親が認知症になったら銀行口座が「凍結」される?認知機能の低下でできなくなる法律行為と今すぐやっておきたい対策

多くの人が「いつかはやってくるもの」と考えている、親の介護問題。親が認知症になった場合には確実に介護がスタートするときだが、介護や相続に関するお金の相談を数多く受けてきたファイナンシャルプランナー・安田まゆみさんはこう話す。
「親が脳の疾患やケガなどが原因で、日常生活において、認知機能に影響が出る状態になってしまってからでは、特にお金関係で困ることが多い。そういう事態に陥らないためにも、親が元気なうちにいろいろと話し合い、手続きを進めておくべきです」(以下、安田さん)
認知症とは、脳の機能低下による症状の総称で、病気の名前ではない。
認知症基本法によると「アルツハイマー病その他の神経変性疾患、脳血管疾患その他の疾患により日常生活に支障が生じる程度にまで認知機能が低下した状態として政令で定める状態をいう」。
つまり、「認知症=徐々に認知機能が衰えていく」ということだけではなく、突然、脳溢血など脳血管の疾患で倒れて予後が悪くて認知機能の影響が出ることもあるし、事故に巻き込まれて頭部に打撲などの損傷をきたせば、脳の血流が悪く認知機能にも影響が出てくるケースもある。
認知症は、誰にでも起きうることとしてとらえて、準備しておいた方が良いだろう。
脳の機能低下によって認知機能に影響の出る状態になると、日常生活で困ることはいろいろあるが、法律行為全般ができなくなる。安田さんによれば、特に注意してほしいのは主に以下の5つだ。
(1)預金・貯金口座からお金を下ろせなくなる(2)不動産の処分や資産運用商品の売買、賃貸契約など契約行為ができなくなる(3)医療や介護にかかわる意思決定ができなくなる(4)遺言が書けなくなる(書いても無効になる)(5)遺産相続・放棄ができなくなる
順番に見ていこう。
(1)預金・貯金口座からお金を下ろせなくなる
たとえばATMで暗証番号を何度も間違えたり、窓口で「暗証番号がわからなくなった」「キャッシュカード・通帳を紛失した」という問い合わせを繰り返すようになると、金融機関は本人の判断能力が著しく低下したと判断して口座を「凍結」させる。
なおこの場合の「凍結」は「口座の取引を大幅に制限する」という状態で、具体的には入出金や振込み口座への振込み、カード等の再発行や定期預金の契約・解約などができなくなる。年金などが振り込まれていても、口座から生活費を引き出すことはできないのだ。
ただし、金融機関にもよるが、既に契約されている引き落としや他からの振込み(家賃の支払いや配当金を受け取るなど)はそのまま行われる事が多いようだ。
(2)不動産や資産運用商品の売買、賃貸契約など契約行為ができなくなる
認知症になると契約や変更などの「法律行為」全般ができなくなる。
例えば、親自身は「いつか介護施設に入るときには自宅を売却してそのお金を使おう」と思っているかもしれない。しかし認知症になってしまうと、本人所有の不動産の売買ができなくなる。
また、賃貸物件を所有している場合などは、新規入居の契約等もできなくなるので、賃貸経営に影響が出る。
そのほか、資産運用商品の売買や処分、生命保険の加入や解約、死亡保険の請求手続き、生前贈与など、生活やお金にまつわるあらゆる「お金」の手続きができなくなる。
(3)医療や介護にかかわる意思決定ができなくなる
医療や介護に関して、本人が「こうしたい」という意思があっても、認知症になるとそれを新たに判断、決定することは難しくなる。家族が治療など医療の方針に対する同意を医師から求められても、本人の意向がわからないと家族も決断しにくい。決断したものの後から「これでよかったのだろうか」という疑念や後悔が続き、家族の精神的な負担となる。
「特に大きな問題になるのが終末期における延命治療についての考え。延命治療をどこまで行うかという意向を親が元気なうちに確認しておくことは、とても大切です」
(4)遺言が書けなくなる(書いても無効になる)
当人が遺産の分配の割合などを指定することができる遺言書だが、認知症の人が書いた場合、その時の本人の認知能力によっては無効になってしまうこともある。
(5)遺産相続・放棄ができなくなる
認知症の状態になると、法的な契約行為ができないため、相続人になったとしても遺産を受け取ることも放棄することもできなくなる。
ただしその際に、亡くなった人の遺言書があって、遺言執行者も決めている場合には、認知症の人であっても遺産を受け取ることができる。遺言執行者がいれば、その執行者が不動産の名義変更や預貯金の解約などの手続きを進めることができるからだ。
亡くなった人が遺言書を書いていなければ遺産分割協議が必要になるため、認知症の人が相続人にいる場合には、遺産分割協議そのものがストップしてしまうことになる。
「認知症の人が法定相続人になった場合には、遺産分割協議ができませんので、遺産を動かすことができません。例えば父親が亡くなり、法定相続人が妻(母親)と子供が2人の場合、その母親が認知症である場合で考えましょう。
子供たちが『父親の預貯金の資産が少ないので、父名義の家を売却してそのお金で施設に入ってもらおう』と思ったとします。しかし母親が認知症ですから、遺産分割協議そのものができないので、『共有者全員の合意がとれない』ということになり、売却をすることも、預貯金を引き出すこともできません。
また、父親が借金を残して亡くなった場合、家族全員で相続放棄をしようとしても、認知症の母親だけが、相続放棄ができません。相続放棄をするには、家庭裁判所での手続きが必要になるからです。
その際には、成年後見人申し立てをして、成年後見人に相続を放棄をする手続きをしてもらうことになります」
「特にお金に関しては、認知症になってからだといろいろと大変になります。それを防ぐためにも、親が元気なうちに対策を取っておくことが大事です」
具体的に、安田さんが勧めるのは以下の5つのことだ。
(1)金融機関の確認や整理(2)暗証番号の確認(3)親の生活環境・かかりつけ医の把握(4)親の居住地の地域包括支援センターを把握(5)認知症になっても財産管理ができる方法を学んで対策をする
(1)金融機関の確認や整理
親が使っている金融機関を確認しておこう。まずは、金融機関と支店名やキャッシュカードの有無の確認でOK。
「通帳がある場合はそれで口座の存在がわかりますが、今はネットバンキングも多いため、本人が認知症になってしまうと口座が確認できない、ということが増えています」
使っていない口座が多かったり、引き落とし口座などが複数にまたがっていると、トラブルのもとにも。できれば本人が元気なうちに口座を整理するように勧めたり、手伝っておこう。同様にクレジットカードも整理しておくとなお良い。
(2)暗証番号の確認
認知症になった場合に多いのは「暗証番号がわからなくなってしまい、口座が凍結される」というケース。
「でも、まだ親が元気な場合は『暗証番号を教えて』というのもお互いに抵抗感があるもの。
おすすめの方法は、親に暗証番号を書いてもらい、その紙を封筒などに入れ、封をして、双方が分かる場所にしまっておく方法です。親にとっては、万が一カードの暗証番号を忘れた際の自分自身のお守りになりますし、子供たちもいざという時には開封して確認することができます」
なお、金融機関は基本的には代理行為であっても「親のカードで家族が入出金を行う」ということを認めていない。あくまで親のキャッシュカードを使うのは緊急時の出金に備えるだけにしたい。
金融機関によっては親本人に変わって入出金などをできる「代理人カード」を発行していることもあるし、「代理人」という制度もある。金融機関によって、その対応に差があるので、事前によく調べておいて、親が元気なうちに手続きしておいてもらおう。
(3)親の生活環境・かかりつけ医の把握
帰省時などを利用してやっておきたいのが、親の人間関係や生活状況、かかりつけ医の把握。特に親が遠方で一人暮らしの場合は、隣の家の人に挨拶をし「離れて住んでいるのですが、何か様子がおかしかったら知らせてください」と連絡先を渡しておこう。また、地元の民生委員などに挨拶しておくのもよい。
親のかかりつけ医もできれば直接訪ねて連絡先を知らせ、「認知症の兆候や重篤な病気などの、何か変わったことがあったら連絡してほしい」と伝えよう。
(4)親の居住地の地域包括支援センターを把握
地域包括支援センターは、介護・医療・保健・福祉など、様々な分野から高齢者を総合的に支援してくれる機関。もし親に介護が必要になったら確実にお世話になる場所の1つだが、できれば親が元気なうちに、相談などで訪れておくのがオススメ。
支援センターは住んでいる地域で管轄が分かれているので、まずは自治体のWEBなどで担当の支援センターの場所を確認。まだ介護認定などを受けていない状況でも、予防の観点からさまざまな質問や相談に乗ってくれる。
「親に何かがあったとき、相談・連絡できる場所があるというだけでも心強いもの。特に親と離れて住んでいる人は、親元を訪ねた機会などに時間をつくって足を運んでおきましょう。例えば転倒予防のために手すりをつけたい、浴室を改修したいというときも、使える自治体の制度を紹介してくれたり、いろいろと相談に乗ってくれますよ」
(5)認知症になっても財産管理ができる方法を学んで対策をする
介護が必要になったら親自身はどうしたいのか。自宅で過ごしたいのか、施設などに行きたいのか、その費用はどう用意するのか。財産管理は誰にさせていくのか、等。親の意向を聞き、事前対策の方法を家族で学び、話し合い、共有しておくことが重要だ。
例えば親が元気なうちに子供に財産を預ける「家族信託」や、判断能力がなくなった場合に必要となる「成年後見制度(法定後見制度や任意後見制度)」などを利用するという方法の知識も含めて家族で情報を共有しておき、実際に対策を講じておくことはとても重要になる。
「親の意向については、『エンディングノート』などを活用して、親の意思を確認するのもいいのですが、親に『書いておいてね』とお願いしても、なかなか1人では書きづらいもの。家族が集まったときに項目ごとに聞き出してメモしていく、『ヒアリングシート』の形式でもいいと思いますよ」
大切なのは、なるべく親の変化に気を配り、介護のスタートを遅らせること。そして、いざというときに備えておくこと。そのためにも、元気なうちにやれることから始めていこう。
安田まゆみ東京・銀座の「元気が出るお金の相談所」所長。CFP認定者(国際資格)、1級ファイナンシャルプランニング技能士(国家資格)。FP歴29年。女性を応援する「マネーセラピスト」として、これまでの相談件数は8000件以上、講演回数は1000回を超える。一男一女を育てあげた後、実父と義父を看取り。2021年に突然の母を失い、2023年には15年認知症を患い介護をしていた義母を見送った。著書に『もめないための相続前対策: 親が認知症になる前にやっておくと安心な手続き』(河出書房新社)、『そろそろ親とお金の話をしてください 』(ポプラ社)など多数。
取材・文=川口有紀