去年8月、東京・渋谷の路上で起きた通り魔事件。容疑者が、中学3年生の少女だったことで、社会に衝撃を与えたが、その後の取材で、不可思議な動機と、犯行前の驚きの行動が明らかになった。
夏休みもあと少しというところで起きた事件。東京・渋谷区の京王井の頭線・神泉駅のほど近くで、去年8月20日午後7時過ぎ、歩いていた母親(事件当時53歳)と娘(事件当時19歳)が襲われた。
2人は、背後から、刃渡りおよそ8.5センチのナイフで刺され重傷。娘の傷の深さ10センチで、臓器に達するほどだった。襲ってきた犯人を取り押さえる母親と周囲の人々。渋谷の裏通りには、叫び声が響いていた。我が子を守ろうと、母親は必死だったという。
現行犯逮捕されたのは、埼玉県戸田市の公立中学3年生で、当時15歳の少女だった。目撃者によれば、取り押さえられた後、特に暴れることもなく、少女は「あの子死んだ?」と話していたという。
少女は、被害者と面識がなく、調べに対して「死刑になりたいと思ったので、たまたま見つけた女性2人をナイフで刺して殺そうとした」と打ち明けた。
当初、”死刑願望”による犯行と思われたが、少女の供述は、その後、徐々に、家族に対する”不満”へと変遷していく。
動機について、少女は、「機嫌が悪くなると、すぐに態度に出る母親の嫌いな癖に自分が似てきたので、(自分の)母親を殺そうと思った」と供述。今回の母子に対する通り魔的犯行は、自分の母親を殺害するための“予行演習だった”というのだ。
少女は埼玉県・戸田市で母と弟の3人暮らし。中学校1年の3学期から不登校になり、3年生に上がってからは、週に数回、自習室に登校していた。母親は、警視庁の事情聴取に対して、不登校になった理由については、「娘は部活をやめたことや友達同士の派閥争いを理由に学校に行かなくなった」と明らかにした。
さらに、「来年の受験に向けて、私が勉強をしっかりやるように問い詰めたり、学校に行けていないことを少し責めたりしていた」「私に対する不満を言えずに、いつのまにかためこんでいたのかもしれません」と話したという。不登校になった理由も、母からの叱責も、どこの家庭にもあるような話だ。
その一方で、少女の家の近所の人は「いつもお母さんのお手伝いをしていたのを見かけた」と家族が仲良く暮らしていたと証言している。
事件から数日が経ち、少女の足取りが判明する。事件当日の昼すぎ、「塾に行く」と言って自宅を出た少女は、自転車で戸田市内の塾に向かった。ところが、その途中で「塾に行くのが嫌」になり、行き先を変更。
さいたま市の武蔵浦和駅から電車に乗って新宿に向かったという。家を出た時の所持金はわずか500円だった。
少女は、電車に揺られながら、「きょう殺そうと思って、決意した」とのこと。しかし、この時すでに、バックの中には、犯行の数日前に100円ショップで購入し、隠し持っていたというナイフ3本が入っていた。
新宿で電車を降りた少女は、およそ4キロ離れた、神泉駅周辺まで徒歩で向かったとされる。犯行の直前、事件現場から100メートルほど離れた場所で、バッグからナイフを取り出し、衣服のポケットなどに隠して、襲撃の機会をうかがっていたという。
また捜査関係者によると、少女は、犯行の直前、“もうやるしかない“と覚悟を決めたように、持ってきたナイフで、自らの髪を切り落としていた。所持金は100円余りにまで減っていた。埼玉の家に帰る電車賃も残っていない。もう後戻りはできない状況だ。そして、歩いてきた母子を見つけ、凶行に及んだという。
刃物を事前に準備していることは計画性があるようにも見える。だが、いったん塾に向かい、初めてやって来た新宿から、数時間も街の中をさまようなど、場当たり的な犯行に見えなくもない。
事件からおよそ4カ月が過ぎた12月14日、少女に対する”処分”が決まった。さいたま家裁は、「あらかじめナイフを購入し、殺害できそうな相手と場所を選んでいて、計画性が認められるうえ、執拗で危険だ。被害者の苦痛や恐怖感は極めて大きく、悪質で重大だ」として、犯行の計画性を認定。
一方で、この事件が「発達特性や家庭環境に深く根ざしたもので、少女が事件の悪質性・重大性の問題性に向き合い始めていることに照らせば、矯正可能性も保護相当性も認められる」として、少年院に送ることを決めた。矯正に要する期間は、長期に当たる「3年程度」とされた。
結局、家裁は、大人と同じように公の法廷で裁くことではなく、育て直しを選択したのだ。凶器を事前に準備していることで計画性は認定されたが、随所で少女は犯行への“迷い”や“躊躇”を見せているように思う。少女が犯行への覚悟を決める前に、周囲はボタンの掛け違いに気づくことはできたのだろうか。
(フジテレビ社会部・警視庁担当 林理恵)