長を少しでも止めたい気持ちのほうが強かったのでしょうか。西原 圧倒的にそうですね。恐怖心よりも、心の性に合う体になりたい気持ちが強かったです。26歳のときに、タイで性別適合手術を受ける――性別適合手術を受けられたのはいつごろでしたか?西原 26歳のときに、タイで手術を受けました。だから「ミスインターナショナルクイーン」の少し前ですね。 地元の広告代理店で、営業職として働きながらお金を貯めて。少しでも早く女性の体へと変えたかったので、もともと「30歳までに手術を受けよう」とは思っていたんです。お金が貯まったのと、転職を考えていたタイミングでもあったので、自分の中で「ここを人生のターニングポイントにしよう」と。――手術のために、どれくらい貯められたのですか。西原 私の場合は、250万円くらいでした。ただ、必要なお金は本当に人それぞれで。病院によっても手術の方法によっても違ってくるし。例えば女性らしい顔に近づけるために美容整形も受けている子は、合計で1000万円近くかかったりもするようです。――個人差がかなりあるのですね。西原 そうですね。私は手術費用が200万円くらいで、術後3~4ヶ月は絶対安静というか、働けない状態になることがわかっていたので、その間の生活費としてプラス50万円ほど貯めていました。月に1度の「ダイレーション」が半年くらい痛かった――働けない状態というのは、例えば傷が癒えるまで入院をしたりですか?西原 いえ、意外に入院期間はそんなに長くないため、日常生活に気を付けていれば問題はなくて。ただ局部を切る手術をしているので、座るときに患部が圧迫されないように、円座クッションを使ったり。――重いものを持つとか、走ったりしなければ基本的には大丈夫ということですか。西原 そうですね。歩けるのは歩けるけどガニ股になったり、歩くスピードがゆっくりだったり、やっぱり手術直後なので体に怪我を負っている感じではありますけど。――術後の痛みは、どれくらい続くものなのでしょう。西原 痛み自体は10日くらいで落ち着いて、麻酔がなくても大丈夫な状態にはなります。ただ月に1度「ダイレーション」という、作った膣をアクリル製の棒で広げてメンテナンスをする必要があるんですけど、それがじわじわ痛くて、半年くらい痛かったです。――ピアスの穴の傷口が塞がらないようにする、みたいなことですよね。膣がふさがるのを防ぐために、広げる作業が必要だという。それは術後どれくらいの期間続くのでしょうか。西原 一応、一生とは言われているんですが、私の場合、1年くらいしっかりとやってからは、2~3年後の経過に問題がなければほとんどやらなくても良い感じでした。就職先で「在職トランス」の壁にぶち当たる――性別適合手術もダイレーションも保険適用外の自費診療になると思いますが、ダイレーションにはどのくらいの費用がかかるんですか?西原 それは毎月3000円もかからないくらいですね。ちなみに性別適合手術を受けると、ホルモン投薬治療が保険適用になるんです。なので、もともと手術前は週に1回2000円から2500円かかっていたものが、今は週に1回、550円くらいです。――性別適合手術を受けられる前は、ホルモン投薬治療だけで月に1万円、年間12万円くらいかかっていたそうですね。学生の頃などは、アルバイトをして費用を捻出されていたのでしょうか。西原 そうです。割烹料理屋さんでホールスタッフをしていました。――大学を卒業されてからは、就職先で困難に直面することはありましたか?西原 実は先ほどお話しした広告代理店の前に、アパレルメーカーに就職したんです。その会社で、通称名を名乗ることや名札を変更させてもらえないかなどを相談したんですが「うちでは難しい」と断られてしまって。在職している途中で性別移行を行うことを「在職トランス」というのですが、そこで壁にぶち当たる方は多いです。 私の場合はそれで転職活動をして、たまたま人が足りていなかったという背景もあり、ウェブ系の広告代理店に営業として採用されました。本当は内勤のデザイナーをやりたかったんですが、営業職が足りないということで。トランスジェンダーに理解のある会社が当時は少なかった――広告代理店では、性別移行のお話はされたのですか?西原 はい、しました。その会社にいたのはもう13年ほど前なのですが、まだ当時の社会的背景を考えると理解がある会社というか、私の申し出に色々と配慮をしてくださって。 まだ戸籍の名前が変わる前のタイミングだったのですが、同じフロアで働く社員の方々に、会社側が事情を説明して通称名を名乗る許可をいただいたり、名刺を女性の名前で新しく作り直してくれたり。 また、女性社員の方の了承を得て、女性用トイレを使わせてもらえたりもしました。あとは、健康診断の際に男性と一緒になるのではなく、女性として配慮してくださったりだとか。――当時、そういった理解のある会社は少なかったように感じますか?西原 少なかったと思います。職場で差別的な扱いを受けたり、アウティング(暴露)をされたという人の話も聞きますし、そもそも就職活動の段階で「前例がない」ことを理由に受け入れてもらえなかったり。今は昔よりも理解が進んでいるとは言っても、それは都市部や東京23区内だけなのかな、とも思います。――生活する地域によって、価値観が固定してしまって、変化しにくい場合もあるかもしれませんね。個人的な話になりますが、私自身、働いていた職場などで個人の性指向や性のあり方について、偏見を持っている人を見たこともあります。西原 そういった偏見や無関心さを背景として、実は「トランスジェンダーの貧困」というのが深刻な問題としてあるんですよ。撮影=山元茂樹/文藝春秋役所では「男の格好で就職してください」と言われることも…トランス女性(36)が語る、当事者が“貧困”に陥りやすい理由 へ続く(吉川 ばんび)
――西原さんは、脚本監修をされた草剛さん主演の映画『ミッドナイトスワン』にも出演されていましたよね。
西原 ちらっと映る程度でしたが、それも現場で「カメラの前に立って!」と突然言われて。その場で決まったのですが、すっぴんにかなりラフな服装だったんです。
「すっぴんなんですけど……」と私が言ったら、監督が「全員、水商売の出勤前という設定にするから!」と。
――意外にも、現場で突然決まるんですね。
西原 そうみたいですね(笑)。
――トランスジェンダーであることを公表されたのはいつ頃だったのですか?
西原 毎年タイで行われる「ミスインターナショナルクイーン」に出場したタイミングですね。はるな愛さんが過去にグランプリを受賞されたことでも知られる、トランス女性の世界的な大会です。
私は初めて出場した2013年に4位に入賞して、2015年には「ミス・フォトジェニック賞」をいただきました。
――タレント活動などを始められたのは、それからですか?西原 はい、日本で注目されることが増え、テレビや雑誌、ドラマなど様々なお仕事をもらえるようになりましたね。16歳のときから自費でホルモン投薬治療を開始――西原さんが初めて、ご自身の体に違和感を持ったのはいつ頃のことでしょうか。西原 幼稚園の頃だったと思います。自分の体が他の女の子と違うことを知って……自分のことを「女の子だ」と思っていたのでショックでしたね。――その頃からもうはっきりと「違う」という感覚を持っていたんですね。そして、16歳のときからホルモン投薬治療を始められたとのことですが。西原 はい、未成年だと病院での処方をしてもらえないので、自費で薬を買って。今はわかりませんが、当時は法整備があまりされていなかったこともあり、ガイドラインもなかったのでそういう方法しかなくて。適量がわからないまま、今考えたら薬の副作用もよく知らなかったので怖い話なんですけど。――「怖い」という気持ちより、男性らしくなっていく体の成長を少しでも止めたい気持ちのほうが強かったのでしょうか。西原 圧倒的にそうですね。恐怖心よりも、心の性に合う体になりたい気持ちが強かったです。26歳のときに、タイで性別適合手術を受ける――性別適合手術を受けられたのはいつごろでしたか?西原 26歳のときに、タイで手術を受けました。だから「ミスインターナショナルクイーン」の少し前ですね。 地元の広告代理店で、営業職として働きながらお金を貯めて。少しでも早く女性の体へと変えたかったので、もともと「30歳までに手術を受けよう」とは思っていたんです。お金が貯まったのと、転職を考えていたタイミングでもあったので、自分の中で「ここを人生のターニングポイントにしよう」と。――手術のために、どれくらい貯められたのですか。西原 私の場合は、250万円くらいでした。ただ、必要なお金は本当に人それぞれで。病院によっても手術の方法によっても違ってくるし。例えば女性らしい顔に近づけるために美容整形も受けている子は、合計で1000万円近くかかったりもするようです。――個人差がかなりあるのですね。西原 そうですね。私は手術費用が200万円くらいで、術後3~4ヶ月は絶対安静というか、働けない状態になることがわかっていたので、その間の生活費としてプラス50万円ほど貯めていました。月に1度の「ダイレーション」が半年くらい痛かった――働けない状態というのは、例えば傷が癒えるまで入院をしたりですか?西原 いえ、意外に入院期間はそんなに長くないため、日常生活に気を付けていれば問題はなくて。ただ局部を切る手術をしているので、座るときに患部が圧迫されないように、円座クッションを使ったり。――重いものを持つとか、走ったりしなければ基本的には大丈夫ということですか。西原 そうですね。歩けるのは歩けるけどガニ股になったり、歩くスピードがゆっくりだったり、やっぱり手術直後なので体に怪我を負っている感じではありますけど。――術後の痛みは、どれくらい続くものなのでしょう。西原 痛み自体は10日くらいで落ち着いて、麻酔がなくても大丈夫な状態にはなります。ただ月に1度「ダイレーション」という、作った膣をアクリル製の棒で広げてメンテナンスをする必要があるんですけど、それがじわじわ痛くて、半年くらい痛かったです。――ピアスの穴の傷口が塞がらないようにする、みたいなことですよね。膣がふさがるのを防ぐために、広げる作業が必要だという。それは術後どれくらいの期間続くのでしょうか。西原 一応、一生とは言われているんですが、私の場合、1年くらいしっかりとやってからは、2~3年後の経過に問題がなければほとんどやらなくても良い感じでした。就職先で「在職トランス」の壁にぶち当たる――性別適合手術もダイレーションも保険適用外の自費診療になると思いますが、ダイレーションにはどのくらいの費用がかかるんですか?西原 それは毎月3000円もかからないくらいですね。ちなみに性別適合手術を受けると、ホルモン投薬治療が保険適用になるんです。なので、もともと手術前は週に1回2000円から2500円かかっていたものが、今は週に1回、550円くらいです。――性別適合手術を受けられる前は、ホルモン投薬治療だけで月に1万円、年間12万円くらいかかっていたそうですね。学生の頃などは、アルバイトをして費用を捻出されていたのでしょうか。西原 そうです。割烹料理屋さんでホールスタッフをしていました。――大学を卒業されてからは、就職先で困難に直面することはありましたか?西原 実は先ほどお話しした広告代理店の前に、アパレルメーカーに就職したんです。その会社で、通称名を名乗ることや名札を変更させてもらえないかなどを相談したんですが「うちでは難しい」と断られてしまって。在職している途中で性別移行を行うことを「在職トランス」というのですが、そこで壁にぶち当たる方は多いです。 私の場合はそれで転職活動をして、たまたま人が足りていなかったという背景もあり、ウェブ系の広告代理店に営業として採用されました。本当は内勤のデザイナーをやりたかったんですが、営業職が足りないということで。トランスジェンダーに理解のある会社が当時は少なかった――広告代理店では、性別移行のお話はされたのですか?西原 はい、しました。その会社にいたのはもう13年ほど前なのですが、まだ当時の社会的背景を考えると理解がある会社というか、私の申し出に色々と配慮をしてくださって。 まだ戸籍の名前が変わる前のタイミングだったのですが、同じフロアで働く社員の方々に、会社側が事情を説明して通称名を名乗る許可をいただいたり、名刺を女性の名前で新しく作り直してくれたり。 また、女性社員の方の了承を得て、女性用トイレを使わせてもらえたりもしました。あとは、健康診断の際に男性と一緒になるのではなく、女性として配慮してくださったりだとか。――当時、そういった理解のある会社は少なかったように感じますか?西原 少なかったと思います。職場で差別的な扱いを受けたり、アウティング(暴露)をされたという人の話も聞きますし、そもそも就職活動の段階で「前例がない」ことを理由に受け入れてもらえなかったり。今は昔よりも理解が進んでいるとは言っても、それは都市部や東京23区内だけなのかな、とも思います。――生活する地域によって、価値観が固定してしまって、変化しにくい場合もあるかもしれませんね。個人的な話になりますが、私自身、働いていた職場などで個人の性指向や性のあり方について、偏見を持っている人を見たこともあります。西原 そういった偏見や無関心さを背景として、実は「トランスジェンダーの貧困」というのが深刻な問題としてあるんですよ。撮影=山元茂樹/文藝春秋役所では「男の格好で就職してください」と言われることも…トランス女性(36)が語る、当事者が“貧困”に陥りやすい理由 へ続く(吉川 ばんび)
――タレント活動などを始められたのは、それからですか?
西原 はい、日本で注目されることが増え、テレビや雑誌、ドラマなど様々なお仕事をもらえるようになりましたね。
――西原さんが初めて、ご自身の体に違和感を持ったのはいつ頃のことでしょうか。
西原 幼稚園の頃だったと思います。自分の体が他の女の子と違うことを知って……自分のことを「女の子だ」と思っていたのでショックでしたね。
――その頃からもうはっきりと「違う」という感覚を持っていたんですね。そして、16歳のときからホルモン投薬治療を始められたとのことですが。
西原 はい、未成年だと病院での処方をしてもらえないので、自費で薬を買って。今はわかりませんが、当時は法整備があまりされていなかったこともあり、ガイドラインもなかったのでそういう方法しかなくて。適量がわからないまま、今考えたら薬の副作用もよく知らなかったので怖い話なんですけど。
――「怖い」という気持ちより、男性らしくなっていく体の成長を少しでも止めたい気持ちのほうが強かったのでしょうか。
西原 圧倒的にそうですね。恐怖心よりも、心の性に合う体になりたい気持ちが強かったです。
26歳のときに、タイで性別適合手術を受ける――性別適合手術を受けられたのはいつごろでしたか?西原 26歳のときに、タイで手術を受けました。だから「ミスインターナショナルクイーン」の少し前ですね。 地元の広告代理店で、営業職として働きながらお金を貯めて。少しでも早く女性の体へと変えたかったので、もともと「30歳までに手術を受けよう」とは思っていたんです。お金が貯まったのと、転職を考えていたタイミングでもあったので、自分の中で「ここを人生のターニングポイントにしよう」と。――手術のために、どれくらい貯められたのですか。西原 私の場合は、250万円くらいでした。ただ、必要なお金は本当に人それぞれで。病院によっても手術の方法によっても違ってくるし。例えば女性らしい顔に近づけるために美容整形も受けている子は、合計で1000万円近くかかったりもするようです。――個人差がかなりあるのですね。西原 そうですね。私は手術費用が200万円くらいで、術後3~4ヶ月は絶対安静というか、働けない状態になることがわかっていたので、その間の生活費としてプラス50万円ほど貯めていました。月に1度の「ダイレーション」が半年くらい痛かった――働けない状態というのは、例えば傷が癒えるまで入院をしたりですか?西原 いえ、意外に入院期間はそんなに長くないため、日常生活に気を付けていれば問題はなくて。ただ局部を切る手術をしているので、座るときに患部が圧迫されないように、円座クッションを使ったり。――重いものを持つとか、走ったりしなければ基本的には大丈夫ということですか。西原 そうですね。歩けるのは歩けるけどガニ股になったり、歩くスピードがゆっくりだったり、やっぱり手術直後なので体に怪我を負っている感じではありますけど。――術後の痛みは、どれくらい続くものなのでしょう。西原 痛み自体は10日くらいで落ち着いて、麻酔がなくても大丈夫な状態にはなります。ただ月に1度「ダイレーション」という、作った膣をアクリル製の棒で広げてメンテナンスをする必要があるんですけど、それがじわじわ痛くて、半年くらい痛かったです。――ピアスの穴の傷口が塞がらないようにする、みたいなことですよね。膣がふさがるのを防ぐために、広げる作業が必要だという。それは術後どれくらいの期間続くのでしょうか。西原 一応、一生とは言われているんですが、私の場合、1年くらいしっかりとやってからは、2~3年後の経過に問題がなければほとんどやらなくても良い感じでした。就職先で「在職トランス」の壁にぶち当たる――性別適合手術もダイレーションも保険適用外の自費診療になると思いますが、ダイレーションにはどのくらいの費用がかかるんですか?西原 それは毎月3000円もかからないくらいですね。ちなみに性別適合手術を受けると、ホルモン投薬治療が保険適用になるんです。なので、もともと手術前は週に1回2000円から2500円かかっていたものが、今は週に1回、550円くらいです。――性別適合手術を受けられる前は、ホルモン投薬治療だけで月に1万円、年間12万円くらいかかっていたそうですね。学生の頃などは、アルバイトをして費用を捻出されていたのでしょうか。西原 そうです。割烹料理屋さんでホールスタッフをしていました。――大学を卒業されてからは、就職先で困難に直面することはありましたか?西原 実は先ほどお話しした広告代理店の前に、アパレルメーカーに就職したんです。その会社で、通称名を名乗ることや名札を変更させてもらえないかなどを相談したんですが「うちでは難しい」と断られてしまって。在職している途中で性別移行を行うことを「在職トランス」というのですが、そこで壁にぶち当たる方は多いです。 私の場合はそれで転職活動をして、たまたま人が足りていなかったという背景もあり、ウェブ系の広告代理店に営業として採用されました。本当は内勤のデザイナーをやりたかったんですが、営業職が足りないということで。トランスジェンダーに理解のある会社が当時は少なかった――広告代理店では、性別移行のお話はされたのですか?西原 はい、しました。その会社にいたのはもう13年ほど前なのですが、まだ当時の社会的背景を考えると理解がある会社というか、私の申し出に色々と配慮をしてくださって。 まだ戸籍の名前が変わる前のタイミングだったのですが、同じフロアで働く社員の方々に、会社側が事情を説明して通称名を名乗る許可をいただいたり、名刺を女性の名前で新しく作り直してくれたり。 また、女性社員の方の了承を得て、女性用トイレを使わせてもらえたりもしました。あとは、健康診断の際に男性と一緒になるのではなく、女性として配慮してくださったりだとか。――当時、そういった理解のある会社は少なかったように感じますか?西原 少なかったと思います。職場で差別的な扱いを受けたり、アウティング(暴露)をされたという人の話も聞きますし、そもそも就職活動の段階で「前例がない」ことを理由に受け入れてもらえなかったり。今は昔よりも理解が進んでいるとは言っても、それは都市部や東京23区内だけなのかな、とも思います。――生活する地域によって、価値観が固定してしまって、変化しにくい場合もあるかもしれませんね。個人的な話になりますが、私自身、働いていた職場などで個人の性指向や性のあり方について、偏見を持っている人を見たこともあります。西原 そういった偏見や無関心さを背景として、実は「トランスジェンダーの貧困」というのが深刻な問題としてあるんですよ。撮影=山元茂樹/文藝春秋役所では「男の格好で就職してください」と言われることも…トランス女性(36)が語る、当事者が“貧困”に陥りやすい理由 へ続く(吉川 ばんび)
――性別適合手術を受けられたのはいつごろでしたか?
西原 26歳のときに、タイで手術を受けました。だから「ミスインターナショナルクイーン」の少し前ですね。
地元の広告代理店で、営業職として働きながらお金を貯めて。少しでも早く女性の体へと変えたかったので、もともと「30歳までに手術を受けよう」とは思っていたんです。お金が貯まったのと、転職を考えていたタイミングでもあったので、自分の中で「ここを人生のターニングポイントにしよう」と。
――手術のために、どれくらい貯められたのですか。
西原 私の場合は、250万円くらいでした。ただ、必要なお金は本当に人それぞれで。病院によっても手術の方法によっても違ってくるし。例えば女性らしい顔に近づけるために美容整形も受けている子は、合計で1000万円近くかかったりもするようです。
――個人差がかなりあるのですね。
西原 そうですね。私は手術費用が200万円くらいで、術後3~4ヶ月は絶対安静というか、働けない状態になることがわかっていたので、その間の生活費としてプラス50万円ほど貯めていました。
月に1度の「ダイレーション」が半年くらい痛かった――働けない状態というのは、例えば傷が癒えるまで入院をしたりですか?西原 いえ、意外に入院期間はそんなに長くないため、日常生活に気を付けていれば問題はなくて。ただ局部を切る手術をしているので、座るときに患部が圧迫されないように、円座クッションを使ったり。――重いものを持つとか、走ったりしなければ基本的には大丈夫ということですか。西原 そうですね。歩けるのは歩けるけどガニ股になったり、歩くスピードがゆっくりだったり、やっぱり手術直後なので体に怪我を負っている感じではありますけど。――術後の痛みは、どれくらい続くものなのでしょう。西原 痛み自体は10日くらいで落ち着いて、麻酔がなくても大丈夫な状態にはなります。ただ月に1度「ダイレーション」という、作った膣をアクリル製の棒で広げてメンテナンスをする必要があるんですけど、それがじわじわ痛くて、半年くらい痛かったです。――ピアスの穴の傷口が塞がらないようにする、みたいなことですよね。膣がふさがるのを防ぐために、広げる作業が必要だという。それは術後どれくらいの期間続くのでしょうか。西原 一応、一生とは言われているんですが、私の場合、1年くらいしっかりとやってからは、2~3年後の経過に問題がなければほとんどやらなくても良い感じでした。就職先で「在職トランス」の壁にぶち当たる――性別適合手術もダイレーションも保険適用外の自費診療になると思いますが、ダイレーションにはどのくらいの費用がかかるんですか?西原 それは毎月3000円もかからないくらいですね。ちなみに性別適合手術を受けると、ホルモン投薬治療が保険適用になるんです。なので、もともと手術前は週に1回2000円から2500円かかっていたものが、今は週に1回、550円くらいです。――性別適合手術を受けられる前は、ホルモン投薬治療だけで月に1万円、年間12万円くらいかかっていたそうですね。学生の頃などは、アルバイトをして費用を捻出されていたのでしょうか。西原 そうです。割烹料理屋さんでホールスタッフをしていました。――大学を卒業されてからは、就職先で困難に直面することはありましたか?西原 実は先ほどお話しした広告代理店の前に、アパレルメーカーに就職したんです。その会社で、通称名を名乗ることや名札を変更させてもらえないかなどを相談したんですが「うちでは難しい」と断られてしまって。在職している途中で性別移行を行うことを「在職トランス」というのですが、そこで壁にぶち当たる方は多いです。 私の場合はそれで転職活動をして、たまたま人が足りていなかったという背景もあり、ウェブ系の広告代理店に営業として採用されました。本当は内勤のデザイナーをやりたかったんですが、営業職が足りないということで。トランスジェンダーに理解のある会社が当時は少なかった――広告代理店では、性別移行のお話はされたのですか?西原 はい、しました。その会社にいたのはもう13年ほど前なのですが、まだ当時の社会的背景を考えると理解がある会社というか、私の申し出に色々と配慮をしてくださって。 まだ戸籍の名前が変わる前のタイミングだったのですが、同じフロアで働く社員の方々に、会社側が事情を説明して通称名を名乗る許可をいただいたり、名刺を女性の名前で新しく作り直してくれたり。 また、女性社員の方の了承を得て、女性用トイレを使わせてもらえたりもしました。あとは、健康診断の際に男性と一緒になるのではなく、女性として配慮してくださったりだとか。――当時、そういった理解のある会社は少なかったように感じますか?西原 少なかったと思います。職場で差別的な扱いを受けたり、アウティング(暴露)をされたという人の話も聞きますし、そもそも就職活動の段階で「前例がない」ことを理由に受け入れてもらえなかったり。今は昔よりも理解が進んでいるとは言っても、それは都市部や東京23区内だけなのかな、とも思います。――生活する地域によって、価値観が固定してしまって、変化しにくい場合もあるかもしれませんね。個人的な話になりますが、私自身、働いていた職場などで個人の性指向や性のあり方について、偏見を持っている人を見たこともあります。西原 そういった偏見や無関心さを背景として、実は「トランスジェンダーの貧困」というのが深刻な問題としてあるんですよ。撮影=山元茂樹/文藝春秋役所では「男の格好で就職してください」と言われることも…トランス女性(36)が語る、当事者が“貧困”に陥りやすい理由 へ続く(吉川 ばんび)
――働けない状態というのは、例えば傷が癒えるまで入院をしたりですか?
西原 いえ、意外に入院期間はそんなに長くないため、日常生活に気を付けていれば問題はなくて。ただ局部を切る手術をしているので、座るときに患部が圧迫されないように、円座クッションを使ったり。
――重いものを持つとか、走ったりしなければ基本的には大丈夫ということですか。
西原 そうですね。歩けるのは歩けるけどガニ股になったり、歩くスピードがゆっくりだったり、やっぱり手術直後なので体に怪我を負っている感じではありますけど。
――術後の痛みは、どれくらい続くものなのでしょう。
西原 痛み自体は10日くらいで落ち着いて、麻酔がなくても大丈夫な状態にはなります。ただ月に1度「ダイレーション」という、作った膣をアクリル製の棒で広げてメンテナンスをする必要があるんですけど、それがじわじわ痛くて、半年くらい痛かったです。
――ピアスの穴の傷口が塞がらないようにする、みたいなことですよね。膣がふさがるのを防ぐために、広げる作業が必要だという。それは術後どれくらいの期間続くのでしょうか。
西原 一応、一生とは言われているんですが、私の場合、1年くらいしっかりとやってからは、2~3年後の経過に問題がなければほとんどやらなくても良い感じでした。
――性別適合手術もダイレーションも保険適用外の自費診療になると思いますが、ダイレーションにはどのくらいの費用がかかるんですか?
西原 それは毎月3000円もかからないくらいですね。ちなみに性別適合手術を受けると、ホルモン投薬治療が保険適用になるんです。なので、もともと手術前は週に1回2000円から2500円かかっていたものが、今は週に1回、550円くらいです。
――性別適合手術を受けられる前は、ホルモン投薬治療だけで月に1万円、年間12万円くらいかかっていたそうですね。学生の頃などは、アルバイトをして費用を捻出されていたのでしょうか。
西原 そうです。割烹料理屋さんでホールスタッフをしていました。
――大学を卒業されてからは、就職先で困難に直面することはありましたか?西原 実は先ほどお話しした広告代理店の前に、アパレルメーカーに就職したんです。その会社で、通称名を名乗ることや名札を変更させてもらえないかなどを相談したんですが「うちでは難しい」と断られてしまって。在職している途中で性別移行を行うことを「在職トランス」というのですが、そこで壁にぶち当たる方は多いです。 私の場合はそれで転職活動をして、たまたま人が足りていなかったという背景もあり、ウェブ系の広告代理店に営業として採用されました。本当は内勤のデザイナーをやりたかったんですが、営業職が足りないということで。トランスジェンダーに理解のある会社が当時は少なかった――広告代理店では、性別移行のお話はされたのですか?西原 はい、しました。その会社にいたのはもう13年ほど前なのですが、まだ当時の社会的背景を考えると理解がある会社というか、私の申し出に色々と配慮をしてくださって。 まだ戸籍の名前が変わる前のタイミングだったのですが、同じフロアで働く社員の方々に、会社側が事情を説明して通称名を名乗る許可をいただいたり、名刺を女性の名前で新しく作り直してくれたり。 また、女性社員の方の了承を得て、女性用トイレを使わせてもらえたりもしました。あとは、健康診断の際に男性と一緒になるのではなく、女性として配慮してくださったりだとか。――当時、そういった理解のある会社は少なかったように感じますか?西原 少なかったと思います。職場で差別的な扱いを受けたり、アウティング(暴露)をされたという人の話も聞きますし、そもそも就職活動の段階で「前例がない」ことを理由に受け入れてもらえなかったり。今は昔よりも理解が進んでいるとは言っても、それは都市部や東京23区内だけなのかな、とも思います。――生活する地域によって、価値観が固定してしまって、変化しにくい場合もあるかもしれませんね。個人的な話になりますが、私自身、働いていた職場などで個人の性指向や性のあり方について、偏見を持っている人を見たこともあります。西原 そういった偏見や無関心さを背景として、実は「トランスジェンダーの貧困」というのが深刻な問題としてあるんですよ。撮影=山元茂樹/文藝春秋役所では「男の格好で就職してください」と言われることも…トランス女性(36)が語る、当事者が“貧困”に陥りやすい理由 へ続く(吉川 ばんび)
――大学を卒業されてからは、就職先で困難に直面することはありましたか?
西原 実は先ほどお話しした広告代理店の前に、アパレルメーカーに就職したんです。その会社で、通称名を名乗ることや名札を変更させてもらえないかなどを相談したんですが「うちでは難しい」と断られてしまって。在職している途中で性別移行を行うことを「在職トランス」というのですが、そこで壁にぶち当たる方は多いです。
私の場合はそれで転職活動をして、たまたま人が足りていなかったという背景もあり、ウェブ系の広告代理店に営業として採用されました。本当は内勤のデザイナーをやりたかったんですが、営業職が足りないということで。
――広告代理店では、性別移行のお話はされたのですか?
西原 はい、しました。その会社にいたのはもう13年ほど前なのですが、まだ当時の社会的背景を考えると理解がある会社というか、私の申し出に色々と配慮をしてくださって。
まだ戸籍の名前が変わる前のタイミングだったのですが、同じフロアで働く社員の方々に、会社側が事情を説明して通称名を名乗る許可をいただいたり、名刺を女性の名前で新しく作り直してくれたり。
また、女性社員の方の了承を得て、女性用トイレを使わせてもらえたりもしました。あとは、健康診断の際に男性と一緒になるのではなく、女性として配慮してくださったりだとか。
――当時、そういった理解のある会社は少なかったように感じますか?
西原 少なかったと思います。職場で差別的な扱いを受けたり、アウティング(暴露)をされたという人の話も聞きますし、そもそも就職活動の段階で「前例がない」ことを理由に受け入れてもらえなかったり。今は昔よりも理解が進んでいるとは言っても、それは都市部や東京23区内だけなのかな、とも思います。
――生活する地域によって、価値観が固定してしまって、変化しにくい場合もあるかもしれませんね。個人的な話になりますが、私自身、働いていた職場などで個人の性指向や性のあり方について、偏見を持っている人を見たこともあります。西原 そういった偏見や無関心さを背景として、実は「トランスジェンダーの貧困」というのが深刻な問題としてあるんですよ。撮影=山元茂樹/文藝春秋役所では「男の格好で就職してください」と言われることも…トランス女性(36)が語る、当事者が“貧困”に陥りやすい理由 へ続く(吉川 ばんび)
――生活する地域によって、価値観が固定してしまって、変化しにくい場合もあるかもしれませんね。個人的な話になりますが、私自身、働いていた職場などで個人の性指向や性のあり方について、偏見を持っている人を見たこともあります。
西原 そういった偏見や無関心さを背景として、実は「トランスジェンダーの貧困」というのが深刻な問題としてあるんですよ。
撮影=山元茂樹/文藝春秋役所では「男の格好で就職してください」と言われることも…トランス女性(36)が語る、当事者が“貧困”に陥りやすい理由 へ続く(吉川 ばんび)
役所では「男の格好で就職してください」と言われることも…トランス女性(36)が語る、当事者が“貧困”に陥りやすい理由 へ続く
(吉川 ばんび)