静岡県裾野市の私立「さくら保育園」で、園児に虐待を繰り返した30代の保育士3人が12月4日に暴行の容疑で逮捕され、大きな波紋が広がっている。
裾野市が公表した資料によれば、保育士が園児の両足を持って逆さにして宙づりにする、カッターを見せて脅す、頭をたたく、寝かしつけた園児に「ご臨終です」と何度も発言するなど、15行為にわたる不適切な行為を行っていた。
園長が保育士に土下座をして通報を妨げたことまで発覚し、裾野市長は同月5日、園長を犯人隠蔽の疑いで刑事告発した。問題が起こっていることを知りながら市長に報告しなかった市職員幹部は、懲戒処分された。
虐待や暴行事件とまではいかないが、筆者の新刊『年収443万円』でも、保育運営会社の本部社員だった男性が「残念な経営者が、残念な保育環境を作っている」と明かしている。
元社員によれば、社長が優先するのは、次々に保育園を出して規模拡大すること。社長と取り巻きの役員、社長のお気に入りの園長だけが高収入で、保育士は低賃金。保育士の処遇改善について物申した幹部は社長の造反者と見なされ、左遷されて賃金カットという扱いを受けた。現場の改善を本社に訴える園長も冷遇されていた。やがて園長らは、「会社に何も求めない」と割り切るようになっていったという。園長にも保育士にも、「サラリーマン保育士になって、スケジュールだけこなせばいい」という意識が蔓延し、同男性は「保育現場を見たら、質の低さにがっかりしますよ」と嘆いた。この延長線上に、保育事故や虐待、暴行があるのだろう。虐待や暴行は、保育現場で決して起こってはならないことだ。なぜなら、保育は児童福祉法に基づいて福祉行政の一貫として行われている。厚生労働省の「保育所保育指針」には保育所の役割が記されており、「子どもの状況や発達過程を踏まえて、保育所における環境を通して、養護及び教育を一体的に行うこと」としている。保育士には、子どもを虐待から守り、「子どもの最善の利益を守る」という役割がある。福岡市や静岡県牧之原市の通園バス園児死亡事件は、出欠確認が徹底されないことによってバスに置き去りになって起こった。園児の出欠確認は基本中の基本。それができないほど、現場の質が劣化しているということだ。多くの保育園が掲げるであろう「一人ひとりに寄り添う」という保育理念があれば、欠席する園児がいた時に保育士は「あれ?どうしたんだろう」と心配するはず。しかし今や、業務過多などもあって「今日は休みが多くて楽になる。ラッキー」と言う保育士も存在する。 人員不足で「保育の質」も低下筆者は15年ほど前から、労働問題として保育士の働き方を追い始め、保育の質の劣化についても『ルポ保育崩壊』『ルポ保育格差』などにまとめてきた。多くの保育士が懸命に園児を想って保育し、「やりがい搾取」される実態があるなかで、保育は変質していった。きっかけとなったのは待機児童対策が国の目玉政策となった2013年以降、急ピッチな保育園の“建設ラッシュ”が始まったことだ。空前の保育士不足に陥ったことで、保育の質が著しく低下していった。評判の良い保育園でさえも、食事介助で保育士がまるで餌やりのようにご飯やおかずを乳児の口に突っ込むことが見られるようになった。咀嚼が考えられていないうえ、窒息の危険もあるが、人手不足、経験不足の人員体制のなかで保育士の頭のなかは「早く食べ終わらせて、眠らせて、お昼寝の間に日誌や連絡帳を書かなきゃ」。だから、早く食べてと急かすようになる。同様にお昼寝の時間は、なかなか眠れない子をどうにか寝かせようとする。園児の生活時間はバラバラで、朝起きる時間も違う。遅く登園する子は当然、眠れないこともある。しかし、一斉に寝てほしいという気持ちが保育士に働けば「寝なさい」と園児を威圧し、起き上がる子がいれば羽交い締めにして眠らせることが多発するように。そうした恐怖で園児が泣けば、先輩保育士が「泣かせておけば、泣き疲れて眠る」と後輩に指導する。そのような、「不適切な保育」、いや、「虐待」や「ネグレクト」と言っていいような保育が散見されるようになった。 1歳児に向かって「なんで泣くのよ!」筆者が知る限り、約20年前の保育園では0歳児クラスから5歳児クラス全てを経験して一人前。新卒でいきなり担任は持たずに、先輩を見ながら学ぶ機会に恵まれていた。しかし今は、経験2年ほどでもクラスのリーダー保育士に配置される。経験の浅いリーダー保育士が、登園して泣く1歳児に向かって「なんで泣くのよ!」と大声で怒る保育になっているケースも少なくない。保育がマニュアル化して「壁にぺったん!」と軍隊のように指令して姿勢をよくすることを強制する。保育士が過重労働で長時間働いて疲弊し、保育が流れ作業と化す。離職が相次ぎ、そこに、現場で指導できる中堅・ベテラン保育士がいないことで、不適切な保育が継承されていく。こうしたことが、社会福祉法人や株式会社の私立や公立、保育士が正職員・正社員か非正規雇用かであるかを問わずに起こっている。「てめー!お前なんかに食べさせない!」これまでの取材からも、虐待あるいは虐待寸前の現場の実態が浮かび上がっている。都内のある認可保育園では、虐待が横行していた。何十年と歴史のある社会福祉法人が運営する認可保育園で派遣保育士として働いていた女性が、約5年前に現場の実情を明かした。「4歳児のクラスの担任が、『てめー!お前なんかに食べさせない!』と言って、二人がかりで扉を押さえて園児を部屋から閉め出していました。保育士が思うようなスピードで着替えをしなかったことの制裁でした。その状態が1時間以上続き、その子は嗚咽して、白目になって過呼吸になっていました。また、担任の保育士から見て食事前の準備がスムーズにできない、友達とおしゃべりしていただけで、“ふざけていた”と言われて園児は保育室で立たされ、『あんたにご飯あげない』と言われていました。リーダー役の正社員の保育士は、後輩の保育士に『(園児に)なめられているから、しめてこい』と命じ、後輩保育士は誰もいない部屋で男児の腕をつかんで、ぶんぶんと振り回し、勢い余って男児が振り落とされ転がってしまったのです。給食の時間は、1歳児が行儀よく食べられないからと、椅子にベルトで括り付けられていました。行政の監査が入る時は事前に分かるので、ベルトは隠していました」この派遣保育士の女性は、現場で起こる虐待に耐え切れず、派遣契約が満了になると逃げるように去った。保育の世界は、上下関係が厳しい面がある。クラスのなかでは先輩と後輩の関係。園全体では、たとえ年齢が若くても保育士が正職員であり担任であると、非常勤の保育士や保育補助者が年上でベテランであっても、「担任や正職員に注意できない」という暗黙のルールが少なからず存在する。前述した虐待の起こる保育現場では、心ある非正規の保育士が次々と辞め、虐待する保育士が居残っていたという。園長はそれが分かっていても、指導はしなかったという。保育園の配置基準を守るために、辞められると困るからだ。それでも離職が激しく、派遣が辞めると園長は「(派遣会社に)オーダー、オーダー。ああ、またお金がかかる」という軽い感覚に陥っていたという。後編「このままでは子どもが死ぬ…あまりに質の低い保育士の『残念すぎる実態』」では、質の低い保育士の行動、問題の口外を禁じる実態などについて掘り下げる。
元社員によれば、社長が優先するのは、次々に保育園を出して規模拡大すること。社長と取り巻きの役員、社長のお気に入りの園長だけが高収入で、保育士は低賃金。保育士の処遇改善について物申した幹部は社長の造反者と見なされ、左遷されて賃金カットという扱いを受けた。現場の改善を本社に訴える園長も冷遇されていた。やがて園長らは、「会社に何も求めない」と割り切るようになっていったという。園長にも保育士にも、「サラリーマン保育士になって、スケジュールだけこなせばいい」という意識が蔓延し、同男性は「保育現場を見たら、質の低さにがっかりしますよ」と嘆いた。この延長線上に、保育事故や虐待、暴行があるのだろう。虐待や暴行は、保育現場で決して起こってはならないことだ。なぜなら、保育は児童福祉法に基づいて福祉行政の一貫として行われている。厚生労働省の「保育所保育指針」には保育所の役割が記されており、「子どもの状況や発達過程を踏まえて、保育所における環境を通して、養護及び教育を一体的に行うこと」としている。保育士には、子どもを虐待から守り、「子どもの最善の利益を守る」という役割がある。福岡市や静岡県牧之原市の通園バス園児死亡事件は、出欠確認が徹底されないことによってバスに置き去りになって起こった。園児の出欠確認は基本中の基本。それができないほど、現場の質が劣化しているということだ。多くの保育園が掲げるであろう「一人ひとりに寄り添う」という保育理念があれば、欠席する園児がいた時に保育士は「あれ?どうしたんだろう」と心配するはず。しかし今や、業務過多などもあって「今日は休みが多くて楽になる。ラッキー」と言う保育士も存在する。 人員不足で「保育の質」も低下筆者は15年ほど前から、労働問題として保育士の働き方を追い始め、保育の質の劣化についても『ルポ保育崩壊』『ルポ保育格差』などにまとめてきた。多くの保育士が懸命に園児を想って保育し、「やりがい搾取」される実態があるなかで、保育は変質していった。きっかけとなったのは待機児童対策が国の目玉政策となった2013年以降、急ピッチな保育園の“建設ラッシュ”が始まったことだ。空前の保育士不足に陥ったことで、保育の質が著しく低下していった。評判の良い保育園でさえも、食事介助で保育士がまるで餌やりのようにご飯やおかずを乳児の口に突っ込むことが見られるようになった。咀嚼が考えられていないうえ、窒息の危険もあるが、人手不足、経験不足の人員体制のなかで保育士の頭のなかは「早く食べ終わらせて、眠らせて、お昼寝の間に日誌や連絡帳を書かなきゃ」。だから、早く食べてと急かすようになる。同様にお昼寝の時間は、なかなか眠れない子をどうにか寝かせようとする。園児の生活時間はバラバラで、朝起きる時間も違う。遅く登園する子は当然、眠れないこともある。しかし、一斉に寝てほしいという気持ちが保育士に働けば「寝なさい」と園児を威圧し、起き上がる子がいれば羽交い締めにして眠らせることが多発するように。そうした恐怖で園児が泣けば、先輩保育士が「泣かせておけば、泣き疲れて眠る」と後輩に指導する。そのような、「不適切な保育」、いや、「虐待」や「ネグレクト」と言っていいような保育が散見されるようになった。 1歳児に向かって「なんで泣くのよ!」筆者が知る限り、約20年前の保育園では0歳児クラスから5歳児クラス全てを経験して一人前。新卒でいきなり担任は持たずに、先輩を見ながら学ぶ機会に恵まれていた。しかし今は、経験2年ほどでもクラスのリーダー保育士に配置される。経験の浅いリーダー保育士が、登園して泣く1歳児に向かって「なんで泣くのよ!」と大声で怒る保育になっているケースも少なくない。保育がマニュアル化して「壁にぺったん!」と軍隊のように指令して姿勢をよくすることを強制する。保育士が過重労働で長時間働いて疲弊し、保育が流れ作業と化す。離職が相次ぎ、そこに、現場で指導できる中堅・ベテラン保育士がいないことで、不適切な保育が継承されていく。こうしたことが、社会福祉法人や株式会社の私立や公立、保育士が正職員・正社員か非正規雇用かであるかを問わずに起こっている。「てめー!お前なんかに食べさせない!」これまでの取材からも、虐待あるいは虐待寸前の現場の実態が浮かび上がっている。都内のある認可保育園では、虐待が横行していた。何十年と歴史のある社会福祉法人が運営する認可保育園で派遣保育士として働いていた女性が、約5年前に現場の実情を明かした。「4歳児のクラスの担任が、『てめー!お前なんかに食べさせない!』と言って、二人がかりで扉を押さえて園児を部屋から閉め出していました。保育士が思うようなスピードで着替えをしなかったことの制裁でした。その状態が1時間以上続き、その子は嗚咽して、白目になって過呼吸になっていました。また、担任の保育士から見て食事前の準備がスムーズにできない、友達とおしゃべりしていただけで、“ふざけていた”と言われて園児は保育室で立たされ、『あんたにご飯あげない』と言われていました。リーダー役の正社員の保育士は、後輩の保育士に『(園児に)なめられているから、しめてこい』と命じ、後輩保育士は誰もいない部屋で男児の腕をつかんで、ぶんぶんと振り回し、勢い余って男児が振り落とされ転がってしまったのです。給食の時間は、1歳児が行儀よく食べられないからと、椅子にベルトで括り付けられていました。行政の監査が入る時は事前に分かるので、ベルトは隠していました」この派遣保育士の女性は、現場で起こる虐待に耐え切れず、派遣契約が満了になると逃げるように去った。保育の世界は、上下関係が厳しい面がある。クラスのなかでは先輩と後輩の関係。園全体では、たとえ年齢が若くても保育士が正職員であり担任であると、非常勤の保育士や保育補助者が年上でベテランであっても、「担任や正職員に注意できない」という暗黙のルールが少なからず存在する。前述した虐待の起こる保育現場では、心ある非正規の保育士が次々と辞め、虐待する保育士が居残っていたという。園長はそれが分かっていても、指導はしなかったという。保育園の配置基準を守るために、辞められると困るからだ。それでも離職が激しく、派遣が辞めると園長は「(派遣会社に)オーダー、オーダー。ああ、またお金がかかる」という軽い感覚に陥っていたという。後編「このままでは子どもが死ぬ…あまりに質の低い保育士の『残念すぎる実態』」では、質の低い保育士の行動、問題の口外を禁じる実態などについて掘り下げる。
元社員によれば、社長が優先するのは、次々に保育園を出して規模拡大すること。社長と取り巻きの役員、社長のお気に入りの園長だけが高収入で、保育士は低賃金。保育士の処遇改善について物申した幹部は社長の造反者と見なされ、左遷されて賃金カットという扱いを受けた。現場の改善を本社に訴える園長も冷遇されていた。
やがて園長らは、「会社に何も求めない」と割り切るようになっていったという。園長にも保育士にも、「サラリーマン保育士になって、スケジュールだけこなせばいい」という意識が蔓延し、同男性は「保育現場を見たら、質の低さにがっかりしますよ」と嘆いた。
この延長線上に、保育事故や虐待、暴行があるのだろう。
虐待や暴行は、保育現場で決して起こってはならないことだ。なぜなら、保育は児童福祉法に基づいて福祉行政の一貫として行われている。
厚生労働省の「保育所保育指針」には保育所の役割が記されており、「子どもの状況や発達過程を踏まえて、保育所における環境を通して、養護及び教育を一体的に行うこと」としている。保育士には、子どもを虐待から守り、「子どもの最善の利益を守る」という役割がある。
福岡市や静岡県牧之原市の通園バス園児死亡事件は、出欠確認が徹底されないことによってバスに置き去りになって起こった。園児の出欠確認は基本中の基本。それができないほど、現場の質が劣化しているということだ。
多くの保育園が掲げるであろう「一人ひとりに寄り添う」という保育理念があれば、欠席する園児がいた時に保育士は「あれ?どうしたんだろう」と心配するはず。しかし今や、業務過多などもあって「今日は休みが多くて楽になる。ラッキー」と言う保育士も存在する。
人員不足で「保育の質」も低下筆者は15年ほど前から、労働問題として保育士の働き方を追い始め、保育の質の劣化についても『ルポ保育崩壊』『ルポ保育格差』などにまとめてきた。多くの保育士が懸命に園児を想って保育し、「やりがい搾取」される実態があるなかで、保育は変質していった。きっかけとなったのは待機児童対策が国の目玉政策となった2013年以降、急ピッチな保育園の“建設ラッシュ”が始まったことだ。空前の保育士不足に陥ったことで、保育の質が著しく低下していった。評判の良い保育園でさえも、食事介助で保育士がまるで餌やりのようにご飯やおかずを乳児の口に突っ込むことが見られるようになった。咀嚼が考えられていないうえ、窒息の危険もあるが、人手不足、経験不足の人員体制のなかで保育士の頭のなかは「早く食べ終わらせて、眠らせて、お昼寝の間に日誌や連絡帳を書かなきゃ」。だから、早く食べてと急かすようになる。同様にお昼寝の時間は、なかなか眠れない子をどうにか寝かせようとする。園児の生活時間はバラバラで、朝起きる時間も違う。遅く登園する子は当然、眠れないこともある。しかし、一斉に寝てほしいという気持ちが保育士に働けば「寝なさい」と園児を威圧し、起き上がる子がいれば羽交い締めにして眠らせることが多発するように。そうした恐怖で園児が泣けば、先輩保育士が「泣かせておけば、泣き疲れて眠る」と後輩に指導する。そのような、「不適切な保育」、いや、「虐待」や「ネグレクト」と言っていいような保育が散見されるようになった。 1歳児に向かって「なんで泣くのよ!」筆者が知る限り、約20年前の保育園では0歳児クラスから5歳児クラス全てを経験して一人前。新卒でいきなり担任は持たずに、先輩を見ながら学ぶ機会に恵まれていた。しかし今は、経験2年ほどでもクラスのリーダー保育士に配置される。経験の浅いリーダー保育士が、登園して泣く1歳児に向かって「なんで泣くのよ!」と大声で怒る保育になっているケースも少なくない。保育がマニュアル化して「壁にぺったん!」と軍隊のように指令して姿勢をよくすることを強制する。保育士が過重労働で長時間働いて疲弊し、保育が流れ作業と化す。離職が相次ぎ、そこに、現場で指導できる中堅・ベテラン保育士がいないことで、不適切な保育が継承されていく。こうしたことが、社会福祉法人や株式会社の私立や公立、保育士が正職員・正社員か非正規雇用かであるかを問わずに起こっている。「てめー!お前なんかに食べさせない!」これまでの取材からも、虐待あるいは虐待寸前の現場の実態が浮かび上がっている。都内のある認可保育園では、虐待が横行していた。何十年と歴史のある社会福祉法人が運営する認可保育園で派遣保育士として働いていた女性が、約5年前に現場の実情を明かした。「4歳児のクラスの担任が、『てめー!お前なんかに食べさせない!』と言って、二人がかりで扉を押さえて園児を部屋から閉め出していました。保育士が思うようなスピードで着替えをしなかったことの制裁でした。その状態が1時間以上続き、その子は嗚咽して、白目になって過呼吸になっていました。また、担任の保育士から見て食事前の準備がスムーズにできない、友達とおしゃべりしていただけで、“ふざけていた”と言われて園児は保育室で立たされ、『あんたにご飯あげない』と言われていました。リーダー役の正社員の保育士は、後輩の保育士に『(園児に)なめられているから、しめてこい』と命じ、後輩保育士は誰もいない部屋で男児の腕をつかんで、ぶんぶんと振り回し、勢い余って男児が振り落とされ転がってしまったのです。給食の時間は、1歳児が行儀よく食べられないからと、椅子にベルトで括り付けられていました。行政の監査が入る時は事前に分かるので、ベルトは隠していました」この派遣保育士の女性は、現場で起こる虐待に耐え切れず、派遣契約が満了になると逃げるように去った。保育の世界は、上下関係が厳しい面がある。クラスのなかでは先輩と後輩の関係。園全体では、たとえ年齢が若くても保育士が正職員であり担任であると、非常勤の保育士や保育補助者が年上でベテランであっても、「担任や正職員に注意できない」という暗黙のルールが少なからず存在する。前述した虐待の起こる保育現場では、心ある非正規の保育士が次々と辞め、虐待する保育士が居残っていたという。園長はそれが分かっていても、指導はしなかったという。保育園の配置基準を守るために、辞められると困るからだ。それでも離職が激しく、派遣が辞めると園長は「(派遣会社に)オーダー、オーダー。ああ、またお金がかかる」という軽い感覚に陥っていたという。後編「このままでは子どもが死ぬ…あまりに質の低い保育士の『残念すぎる実態』」では、質の低い保育士の行動、問題の口外を禁じる実態などについて掘り下げる。
筆者は15年ほど前から、労働問題として保育士の働き方を追い始め、保育の質の劣化についても『ルポ保育崩壊』『ルポ保育格差』などにまとめてきた。多くの保育士が懸命に園児を想って保育し、「やりがい搾取」される実態があるなかで、保育は変質していった。
きっかけとなったのは待機児童対策が国の目玉政策となった2013年以降、急ピッチな保育園の“建設ラッシュ”が始まったことだ。空前の保育士不足に陥ったことで、保育の質が著しく低下していった。
評判の良い保育園でさえも、食事介助で保育士がまるで餌やりのようにご飯やおかずを乳児の口に突っ込むことが見られるようになった。咀嚼が考えられていないうえ、窒息の危険もあるが、人手不足、経験不足の人員体制のなかで保育士の頭のなかは「早く食べ終わらせて、眠らせて、お昼寝の間に日誌や連絡帳を書かなきゃ」。だから、早く食べてと急かすようになる。
同様にお昼寝の時間は、なかなか眠れない子をどうにか寝かせようとする。園児の生活時間はバラバラで、朝起きる時間も違う。遅く登園する子は当然、眠れないこともある。しかし、一斉に寝てほしいという気持ちが保育士に働けば「寝なさい」と園児を威圧し、起き上がる子がいれば羽交い締めにして眠らせることが多発するように。
そうした恐怖で園児が泣けば、先輩保育士が「泣かせておけば、泣き疲れて眠る」と後輩に指導する。そのような、「不適切な保育」、いや、「虐待」や「ネグレクト」と言っていいような保育が散見されるようになった。
1歳児に向かって「なんで泣くのよ!」筆者が知る限り、約20年前の保育園では0歳児クラスから5歳児クラス全てを経験して一人前。新卒でいきなり担任は持たずに、先輩を見ながら学ぶ機会に恵まれていた。しかし今は、経験2年ほどでもクラスのリーダー保育士に配置される。経験の浅いリーダー保育士が、登園して泣く1歳児に向かって「なんで泣くのよ!」と大声で怒る保育になっているケースも少なくない。保育がマニュアル化して「壁にぺったん!」と軍隊のように指令して姿勢をよくすることを強制する。保育士が過重労働で長時間働いて疲弊し、保育が流れ作業と化す。離職が相次ぎ、そこに、現場で指導できる中堅・ベテラン保育士がいないことで、不適切な保育が継承されていく。こうしたことが、社会福祉法人や株式会社の私立や公立、保育士が正職員・正社員か非正規雇用かであるかを問わずに起こっている。「てめー!お前なんかに食べさせない!」これまでの取材からも、虐待あるいは虐待寸前の現場の実態が浮かび上がっている。都内のある認可保育園では、虐待が横行していた。何十年と歴史のある社会福祉法人が運営する認可保育園で派遣保育士として働いていた女性が、約5年前に現場の実情を明かした。「4歳児のクラスの担任が、『てめー!お前なんかに食べさせない!』と言って、二人がかりで扉を押さえて園児を部屋から閉め出していました。保育士が思うようなスピードで着替えをしなかったことの制裁でした。その状態が1時間以上続き、その子は嗚咽して、白目になって過呼吸になっていました。また、担任の保育士から見て食事前の準備がスムーズにできない、友達とおしゃべりしていただけで、“ふざけていた”と言われて園児は保育室で立たされ、『あんたにご飯あげない』と言われていました。リーダー役の正社員の保育士は、後輩の保育士に『(園児に)なめられているから、しめてこい』と命じ、後輩保育士は誰もいない部屋で男児の腕をつかんで、ぶんぶんと振り回し、勢い余って男児が振り落とされ転がってしまったのです。給食の時間は、1歳児が行儀よく食べられないからと、椅子にベルトで括り付けられていました。行政の監査が入る時は事前に分かるので、ベルトは隠していました」この派遣保育士の女性は、現場で起こる虐待に耐え切れず、派遣契約が満了になると逃げるように去った。保育の世界は、上下関係が厳しい面がある。クラスのなかでは先輩と後輩の関係。園全体では、たとえ年齢が若くても保育士が正職員であり担任であると、非常勤の保育士や保育補助者が年上でベテランであっても、「担任や正職員に注意できない」という暗黙のルールが少なからず存在する。前述した虐待の起こる保育現場では、心ある非正規の保育士が次々と辞め、虐待する保育士が居残っていたという。園長はそれが分かっていても、指導はしなかったという。保育園の配置基準を守るために、辞められると困るからだ。それでも離職が激しく、派遣が辞めると園長は「(派遣会社に)オーダー、オーダー。ああ、またお金がかかる」という軽い感覚に陥っていたという。後編「このままでは子どもが死ぬ…あまりに質の低い保育士の『残念すぎる実態』」では、質の低い保育士の行動、問題の口外を禁じる実態などについて掘り下げる。
筆者が知る限り、約20年前の保育園では0歳児クラスから5歳児クラス全てを経験して一人前。新卒でいきなり担任は持たずに、先輩を見ながら学ぶ機会に恵まれていた。しかし今は、経験2年ほどでもクラスのリーダー保育士に配置される。
経験の浅いリーダー保育士が、登園して泣く1歳児に向かって「なんで泣くのよ!」と大声で怒る保育になっているケースも少なくない。保育がマニュアル化して「壁にぺったん!」と軍隊のように指令して姿勢をよくすることを強制する。
保育士が過重労働で長時間働いて疲弊し、保育が流れ作業と化す。離職が相次ぎ、そこに、現場で指導できる中堅・ベテラン保育士がいないことで、不適切な保育が継承されていく。こうしたことが、社会福祉法人や株式会社の私立や公立、保育士が正職員・正社員か非正規雇用かであるかを問わずに起こっている。
これまでの取材からも、虐待あるいは虐待寸前の現場の実態が浮かび上がっている。
都内のある認可保育園では、虐待が横行していた。何十年と歴史のある社会福祉法人が運営する認可保育園で派遣保育士として働いていた女性が、約5年前に現場の実情を明かした。
「4歳児のクラスの担任が、『てめー!お前なんかに食べさせない!』と言って、二人がかりで扉を押さえて園児を部屋から閉め出していました。保育士が思うようなスピードで着替えをしなかったことの制裁でした。その状態が1時間以上続き、その子は嗚咽して、白目になって過呼吸になっていました。
また、担任の保育士から見て食事前の準備がスムーズにできない、友達とおしゃべりしていただけで、“ふざけていた”と言われて園児は保育室で立たされ、『あんたにご飯あげない』と言われていました。
リーダー役の正社員の保育士は、後輩の保育士に『(園児に)なめられているから、しめてこい』と命じ、後輩保育士は誰もいない部屋で男児の腕をつかんで、ぶんぶんと振り回し、勢い余って男児が振り落とされ転がってしまったのです。
給食の時間は、1歳児が行儀よく食べられないからと、椅子にベルトで括り付けられていました。行政の監査が入る時は事前に分かるので、ベルトは隠していました」
この派遣保育士の女性は、現場で起こる虐待に耐え切れず、派遣契約が満了になると逃げるように去った。保育の世界は、上下関係が厳しい面がある。クラスのなかでは先輩と後輩の関係。園全体では、たとえ年齢が若くても保育士が正職員であり担任であると、非常勤の保育士や保育補助者が年上でベテランであっても、「担任や正職員に注意できない」という暗黙のルールが少なからず存在する。
前述した虐待の起こる保育現場では、心ある非正規の保育士が次々と辞め、虐待する保育士が居残っていたという。園長はそれが分かっていても、指導はしなかったという。保育園の配置基準を守るために、辞められると困るからだ。それでも離職が激しく、派遣が辞めると園長は「(派遣会社に)オーダー、オーダー。ああ、またお金がかかる」という軽い感覚に陥っていたという。
後編「このままでは子どもが死ぬ…あまりに質の低い保育士の『残念すぎる実態』」では、質の低い保育士の行動、問題の口外を禁じる実態などについて掘り下げる。