「『東大卒だったら何でもできるだろう』というような感じで“合格ライン”が上がってしまう感じがあるんです。だから、なるべく隠しておくほうが得だなと思います」
《写真ページへ移る》ホリエモン、菊川怜だけじゃない「意外な東大出身タレントたち」
東大法学部卒という輝かしい学歴を持ちながら、仕事がなかなかうまくいかない石川真里さん(28歳・仮名)。そんな彼女が抱えていた、ある特性とは? ライターの姫野桂の新刊『ルポ 高学歴発達障害』(筑摩書房)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
東京大学法学部を出たのに仕事ができない彼女が「抱えていたもの」とは? getty
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「席におとなしく座っていられず、ぐるぐる辺りを歩き回ってしまうので『キモい』と、中高時代はいじめられていました。あと、衝動的にバーっと喋ってしまうので、それでコミュニケーションもうまく取れず、『ウザい』と言われていました。でも、私の中ではただ動き回っていたのではなく、歩き回ったり何時間もブランコに乗ったりしながら空想の世界にいたんです」
そう語るのは東京大学卒(公共政策大学院の修士卒)の石川真里さんだ。いじめられてはいたが、勉強ができることが救いで不登校に陥ることはなかった。私立の中高一貫校で、中学1年の最初のテストで上位に入り「うちの学校でこの成績だったら東大に行ける」と教師に言われ、東大を目指すことにした。
その言葉通り、彼女はストレートで東大に合格する。東大で過ごした期間が彼女にとっては「一番楽で落ち着いていた」と語った。ただ、入部した読書サークルでは感情の起伏がコントロールできず、泣いてしまうこともあったという。この感情のコントロールの苦手さは社会人になってからも続いた。
石川さんは東京大学を大学院の修士まで卒業し、外資系の一流コンサルティング企業に就職した。彼女は実は学部時代にマスコミ系の会社をいくつか受けていたが、どこも面接で落ちてしまった。
「あなたはどんな人間ですか?」と面接官に訊かれた際に「変わっていると言われます」と答え、「どう変わっているのですか?」と訊かれると「それは見ればわかりませんか?」と屁理屈のように返してしまっていたのだ。こうした感情を排したような受け答えはマスコミ系では通用しなかったが、フラットに物事を考えることを重要視する外資系のコンサル系企業の面接ではかえってウケたのだという。
こうして、ASD特有の思考のおかげで多くの発達障害者が苦しむ就活をすり抜けることができた。内定が出たその会社には東大卒や京大卒、慶應卒など高学歴の社員が勢ぞろいしていた。
しかし、入社してからが地獄の日々だった。うっかりミスが多発する。主に書類仕事でケアレスミスが多かった。パワーポイントの資料のミスを修正する際、1箇所を修正したら別の箇所の修正を忘れてしまうのだ。
面談中に感情が高ぶって泣いてしまうこともあった。また、正義感が強い面があるため、おかしいと思ったら誰の前でも「これはおかしい」と言ってしまうことから、空気が読めない存在として扱われてしまった。これはADHDの衝動性とASDの疑問に思ったことを突き止めようとこだわる特性が作用しているように考えられる。
なかなかうまくいかず、労働時間も長く、辞めたい気持ちが募っていく。感情のコントロールができずにつらくて泣いてしまうことが増えていった。
このとき石川さんはADHDを疑い、医療機関を受診する。鬱傾向も出ていたため、鬱状態のせいでミスが多いのか、ADHDのせいでミスが多いのかを確かめたい気持ちもあったという。診察の結果、ADHDの診断が降りた。
発達障害の診断が降りると「ほっとした」「納得がいった」と感じる当事者も多い中、石川さんは「自分はみんなと違うのだ」とショックを受けたと語っている。彼女は、自分が他の人と違うこと、マイノリティであることをネガティブに捉えていたようだ。
彼女が勤めていた会社では芳しくない成績の社員は指導対象となり、次の評定時に再度悪い成績を取ると、指導を続けるか半年後に契約を終えるかを決める査定を受けることになっていた。結局のところ、石川さんは2年弱で実質的にクビになってしまうこととなる。ミスの連発が失職を招いてしまったのだ。
2社目の会社もASDの特性を活かせるコンサル業を選んだ。人事系の課題解決を得意とするファームだ。
「でも、ここでもミスが多いのと、言われないと行動できませんでした。推測ができないんです。例えば、会議が決まったら会議室を予約するとか、そういう基本的なことができない。『会議室取っておいてね』と言われればできるのですが、次回また会議が決まったときに会議室を取ることができませんでした。
今回は『会議室取ってね』と言われなかったから取らなくてもいいんだろうと思ってしまうんです。他にも、別の人が話している最中につい被せて話してしまって、気を付けないといけないと思うことがありました」
現在、石川さんはADHDの症状を改善する薬であるストラテラとコンサータを飲んでいる。薬を飲み始めてから多少落ち着きが見られ、疲れやすさもなくなった。それまではコントロールができない霧の中でジェットコースターに乗っているような感覚だったのが、霧が晴れてスピードも調整できる車に乗っているような感覚に変わったという。しかし、やはりケアレスミスは時折やってしまう。
仕事の方は現在出向中だ。ADHDであることを上司にカミングアウトすると「改善の余地はあるの?」と言われた。発達障害は治ることはないが、薬で若干特性が抑えられたり、ライフハックなど工夫をすればうまく適応することはできる。だが、認知度が上がっているとはいえ、まだまだ知らない人は知らない。結果として出向先に飛ばされてしまったのだ。また、コロナ禍であるため在宅勤務となっている。
「出向したタイミングが新型コロナウイルスの流行りだしたタイミングだったので、出向先の人と対面で会ったことがほとんどないんです。だから、人間関係が築きづらいところがあります。あと、これは発達障害に限らないと思うのですが、在宅勤務だと誰かに見られている緊張感がないのでオン・オフの切り替えが難しく、グズグズと遊んでしまうこともあって……。
でも、在宅勤務のメリットもあります。対面の仕事だと空気を読んで動かないといけないところがありますが、リモートだとチャットなどで明文化したコミュニケーションが取られます。それが私からすると、ようやくみんなと同じ位置に立てた感じがして、ありがたいです」
発達障害の人、特にASD傾向の強い人はマニュアルがあると仕事をしやすいと言われている。ASDがある知人は、いろいろな仕事を転々としてきたが、一番長く続いたのが、完璧にマニュアル化されているマクドナルドでのアルバイトだったそうだ。つまり、文字にして視覚化することで、発達障害傾向のある人は次にやるべき仕事にスムーズに取り組めるのだ。
石川さんの言う「ようやくみんなと同じ位置に立てた感じ」という表現は、「東大卒」の人に言われると「いや、あなたは日本一の大学を卒業している優秀な人じゃないですか」と感じられてしまうかもしれないが、勉強ができることと仕事の段取りやコミュニケーションがうまくいくかどうかは違うということだ。
「東大時代の友人は官僚になったり弁護士になったりしている人がいます。そんな友人たちに会うと、みんなキラキラしながら仕事の話をしていて、意識が高くてついていけないなと思ってしまいます。そして、自分のうしろめたさを感じます。みんなには1社目の一流企業をクビになったことを言っていないし、発達障害で困っていることも話せません」
しかも、東大時代の同期はみんなどんどん給料が上がっていっている。対して石川さんは新卒の頃と変わらないどころか、年収にして150万円ほど下がってしまっているという。現在の会社でも何度か降格させられており、今後一生給料が上がらないのではないかという不安も抱えている。東大卒は“損”か? 最後に、石川さんに東大卒であることを“損”に思ったことはあるか聞いてみた。「それはあります。やはりハードルを上げられてしまうので、『東大卒だったら何でもできるだろう』というような感じで“合格ライン”が上がってしまう感じがあるんです。だから、なるべく隠しておくほうが得だなと思います。ただ、自分が東大に入れたという経験は誇りに思いたいし、東大は自分にとても合っている場所だったので、それはすごく良かったなと思っています」 石川さんにはもっと輝ける場所があるように思う。学歴だけがすべてではないが、せめて東大卒という称号が働くうえで“損”であってほしくない。※プライバシー保護のため氏名や年齢、事実関係を一部変更している箇所があります。〈「なんで仕事ができないんだ」年収300万・早稲田政経卒の男性が「学歴を隠して」生きる理由〉へ続く(姫野 桂/Webオリジナル(外部転載))
しかも、東大時代の同期はみんなどんどん給料が上がっていっている。対して石川さんは新卒の頃と変わらないどころか、年収にして150万円ほど下がってしまっているという。現在の会社でも何度か降格させられており、今後一生給料が上がらないのではないかという不安も抱えている。
最後に、石川さんに東大卒であることを“損”に思ったことはあるか聞いてみた。
「それはあります。やはりハードルを上げられてしまうので、『東大卒だったら何でもできるだろう』というような感じで“合格ライン”が上がってしまう感じがあるんです。だから、なるべく隠しておくほうが得だなと思います。ただ、自分が東大に入れたという経験は誇りに思いたいし、東大は自分にとても合っている場所だったので、それはすごく良かったなと思っています」
石川さんにはもっと輝ける場所があるように思う。学歴だけがすべてではないが、せめて東大卒という称号が働くうえで“損”であってほしくない。
※プライバシー保護のため氏名や年齢、事実関係を一部変更している箇所があります。
〈「なんで仕事ができないんだ」年収300万・早稲田政経卒の男性が「学歴を隠して」生きる理由〉へ続く
(姫野 桂/Webオリジナル(外部転載))