子のいない夫婦の相続は、故人の親族と配偶者のあいだで相続争いが起きやすいものです。そこで本記事では、FP1級の川淵ゆかり氏がAさんの事例とともに子のいない夫婦の相続について解説します。
63歳のAさんは、定年退職した夫と2人で悠々自適の老後の生活を送っていました。
ところが、この夫が進行性の早い癌にかかってしまい、65歳で亡くなってしまいました。Aさん夫婦には子どもがなく、亡くなった夫の兄弟や両親もすでに他界していたため、相続人は妻のAさんだけとなっていました。亡くなった夫は、現役時代は製薬会社に研究職として勤務し、仕事熱心で帰りも遅かったため、定年退職後にやっと夫婦2人でゆっくり話せる時間を持つことができたところでした。
Aさん夫婦は、Aさんが28歳のときに亡くなった夫の上司の紹介で結婚しました。物静かでほとんど家にいなかった夫に対し、積極的で明るいAさんは家のことをどんどん自分で決めてしまうようなタイプです。そのため、夫が亡くなったときも周りの人は「しっかりした奥さんだからこれからも1人で大丈夫だろう」と思ったものです。
葬式のときも気丈に喪主を務めていたAさんでしたが、参列した夫の友人の1人が若い男性にしきりに話しかけているのが気になりました。この夫の友人は弁護士で、初七日も過ぎたころに「ご主人の遺言書を預かっています」と連絡をしてきて、Aさんはこの弁護士から驚愕の事実を知ります。
「ご主人には息子さんがいらっしゃいます」
この弁護士が葬式のときに話しかけていた若い男性は、実はAさんの夫の婚外子(非嫡出子)で、「葬式に出たい」との希望で友人が連れていった、と言うのです。この婚外子はすでに25歳になっており、遺言書にはAさんも知らなかった預貯金等の財産をこの子に相続させるように、との記載がありました。
しっかり者のAさんも、この事実を知ったときはさすがに膝から崩れ落ちた、といいます。
「葬式のときにあの子が気になったのは、やはり夫に似ているところがあったからでしょうか。とても浮気をするような軽い人ではありませんでしたので、本気だったのかと思いました。わたしたちのあいだに子どもはいませんでしたので、考えれば考えるほど気持ちが沈んでしまい、しばらくは寝込んでしまいました」
いろいろな事情で婚姻関係にない人間同士のあいだで子どもが生まれることもあります。こういったお子さんは「婚外子(非嫡出子)」と言われ、「認知」の手続きをしていないと、婚外子の父親が亡くなってしまった場合、遺産を相続できないことがあります。Aさんのご主人様は、息子さんのことを考えてか、認知の手続きや遺言書の作成も生前のうちにしっかり準備していました。
父親が婚外子を認知する方法には、次の3つの方法があります。なお認知は、子どもが胎児のときから父親の死後3年までのあいだで行うことができます。ただし、認知される子がすでに成年の場合は、認知される子の承諾書が必要になります。
1.任意認知父親が生前に自らの意思で認知を行う方法です。
2.遺言認知遺言書により、父親が死後に婚外子を認知する方法です。生前に婚外子を認知する旨を記載した遺言書を作成しておき、死後に遺言執行者により認知の手続きが行われます。生前にどうしても婚外子を認知することができない場合に取られる手段です。
3.強制認知強制認知とは、父親が認知してくれない場合に、認知調停や認知訴訟で認知させる方法です(裁判認知)。認知調停の申し立ては、原則として子ども自身が行いますが、子どもが未成年の場合には母親が法定代理人として申し立てることになります。また、胎児については強制認知させることはできません。現代はDNA鑑定がありますから、親子関係をはっきりと証明させることが可能です。なお、相手の男性がDNA鑑定に協力してくれない態度を示す場合は、その態度そのものに親子関係があることの根拠の1つとして主張することができます。
相続人の範囲と法定相続分は次のようになります(参考:国税庁HPより)。
死亡した人の配偶者は常に相続人となり、配偶者以外の人は、次の順序で配偶者と一緒に相続人になります。なお、相続を放棄した人は初めから相続人でなかったものとされます。また、内縁関係の人は、相続人に含まれません。
<第1順位>死亡した人の子供その子供が既に死亡しているときは、その子供の直系卑属(子供や孫など)が相続人となります。子供も孫もいるときは、死亡した人により近い世代である子供の方を優先します。
<第2順位>死亡した人の直系尊属(父母や祖父母など)父母も祖父母もいるときは、死亡した人により近い世代である父母の方を優先します。第2順位の人は、第1順位の人がいないとき相続人になります。
<第3順位>死亡した人の兄弟姉妹その兄弟姉妹が既に死亡しているときは、その人の子供が相続人となります。第3順位の人は、第1順位の人も第2順位の人もいないとき相続人になります。
法定相続分は次のとおりです。なお、子供、直系尊属、兄弟姉妹がそれぞれ2人以上いるときは、原則として均等にわけます。また、民法に定める法定相続分は、相続人のあいだで遺産分割の合意ができなかったときの遺産の持分であり、必ずこの相続分で遺産の分割をしなければならないわけではありません。
<配偶者と子供が相続人である場合> ・配偶者2分の1・子供(2人以上のときは全員で)2分の1
<配偶者と直系尊属が相続人である場合>・配偶者3分の2・直系尊属(2人以上のときは全員で)3分の1
<配偶者と兄弟姉妹が相続人である場合>・配偶者4分の3・兄弟姉妹(2人以上のときは全員で)4分の1
なお、2013年9月5日以降の相続では、婚外子の法定相続分も婚内子と同等に計算することになっています(それ以前は、婚内子の2分の1)。
相続財産については、法定相続人同士でどうわけ合うのかを話し合わないといけません。これを「遺産分割協議」といいます。認知された婚外子の男性も当然相続人となりますので、遺言書がなかったら、Aさんと2人で顔を突き合わせて遺産分割の話をしなければならなかったでしょう。
ですが、今回のケースでは、Aさんの夫が遺言書で認知した子の相続分を指定してあったため、大きなトラブルもなく、お互いが嫌な思いをせずにすむことができました。
なお、認知しなかった場合は、婚外子は法定相続人にはなれませんが、遺言書により遺産の相続だけは可能となります。Aさんの夫は自分が亡くなったあとに、妻と婚外子の息子が揉めないように、事前に友人の弁護士に相談してしっかり手続きを済ませていたのだと思います。
それでも、Aさんの気持ちを考えると心が痛みます。
川淵 ゆかり
川淵ゆかり事務所
代表