“救助死”で夫を亡くした女性が訴える水辺の危険

筆者の夫が亡くなった事故現場に設置された看板(写真:筆者提供)
【写真】筆者の夫が溺れる子どもを助けに入った川。一見、浅く見えるところに危険が潜んでいた
筆者は2012年4月21日土曜日、大阪府北部を流れる一級河川・安威川で発生した水難事故で当時34歳の夫を亡くした。夫はいわゆる「救助死」だった。
その日は天気も良く、平年の5月上旬の気温まで上がっていた。午後2時頃、近隣に住む小学生3人と中学生1人が川に入って遊んでいたところ、ブロックのすぐ下流にある深みにはまって溺れた。
偶然河川敷をジョギングしていた夫が子どもたちを見つけ助けに入ったものの、同じく深みにはまって亡くなってしまった。
夫は休みの日にジョギングをする習慣があり、その日もいつもと同じように家を出たのだが、そのわずか20分後の出来事だった。溺れた中学生も数日後に亡くなった。
その日は夕方から外出の予定があった。だが、夫は出発の時間になっても帰って来ず、携帯電話も自宅に置いていたため連絡が取れなかった。筆者は、夫がケガや体調不良で救急搬送されたのではないかと不安になり消防署に問い合わせた。
30代、177センチ、80キロ…という特徴を伝えたところ、先方がただならぬ様子になり、電話は何箇所かに転送された。最後に転送されたのは救急病院だったと記憶している。
そこで「そのような方は確かに運ばれていますが、すでにお亡くなりになっています」と告げられたのだ。
夫だと直感した。しかし「川で子どもさんを助けようとして溺れ、お亡くなりになりました」と説明を聞いても、何が起きたのか意味が分からなかった。
電話口で事故の場所や経緯を説明されたが、現場周辺は浅いと認識していたため、「沈む」「溺れる」という言葉と結びつかず、気が動転し何度も聞き返すも、当然同じやりとりの繰り返しになった。
「浅い」と思っていた川の中に2メートルから4メートルの滝つぼのような深みと流れがあったと知ったのは事故後のことだった。
事故現場の様子(画像:Googleマップをもとに筆者作成)
夫の事故は特に関西圏のメディアで大きく報道された。近隣住民や通夜葬儀の参列者への取材で得た夫の人となりが伝えられ、「善良な若い父親がよその子どもを助けて命を落とした」と美談のように報道された。
どこからか入手した夫の写真や家族構成まで記事にされ大変迷惑だったが、葬儀が終わるとともに「気の毒な事故だった」という結論で一気に終息し、あの騒ぎは何だったのかと唖然とした。
親族にとってはとても美談で済まされるものではない。
「夫の人となりや残された家族について書くのではなく、同様の事故を防ぐための注意喚起を発信してほしい」と後日取材の申し込みをしてきた新聞記者に訴えた。
遺族で話し合い、事故現場の川が浅く見え、対岸まで容易に渡れる状況だったことが子どもたちが川に入った理由の1つと考え「事故の再発防止のため、安易に川に入ることができないよう、柵やロープなどを設置してほしい」と行政の関係機関に訴えた。
しかし大阪府土木事務所からは「河川法に『河川は自己責任の中での自由使用』の原則があり、市民の利用は制限できない」「柵を立てるとしても、川の危険箇所はここだけではなく、設置範囲に際限がないため不可能」「災害時に川が氾濫したとき、柵が下流に流されれば凶器になる」など、良い返事はもらえなかった。
事故から半年経ち、遺族の思いを聞いた当時の茨木市長の鶴の一声により、川の深みを知らせる看板と「ここは水による死亡事故のあったところです」と注意を促す2つの看板が設置された。
筆者のような経験は誰もすべきではない。さまざまな感情が渦巻き、筆者は事故の翌年、大阪大学大学院へ進学。以来、「子どもの事故・ケガ予防」の研究と啓発に力を注いできた。
川での遊びや活動を計画する際、皆さんに知っておいていただきたいのは、第一に「川の深さや流れは見た目と異なることがあるため、安易に入ってはいけない。特に人工物の周辺は川の流れが変わったり深みができたりして危険」ということだ。
これからだんだんと秋に近づいていくが、季節を問わず、泳ぐつもりはなくても川へ足を踏み入れようとする人は多いだろう。そういう時にも決して油断はしないでほしい。夫の事故でも、子どもたちは最初、ブロックの上で遊んでいたとされ、何らかのきっかけで川の中に入っていた。
事故現場の様子(2012年、茨木市安威川)(写真:筆者提供)
河川は自己責任の中での自由使用が原則のため、たとえ行政が危険を把握していても十分に安全対策がなされていない箇所が多い。市民が水と親しめる場所として整備された「親水エリア」と呼ばれるような場所でも同様だ。
一方、中には「立ち入り禁止」や「注意喚起」のアナウンスがされている河川もある。
筆者の夫が亡くなった河川にも看板を立てたというのは述べたとおりだが、自由使用が原則の河川において、そのような対策が行われているというのは、「周知しなければいけないほど危険」ということだ。このようなアナウンスがある川へ入るのは控えたほうがいい。
上記を踏まえ、安全な場所かどうかを確認し、安全が保たれる範囲で活動してほしいのだが、川の場合は上流でゲリラ豪雨などがあると、自分の周囲は晴れていても急に水位が上がることがある。そのため周辺の天候もチェックすることを忘れないでほしい。
だいぶ啓発されてきたが、大人も子どもも水辺ではライフジャケットなどの救命具を身につけることも基本だ。成長するとライフジャケットの着用を敬遠するようになるため、幼少期からの習慣化が望ましい。
また当たり前だが、子どもと行く場合は子どもから決して目・手を離さないこと。特に、複数の子どもを少ない大人で見守るには限界がある。これまでにも子ども会や習い事の行事で川を訪れ、遊んでいた子どもが亡くなる事故が起きている。引率する大人は責任の重さを自覚し、安全管理を徹底してほしい。
河川敷のバーベキューをするときも、子どもの見守りに従事する人を決めること。子どもだけで遊ばせ、そのうち帰ってくるだろう、誰かが見ているだろうという思いは捨てなくてはならない。
大人であっても水難事故は多発している。「飲酒後は水に入らない」「持ち物が流されても水に入って追いかけない」が命を守る基本となる。
そして万が一、溺れた人を見かけた場合は、夫のように装備もなく水に入って助けに行くのではなく、浮くものやロープを投げるなど陸上からできる救助を行いながら119番(海の場合は118番)通報をすることを忘れないでほしい。
気象庁は9月1日、今夏(6~8月)の日本の平均気温が過去30年の平均値(基準値)を2.36度上回り、1898年の統計開始以降最も高かったと発表した。猛暑日の地点数も2010年以降の最多記録を塗り替えたという。気温の高い期間が長期化していると言える。
筆者が本稿を執筆している9月初旬も全国で気温30度を超える真夏日が続いており、開設の延長を決めた海水浴場もある。一般的に水のレジャーシーズンが終わるとともに水難事故も減るが、人々が水辺に行く期間が長くなることで、水難事故のリスクも増加する。
すでに来年以降も暑い夏になると言われており、「水の事故」の予防・啓発は年間を通じて続けることが必要だ。一人一人が注意することで、不幸な事故で生命を失う人がなくなるよう願ってやまない。
(岡 真裕美 : 大阪大学大学院人間科学研究科安全行動学研究分野 特任研究員)