いいことばかりじゃない?「温かい飲み物」が身体に与える悪影響【管理栄養士が解説】

「温かい飲み物で身体を冷やさないように」は正解?移動中や仕事の合間の休憩時間。温かいお茶やコーヒーを飲むと、ホッとした気持ちになりますね。秋や冬はもちろん、暑い季節も「身体を冷やすのはよくない」「冷たい飲み物は代謝が落ちる」と、温かい飲み物を選んでいる人も見かけます。
温かい飲み物は確かに身体を温めてくれますが、温かい飲み物ばかりを飲んでいると食道や胃に負担がかかることなどは意外と知られていないようです。
さまざまな視点で考えたとき、温かい飲み物は身体によいのでしょうか?悪いのでしょうか? 健康的な飲み物の温度と飲み方について解説します。
温かい飲み物が身体に与える効果とリスク・デメリット女子大生を被験者とした一つの研究結果(※1)からご紹介しましょう。女子大生、女子大学院生27名に15度の水250ml、65度の湯250ml、65度の湯150mlを飲んでもらい、胃電図を測定する、という研究です。
この実験では、65度の湯を飲んだ場合、150mlと250mlともに10分後に胃が活発に動いていることを示す「正常波」の出現頻度が増え、15度の水を飲んだ場合は、10分後に一度、正常波の出現頻度が下がった後、20分後以降は温かい飲み物と同じくらいの頻度が確認されました。
また、飲んだ量が多い方が10分後の正常波のパワーが強いことが分かりました。
この研究グループは、他の研究結果も同様の結果が出ているため、温かいものはそのまま消化、吸収されるが、冷たいものは一旦、胃の中で温まるのを待ってから消化、吸収されるのではないかとまとめています。
さらに、温かい飲み物に関しては、65度で提供されたものを火傷しないよう冷ましながら飲んでいたため、胃に到達する頃には40度くらいになっていると考えられるそうです。
冷たいものを飲んでも温かいものを飲んでも、胃での消化吸収は体温に近い温度になるまで待ってから行われているのかもしれません。
(※1:摂取する水の温度と量がヒトの胃運動に及ぼす影響)
一方で、温かい飲み物で身体を温めてばかりいると、体内の熱産生が行われにくくなるのではないか、という説もあります。
主な熱産生は代謝、エネルギーの産生によって行われますが、温かい飲み物で身体が温まることで、身体はそれ以上体温を上げる必要はないと考え、熱産生を活発に行わなくなるのではないか、というのが理由です。
さらに、国立がん研究センターの科学的根拠に基づくがん予防で、がん予防のひとつとして「飲食物を熱い状態で取らない」としています(※2)。
消化吸収や消化器官の負担を考えれば、温かい飲み物を飲む場合でも熱すぎるのは考えもので、体温に近い温度の飲み物を選ぶのが身体にやさしいといえるかもしれません。
(※2:科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究 日本人のためのがん予防法)
温度に左右される味……飲みごろ・食べごろの温度は?料理を提供する際の「飲みごろ・食べごろ」の温度についても説明しましょう。一般的に料理は体温±25~30度が適温といわれていますが、酸味以外の基本味は温度に左右されやすいことも知られています。
例えば、甘味は体温付近が最も強く感じ、塩味と苦味は温度が低いほうが強く感じるといわれています。そのため、スープやみそ汁などを調理直後の熱いときにちょうどよい塩加減にしてしまうと、食卓で飲んでいる間に冷めて味を濃く感じてしまうということも起こり得ます。
また、幼児や高齢者の場合、温度の閾値が狭くなっていることがあります。病院でも、7度で冷蔵したサラダを患者様に提供したところ、「冷たい。歯が浮いて食べられない」と言われたことがあります。7度の保冷庫で冷やした小鉢はひんやりして、看護師などに食べてもらうときには好評な温度なのですが……。
また、他の患者様には適温でおいしく食べていただいている食事を「熱い」とおっしゃる方もいます。
このように、個人差はあるものの、このくらいの温度を狙って出すとおいしいと言っていただきやすい適温はあります。各料理の適温の目安を以下に示します。食べるときにこの温度になるのが「適温」です。
▼飲食物をおいしく感じる適温の目安(※3)・サイダー……5度・冷水……10度・ビール……10度・冷奴……15~17度・酢の物……20~25度・かゆ……37~42度・温めた牛乳……40度・酒のかん……50~60度・湯豆腐・茶碗蒸し……60~65度・スープ・紅茶・コーヒーなどの一般的な飲み物……60~65度
(※3:山崎清子ら;新版 調理と理論 p.529 2003年)
料理や飲み物の「適温」はおいしさ・うれしさを引き出す以上のように、適温で提供された飲食物は「おいしい」と感じられるものですが、これと同時に、寒い時期の温かいドリンクや炎天下で飲むよく冷えたコーヒーなど、飲食物を飲んだり食べたりする「環境」によってもおいしさを感じる温度は異なります。
例えば、炎天下で大量の汗をかき、水分補給のためにお茶を飲むような場合、水分補給に加えて身体を冷やす目的も大切ですので、温かいものではなく冷たい飲み物を飲むほうが効果的です。
ここまで命に関わるような状態でなくても、寒い屋外から暖かい室内に入って飲む温かいコーヒーは、身体だけでなく心も温まります。
飲食物はそれらの持つ栄養素だけでなく、「おいしい」ことによる「うれしさ」を得られる存在でなければ意味がありません。飲み物や料理は温度をうまく選んだり調節したりすることで、おいしい、うれしいを引き出すことが可能なのです。
必ずしも、温かければよい、冷たければよい、というものではありません。その料理の種類や、暑さ・寒さなどの環境、体調や気分なども考えて、飲み物や料理の温度に気を配られるのがよいと思います。