誰にでも死は訪れる。生ある世界と分かたれて旅立つ者と見送る者にとって、迎えざるを得ない「最後のお別れ」。心の整理がつかないまま、押し流されるように葬儀を終え、生きていた時だけでなく、故人の姿がまだあるうちに「もっとできることがあったのでは」と感じてしまうことは少なくない。葬儀社の段取りや地域の風習に急き立てられるほか、勤め先の慶弔規定で休める日程は限られ、短期間にさまざまな対応を迫られる。多くの人が“そういうものだ”と考えて対処するが、本当にそうなのだろうか。
「墓地、埋葬等に関する法律」によって、死後の埋葬や火葬は「二十四時間を経過した後でなければ、これを行つてはならない」と定められている。24時間は遺体を埋葬や火葬できない決まりはあるが、死後「いつまでに火葬や埋葬をしなければならない」という法律は存在しない。(「戸籍法」による死亡届の期限はあるが、埋葬に関しての規定ではない)故人との「最後のお別れ」にかけられる時間には、選択肢があるのだ。
納棺師であり、遺体保全や特殊修復などを手掛ける『統美』代表の染谷幸宏氏は、「ご遺族が故人様とお別れするために希望する期間を言っていただければ、さまざまな処置の方法があるんです」と話す。
「16歳で突然死したお子さんのケースでは、ご遺族の希望で8日間ご自宅のリビングに安置し、ご家族がお別れをする時間を持てるようにしました。ドライアイスや専用の保湿ミストなど、できるだけ生前のお姿を保った状態で過ごしていただくためには、かなりの技術や知識が必要でしたが、万全の体制でお見送りのお手伝いができたと思います」
遺体保全とは、「ご遺体を安全に保ち、火葬するまで故人様を死後変化から守るのが基本です」と染谷氏は語る。湯灌をして着せ替えをし、死に化粧を施すほか、ドライアイスをあて腐敗を防ぐなど、外見的な変化を抑制し、生前に近い姿で「最後のお別れ」ができるよう努める。葬儀社が行うことも多いが専門知識が足りない場合、乾燥によってシワや顔色が悪くなるほか、まぶたが縮んで目が開いてしまうこともあるという。火葬までの期間が長くなる際には、適切な処置ができる専門家の助けが必要だ。
「お化粧やメイクと聞き『必要ない』と言われることもありますが、専門家がきちんと対応すれば『眠っているように穏やかな死に顔』になります。酸素マスクの跡があったり、病み衰えてやつれてしまったりしたお姿は、“一生懸命生きようと頑張った結果”。『おきれいにしましょうね』とお元気だった頃の写真を拝見しながら肌や表情を整えると、『戻ってきた』とご遺族が喜んでくださり、心穏やかになる様子を感じることが多いです」
プライバシーの保護や故人の尊厳の観点から記事での公開はできないが、取材の一環として特別に多くの資料写真を目にした。どの故人も染谷氏らの手により、穏やかな表情に様変わりしているのが印象的だった。これまで葬儀で最後の対面をした際、変わり果てた姿に胸をつかれる思いをした経験が多いだけに、「こういう姿で見送りたかった」と思う人たちが脳裏に浮かんだ。
こうした専門家への依頼は葬儀社経由での手配が一般的だが、葬儀社によっては依頼できないケースも。例えば、家族葬等の定額パッケージだと、「聞いていた金額以上になった」といったクレームを防ぐため、オプションを受付けない場合がある。また、一般的な遺体保全の一環としての対応に、高額な値付けをしているケース。「火葬までの時間が短く、本来は必要のない高額なエンバーミングを勧められた」など、過剰なオプションを持ちかけられた話も聞く。
「ご遺体を安置する場所の温度や湿度、環境によって異なりますが、高い技術があればドライアイスなどを用いた遺体保全で、最長2週間は保つことができます。エンバーミングが必要になるのは、それ以上の期間になる場合。一度のエンバーミングでご遺体を保てる期間は50日程度で、その後も処置を繰り返せば更に長期間、ご遺体を保つことが可能です。
ただ『ドライアイスをあてて冷たくなると、触れた時につらい』などの際には、火葬までの時間が短くてもエンバーミングを施すケースはあります。でも血液を抜いて薬を全身に巡らせる処置のため、血管の状態によってはエンバーミングができないご遺体もありますし、通常の遺体保全と比較すると高額です」
希望する対応ができない場合や、不信感を覚える高額なオプションを勧められるなどがあれば、依頼先を変えることも選択肢の一つ。だが一度、依頼をして遺体を葬儀社に渡してしまうと、なかなか変更が難しいことも多いという。
「折り合えずに『他でやってください』と言われ、途方に暮れたという話もあります。葬儀社を変えようとしたら、ご親族が『一度決めたものを変えるのは、故人が嫌がる』と言い、結局そのまま納得できないご葬儀になることも……。予め細かな要望を整理し、葬儀社を決めておくのが理想ですが、急な場合でも複数の葬儀社に見積りしてもらうと、そうしたトラブルは防げるかと思います。大手の葬儀社と街の葬儀社を比較し、融通がきき、希望に合わせて良心的に対応してくれる葬儀社を選択してほしいですね」
亡くなる原因は、病気や老衰ばかりではない。残される遺族にとって思いがけない形での死では、警察など関係機関から遺体との対面を制止される場合もある。事故や事件、自死のほか、焼死や水死、孤立死などは遺体の損傷が激しく、遺体に触れることもできず、対面もできないまま荼毘に付されるケースも多い。
「警察や葬儀社も、ご遺族がショックを受けないよう『見ない方がいい』と言う。どうにかできる先を知らないから、『無理』と言ってしまいます。ご遺族が本当は『ちゃんとお別れがしたい』と思っても、気が動転している上『無理だ。無理だ』と言われて火葬を承諾してしまう人が多い。だけどどんなご遺体でも、あきらめなければ対面できる姿にする方法があるんです」
孤立死での腐敗や損傷が激しい遺体の場合、通常の葬儀社や特殊修復を手掛ける会社で対処できず、断ることが多い。しかし、染谷氏は「どんなご遺体でも断りません。技術先行の考えだと『できない』と思うようなケースでも、ご遺族の希望に合わせて手を尽くします」と話す。実際に多くの会社に断られた遺体を受け入れ、遺族の願いを叶えてきた。近年、社会問題にもなっている孤立死では、腐敗による匂いや虫、発見が遅れて半ば白骨化しているケースなど、安置所への引き取りを断るところが多い。
「何十年も音信不通だった息子さんが孤立死し、かなり発見が遅れたケースでは、80代のお母さまからの依頼で、生前のお写真を基に修復しました。対面いただいた際『ずっと音信不通だった息子に、やっと会えた。最後に会えて、本当に良かった』とおっしゃられて、喜んでくださいました」
施術前には、腐敗によって生前とはかけ離れた姿。そこから匂いの原因を取り除き、特殊なワックスなどを用いて復元し整えられた遺体は、在りし日の写真の面差しを取り戻し、安らかな寝顔のような表情を見せていた。
「電車の事故で亡くなられた方が運ばれた際、葬儀社から『遺体の状態を見て、遺族に説明してほしい。ご家族が葬儀社ではなく、専門家に説明してほしいと言っている』と依頼されました。実際にご遺体を拝見して、専門家の立場からご説明したところ、奥様が私の手を取り『なんとかしてもう一度、会ってお別れがしたい』とお願いされたんです。
欠損や断裂が多く、どこにお顔があるのか、わからないほど。正直、見通しが立たない状態でしたが、『どこまでできるかわかりませんが、会社として全力であたらせていただきますので、お時間をください』とお引き受けしました」
遺体の引き渡しまでの時間は3日間。複数人で対応し、欠損部分は特殊なワックスで成形したが、できるだけ皮膚をつなぎ合わせ、毛髪も残るようにした。
「かなり厳しい状態でしたが、ご遺族が最後のお別れとして、ご納得いただけるお姿になるように、できるだけの努力をしました。お引き渡しの際、『髪に触ってください。お顔も触れていただいて、大丈夫ですよ』とお話しして、実際に触れていただいたんです。『ちゃんと皮膚感もあるし、髪も本人のもので、しっかりとお別れができる。本当にありがとうございました』と言ってくださって……。自分たちの仕事の意義を改めて感じられましたね」
遺族が直接、触れることが難しい焼死体や、大部分が白骨化しているケースもある。
「お骨の状態から完全に復顔するには、1週間はかかります。お時間や費用の面で難しい際は、専用の綿状のシートでご遺体を包み、仏衣をお着せして棺に納めます。シート越しでも、最後にお体に触れてお別れすることで、少しでも心残りを減らせる。故人様とどう向き合ってお別れをしたいのか、ご遺族のお気持ちやご希望に寄り添って環境を整えるのが私たちの仕事です」
しかし、特殊修復で遺体に手を加えることに、葛藤する遺族もいるという。
「ガンの原発巣(げんぱつそう ガンが最初に発生した病巣)が目や口腔内など顔にかかる位置で、腫瘍が顔面まで増殖してしまうケースがあります。娘さんは迷っていたけれど、故人様の旦那様が『やってもらおう』と説得して、ご依頼されました。修復を終えて対面いただいた時、娘さんが『完璧』とつぶやいてくださったんです。病気になる前の写真をお預かりし、『このお顔でもう一度、ご家族に会ってほしい』と考えながら処置をしていたので、やらせていただけて本当に良かったと思いました」
終活を考える人が増える中、墓じまいや散骨を選択する人も増加し、墓の在り方も多様化している。遺される人たちのグリーフケアの観点からも、きちんと「最後のお別れ」をすることの意味を改めて考える必要性がありそうだ。
特殊修復のエピソードで、Amazon Prime Video配信のドラマ『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』を思い浮かべた人もいるだろう。
染谷氏は、米倉涼子(47)が演じた主人公のモデルとなった人物の仕事を引き継いだ経験があり、「ドラマの登場人物と同じく、仕事に対するこだわりや熱意のすごい方だと感じました。作品はあくまでフィクションですが、ご家族がご遺体と触れることによって、お見送りする時の気持ちが変わる様子は、本当によく描かれていると思います」と話し、近しい仕事をする立場だからこそ、印象に残ったセリフがあると語る。
「エピソード2 – テロに打ち砕かれた開発支援」の後半、米倉演じる主人公・伊沢那美が修復を終えた遺体を遺族のもとへ送り届けた後、松本穂香(26)が演じる新入社員・高木凛子に語った言葉だ。
「『私たちの仕事は忘れられるべき仕事』というセリフは、強く共感しました。こういう仕事なので経験の浅いスタッフは、どこか『ありがとう』を欲しがる気持ちがある。でもそれは違います。感謝の言葉をもらうのは、ゴールじゃない。例えば納棺師は『いい納棺師』と言われるうちは、『まだまだダメ』と言われるのですが、私たちの仕事は存在感があっちゃいけないんです。
本当に感謝されるに値する仕事ができたとしたら、ご遺族はきっとその時の気持ちを言葉にできないんじゃないかと……。私たちがいることを忘れ、ご遺族が思わずスッとご遺体に近寄っていただけるのが、理想的な在り方だと感じています」
撮影・文:鍬田美穂