「これは長くやってきた『しきたり』だ」幽霊団員に支払われた報酬総額は3億1427万円…不透明な報酬を正当化する“地域消防団OB”の“呆れた言い分” から続く
2021年度に過去最高額を更新した日本の税収。私たちの租税負担率も上がっているなか、集められた税金は無駄なく活用されているのか……。
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毎日新聞社で記者を務める高橋祐貴氏によると、地方の山間地域では、公金が届くべき人に届いておらず、ましてや、地域の有力者によって公金が搾取されるといった事態が起こっているのだという。
ここでは、同氏の著書『追跡 税金のゆくえ~ブラックボックスを暴く』(光文社新書)の一部を抜粋。農用地に関する助成金制度を取り巻く歪な実情を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
◆◆◆
2013年5月10日朝、大分県宇佐市内の農村に住む元公務員の70代の男性は野菜の出荷作業中に、地域の長老的存在の住民に車の中に呼び入れられ、こう告げられた。
「付き合いせんことに決めたから。市報も配らんし、行事の連絡もせんので、参加せんとってくれ」
心当たりはあった。この日の約1カ月前、男性が法事で関西方面に出かけている間に集落の13世帯の住民らは会合を開き、男性を「村八分」とすることを全会一致で決議。翌日には、自治区の戸数が1戸減ったと市に届け出ていた。きっかけとなったのが、国の「中山間地域等直接支払制度」を巡るトラブルだった。
写真はイメージ AFLO
この制度では、集落ごとに協定を締結し、農地の面積や傾斜に応じて交付金が支払われる。男性は2009年に母親の介護のためにUターン移住し、11年に親から引き継いだ田んぼで稲作を始めた。しかし交付金を受け取ったことはなく、市に制度の説明を求めても、最初は「全て地域で決めるので、行政はタッチしません」の一辺倒だったという。
協定上は以前土地を貸していた知人が男性の田んぼの管理者になっていたことが分かったが、名義変更に応じてもらえず、集落の協定から自分の田んぼを除外するように求めると、住民との関係が悪化し始めた。
「金はいらんから、土地を返してくれ」
生まれ育った地域住民と争う気はなかった。男性は集落の会合で訴えたが、「外から来て偉そうなことを言うな」などと罵声を浴びせられ、次第に嫌がらせはエスカレートした。男性は周囲から口をきいてもらえず、保有する畑に行くための市道には「進入禁止」と記されたパイロンを置かれた。畑に植えていた柿の木は刃物で傷つけられたうえ、傷口に薬品を塗られたために枯れてしまった。愛用していた帽子がずたずたに切り刻まれて自宅前の庭に投げ込まれていることもあった。異常というより狂気に近い。農村地域の閉鎖性にたじろいだ。
「なんでこんな目に遭わんといかんのか」
男性は2018年、村八分の扱いを受けて人権を侵害されたとして、歴代の自治区長3人と市に計330万円の損害賠償を求める訴えを起こした。
男性が市に情報公開請求をするなどして調べたところ、市が保管する直接支払制度の協定書には、締結日さえ記載されていないことが判明した。集落には年約300万円が支払われ、そのうち半分が個人に配分されることになっているが、市への提出資料では個人配分の欄が空白になっている年もある。
「地区の代表者の意のままにできる制度。チェックするはずの市や議会も機能していない」
トラブルをきっかけに、集落の協定は2015年に終了した。
大分地裁中津支部は2021年5月、「社会通念上許されない村八分」があったと認め、歴代区長3人に計110万円の賠償金支払いなどを命じた。しかし、集落の住民らは賠償金の負担を分け合ったというものの、男性には110万円の賠償金はもちろん、国の交付金も返金されていない。男性によると村八分は続いていて、争いはむしろ泥沼化している。
市の担当者にも取材したが、「あくまでも地域間のことなので」と繰り返し、歯切れが悪い。消防団と同じで多くの職員が地域で生まれ育った。問題への深入りは極力避けたいのだろう。公金の受け取りをきっかけにしたトラブルが起きても、対応は後手に回っていた。男性は中山間地域等直接支払制度の概要を知ろうと役所の担当者を訪ねたものの、満足な説明はなかったという。
「(集落内でトラブルが起きて)警戒感が広がったのか最初は制度の説明もされず、パンフレットを渡されただけだった。行政がちゃんと説明してくれていたら、地域でのトラブルもここまで発展することはなかったと思う」
地方公務員を務めていたからこそ、行政の仕事ぶりや心理は手に取るように分かった。だからこそ、事なかれ主義で腫れ物に触るような対応が許せなかった。
また、九州地方の60代男性も同様の問題に頭を抱えていた。地元で記者と会っていることが知れわたると良からぬ噂が広まるかもしれない――。そう思った男性とは市街地のホテルで落ち合うことになった。日に焼けた顔立ちにしわの深さが目立ったが、過疎が進む地域内では若手ということで語気は力強かった。農道の清掃など地域の力仕事を買って出ていることもあって、地域のもめ事の相談も引き受けることが多い。
「交付金150万円を持ち逃げされ、皆で出し合って穴埋めしたことがある」
男性はおもむろに驚愕の事実を明かした。市や警察には通報せず、内輪で処理したという。詳しく聞いてくれと言わんばかりだった。
「正直に言いますと、中山間の交付金はいろんな問題があって。行政から支給されたお金を管理する別団体をわざわざ作って、そこから草刈り機とかを買っているんです。ある日、その金がなくなって、『えっ、しかも逃げられたんか』というのが何回かありましたね。田舎だから会計をできる人がそんなにいない。特定の人が長年管理し続けるので、ネコババが起きちゃうんです」
男性は東京の大学を卒業、そのまま就職し、30歳を過ぎた頃に地元にUターンした。「専業農家こそ地域の長」という空気感が強く残っていて、兼業農家の男性は未だにうまく地域に溶け込めていない部分があるようだった。それもあってか、地域に配られる各種の交付金がそれぞれの農家に配られていないことに違和感を持っているが、直談判するのはためらっている様子だった。
「地元の中学、農業高校を卒業して、米を育てた人が『一軍の選手』として、交付金も差配できるんです。僕は米を育ててないから1.5軍という扱いです」
自治体への会計報告は歳入と歳出の金額が合うように、例えば地域の草刈り活動をした際、実際は一人1000円ずつ配ったとしても、会計上は1万円ずつ配ったことにしている。監査機能がまったく働いていないことをいいことに、地域の盟主らがその差額を飲み食いなどに充てている。帳尻合わせの領収書も作成。あらゆる農業補助金の中でも特に問題が起きやすいのが、この直接支払制度だという。
「持ち逃げが起きて警察に言おうと思っても、元々地域で丸抱えしているので言うわけにはいかない。特定の人が女性にブランドもののバッグを買ってあげたり、おいしいものを食べさせてあげたり。アホみたいな金の使い方なんですけど、地域のメンツにも関わってくるから言えないんですよ」 農水省は過疎化や人口減少に併せて、集落の統合を図りたいが思ったように進んでいない。交付金の管理者が「ネコババ」する取り分が減ってしまうのが一つの要因とみられる。「自治体へ提出する資料をちょろまかして出しても何も指摘されないんです。いちいち見てられないんでしょうね。これぐらいは大丈夫だろうっていう積み重ねです。最近は孫や息子、娘が帰省した時のお小遣いとして交付金を充ててなんとか使い切っていますよ。分かっていても言わないことが吉なんです」 制度上の欠陥が不正を生み出しているという指摘だ。使途の透明性とチェック機能が担保されておらず、会計帳簿といった資料が公開されていないケースもある。過疎化や人口減少が進んでも変わらぬ仕組み 管理者を務める地域の有力者は昔からの地主や銀行員、公務員などさまざまだが、有力者と移住者の価値観の違いが表面化すると争いが起きやすい。「しきたり」を重んじるかどうかだ。「地方の活性化を理由に配られている交付金なのに勘違いして、楽して過ごそうというロクでもない奴らを生み出す原因にもなってしまっていると思うんです。田舎は選挙への協力を惜しまないでしょ。しかも、国は(生産過剰となった米の生産量を調整するための)減反政策に失敗した反省があるのか、厳しく切り込めない。過疎化や人口減少が進んでいるのに、地域に配られる公金の仕組みが変わっていないのはやっぱりおかしいですよ」 ノートを帳簿代わりにして、税金の使途を確認するやり方では管理者が偏る傾向があるようだ。一方で、今やほとんどの高齢者がスマホを持つ時代でもある。デジタル化の導入が進めばこうした弊害も改善され、見える化や負担減も進むように感じるが、望む声は少ない。本音は甘い蜜が吸えなくなることへの危機感ではないだろうか。(高橋 祐貴/Webオリジナル(外部転載))
「持ち逃げが起きて警察に言おうと思っても、元々地域で丸抱えしているので言うわけにはいかない。特定の人が女性にブランドもののバッグを買ってあげたり、おいしいものを食べさせてあげたり。アホみたいな金の使い方なんですけど、地域のメンツにも関わってくるから言えないんですよ」
農水省は過疎化や人口減少に併せて、集落の統合を図りたいが思ったように進んでいない。交付金の管理者が「ネコババ」する取り分が減ってしまうのが一つの要因とみられる。
「自治体へ提出する資料をちょろまかして出しても何も指摘されないんです。いちいち見てられないんでしょうね。これぐらいは大丈夫だろうっていう積み重ねです。最近は孫や息子、娘が帰省した時のお小遣いとして交付金を充ててなんとか使い切っていますよ。分かっていても言わないことが吉なんです」
制度上の欠陥が不正を生み出しているという指摘だ。使途の透明性とチェック機能が担保されておらず、会計帳簿といった資料が公開されていないケースもある。
管理者を務める地域の有力者は昔からの地主や銀行員、公務員などさまざまだが、有力者と移住者の価値観の違いが表面化すると争いが起きやすい。「しきたり」を重んじるかどうかだ。
「地方の活性化を理由に配られている交付金なのに勘違いして、楽して過ごそうというロクでもない奴らを生み出す原因にもなってしまっていると思うんです。田舎は選挙への協力を惜しまないでしょ。しかも、国は(生産過剰となった米の生産量を調整するための)減反政策に失敗した反省があるのか、厳しく切り込めない。過疎化や人口減少が進んでいるのに、地域に配られる公金の仕組みが変わっていないのはやっぱりおかしいですよ」
ノートを帳簿代わりにして、税金の使途を確認するやり方では管理者が偏る傾向があるようだ。一方で、今やほとんどの高齢者がスマホを持つ時代でもある。デジタル化の導入が進めばこうした弊害も改善され、見える化や負担減も進むように感じるが、望む声は少ない。本音は甘い蜜が吸えなくなることへの危機感ではないだろうか。
(高橋 祐貴/Webオリジナル(外部転載))