共済の過大なノルマ達成のため、JA職員が何十万円もの自腹支払いを強制される「自爆営業」。農水省による監督指針の改正で、少なからず改善したかと思われたが、実はある「抜け道」が存在していた。
前編記事「「顧客をダマして契約獲得」「隠ぺい工作も行われた」JA職員が告発する「いまだに続くヤバすぎる農協のノルマ」の実態」に引き続き紹介する。
「監督指針が改正されたおかげなのか、従来よりも(ノルマの)ポイントは減りました。ただ、それでも負担は大きく、自爆するしかありません」
共済の知識や営業の経験を蓄える場が一般職に設けられていない点も昨年度までと変わらない。毎年度初めに1回開催される1時間程度の研修会があるだけだ。
Photo by gettyimages
「これだけの研修で新商品の中身を理解し、顧客に合った売り方を身に着けるなんて無理。一般職は、共済の営業に関しては素人同然なんです」
既述の事業推進部長による一斉メールには、職員が共済の知識や営業の経験が乏しい場合には、当人からの相談に応じてそれらを補う機会を設ける旨が記されていた。
「ただ、普段の仕事が忙しくて、とても上司に相談して研修を受ける余裕はないし、誰もやっていません」
より深刻なのは、今年度に入ってからも支店長が自爆を強要してきたことだ。「さすがに以前のように職員を別室に呼んで詰問するという、あからさまなことはしなくなりました。ただ、達成の見込みがなさそうな職員の机の上に日別の『実績報告書』を置いてノルマがこなせていないことについてプレッシャーをかけたり、その職員に『期日までの日数はわずかしかないが、ちゃんとこなせるんだろうな』と脅したりしてきたんです」正直には答えられない「事前チェックシート」以上の事態は、既述した「不祥事件」の扱いとなる三つの要因のうち、(1)と(2)に該当する疑いがある。さらに、(3)の要因に相当する事態も起きているという。Photo by gettyimages渡辺さんがその証拠だというのが、同JAが新たに作成した「職員契約にかかる事前チェックシート」だ。これは、職員や生計を同じくするその家族が新たに共済の契約をする場合、それが「不必要な共済契約」でないことを対外的に証明するための文書である。文書には、「はい」か「いいえ」のいずれかを記載する項目が3つある。その内容をかいつまんで説明すると、「ノルマを達成するための契約ではない」「『不必要な共済契約』に該当しない」「不祥事件扱いになる要因に該当しない」だ。これらすべてに「はい」とチェックされたことが確認されなければ共済契約は結べないとされる。これとは別に契約理由を書く欄もある。 ただ、自爆を強要している張本人である支店長らの確認が入るというのに、職員がチェック項目に正直に答えられるはずがない。実際にはノルマを達成するための不必要な契約であるにもかかわらず、そうは答えられないのだ。おまけに契約理由の欄に書く文章は、あらかじめ決められているという。何の意味もない「解約新規」という抜け道「LAが自爆と見なされないような書き方を教えてきます」こう証言する渡辺さん自身、今年度になってからも不本意ながらも自爆した。そのために差し出したのは、家族の名義で契約していた、自然災害や火災など建物に関する損害を保障する「建物更生共済」だ。Photo by gettyimages同JAでは、この共済で次のような手順を踏んで「解約新規」をすれば、保障内容を変えずにノルマのポイントを稼げるという。すなわち、契約者の名義をいったん第三者にしてから解約し、その日のうちに元の名義で新たに入り直すのだ。渡辺さんは今年度のノルマをこなせそうになかった。そこで、この手順に従って家族の名義をいったん自分名義に変更してから解約し、その日のうちに保障額を従来通りにして家族の名義で再び入り直した。ただ、当初契約した時より予定利率が下がっているので、掛け金は少しだけ上がった。「ノルマのためという以外に何の意味もない『解約新規』ですから、家族は納得していないようでした」 チェックシートの契約理由の欄には、LAからの指示に従って次のように書いた。〈見直しをする際に保障額に不安を覚えた。転換もできない内容だったので、改めて加入し直すことにした〉「保障額は新旧の契約ともに同額なのに、矛盾した文章ですよね。でもLAによれば、これで『不必要な契約』とみなされないそうです。私と同じ方法で建物更生共済の解約新規をした職員は何人もいます。彼らの解約理由の欄を見れば、きっとみんな同じ文章ですよ。農協を挙げて、自爆の隠蔽が行われているんです」ノルマに追われ、公民館の契約更新を「放置」職員がノルマを達成するため、顧客に不利益をもたらす事態も変わらずに続いているという。Photo by gettyimages渡辺さんがその一例として挙げたのは、あるLAが行政機関を騙した次の手口だ。このLAは公民館を保障対象にする建物更生共済の契約を得ていた。それが昨年末か年明けかに満期を迎えることになった。常識的なLAなら、すぐに契約の更新を打診するはずだ。ところが、このLAは意図的に放置したという。’22年度のノルマを達成済みだったため、それ以上にポイントを稼ぐ必要がなかったからだ。むしろゼロスタートになる新年度に入ってから新たに契約してもらったほうがLAにとってはありがたい。そうした利己的な理由から、このLAは公民館が2ヵ月ほど無共済のままであることを見て見ぬふりをしたという。関東地方のあるJAのLAによると、「ノルマに追われたLAがよく使う手です」という。渡辺さんによる一連の証言についてJA山梨みらいに取材したものの、「一切回答しない」(共済部)とのことだった。 渡辺さんは「少なくとも山梨県では、ほかのJAでもノルマや自爆がなくなっていないようです」と語る。筆者の元には他県の複数のJA職員からの「新年度になってむしろノルマが増えた」という声も聞こえてくる。農水省は「今も自爆営業をしているなら監督官庁である都道府県に届け出てほしい」(協同組織課)と呼びかけている。JAの「ノルマ地獄」が是正される日は来るのか。窪田新之助(くぼた・しんのすけ)/ジャーナリスト。’78年、福岡県生まれ。日本農業新聞で記者として活動後、’12年からフリーランスに。著書に『データ農業が日本を救う』『農協の闇』など。情報提供は以下のアドレスまで。[email protected]「週刊現代」2023年5月20日号より
より深刻なのは、今年度に入ってからも支店長が自爆を強要してきたことだ。
「さすがに以前のように職員を別室に呼んで詰問するという、あからさまなことはしなくなりました。
ただ、達成の見込みがなさそうな職員の机の上に日別の『実績報告書』を置いてノルマがこなせていないことについてプレッシャーをかけたり、その職員に『期日までの日数はわずかしかないが、ちゃんとこなせるんだろうな』と脅したりしてきたんです」
以上の事態は、既述した「不祥事件」の扱いとなる三つの要因のうち、(1)と(2)に該当する疑いがある。さらに、(3)の要因に相当する事態も起きているという。
Photo by gettyimages
渡辺さんがその証拠だというのが、同JAが新たに作成した「職員契約にかかる事前チェックシート」だ。これは、職員や生計を同じくするその家族が新たに共済の契約をする場合、それが「不必要な共済契約」でないことを対外的に証明するための文書である。
文書には、「はい」か「いいえ」のいずれかを記載する項目が3つある。
その内容をかいつまんで説明すると、「ノルマを達成するための契約ではない」「『不必要な共済契約』に該当しない」「不祥事件扱いになる要因に該当しない」だ。これらすべてに「はい」とチェックされたことが確認されなければ共済契約は結べないとされる。これとは別に契約理由を書く欄もある。
ただ、自爆を強要している張本人である支店長らの確認が入るというのに、職員がチェック項目に正直に答えられるはずがない。実際にはノルマを達成するための不必要な契約であるにもかかわらず、そうは答えられないのだ。おまけに契約理由の欄に書く文章は、あらかじめ決められているという。何の意味もない「解約新規」という抜け道「LAが自爆と見なされないような書き方を教えてきます」こう証言する渡辺さん自身、今年度になってからも不本意ながらも自爆した。そのために差し出したのは、家族の名義で契約していた、自然災害や火災など建物に関する損害を保障する「建物更生共済」だ。Photo by gettyimages同JAでは、この共済で次のような手順を踏んで「解約新規」をすれば、保障内容を変えずにノルマのポイントを稼げるという。すなわち、契約者の名義をいったん第三者にしてから解約し、その日のうちに元の名義で新たに入り直すのだ。渡辺さんは今年度のノルマをこなせそうになかった。そこで、この手順に従って家族の名義をいったん自分名義に変更してから解約し、その日のうちに保障額を従来通りにして家族の名義で再び入り直した。ただ、当初契約した時より予定利率が下がっているので、掛け金は少しだけ上がった。「ノルマのためという以外に何の意味もない『解約新規』ですから、家族は納得していないようでした」 チェックシートの契約理由の欄には、LAからの指示に従って次のように書いた。〈見直しをする際に保障額に不安を覚えた。転換もできない内容だったので、改めて加入し直すことにした〉「保障額は新旧の契約ともに同額なのに、矛盾した文章ですよね。でもLAによれば、これで『不必要な契約』とみなされないそうです。私と同じ方法で建物更生共済の解約新規をした職員は何人もいます。彼らの解約理由の欄を見れば、きっとみんな同じ文章ですよ。農協を挙げて、自爆の隠蔽が行われているんです」ノルマに追われ、公民館の契約更新を「放置」職員がノルマを達成するため、顧客に不利益をもたらす事態も変わらずに続いているという。Photo by gettyimages渡辺さんがその一例として挙げたのは、あるLAが行政機関を騙した次の手口だ。このLAは公民館を保障対象にする建物更生共済の契約を得ていた。それが昨年末か年明けかに満期を迎えることになった。常識的なLAなら、すぐに契約の更新を打診するはずだ。ところが、このLAは意図的に放置したという。’22年度のノルマを達成済みだったため、それ以上にポイントを稼ぐ必要がなかったからだ。むしろゼロスタートになる新年度に入ってから新たに契約してもらったほうがLAにとってはありがたい。そうした利己的な理由から、このLAは公民館が2ヵ月ほど無共済のままであることを見て見ぬふりをしたという。関東地方のあるJAのLAによると、「ノルマに追われたLAがよく使う手です」という。渡辺さんによる一連の証言についてJA山梨みらいに取材したものの、「一切回答しない」(共済部)とのことだった。 渡辺さんは「少なくとも山梨県では、ほかのJAでもノルマや自爆がなくなっていないようです」と語る。筆者の元には他県の複数のJA職員からの「新年度になってむしろノルマが増えた」という声も聞こえてくる。農水省は「今も自爆営業をしているなら監督官庁である都道府県に届け出てほしい」(協同組織課)と呼びかけている。JAの「ノルマ地獄」が是正される日は来るのか。窪田新之助(くぼた・しんのすけ)/ジャーナリスト。’78年、福岡県生まれ。日本農業新聞で記者として活動後、’12年からフリーランスに。著書に『データ農業が日本を救う』『農協の闇』など。情報提供は以下のアドレスまで。[email protected]「週刊現代」2023年5月20日号より
ただ、自爆を強要している張本人である支店長らの確認が入るというのに、職員がチェック項目に正直に答えられるはずがない。実際にはノルマを達成するための不必要な契約であるにもかかわらず、そうは答えられないのだ。
おまけに契約理由の欄に書く文章は、あらかじめ決められているという。
「LAが自爆と見なされないような書き方を教えてきます」
こう証言する渡辺さん自身、今年度になってからも不本意ながらも自爆した。そのために差し出したのは、家族の名義で契約していた、自然災害や火災など建物に関する損害を保障する「建物更生共済」だ。
Photo by gettyimages
同JAでは、この共済で次のような手順を踏んで「解約新規」をすれば、保障内容を変えずにノルマのポイントを稼げるという。すなわち、契約者の名義をいったん第三者にしてから解約し、その日のうちに元の名義で新たに入り直すのだ。
渡辺さんは今年度のノルマをこなせそうになかった。そこで、この手順に従って家族の名義をいったん自分名義に変更してから解約し、その日のうちに保障額を従来通りにして家族の名義で再び入り直した。ただ、当初契約した時より予定利率が下がっているので、掛け金は少しだけ上がった。
「ノルマのためという以外に何の意味もない『解約新規』ですから、家族は納得していないようでした」
チェックシートの契約理由の欄には、LAからの指示に従って次のように書いた。〈見直しをする際に保障額に不安を覚えた。転換もできない内容だったので、改めて加入し直すことにした〉「保障額は新旧の契約ともに同額なのに、矛盾した文章ですよね。でもLAによれば、これで『不必要な契約』とみなされないそうです。私と同じ方法で建物更生共済の解約新規をした職員は何人もいます。彼らの解約理由の欄を見れば、きっとみんな同じ文章ですよ。農協を挙げて、自爆の隠蔽が行われているんです」ノルマに追われ、公民館の契約更新を「放置」職員がノルマを達成するため、顧客に不利益をもたらす事態も変わらずに続いているという。Photo by gettyimages渡辺さんがその一例として挙げたのは、あるLAが行政機関を騙した次の手口だ。このLAは公民館を保障対象にする建物更生共済の契約を得ていた。それが昨年末か年明けかに満期を迎えることになった。常識的なLAなら、すぐに契約の更新を打診するはずだ。ところが、このLAは意図的に放置したという。’22年度のノルマを達成済みだったため、それ以上にポイントを稼ぐ必要がなかったからだ。むしろゼロスタートになる新年度に入ってから新たに契約してもらったほうがLAにとってはありがたい。そうした利己的な理由から、このLAは公民館が2ヵ月ほど無共済のままであることを見て見ぬふりをしたという。関東地方のあるJAのLAによると、「ノルマに追われたLAがよく使う手です」という。渡辺さんによる一連の証言についてJA山梨みらいに取材したものの、「一切回答しない」(共済部)とのことだった。 渡辺さんは「少なくとも山梨県では、ほかのJAでもノルマや自爆がなくなっていないようです」と語る。筆者の元には他県の複数のJA職員からの「新年度になってむしろノルマが増えた」という声も聞こえてくる。農水省は「今も自爆営業をしているなら監督官庁である都道府県に届け出てほしい」(協同組織課)と呼びかけている。JAの「ノルマ地獄」が是正される日は来るのか。窪田新之助(くぼた・しんのすけ)/ジャーナリスト。’78年、福岡県生まれ。日本農業新聞で記者として活動後、’12年からフリーランスに。著書に『データ農業が日本を救う』『農協の闇』など。情報提供は以下のアドレスまで。[email protected]「週刊現代」2023年5月20日号より
チェックシートの契約理由の欄には、LAからの指示に従って次のように書いた。
〈見直しをする際に保障額に不安を覚えた。転換もできない内容だったので、改めて加入し直すことにした〉
「保障額は新旧の契約ともに同額なのに、矛盾した文章ですよね。でもLAによれば、これで『不必要な契約』とみなされないそうです。私と同じ方法で建物更生共済の解約新規をした職員は何人もいます。彼らの解約理由の欄を見れば、きっとみんな同じ文章ですよ。農協を挙げて、自爆の隠蔽が行われているんです」
職員がノルマを達成するため、顧客に不利益をもたらす事態も変わらずに続いているという。
Photo by gettyimages
渡辺さんがその一例として挙げたのは、あるLAが行政機関を騙した次の手口だ。このLAは公民館を保障対象にする建物更生共済の契約を得ていた。それが昨年末か年明けかに満期を迎えることになった。常識的なLAなら、すぐに契約の更新を打診するはずだ。
ところが、このLAは意図的に放置したという。’22年度のノルマを達成済みだったため、それ以上にポイントを稼ぐ必要がなかったからだ。むしろゼロスタートになる新年度に入ってから新たに契約してもらったほうがLAにとってはありがたい。そうした利己的な理由から、このLAは公民館が2ヵ月ほど無共済のままであることを見て見ぬふりをしたという。
関東地方のあるJAのLAによると、「ノルマに追われたLAがよく使う手です」という。
渡辺さんによる一連の証言についてJA山梨みらいに取材したものの、「一切回答しない」(共済部)とのことだった。
渡辺さんは「少なくとも山梨県では、ほかのJAでもノルマや自爆がなくなっていないようです」と語る。筆者の元には他県の複数のJA職員からの「新年度になってむしろノルマが増えた」という声も聞こえてくる。農水省は「今も自爆営業をしているなら監督官庁である都道府県に届け出てほしい」(協同組織課)と呼びかけている。JAの「ノルマ地獄」が是正される日は来るのか。窪田新之助(くぼた・しんのすけ)/ジャーナリスト。’78年、福岡県生まれ。日本農業新聞で記者として活動後、’12年からフリーランスに。著書に『データ農業が日本を救う』『農協の闇』など。情報提供は以下のアドレスまで。[email protected]「週刊現代」2023年5月20日号より
渡辺さんは「少なくとも山梨県では、ほかのJAでもノルマや自爆がなくなっていないようです」と語る。筆者の元には他県の複数のJA職員からの「新年度になってむしろノルマが増えた」という声も聞こえてくる。
農水省は「今も自爆営業をしているなら監督官庁である都道府県に届け出てほしい」(協同組織課)と呼びかけている。JAの「ノルマ地獄」が是正される日は来るのか。
窪田新之助(くぼた・しんのすけ)/ジャーナリスト。’78年、福岡県生まれ。日本農業新聞で記者として活動後、’12年からフリーランスに。著書に『データ農業が日本を救う』『農協の闇』など。情報提供は以下のアドレスまで。[email protected]
「週刊現代」2023年5月20日号より