東京・新宿の大久保公園周辺に立ち、個人売春を行う女性たちの存在が社会問題になっている。その背景に承認欲求を満たすための「誇示的消費」があることを、現役女子大生ライターの佐々木チワワ氏は指摘する。前半記事『「私は貧困じゃない!」身体を売って貢いでも埋められない女性たち心の飢餓感』に続き、その現状について伝える。
加奈子さん(22歳・仮名)は夜な夜な東京・新宿の大久保公園周辺に立ち、個人売春を行っている。「客はおカネ。この仕事が手っ取り早い」と話す彼女は担当ホストに貢ぐために自分を売る。
普段彼のいるホストクラブで飲む料金のほか、300万円を超える借金も残っている。
「売春はしているけど、私は貧困じゃない」
そう訴える加奈子さん。取材したこの日もすでに3人の客を取った後だった。
雨の日でも大久保公園周辺には客を待つ女性の姿があちこちに見られた
「1回30分、2万円から交渉しています。客は1日に5人ぐらい。多いと10人ぐらいになる日も。あと去年は、アメリカに『出稼ぎ』に行きましたよ。中国人を相手にして、トータル200万円以上は稼いだかな。アメリカにいる間も担当からは『ふたりの夢のためにありがとう』と何度もLINEが来ました。もちろん稼いだ分はすべて彼のバースデーイベントに注ぎ込みました(笑)」
ホスト通い以外に趣味や興味はないのだろうか。
「私、自分のことに興味ないんですよ(笑)。今、着ている洋服も貰い物だし、整形も別に興味ない。担当のランキングを支えられたら、それで満足なんです。いつまで推せるかわかりませんが、彼がホストを続けるうちは推していくと思います。ただ、今さら昼の仕事に就くのは考えられないですね。これだけ(お金を)使ってきたから、もう今さらホスト通いは辞められないかな(笑)」
一途なホスト愛を貫く加奈子さんに負けずとも劣らないのが、ミキさん(仮名、30代)だ。月に数回、大久保公園付近に姿を表し、その他の日は風俗(ヘルス)で働いている。童顔のミキさんは10代と言っても十分に通用する。取材当日、ミキさんは着古したトレーナーにデニム、まだ季節は春先というのに足元はクロックスのサンダル、という出で立ちで現れた。
「私、昼は保育士をしています。一応、これでも『主任』の肩書があるので、なんとか食べていける額はもらえています。ただそれでも足りないんです」
最大の理由は「推し活」だ。彼女が推しているのは、インディーズのロック系バンドのボーカル、しかも推しメンは現在、ミキさんが同棲中の恋人だという。
「彼のおこづかい、スタジオ代、ライブのための費用、楽器代……すべて私が出しています」
たとえ恋人のためとはいえ、他の男性に身体を売ることに抵抗はなかったのか。
「さすがに売春してるとは言えないけど、風俗をやっていることは、彼も知っているし、応援してくれています。もちろん客の中には、生理的に受け付けないタイプの男性もいますが、『どんな仕事でもイヤなことはある』と自分に言い聞かせています(笑)。それよりも、お金がなくなって彼が私から離れていってしまうことのほうが怖いんです」
客観的には都合のよい「ヒモ状態」にしか聞こえないのだが……。
「お金を渡していれば彼は私から離れていかないし、最終にはいつも戻ってきてくれる。少し前、『なんで毎日、帰りが遅いの!』って派手にケンカしました。彼からは別れ話を切り出されましたが、その後に『もう死にたい!』と泣いて、軽くリストカットをしたらずっと側にいてくれました(笑)」 取材前日もミキさんは20万円ほど、恋人に手渡したばかりだとか。
「私、ほとんど自分のためにお金を使うことってないんです。美容院には半年ぐらい行ってないし、ブランド物も要らない。趣味もないし、友達付き合いもないですから。未成年だったら問題になるかもしれないけど、私は好きなことのために身体を売ってるし、『何が悪いの』って感じですね」
自分のことは二の次で、時間もお金もすべて担当ホストや恋人のために捧げる。そのためには大久保公園で街娼になるのも厭わない――自分たちの「愛」を語る加奈子さんとミキさん。両者とも「売春は自分が選んだこと」「自分は貧困ではない」と口を揃える。
とはいえ、路上売春は、治安悪化につながる危険性もあり、警視庁は取り締まりを強化している。警視庁保安課のデータによれば、摘発された路上売春者は一昨年34人、昨年51人と増加傾向だ。また今年に入りすでに18人が摘発、4月だけでも10人が摘発されている。
またこの4月には、女性客に大久保公園での売春をそそのかしたとして、20代のホストの男性が売春防止法違反の教唆容疑で逮捕されている。 取材に応じてくれた彼女たちは、推しや担当からあからさまな「そそのかし」があったわけではないと語る。選んだのは「すべて自分の意志」と口を揃える。しかし、加奈子さんのアメリカへの出稼ぎ中に担当ホストから送られた『ふたりの夢のためにありがとう』という甘い言葉のLINEと、逮捕されたホストの「そそのかし」は、明確に異なるものといえるだろうか。
また印象的なのは、前出のふたりとも「自分のことは興味ない」「お金を使わない」と自身の身なりや趣味、自分の生活をいかに充足させるか、といったことに関してはまったくの無頓着だったこと。加奈子さんに関しては、キャリアを積むといった発想もなかった。「宵越しの銭は持たない」といえば粋だが、「推しのためにお金を使えれば、ただそれだけでいい」という刹那的な価値観の中に生きているようにも思えた。
ここで紹介したいのが、ホストクラブ事情やZ世代のリアルに詳しい現役大学生ライター・佐々木チワワ氏の著書『ぴえんという病 SNS世代の消費と承認』(扶桑社)だ。
佐々木チワワさんの著書(同社HPより)
本著は、ホストにハマる「ぴえん系女子」やトー横キッズ、自殺カルチャーなど未成年の闇を取材し、10代の頃から歌舞伎町に出入りしていた著者の実体験と共に考察した好著だが、それによれば推しやホストにハマる人の中には、「(前略)何かを投げ売り、身を犠牲にしてまで推すことが「エモい」とする文化がある」のだという。
要はキモい客がいたり、寝不足の身体でも出勤するなど自分が大変な思いをすればするほど「エモ」く、そこまで頑張れる自分を尊ぶ風潮があるというのだ。 またチワワ氏によれば、ホストクラブや推し活では「『いかに推しにお金を使ったか』が可視化され、周囲に見せびらかして気持ちよくなる”誇示的消費”がある」という。
誇示的消費とは、「それによって得られる周囲からの羨望のまなざしを意識した消費行動」で、いわゆる豪邸に住んだり、ブランドバッグを買ったり、時計を買って「うらやましい」と思われたいという成金的なお金の使い方だが、歌舞伎町でいえば、毎日一番売り上げたホストが、一番お金を使った女性の横でカラオケを歌う「ラストソング」や「シャンパンコール」が好例だという。そこでは、貢ぐ女性側の承認欲求も満たされる。
誇示的消費は「これだけ自分が使った/使えたんだ」と他者に顕示することで気分は高揚するが、心が満たされるのは一時的であることは想像に難くない。大久保公園に現れるミキさんも加奈子さんの発言にも「貢いでも貢いでも、心が満たされない」という飢餓感が感じられた。
同時に「尽くせば尽くすほど、相手を好きになる」という心理も想像がつく。加奈子さんの「もう今さらホスト通いは辞められない……」という言葉も、なかば執着じみているし、「パチンコで1万円負けてしまったのに、さらにお金を使うのをやめられない」という心理と大差ないようにも思える。
先ほどの2人の言葉を聞くと「自分が性を売りたいから売ってるんでしょ」「自分がホストに行きたいから、と納得しているんだったら別にいいんじゃない?」という『したり顔』の声がしばしば聞かれる。
しかし、はたしてそうだろうか。
いわゆる「売春は自由意志か強制労働か」という話はフェミニズムでもすでに議論されていることなのでここでは深追いは避けるが、彼女たちにとって「それってちょっと危険じゃない?」「私はすごく心配しているよ」と告げる友人や親との関係性がないこと、他に稼ぐ手段がないこと……こういった資源の乏しさは否定できない。
「選択肢の多さ=豊かさ」でもある。普段の生活においても「旅行は沖縄にしようか、北海道にしようか」「予約困難店のお寿司もいいけど、チェーン店の牛丼もおいしいよね」など、豊かになればなるほど選択肢は増えていく。「チェーン店の牛丼しか」食べられないのと、「チェーン店の牛丼も」たまに食べるのとは意味が違う。
誇示的消費でしか承認欲求を満たせず、大久保公園に立ち続けることしか、彼女たちに選択肢がないとすれば、それは大きな意味での貧困だ。当の加奈子さんの「私は貧困じゃない」という言葉は、裏を返せば、なんとかそんな自分の尊厳をギリギリに保とうとする心の叫びのようにも思えるのだ。
その背景には、機能不全家族の問題や教育の機会に恵まれなかったことなど、社会的な問題も密接に絡み合っていることも忘れてはならない。
「自分が好きで貢いでいるんだからいいでしょ」「それで危険な目にあったり、メンタルやばくなっても自己責任でしょ」と彼女たちの言動を「若い愚かな女性」と冷笑し、You Tubeに配信するのもなんとも罪深い。
身体を売る女性も、買う男たちも、それを見世物にする配信者も、それぞれが心に抱えた欲と虚しさは、大差ないのかもしれない。
取材・文/アケミン