フリーライターのたかなし亜妖と申します。WEBコラムや映画・漫画レビュー、時にシナリオなどジャンル問わず文章を書く日々です。2016年に「ほかにやることがなかったから」という理由でセクシー女優デビュー。なんとなく入った業界で気づけば2年半が経過したところで、引退を決意しました。
その後は何事もなかったかのようにシレッと昼の世界へ出戻り。ライターになり早4年が経とうとしています。
以前、自身の転職記連載で書ききれなかった裏話があるので、番外編と称して昼職復帰後の苦悩について話していこうと思います。
◆“パブ全”だった自分に後悔
セクシー業界には「パブリシティ」なんて業界用語がある。意味を分かりやすく説明すると「女優自身がメディアにどこまで露出可能なのか?」という指標のこと。“メディア”とは地上波テレビや衛星放送、週刊誌やSNSへの掲載を指す。
一切制限をかけないことを「パブ全(パブリシティ全開の略)」と言い、全開の女優は仕事が回ってきやすい。人目に触れる機会も多いことから、知名度を上げるにはパブ全が必須と言えよう。可能な範囲を狭めてしまうと女優名義のSNS運用やイベント開催もままならなくなるためだ。
身バレのリスクは大きいが、当時の私は仕事のために割り切ってパブ全を貫いた。単純に仕事がたくさん欲しかったからである。
しかし引退後、いざ会社に入った瞬間かつての自分に後悔した。社内は男性が多く、「こんなモブ企画女優でも正体がバレたらどうしよう」と入社初日から激しい不安に襲われてしまったのだ。
◆隠し事が多い私、「普通」にしようと振舞うが……
チームメンバーに初めて挨拶をした時、私の顔は完全に引きつっていた。蚊の鳴くような声に明らかな作り笑顔、きっと挙動不審だったに違いない。人前に立っての自己紹介は今でも緊張するが、あの嫌な緊張感はまた次元の違うドキドキ感である。
男性陣を目の当たりにしながら「この中の誰かが作品を観たことがあったらヤバイ」と頭の中でバッドエンドのシナリオばかり思い描いてしまった。なんせ経歴はでっちあげているし、元セクシー女優なんて知られたら昼職生活があっという間におじゃん。今までの苦労が水の泡になってしまうことは避けたかったため、私は何を考えたのか、せめて“普通”に振舞おうと謎の努力を始める。
それは「もしバレたとしても“普通”にしていれば、元セクシー女優でも案外一般的な人間じゃないか……」と思ってもらえるような気がしたから。今思い返すとアホの極みみたいな考え方だけど、うら若き乙女(かは知らない)が編み出した苦肉の策と言えよう。
◆バレているかわからないまま仕事に明け暮れる日々
とは言えアパレル以外の昼職は初体験で、長いこと一般社会から離れていると何が「普通」なのかよく分からない。とりあえず入社当初はOLらしい服装をして、髪の毛も茶髪のロングヘアに変えるなど形から入ってみたが、そもそも中身が中身なのである。
段々投げやりな気持ちになり、最終的にはバレに関して危惧するのを諦めた。毎日の仕事と家での副業ライティングに明け暮れる日々だったので、細部にまで気を遣っている余裕がなくなっていたからだ。
実際にバレていたかは知らないまま会社を去ったが、私自身が異様に図太くなっていた。これだけは紛れもない事実であろう。
◆「バレ」を恐れ、「普通」が分からなくなる怖さ

このような悩ましい要素が相まって、異業種への転職を決められないケースが多数見られるのだ。
私は昼職経験があったので、業界にいる時も自分は普通だと思い込んでいた。
しかし、いざ転職してみると金銭感覚が同世代とは異なるし、世の中の考え方とこちらの脳内が大幅にズレている現実に違和感を覚える。そしてようやく「普通」が分からなくなっている状態にハッとさせられたのだ。
◆一度“夜を知ってしまう”辛さ
先ほど「長いこと一般社会から離れていた」とは書いたものの、“長いこと”といっても歴はたったの2年半しかない。
女優専業だったのも関係しているとは思うが、やはり夜職は独特の世界。一度入ったら抜け出せないと言われているのは、どこか村のような閉鎖感があるからなのかもしれない。
夜職が悪とは一切思わないが、その世界でしか通用しないルールを当たり前に受け入れるようになれば、別の世界のルールを疑問に抱くのも無理はないだろう。
一度染みついた感覚はなかなか元に戻せない。一度夜を知ってしまうと全く異なるステージへ移る時、想像以上の労力を使う。これは大金を稼ぎ、特殊な光景を見ることができた人間たちへの代償なのかもしれない。
◆一般感覚を取り戻すこともできる
少しダークな話題で締めてしまったが、そうは言っても転職ができないのではないし、結局適応できるか否かというシンプルな話なのだ。バレを一切気にしない人さえいるし、結局は本人の心持ちと、あとは継続力。これに尽きると思う。
過去の自分は本当にバレを恐れてビクビクしていたが、今当時の自分へ言いたいのは「意外となんとかなってしまう」という点と完全なる運。事態がどう転ぶかに個人差はあれど、取り越し苦労なんてことも多いのではないか。
そして通常の暮らしに戻れば“ある程度は”一般感覚を取り戻せる。最初は大変な思いをするかもしれないが、本人次第で人間は変わるものだろう。
文/たかなし亜妖
―[元セクシー女優の昼職転職記]―