1月18日、共産党は志位和夫委員長(69)に代わり、田村智子政策委員長(58)が新委員長に就く人事を発表した。委員長の交代は実に23年ぶりとなるが、その舞台裏を探ると、複雑怪奇な“党内力学”と「初の女性党首」の意外な一面が見えてきた。
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【写真】「まるで盟友」「とても仲良さげ」と話題になった田村氏と福島みずほ氏「新旧・女性党首」の“共闘”ショット
田村氏といえば、2019年、「桜を見る会」をめぐる問題で安倍晋三元首相を国会で鋭く追及し、一躍、名を上げたことで知られる。翌20年の党大会で、女性初の政策委員長に選出され、一気に「次代のホープ」へと躍り出たという。
「それでも3年ほど前までは、“次の委員長は小池晃(書記局長)”との声のほうが党内では強かった。しかし小池氏の“ヒト当たりのキツさ”などが徐々に敬遠され、田村氏と党内での人気が逆転。それを決定づけたパワハラ事件が約1年前に起きています」(全国紙政治部記者)
22年11月に開かれた党会合で、小池氏が読み上げた人物の名前に誤りがあり、それを司会役だった田村氏が質したところ、「間違えていない。ちゃんと読んでる」と小池氏が逆に田村氏を叱責。後日、党規約に基づく警告処分を受けた小池氏は「パワハラそのものだった。私自身の品性の上での弱点があらわれた」と謝罪した。一方で「その後、田村氏が『私自身、パワハラを受けた認識はなかった』と“小池擁護”とも取れる発言をしたため、女性党員から『党のパワハラ体質を温存しかねない』と反発を食らう」(同)一幕もあったという。
以降、小池氏は委員長レースから後退したが、今回の人事では書記局長に留任。志位氏は空席となっていた「議長」へと就任した。田村氏の愛称は“タムトモさん”。今回のタムトモ大抜擢の裏には2人のキーパーソンがいて、その一人が志位氏である。
元参院議員で共産党の政策委員長などを務め、05年に離党した筆坂秀世氏がこう話す。
「志位氏が18日、『(田村氏と)両者で力を合わせて相談しながらやっていく』と語ったように、委員長の交代ですぐに党運営の方針や権力構造が変わるわけではありません。それでも志位氏が田村さんにバトンを渡した背景には、国会論戦での活躍や、女性が新党首になれば国民に“刷新さ”をアピールできる点などが考慮されたのでしょう。共産党内では党のイメージを左右する“トップの物言い”を重視する向きもあり、その点、“乱暴”な小池氏より田村さんのほうが安心だとの判断も働いたはず」
田村氏は1984年、早稲田大学第一文学部に入学すると、すぐに混声合唱団に入団。本人が党のプロフィールに記したところでは、入学してから「毎日が歌、どこでも歌、ところかまわず歌という日々」を送っていたという。しかし、その冬に「学費値上げ」に反対するストライキに参加し、共産党・下部団体の日本民主青年同盟(民青)の活動に触れたことから、民青に加盟–。
「大学卒業後に田村さんは民青同盟に就職しますが、両親は泣いて反対したそうです。その民青時代に彼女はTBSから密着取材を受けるのですが、放映された番組が“民青を揶揄する”内容だったとして、テレビを見ながら悔し涙を流した。いまでも田村さんのストレス解消法はカラオケで歌うことで、過去には党集会のステージ上で拳を振り上げて労働歌を熱唱し、高齢の党員らから喝采を浴びたことも。実は共産党の主要な収入源である機関紙『赤旗』は近年、“早稲田人脈”が主流を占めるようになっていて、そのため赤旗内には“タムトモ応援団”が多い。志位氏としては赤旗を間接的に掌握する意図もあって“田村を推挙した”との声もあります」(党関係者)
もう一人のキーマンは、これまで「党の理論的支柱」として、党内に睨みを利かせてきた前議長の不破哲三氏という。
「今回の人事に不破氏の意向がまったく働いていないとは考えにくい。00年11月に志位氏と交代する形で委員長を退任した不破氏ですが、その後も党に対して隠然たる影響力を持ち続けてきたのは周知の事実。そんな不破氏の“お眼鏡にもかなった”ことで、田村氏の委員長就任が実現したと考えるほうが自然です」(筆坂氏)
実際、党員のなかには「20年に亡くなった不破氏の妻である上田七加子さんが田村さんのことを気に入っていた」と話す者もいる。しかし今回の人事で、その不破氏も党指導部の中央委員会メンバーから外れ、「世代交代」を期待する声が党内の一部から上がっている。
「今月で94歳になる不破氏は事実上の引退と見られていますが、“不破氏の親衛隊”と呼ぶ者もいる浜野忠夫氏(91)と市田忠義氏(81)の両名は、今回の人事でも党の常任幹部会にとどまることになった。結局のところ、志位氏はおろか、不破氏の影響すらも残る結果になったと考えられ、“表看板”だけをすげ替えても、『革命党』としての共産党の本質は今後も変わらないでしょう」(筆坂氏)
共産党の党員数は30年前には36万人いたが、現在は25万人にまで減少。トップ交代で退潮傾向に歯止めはかかるか。
デイリー新潮編集部