パワハラや公金がらみの疑惑に端を発し失職した斎藤元彦知事が再選された、11月の兵庫県知事選挙。対立候補だった稲村和美・前尼崎市長を貶めたSNSへのデマ投稿に「違法性がある」とみた兵庫県警が、ついに捜査に乗り出した。さらに、斎藤陣営の中枢幹部が、公職選挙法で禁じられた対価支払いを伴うSNSでの選挙公報をPR会社に発注したことをうかがわせるメッセージを関係者に送っていたことが発覚。「SNS知事選」の裏にはどれほどの闇が広がっているのか――。
【画像あり】“チームさいとう公式”オープンチャットでは立花氏の街宣情報と共に奥谷氏の住所も共有されていた
デマ投稿にからみ兵庫県警は、稲村陣営からの告発を受理し、それを公にしてもいいと稲村陣営に伝えることで立件する意志を明確にした。
これを受けた稲村陣営の津久井進弁護士が12月20日、被疑者を特定した告発が受理されたと記者会見で明らかにした。
「選挙中、稲村候補を攻撃するため、①1000億円で県庁を建て替える、②緑の党のメンバーだ、③外国人参政権を推進、④尼崎市長の退職金をお手盛りで増額した――という4つのデマがSNSで拡散されました。これらを発信した複数のアカウント主が公選法の虚偽事項公表罪違反で告発され、これが受理されたんです」
そう話す県政関係者が続ける。
「これは入口にすぎません。選挙では『斎藤氏の疑惑は斎藤氏を陥れるために県議やマスコミがでっち上げた捏造だ』というデマも蔓延しました。これも多くの人が信じ、名を挙げられた県議らを攻撃する新たなデマもつくられました。
こうしたデマを撒き散らした者に立件対象が広がるかも焦点です。さらに、街頭演説で国会議員が公然とこういった話をしたとの情報もあります。事実ならSNS発信者だけの立件は不公平だとの声が出るでしょう。捜査は拡大し、選挙違反史に残る大事件に発展するかもしれません」
捜査が拡大する可能性が高いのは、これらのデマが、斎藤氏の支援者が組織的に構築したLINEアカウントからも拡散された疑いがあるためだ。兵庫県議会関係者が話す。
「『チームさいとうLINE』というアカウントです。『さいとう元彦を応援する私設のチーム』が運用しているとの表記がありましたが、トップ画面からサービスページに入ると『公式サイト さいとう元彦』と書かれ、斎藤氏のイメージカラーであるブルーの波型をバックに斎藤氏が斜め上を望む写真が現れたんです」
今は消されているサービスページには、斎藤氏個人のホームページにある経歴紹介の文章や幼少期の写真も使われていたという。
最終的に3000人以上が登録した記録があるこのアカウントでさらに重要なのは、トップ画面にもう一つある「トーク」と書かれた部分をクリックして進んだ先の内容だ。
「ここには管理者から斎藤候補の街頭演説の日程の他に、ボランティア登録の入口や、『雑談(さいとうさんの話)』と名付けられたオープンチャットの入口が送られてきました」(同関係者)
この「雑談オプチャ」がデマの根源の一つだったと関係者は指摘する。集英社オンラインは書き込みの一部を報じている(♯15)が、そこでは、
〈年配男性には斎藤さんの良いところを推し活するより、稲村さんが極左だと話した方がてっとり早かったことがあります。赤軍とかも持ち出して、最後に『らしいですよ』とか『知らんけど』と関西人らしく〆て、冗談まじりに、左派だと刷り込んでいくとか!〉
〈(斎藤氏は)1000億以上の豪華県庁を見直したらはめられて辞めさせられたらしい、とか話す。あと『県庁の人から聞いたうわさ話なんやけど』は、耳を傾けてもらうのに効果絶大〉
〈稲村さんはGHQに洗脳された反日左翼ですけど、それを柔らかく発信しますか?〉
といった、今回告発が受理された告発内容に直結するデマをいかに効果的に拡散させるかについてのアイディアが交換されていた。
それだけではない。斎藤氏の疑惑を告発した元西播磨県民局長・Aさん(60)が、7月に自死するという悲劇が起こっている。Aさんはこの時期、斎藤氏側近に押収された公用パソコンにあった私的な文書の内容が公開されることに胸を痛めていた。
チャットには、Aさんの家族を挙げ〈●●(家族)の経歴の写真持ってませんか?保存したつもりが見つからなくて〉といった呼びかけやこれに回答する書き込みまであった。
「Aさんの家族に何をするつもりだったのか。名誉棄損や脅迫といった犯罪の準備ではないのか、検証の対象になるでしょう」と関係者は指摘する。
チャットでは他に、斎藤氏を批判した人物に「コメント凸お願いします」と、集団で抗議しろとの呼びかけもなされていた。
これらのコメントは、選挙当日の11月17日午前0時にチャットが丸ごと閉鎖されるまで管理者が削除することもなかった。「チームさいとう」は問題がないとみなしていたことになる。
かつてアカウントに登録したことがある有権者のFさんは証言する。
「このルームには、アカウントに入るためのQRコードも送られてきました。『チームさいとう 公式LINE』と書かれたこのQRコードがLINEで転送され、アカウント参加者が増えていきました。それだけではありません。斎藤氏の街頭演説で聴衆の整理を行なっていた人たちは首からネームプレートのようにこのQRコードを下げ、聴衆にアカウント加入を誘っていました」(Fさん)
つまり、街頭演説の現場でも宣伝されたQRコードからアカウントに入ると、デマを広げたオープンチャットにたどり着く仕組みだったことになる。
このオープンチャットの運用には関東の選挙でSNS広報戦略の経験があるとみられる関東近辺在住の人物や、兵庫の近隣県に住所地を持ち中国資本企業で実務を仕切る幹部社員の可能性がある人物らが関わったとみられている。(♯17)この幹部社員は、自身が勤める会社の名刺を周囲に配っていたという情報もある。
「この人らがなぜ斎藤氏の支援態勢を作り上げたのか、興味深い」と公安関係者も話す。「私設」の体を取ったSNS応援団の解明は端緒についたばかりだ。
一方で、「陣営」の不透明なSNS戦略では、公選法違反での立件につながる重要な証拠の存在が明らかになった。
前出のmerchu社長・折田楓氏は11月20日に公開したnoteで、斎藤陣営のSNS戦略について「私が監修者として、運用戦略立案、アカウントの立ち上げ(中略)などを責任をもって行い、信頼できる少数精鋭のチームで協力しながら運用していました」と記載。この作業を仕事として手がけたとも書いていた。
公選法はネット上の選挙運動について、業者が主体的に企画・立案を行い、この業者が選挙運動の主体と認められる場合、報酬の支払いは買収罪に当たる可能性があるとしている。
また、候補者本人や陣営幹部の買収行為が認められれば候補者の当選が無効になる場合もあり、斎藤氏側はこのnoteの内容の否定に躍起となっている。
斎藤氏の代理人である奥見司弁護士は記者会見で、陣営がポスターデザイン制作などの名目で計71万5000円をmerchuに支払ったと認めながら、折田氏はSNS広報をボランティアで行い、主体的な関与もないと主張した。
「ところが、斎藤陣営の選対中枢幹部が、支持者に『SNS広報は折田さんに監修を任せている』との趣旨のメッセージを送っていたことが分かりました。折田氏の言い分と一致します。兵庫県警と神戸地検は、斎藤氏を買収罪で、折田氏を被買収罪で捜査していますが、このメッセージを確保したことで立件が可能だと判断した可能性があります」(兵庫県政関係者)
SNSが選挙文化を変えたとまで言われた兵庫県知事選。そのSNSの活用の裏にどれほどの不正と違法があったのか。解明はこれからだ。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班