2月8日の発売以降、日本国内のみならず世界各国でも大反響を巻き起こしている『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)。いまだ終息の糸口が見えないウクライナ戦争を、生前の安倍晋三・元首相は予期していた。
【写真】赤いネクタイ、右腕からはチラッと腕時計が見えるロシアのプーチン大統領理想はロシア帝国の復活 安倍氏はロシアのプーチン大統領と27回の首脳会談を重ね、平和条約締結と領土問題解決を目指して渡り合った。 時には、当時のオバマ米大統領の強い反対を押し切って、ソチでの日ロ首脳会談に臨んだこともある。

〈米国が北方領土を取り返してくれるわけではありません。これは日本の問題だからと、押し通しました〉(以下、〈 〉内はすべて『安倍晋三回顧録』からの引用)『安倍晋三回顧録』ではそうした安倍外交の舞台裏を多くの紙幅を割いて振り返っているが、その中に、現在の“プーチンの戦争”を予言するくだりがある。 安倍氏はプーチン大統領の野望を〈彼の理想は、ロシア帝国の復活です〉と見抜き、ロシアが2014年にウクライナに侵攻してクリミア半島を併合したことについてこう述べている。〈世界史では、クリミア半島は、ロシア帝国がオスマン帝国を破って手に入れた土地です。プーチンにとっては、ひとりよがりの考え方ですが、クリミア併合は、強いロシアの復権の象徴というわけです。 バルト三国のある大統領は私に、「ロシアにウクライナを諦めろと言っても、到底無理だ。ウクライナは、ロシアの子宮みたいなもの[※]だ。クリミア半島を手始めに、これからどんどんウクライナの領土を侵食しようとするだろう」と述べていたのが印象的でした〉[※/9世紀に今のウクライナの首都・キーウを中心に成立したキエフ公国(ルーシ)をめぐり、プーチン大統領は「国家の伝統を受け継いだのはモスクワ」だと主張し、ウクライナとロシアの一体性を唱えている] 安倍氏はその警告を胸に刻んでいた。だが、ロシアとの北方領土返還交渉は困難を極め、国境を画定できないまま退陣した。安倍氏は戦争によらない領土返還の難しさ、領土交渉から得た教訓をこう語っている。〈2004年の中露の国境画定も、1969年に国境付近の川で軍事衝突が起きて、両国が解決しようとなったわけです。日本がテーブルの上で、いくら法の正当性を述べたところで、ロシアにとっては痛くも痒くもないとも言えます。 そういう観点からすれば、尖閣諸島も絶対に奪われてはならないのです。いったん占領されたら、いくら交渉したって返還は難しくなりますから〉 外交・安全保障が専門の評論家・潮匡人氏は安倍外交を貫く理念は「徹底したリアリズム」だったと指摘する。「安倍氏はプーチン大統領と個人的な親交を結んだといわれ、今回のロシアがウクライナに侵攻した当初には、『安倍さんがプーチンを説得すべき』という感情的な論評までありました。しかし、首脳外交は単なる仲良し交渉ではなく、互いに国益を背負って利害をぶつけ合う。回顧録では、安倍さんが善悪二元論ではなく、現実政治のリアリズムを踏まえてプーチンに対峙してきたことがよくわかる。 だから米国が反対しても領土交渉という国益のためにロシアを訪問したし、ロシアを警戒しながらも西側諸国の利益になるのであれば是々非々で付き合おうとしてきた。国際政治のリアリズムを強く意識して外交を行なった政治家だった」※週刊ポスト2023年3月10・17日号
安倍氏はロシアのプーチン大統領と27回の首脳会談を重ね、平和条約締結と領土問題解決を目指して渡り合った。
時には、当時のオバマ米大統領の強い反対を押し切って、ソチでの日ロ首脳会談に臨んだこともある。
〈米国が北方領土を取り返してくれるわけではありません。これは日本の問題だからと、押し通しました〉(以下、〈 〉内はすべて『安倍晋三回顧録』からの引用)
『安倍晋三回顧録』ではそうした安倍外交の舞台裏を多くの紙幅を割いて振り返っているが、その中に、現在の“プーチンの戦争”を予言するくだりがある。
安倍氏はプーチン大統領の野望を〈彼の理想は、ロシア帝国の復活です〉と見抜き、ロシアが2014年にウクライナに侵攻してクリミア半島を併合したことについてこう述べている。
〈世界史では、クリミア半島は、ロシア帝国がオスマン帝国を破って手に入れた土地です。プーチンにとっては、ひとりよがりの考え方ですが、クリミア併合は、強いロシアの復権の象徴というわけです。
バルト三国のある大統領は私に、「ロシアにウクライナを諦めろと言っても、到底無理だ。ウクライナは、ロシアの子宮みたいなもの[※]だ。クリミア半島を手始めに、これからどんどんウクライナの領土を侵食しようとするだろう」と述べていたのが印象的でした〉
[※/9世紀に今のウクライナの首都・キーウを中心に成立したキエフ公国(ルーシ)をめぐり、プーチン大統領は「国家の伝統を受け継いだのはモスクワ」だと主張し、ウクライナとロシアの一体性を唱えている]
安倍氏はその警告を胸に刻んでいた。だが、ロシアとの北方領土返還交渉は困難を極め、国境を画定できないまま退陣した。安倍氏は戦争によらない領土返還の難しさ、領土交渉から得た教訓をこう語っている。
〈2004年の中露の国境画定も、1969年に国境付近の川で軍事衝突が起きて、両国が解決しようとなったわけです。日本がテーブルの上で、いくら法の正当性を述べたところで、ロシアにとっては痛くも痒くもないとも言えます。
そういう観点からすれば、尖閣諸島も絶対に奪われてはならないのです。いったん占領されたら、いくら交渉したって返還は難しくなりますから〉
外交・安全保障が専門の評論家・潮匡人氏は安倍外交を貫く理念は「徹底したリアリズム」だったと指摘する。
「安倍氏はプーチン大統領と個人的な親交を結んだといわれ、今回のロシアがウクライナに侵攻した当初には、『安倍さんがプーチンを説得すべき』という感情的な論評までありました。しかし、首脳外交は単なる仲良し交渉ではなく、互いに国益を背負って利害をぶつけ合う。回顧録では、安倍さんが善悪二元論ではなく、現実政治のリアリズムを踏まえてプーチンに対峙してきたことがよくわかる。
だから米国が反対しても領土交渉という国益のためにロシアを訪問したし、ロシアを警戒しながらも西側諸国の利益になるのであれば是々非々で付き合おうとしてきた。国際政治のリアリズムを強く意識して外交を行なった政治家だった」
※週刊ポスト2023年3月10・17日号