陸上自衛隊の第8師団長ら隊員10人が搭乗した多用途ヘリコプター「UH60JA」が、沖縄県・宮古島付近で行方不明になった事故で、防衛省が4月末にも機体を引き揚げる準備作業を始める。
ただ、現場の水深は106メートルと深く、地形も複雑で回収は難航も予想される。事故は20日で発生から2週間となる。(狩野洋平、川畑仁志)
■原形とどめず
「これがヘリなのか」――。水中カメラ映像を確認した政府関係者はそう思ったという。太陽の光が届かない暗がりの中で、ライトが照らし出したのは、破断されて残った胴体らしき部分だった。「ヘリが原形をとどめていないことだけは確かだ」と語る。
これまでに回収された漂流物からも、機体に激しい衝撃が加わった様子がうかがえる。
機首付近にあるレーダーを覆う部品や側面のドア、回転翼など同機のものとみられる20点以上の部品が見つかっており、防衛省幹部は「不時着を試みる間もなく海面に強くたたきつけられたのだろう」と推測する。
■飽和潜水でしか
ヘリは伊良部島の北約6キロの海底に沈んでいる。内部からは隊員とみられる5人が発見され、全員の死亡が確認された。現場にはもう1人も取り残されている。
機体の引き揚げは、民間のサルベージ会社などと契約して実施する。陸自は16日、ヘリの捜索と回収に関する「公告」を出した。21日に入札が行われ、回収にあたる業者が決まる。作業期間は6月30日までとしている。
ただ引き揚げには様々な壁が立ちはだかる。ヘリが発見された海底の水深は106メートルで、「飽和潜水」と呼ばれる特殊な技術でなければ潜水士は活動できない。
さらに、ヘリは急に深くなる「海底の崖」のような場所に沈んでいるとみられ、元第3管区海上保安本部長の遠山純司氏(62)は「慎重に作業をしなければならない」と指摘する。
遠山氏によると、機体の下にベルトを通したり、機体のフレームにフックをかけたりするほか、袋状のワイヤネットの中に入れて回収する方法が考えられるという。
もっとも、ヘリは船と比べて強度が高くないため、引き揚げ時に海水の抵抗で破損が進む恐れがある。現場海域では、黒潮の支流が島の間に流れ込み、潮の流れは複雑で速い。海面と海底で流れの向きが異なることも考えられる。遠山氏は「一筋縄ではいかない作業だ」と語る。
■主要部品の回収、解明の鍵
同機は6日午後3時46分、宮古島分屯基地を離陸し、同56分、宮古島の北西約18キロを飛行中にレーダーから消えた。上空から島の地形を確認する「航空偵察」の最中で、通常より低い高度を飛行していたとみられる。
読売新聞が入手した二つの防犯カメラの映像には、同機と推定される機体が、レーダーから消える3~5分前に飛行する様子が映っていた。
映像を確認した元陸将でヘリのパイロットを務めた磯部晃一氏は「およそ150~200メートルの高度で、水平飛行をしている。特異な事象は見当たらず、通常のフライトを続けている印象だ」と分析する。
同機はその直後、近くの空港管制塔と通常の交信をした後に行方を絶った。
「回収する部品は多いほどいい。エンジンやトランスミッションが見つかれば、その壊れ方で、事故が起きた瞬間のヘリの状態を再現できる可能性が高まる」。陸自ヘリのパイロットを務めた元陸将の山口昇氏は、主要部品の引き揚げが原因を解明する鍵を握るとの見方を示す。
飛行姿勢や高度を記録する「フライトレコーダー」を捜し出すことができれば、原因究明の大きな手がかりになる。
事故を受け、陸自は災害派遣などの緊急時を除き、保有する同型機40機の飛行を停止している。同様の機体は海空の自衛隊も運用している。山口氏は「機体を回収して原因を特定し、対策を講じなければ飛行の安全を確保できない。日本の防衛に穴が開いたままになる」と語った。
■海保大型測量船が音波で捜索
現場海域では、自衛隊の要請を受けて新たに投入された海上保安庁の大型測量船「平洋(へいよう)」(4000トン)も捜索にあたっている。
同船は海底に向けて扇状に音波を放ち、反射してきた音波を捉えて水深を測る「マルチビーム測深機」を備え、広範囲に海底地形を把握できる。機体の未発見部分などを見つけることが期待されている。
第11管区海上保安本部(那覇市)によると、同船は18日、伊良部島北側に広がる水深200メートルを超える海底部分を調査。19日は東に移動し、水深約100メートルの海底を調べた。