2023年1月26日、名古屋高裁で詐欺罪に問われた住所不定、無職の河野孝典被告(48)に対する判決公判があり、田邊三保子裁判長は一審判決の懲役4年6カ月を支持して、控訴を棄却した。河野被告は最高裁に上告した。 河野被告と被害者のA子さん(30)は音楽配信アプリの『nana』を通じて知り合った。A子さんの歌の投稿を聴いた河野被告が、「出会ったことのない特別な歌声だ」などと言って褒めまくり、「自分のライブ配信アプリで紹介したい」などと言って、接触してきたのがきっかけだった。
◆月収200万円のピアニストを自称
「自分は音大で非常勤講師もしているピアニスト。だけど、生い立ちは波乱万丈だった。親に病院前で捨てられ、児童養護施設で育ち、中1からは一人暮らしを始めた。交際相手を守るために犯人と格闘し、刑事事件を起こして少年院に入ったこともあった。その後、東京音楽大学に特待生として入学し、ピアニストになったが、30歳のときに白血病であることが分かった。でも、白血病の過酷な治療もキミのために必死に耐えてやってきた。今はお金の心配も身体の心配もない。家族もいないし、今後キミには絶対負担をかけさせない。必ず幸せにする」
A子さんの関心を引くため、NHKの子ども向け番組の一部伴奏や、優里やノーバディノーズの新曲の楽曲提供や編曲の仕事にも関わっているなどと話していた。その結果、莫大な資産を築くことになり、「自分は一般の人が稼ぐことができないほどの収入がある。月収は200万円」などと自慢。A子さんとは2021年2月14日に初めて会い、その日のうちにプロポーズされ、結婚を前提とした交際をすることになった。
◆白血病の治療費を被害女性に無心
ところが、交際してしばらく経った頃、「キャッシュカード入りのかばんを盗まれ、3200万円を引き出された。すべて盗難保険で戻ってくるが、ピアノのローンと所得税の支払いが間に合わなくて困っている。必ず返すから貸してくれないか」と持ちかけられた。
A子さんは婚約者の一大事と思い、菓子店を開くという夢のために貯めていた預金からその用を立て替えた。
「ありがとう。戻ってきたお金はキミの財産になるようにするから」
同年5月からは同棲した。すると、河野被告は「白血病の治療に使用している未承認薬の治療費が払えない。お金を貸してほしい」などと言って、頻繁にカネを無心するようになった。カネを出さなければ、婚約者は死んでしまうのだから、A子さんは拒むことができない。預金は使い果たし消費者金融からも借金した。それでも河野被告の要求は止むことがなかった。
「オレの中の白血病が暴れ出している。血尿が出た。体中が痛い。だるい。病院に行きたい。未承認薬を打たなければ死んでしまう。カネが返ってくれば、すぐに返せるので貸してほしい」
そんなことを言いながら、A子さんから受け取った金は数十万円単位でゲイバーやガールズバー、おっぱいパブなどで散財していた。
◆10年以上同棲している内妻の存在
それに河野被告がしたたかだったのは、A子さんと同棲しながら、別の女性とも同棲していたことである。
それは河野被告の内妻というべき女性で、10年以上の付き合いがあった。河野被告は2018年11月にも似たような事件を起こし、「白血病を患っており、未承認薬が必要」と言って、2人の女性を騙し、1人は自己破産、もう1人からは現金130万円を騙し取ったとして、懲役1年6カ月の実刑判決を受け、A子さんと付き合う直前まで服役していた。

◆A子さんの母や姉も言葉巧みに騙す
A子さんが金銭に困窮し、「母や姉に相談する」と言うと、「結婚を反対されるかもしれないからやめて」と言いながら、「1セット27万円の未承認薬に切り替わることになった。カネを貸してほしい」などと言って、さらにA子さんを追い詰めた。
同年7月、A子さんの母親や姉を交えて話し合いをすることになった。そこで河野被告は迫真の演技でA子さんの母親や姉を欺いた。
「財布の盗難に遭い、主に生活費のために同棲することになった。税金の支払いと白血病の治療費としてA子さんからカネを借りているが、保険が下りたら全額返す。仕事面の金銭の動きを一任している社労士を代理人に立て、A子さんの口座に全額振り込むように手続きを進めさせている」
こうしてA子さんの母親や姉からも信用され、援助を受けることになった。河野被告がA子さん一家から借りた金の総額は2000万円以上になった。
その後もA子さんからカネを引っ張るためにウソをつきまくり、たまに返済の見通しについて聞かれると、「警察の捜査が終わるまで、口座に触れることはできない」「社労士がコロナで入院してしまい、治療が長引いている」「社労士のミスで手続きが遅れている」などと言ってごまかしていた。
◆血液検査は正常、年齢も10歳以上違う
そんなA子さんがついに不信感を持ったのは、河野被告の血液検査の結果報告書に書かれた生年月日を偶然見たことだった。
「聞いていた年齢と10歳以上も違う…」
血液検査の数値もおよそ正常でしかない。こうなると結婚の誠意どころか、その正体までも疑わしくなり、知人を介して警察に相談した。その結果、複数の累犯前科を持つ詐欺師であることが判明。河野被告はA子さんから治療費の名目で35万円を騙し取ったという詐欺容疑で逮捕された。
河野被告は容疑を認めたが、「数え切れないほどのウソをつき、詳細は覚えていない。1000万円以上はあると思うが、600万円以降は覚えていない。騙し取った金はほとんど飲み代に使い、治療費に使った金は1円もない」などと供述した。
捜査当局がLINEの履歴などから立証し、犯行が裏付けられたのは合計777万3000円分だけだった。
◆A子さんの告白「懲役4年半は軽すぎる」
A子さんが言う。
「私は、それまでの河野との交際がすべてウソで塗り固められていたのだと知ったとき、気が狂いそうになるほどの悔しさや怒り、憎しみが込み上げました。これまで婚約者だと信じていて、自分の夢を応援してくれていると思っていた人が、本当は凶悪な詐欺師であったということや、これまで自分が河野の思うままに“洗脳”されていたのだということを知り、身体の震えが止まらなくなりました。事件のことを友人や職場の人間にも知られ、いっそ殺してほしいと思うほどの辱めも受けました。自分の居場所を見失い、築き上げてきたキャリアやプライドを傷つけられ、社会的な立場も失いました。私は、この事件によってうつ病を発症し、何度も自殺未遂をしています。私は河野に“精神的に殺された”のです。心に刻まれた恐怖心は、そう簡単に癒えるものではありません」
内妻は詐欺の共犯として捕まることもなく、事件後は海外に渡ったという。A子さんは精神をボロボロにされながらも、詐欺罪の厳罰化を目指して署名を集めたり、声を震わせながら法廷で意見陳述した。
「こうして真面目に被害を訴えたところで、被害者がただ苦しむだけなのだと今回の一件で思い知りました。だから被害者は皆、泣き寝入りをするしかないのです。時間や心の負担や労力やお金もこれ以上失わなくて済む、自分を傷つけない最善の方法ですから。今の日本の法律は被害者に厳しく、加害者にとても優しい。『詐欺大国日本』は、詐欺罪に対する罰則を重くしない限り、その汚名を返上することはできません。私は、日本というこの国の弱さと甘さに絶望しました。このままでは自殺者が増える一方です。私は精神障害者となり、普通の生活を送れない身にさせられました。
精神障害はたった数年で完治とはいかず、一生治らない場合もあるのです。それでも詐欺罪の犯人はたったの数年で自由の身になれてしまうのです。意見陳述を行うに際して、私は正しく皆様に被害を訴えるべくとんでもなく努力をしました。しかし、これだけ私が頑張って訴えても、たった4年半の実刑判決。誰が聞いても酷い事件だと分かる、誰が聞いても数年で釈放されればまた被害が増えるだけだと分かる、そんな事件なのに何故、何故。納得のいかないことだらけです」(A子さん)