子どもに対する愛情と信頼を混同してしまっていませんか?(写真:プラナ/PIXTA)
【質問】
中1と小5の子どもがいる母親です。2人とも小さい頃から、勉強にしても生活面にしても、言わないとやらないことの多い子だったので、ずっと言い続けてきました。勉強も、生活面もルールを決めてやってきました。しかし、やるのは言ったときだけで、いつまでも自分から自発的にやるようにはなりません。また、先日は、決められたルールを無視し、こっそり親に隠れてゲームを深夜にやっていました。これまで子どもを信じてきたのに、裏切られた気持ちです。その後、叱りましたがその場では「わかった」というものの、また同じようなことを繰り返すのではないかと不安です。今後、私はどう子どもと向き合えばいいでしょうか?
(仮名:赤塚さん)
親御さんからのこうした相談は少なくありません。「信じていたのに裏切られた」という言葉を使う方もいます。
赤塚さんはまさにその状況にあるわけですが、実は、子どもを本当に信頼している親は、「信じていたのに裏切られた」と言って子どもを叱ったり、怒ったりはしないものです。このような言葉が出てくるときは、実は「子どもを信頼していない」可能性が高いと感じます。
子どもを信じている親は、このような状況に直面したとき、「どうしたらこの子が楽しめ、親も納得のいくルールができるだろうか?」と考え、あり方を改良、改善していきます。信じていたのに裏切られたとは思わないのです。
なぜ、このようなことが起こってしまうのでしょうか。これまで筆者が接してきた1万人以上の親御さんたちから推測するには、「愛情と信頼を混同してしまっている」ことが考えられます。
親であれば、我が子に対して基本的に愛情はあると思います。しかし、愛情があることが、子どもを信頼していることになるとは限りません。ですから「愛情を注げば子どもは親の思う通りになるはず」と勘違いすることがあります。
もちろん、愛情はとても大切なことです。親子関係すべてのベースと言っても過言ではありません。
しかし、子どもは愛情というより、信頼されているかどうかをリアルタイムで感じる傾向にあるようです。一概に断定はできませんが、多くの場合、子どもが無意識に受け取っている親の愛情を実感するのは、子どもが親になってから、大人になってからではないでしょうか。
例えば、親から監視され、いつも、あれこれ言われていたとしたら親から信頼されているとは感じないと思います。あれこれ言うことが親の愛情から出てきたものであったとしても、子どもはそれを感じることなく、信頼されていないとだけ感じるのではないでしょうか。
これまでの筆者の経験では、親があらゆる手段を尽くしても効果がない場合、原因は、親子の信頼関係が崩壊しているか、疑心暗鬼になっていることがほとんどです。ではなぜ信頼関係を築くことができないのでしょうか。
子どもをなかなか信じられない親の心理状態を考察すると、「不安、焦り、見栄」のいずれかが錯綜しているようです。
不安
不安が出てくるのは、今の状態が今後も続くと思ってしまうからだと考えられます。しかし実際は続くことはありません。というより同じ状態が続いたという話を聞いたことがありません。なぜなら子どもは毎日成長し続けており、1年も経てば全く別の人間ではないかと思えるぐらい変わることもあるからです。
親がよくやってしまうことに「“タイムマシン”に乗って悲惨な子どもの未来を見に行くこと」があります。すると「今をなんとかしないと!」と考えます。そのような心理状況で行うことは、大抵、失敗に終わります。心が不安に満ちていると、子どものマイナス面をますます見つけ、それをなんとかしようとし、長所伸展よりも短所是正を先に行ってしまうからです。
焦り
焦りは他者との比較から生まれます。
比較をしないで子育てしていくことは容易ではありません。しかし、人間にはそれぞれ生まれ持って与えられた才能や能力がDNAに書き込まれていると考えてみてください。それは人によって皆異なります。このような多様な状況の中で、他者と自分を比較することは不毛であり、全く意味がありません。
しかし、乳児、幼児の頃は、平均身長・体重や発語の平均年齢などの基準を見聞きしますので、どうしてもほかの子を意識する場面があります。未就学児ですでに読み書き計算ができる話を聞くと、それらと比較をしてしまいます。
冷静に考えれば、平均は上もいれば下もいるものですが、どうしても振り回されてしまったりします。
見栄
よくあるケースは中学受験です。学習熱が高いエリアに住んでいると、中学受験をすることが当たり前だという空気が流れ、自分の子も受験しなければならない気持ちになることがあります。これはある種の見栄です。中学受験に向いている子は問題ありませんが、そうではない場合、親の思い通りに進まず、イライラが募り、子どもに指示、命令、脅迫、説得を繰り返すようになります。もはや「この子は言わないとやらない子」と断定、そこに子どもへの信頼は全くありません。子どもも信頼されていないことがわかるので、親のことも信頼しないようになります。
以上のような、不安、焦り、見栄は、子どもへの愛情があるからこそ出てくるものだと思われます。もし他人の子どもであれば、我が子ほど不安になったり、焦ったりすることはないでしょう。
しかし、残念ながら愛情はあっても、信頼がないため子どもに対しては逆効果になってしまうこともあります。
では子どもを信頼している親の特徴とはどのようなものでしょうか。次の3つは筆者がこれまで出会ってきた親御さんに共通して見られた特徴です。
価値観の理解
親と子どもは価値観が違うことを知っています。価値観とは、大切にする優先順位、判断基準と考えていいでしょう。
代表的な価値観の相違として、親が損得勘定重視の価値観、子どもが好き嫌い重視の価値観というケースがあります。その場合、親は「学校から帰ってきたらまず宿題」と言います。なぜならその方が後がラクになり得だからです。しかし、子どもは「今はやりたくない(疲れているときやりたくない)」と言います。学校から帰ってすぐに勉強するなどありえないと考えます。これは、仕事から帰ってきて、まずはゆっくりしたいのに、「夕飯の前に残業しなさい」と言われている状況と似ています。
このように冷静に考えたら親の言っていることはおかしいとわかるのですが、つい自分の価値観で判断すると、トラブルが起こることがあります。しかし、子どもの価値観は自分とは違うことを認識していると、それが子どもへの信頼として伝わっていきます。
長期的視点
子どもを信頼している親は、「なんとかなる、この子は大丈夫」と思う傾向にあります。
根拠があるわけではありません。「根拠なき信頼」、これが子どもに届くのです。無意識に発する言葉や態度となって伝わっていきます。
事実、子育ては長期にわたるものです。陸上競技でいえば、長距離走です。初めからダッシュしていたら持ちません。徐々に伸びていけばいいのです。子どもは親と違って変化が激しいものです。日に日に成長します。筆者が度々お話しすることの1つに、女子は小5ぐらいで、男子は中2の9月を境に変わりますということがあります。個人差があるので誤差は多少ありますが、身体やホルモンバランスが変わるため、この時期に変わることが少なくありません。
また周囲の環境も変わってきます。子どもは、小さい頃は親の影響は少なくありませんが、成長し、家族以外の外部環境に接する時間が長ければ長いほど、その影響は強くなります。ですから、親がどうこうするよりも周囲からの影響を受けていくため、それなりに成長していくものなのです。
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子どもが小さい頃から自分が育てていると、つい子どもは自分より下の立場の人間と思いがちです。確かに、経験量は親より少なく、知識も少ないです。だからといって、上司部下のように下扱いする必要はありません。子どもも人格を持った一人の人間であり、尊重する必要があると思っています。
もちろん、わからないこと、できないことが多いので、それは教えてあげます。体験したことがなければ体験させることも必要です。しかし、大切なことは、子どもは立派な一人の人間であるということです。人として認めていく姿勢があれば、命令・脅迫のようなことは間違っても言葉として出てきません。
実はこれは他人の子どもにはできたりします。自分の子どもへの対応と他人の子どもへの対応ではずいぶんと異なる経験をしたことがあるかもしれませんね。他人の子どもには尊重の念を持っているからできることでしょう。しかし、自分の子どもには尊重の念よりも、「自分の思い通りにさせないと」という気持ちが優先してしまうという謎の現象が起こります。ですから、「わが子には他人のように接する」くらいでちょうどよい加減になると思います。
以上3つの特徴についてお伝えしてきました。これらを厳密に実践するというよりは、大きな傾向として捉えてください。
少し意識するだけでも、親の子どもへの信頼度が変わっていくと思います。すると鏡を見るかのように、子どもが変わっていきます。
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(石田 勝紀 : 教育デザインラボ代表理事、教育評論家)