3年にわたり放牧中の牛を襲撃し続けているヒグマ「OSO18」による被害が今年も広がってしまった。捕獲に向けて地元猟友会はおろか、北海道庁まで動いたものの、効果は挙げられていない。
前編記事『北海道を震撼させる凶悪ヒグマ「OSO18」…!捕獲作戦に参加したハンターが打ち明ける「化け物じみた生態」』では、巨大ヒグマ・OSO18の恐怖と、人間の追跡を逃れる用心深さについて見てきた。本記事では、我々に迫るオソのさらなる脅威に迫っていく。
実は、佐々木牧場の1週間前に襲撃された類瀬牧場でも、オソは人間がいない時間を見計らって牧場へと戻ってきていた。ここでは殺害した牛の死骸を引き摺り、100m離れた沢まで運んでいた。用心深さを見せながらも時折大胆な行動を起こすのは、もはや人間を挑発し、弄ぶためだとさえ思えてくる。
オソは歳を重ねるごとに狡猾さを増していく。対して、人間は新たな手を打ったものの、さしたる効果が現れていない。
2019年に撮影されたOSO18とみられるヒグマ(写真提供/標茶町)
「今年の夏には熱を感知する機能のついたドローンを飛ばし、オソの居場所を突き止めようとしました。しかし、森の木々にさえぎられて手掛かりは掴めませんでした」(前出・標茶町役場担当者)猟師を取りまく状況に変化が現れていることも、オソの捕獲が進まない理由の一つとなっている。前出の猟師が苦々しい表情で語る。「狩猟用の銃弾が手に入りにくくなっているのです。コロナ禍に加えウクライナ紛争が勃発したことから、銃弾の価格も3年前の倍近くにまで跳ね上がっています。無駄撃ちができないだけでなく、猟へ出る回数も制限されています」押し寄せるハンターたち地元の猟師が苦境に陥る一方、標茶町へは全国各地から猟師が集まっているという。存在が大きく報道されたことから、オソを自らの手で仕留めたいと意気込む者も多いそうだ。関東から遠征してきたという猟師が語る。「標茶町は鹿撃ちの名所でもあるため、本州からも毎年多くの猟師が入ります。街中のガソリンスタンドや食堂でも何人もの猟師と挨拶を交わしました。口にしないまでも、猟師なら誰もが有名になったオソを撃ちたいと思っているはずです」 だが、猟友会標茶支部長の後藤勲さんは猟師が集まることで混乱が生じることを心配している。「標茶の土地のことを知らない者が、功名心からむやみに山に入るのは危険な行為です。近年は餌になるエゾシカの数も増えているため、冬眠をしないヒグマも増えており、山では何が起こるかわからないのです」人間の生活圏に近づく脅威人間の足並みが揃っていない一方で、さらなる不安要素も生じている。一つはオソが牛を襲う場所が、人間の生活圏に近づいてきていることだ。「昨年まで牛がやられるのは、牛舎から遠い放牧地でした。しかし、佐々木牧場は住宅からわずか250m、8月の久松牧場での被害は牛舎から300mの場所で被害が出ています。オソは確実に人がいる場所へと近づいています。そこで出くわした人が、犠牲となる可能性も高まっているのです」(前出・ベテラン猟師) もう一つは、オソが今後も長期にわたり被害を及ぼす可能性だ。オソは現在10歳前後の個体と考えられている。大きな病気などしないとすると、今後10年近くにわたり、被害を出し続けることもあり得る。ヒグマは5歳前後から繁殖が可能となる。オソの遺伝子を受け継いだ二世が道東で次々と誕生しているだろうことは想像に難くない。前出の佐々木さんも、第二のオソの出現を脅威に感じている。「たとえオソのDNAを持っていなくても、オソが牛を襲うのを見た若いクマが真似をして牛を襲い始める可能性だってあります。今後、牛は簡単に捕食できる食糧だと学習したヒグマが現れても不思議ではない」オソが忽然と姿を消したオソを捕まえられなければ、町民に平穏な日常は戻ってこない。だが、その困難さを、地元の猟師は身をもって感じている。前出の後藤氏が語る。「どこに姿を消したかわからない怪物をどうやって撃てばいいのか……。もとから人間よりも野生動物のほうが多い地域ですし、仮に目撃情報があっても猟友会員が現場へ到着するまで数十分はかかります。何とかしたい気持ちは強く持っているのですが、正直打つ手がないのです」8月20日に厚岸町で被害を出したのを最後に、オソの居場所は掴めていない。忽然と姿を消している状態なのだ。前出のベテラン猟師が語る。「道の研究機関から派遣された学者によると、今は標茶と厚岸の境目にある阿歴内という、森が深い地域で息を潜めている可能性が高いと言われています。しかし、私はそうは思いません。用心深いオソは猟銃や箱罠の脅威を認知しているはずです。この二つから確実に身を隠せる場所が標茶には一ヵ所あります。それが釧路湿原です。国立公園に指定されているので、罠も設置できなければもちろん発砲もできません。人目につかない湿原で休息を取り、来年の放牧が始まる6月以降、また一気に大きな被害をもたらすのではないでしょうか」広大な湿地帯である釧路湿原(Photo by GettyImages) 森にいるのか、湿原にいるのか。この夏から秋、5ヵ月にわたる追跡戦もむなしく、オソは荒野へと姿を消してしまった。いつ再び姿を現すのかと、人間が不安に苛まれている間にも、オソは爪を研いでいるに違いない。まもなく4年目を迎えるヒグマと人間の追跡戦に、終止符を打つことはできるのか。「週刊現代」2022年11月19・26日号より
「今年の夏には熱を感知する機能のついたドローンを飛ばし、オソの居場所を突き止めようとしました。しかし、森の木々にさえぎられて手掛かりは掴めませんでした」(前出・標茶町役場担当者)
猟師を取りまく状況に変化が現れていることも、オソの捕獲が進まない理由の一つとなっている。前出の猟師が苦々しい表情で語る。
「狩猟用の銃弾が手に入りにくくなっているのです。コロナ禍に加えウクライナ紛争が勃発したことから、銃弾の価格も3年前の倍近くにまで跳ね上がっています。無駄撃ちができないだけでなく、猟へ出る回数も制限されています」
地元の猟師が苦境に陥る一方、標茶町へは全国各地から猟師が集まっているという。存在が大きく報道されたことから、オソを自らの手で仕留めたいと意気込む者も多いそうだ。関東から遠征してきたという猟師が語る。
「標茶町は鹿撃ちの名所でもあるため、本州からも毎年多くの猟師が入ります。街中のガソリンスタンドや食堂でも何人もの猟師と挨拶を交わしました。口にしないまでも、猟師なら誰もが有名になったオソを撃ちたいと思っているはずです」
だが、猟友会標茶支部長の後藤勲さんは猟師が集まることで混乱が生じることを心配している。「標茶の土地のことを知らない者が、功名心からむやみに山に入るのは危険な行為です。近年は餌になるエゾシカの数も増えているため、冬眠をしないヒグマも増えており、山では何が起こるかわからないのです」人間の生活圏に近づく脅威人間の足並みが揃っていない一方で、さらなる不安要素も生じている。一つはオソが牛を襲う場所が、人間の生活圏に近づいてきていることだ。「昨年まで牛がやられるのは、牛舎から遠い放牧地でした。しかし、佐々木牧場は住宅からわずか250m、8月の久松牧場での被害は牛舎から300mの場所で被害が出ています。オソは確実に人がいる場所へと近づいています。そこで出くわした人が、犠牲となる可能性も高まっているのです」(前出・ベテラン猟師) もう一つは、オソが今後も長期にわたり被害を及ぼす可能性だ。オソは現在10歳前後の個体と考えられている。大きな病気などしないとすると、今後10年近くにわたり、被害を出し続けることもあり得る。ヒグマは5歳前後から繁殖が可能となる。オソの遺伝子を受け継いだ二世が道東で次々と誕生しているだろうことは想像に難くない。前出の佐々木さんも、第二のオソの出現を脅威に感じている。「たとえオソのDNAを持っていなくても、オソが牛を襲うのを見た若いクマが真似をして牛を襲い始める可能性だってあります。今後、牛は簡単に捕食できる食糧だと学習したヒグマが現れても不思議ではない」オソが忽然と姿を消したオソを捕まえられなければ、町民に平穏な日常は戻ってこない。だが、その困難さを、地元の猟師は身をもって感じている。前出の後藤氏が語る。「どこに姿を消したかわからない怪物をどうやって撃てばいいのか……。もとから人間よりも野生動物のほうが多い地域ですし、仮に目撃情報があっても猟友会員が現場へ到着するまで数十分はかかります。何とかしたい気持ちは強く持っているのですが、正直打つ手がないのです」8月20日に厚岸町で被害を出したのを最後に、オソの居場所は掴めていない。忽然と姿を消している状態なのだ。前出のベテラン猟師が語る。「道の研究機関から派遣された学者によると、今は標茶と厚岸の境目にある阿歴内という、森が深い地域で息を潜めている可能性が高いと言われています。しかし、私はそうは思いません。用心深いオソは猟銃や箱罠の脅威を認知しているはずです。この二つから確実に身を隠せる場所が標茶には一ヵ所あります。それが釧路湿原です。国立公園に指定されているので、罠も設置できなければもちろん発砲もできません。人目につかない湿原で休息を取り、来年の放牧が始まる6月以降、また一気に大きな被害をもたらすのではないでしょうか」広大な湿地帯である釧路湿原(Photo by GettyImages) 森にいるのか、湿原にいるのか。この夏から秋、5ヵ月にわたる追跡戦もむなしく、オソは荒野へと姿を消してしまった。いつ再び姿を現すのかと、人間が不安に苛まれている間にも、オソは爪を研いでいるに違いない。まもなく4年目を迎えるヒグマと人間の追跡戦に、終止符を打つことはできるのか。「週刊現代」2022年11月19・26日号より
だが、猟友会標茶支部長の後藤勲さんは猟師が集まることで混乱が生じることを心配している。
「標茶の土地のことを知らない者が、功名心からむやみに山に入るのは危険な行為です。近年は餌になるエゾシカの数も増えているため、冬眠をしないヒグマも増えており、山では何が起こるかわからないのです」
人間の足並みが揃っていない一方で、さらなる不安要素も生じている。
一つはオソが牛を襲う場所が、人間の生活圏に近づいてきていることだ。
「昨年まで牛がやられるのは、牛舎から遠い放牧地でした。しかし、佐々木牧場は住宅からわずか250m、8月の久松牧場での被害は牛舎から300mの場所で被害が出ています。
オソは確実に人がいる場所へと近づいています。そこで出くわした人が、犠牲となる可能性も高まっているのです」(前出・ベテラン猟師)
もう一つは、オソが今後も長期にわたり被害を及ぼす可能性だ。オソは現在10歳前後の個体と考えられている。大きな病気などしないとすると、今後10年近くにわたり、被害を出し続けることもあり得る。ヒグマは5歳前後から繁殖が可能となる。オソの遺伝子を受け継いだ二世が道東で次々と誕生しているだろうことは想像に難くない。前出の佐々木さんも、第二のオソの出現を脅威に感じている。「たとえオソのDNAを持っていなくても、オソが牛を襲うのを見た若いクマが真似をして牛を襲い始める可能性だってあります。今後、牛は簡単に捕食できる食糧だと学習したヒグマが現れても不思議ではない」オソが忽然と姿を消したオソを捕まえられなければ、町民に平穏な日常は戻ってこない。だが、その困難さを、地元の猟師は身をもって感じている。前出の後藤氏が語る。「どこに姿を消したかわからない怪物をどうやって撃てばいいのか……。もとから人間よりも野生動物のほうが多い地域ですし、仮に目撃情報があっても猟友会員が現場へ到着するまで数十分はかかります。何とかしたい気持ちは強く持っているのですが、正直打つ手がないのです」8月20日に厚岸町で被害を出したのを最後に、オソの居場所は掴めていない。忽然と姿を消している状態なのだ。前出のベテラン猟師が語る。「道の研究機関から派遣された学者によると、今は標茶と厚岸の境目にある阿歴内という、森が深い地域で息を潜めている可能性が高いと言われています。しかし、私はそうは思いません。用心深いオソは猟銃や箱罠の脅威を認知しているはずです。この二つから確実に身を隠せる場所が標茶には一ヵ所あります。それが釧路湿原です。国立公園に指定されているので、罠も設置できなければもちろん発砲もできません。人目につかない湿原で休息を取り、来年の放牧が始まる6月以降、また一気に大きな被害をもたらすのではないでしょうか」広大な湿地帯である釧路湿原(Photo by GettyImages) 森にいるのか、湿原にいるのか。この夏から秋、5ヵ月にわたる追跡戦もむなしく、オソは荒野へと姿を消してしまった。いつ再び姿を現すのかと、人間が不安に苛まれている間にも、オソは爪を研いでいるに違いない。まもなく4年目を迎えるヒグマと人間の追跡戦に、終止符を打つことはできるのか。「週刊現代」2022年11月19・26日号より
もう一つは、オソが今後も長期にわたり被害を及ぼす可能性だ。オソは現在10歳前後の個体と考えられている。大きな病気などしないとすると、今後10年近くにわたり、被害を出し続けることもあり得る。
ヒグマは5歳前後から繁殖が可能となる。オソの遺伝子を受け継いだ二世が道東で次々と誕生しているだろうことは想像に難くない。
前出の佐々木さんも、第二のオソの出現を脅威に感じている。
「たとえオソのDNAを持っていなくても、オソが牛を襲うのを見た若いクマが真似をして牛を襲い始める可能性だってあります。
今後、牛は簡単に捕食できる食糧だと学習したヒグマが現れても不思議ではない」
オソを捕まえられなければ、町民に平穏な日常は戻ってこない。だが、その困難さを、地元の猟師は身をもって感じている。前出の後藤氏が語る。
「どこに姿を消したかわからない怪物をどうやって撃てばいいのか……。もとから人間よりも野生動物のほうが多い地域ですし、仮に目撃情報があっても猟友会員が現場へ到着するまで数十分はかかります。何とかしたい気持ちは強く持っているのですが、正直打つ手がないのです」
8月20日に厚岸町で被害を出したのを最後に、オソの居場所は掴めていない。忽然と姿を消している状態なのだ。前出のベテラン猟師が語る。
「道の研究機関から派遣された学者によると、今は標茶と厚岸の境目にある阿歴内という、森が深い地域で息を潜めている可能性が高いと言われています。しかし、私はそうは思いません。
用心深いオソは猟銃や箱罠の脅威を認知しているはずです。この二つから確実に身を隠せる場所が標茶には一ヵ所あります。それが釧路湿原です。国立公園に指定されているので、罠も設置できなければもちろん発砲もできません。人目につかない湿原で休息を取り、来年の放牧が始まる6月以降、また一気に大きな被害をもたらすのではないでしょうか」
広大な湿地帯である釧路湿原(Photo by GettyImages)
森にいるのか、湿原にいるのか。この夏から秋、5ヵ月にわたる追跡戦もむなしく、オソは荒野へと姿を消してしまった。いつ再び姿を現すのかと、人間が不安に苛まれている間にも、オソは爪を研いでいるに違いない。まもなく4年目を迎えるヒグマと人間の追跡戦に、終止符を打つことはできるのか。「週刊現代」2022年11月19・26日号より
森にいるのか、湿原にいるのか。この夏から秋、5ヵ月にわたる追跡戦もむなしく、オソは荒野へと姿を消してしまった。
いつ再び姿を現すのかと、人間が不安に苛まれている間にも、オソは爪を研いでいるに違いない。
まもなく4年目を迎えるヒグマと人間の追跡戦に、終止符を打つことはできるのか。
「週刊現代」2022年11月19・26日号より