あなたはなぜ警察官になったのですか?
「こんばんは」話しかけたら…指名手配犯を見抜いた職質 よく聞かれるこんな質問に、胸がドキッとする若手警察官がいる。「犯罪被害者や遺族を一人でも減らしたい」。強い気持ちとは裏腹に、口ごもってしまうのには理由がある。 志した一番のきっかけが、警察官だった父を殺されたことだからです――。人生が180度、強制的に変わった 大阪府警摂津署地域課の新町拓欣(ひろき)巡査長(26)。7年前に父が殉職してからの経験を初めて人前で語った。

2015年3月12日午後4時すぎ、大阪市浪速区の路上。浪速署地域課で巡査部長だった父の照久さん(当時50歳)は、右折禁止の交通違反をした軽ワゴン車に停止を求めていた。車はいったん速度を落としたものの、加速して照久さんをひき、そのまま逃走した。 19歳だった拓欣さんは当時、高校を卒業して社会人1年目。仕事後に見たスマートフォンは、母からの着信で埋まっていた。 「お父さんが仕事中、車にひかれた。もしかすると助からないかもしれない」。病室のベッドで横たわる父は、顔も体も傷だらけだった。 ついさっきまで、仕事が終わったら何をしようかと考えていたのに、目の前には変わり果てた父の姿と泣き叫ぶ家族の姿。「ありがとう」の一言すら伝えられない別れ。目を覚ますことのない父に寄り添い、「これからどうすればいいんよ」と問いかける母の言葉が今も胸に残っている。 「あの日から人生は180度、強制的に変えさせられてしまった」。事件は大きく報じられ、友人や知人からの視線を「かわいそう、哀れだな」と感じて隠れるように生活した。1人になるとどうしようもない悲しみに襲われた。 事件から1カ月後。軽ワゴン車を運転していた男が府警に出頭した。男は殺人などの罪に問われ、懲役17年の判決が確定。だが、罪を償っても、亡くなった父は二度と帰ってこない。遺族は悲しみとやり場のない怒りを一生背負い続ける。 「父のような被害者や、私のように大切な人を失う人を少しでも減らしたい」 目指したのは父と同じ道だった。仕事を辞めて大学に進学。20年4月に府警に採用され、同年9月から摂津署で勤務する。犯罪被害者・家族を減らしたい 交番で市民に寄り添う中で実感しているのは、ニュースにはならなくても世の中では多くの事件事故が起き、その数だけ被害者がいるということだ。精神的なダメージを受け、外出するのが怖くなってしまった人もいる。 「誰しもがその直前まで、自分が被害に遭うとは思っていません」。あの日までの自分がそうだったように、多くの人がひとごとのように感じている犯罪被害者。大切な家族を奪われる苦しさやどうにもならない絶望を感じたからこそ、被害者の遺族として、警察官として、伝えられることがある。 拓欣さんは2カ月かけて原稿を書き上げた。「犯罪被害者週間」(25日~12月1日)に合わせて大阪府摂津市の大阪薫英女学院高で16日に開かれた「命の大切さを学ぶ教室」。250人の生徒に向けた約20分の講演をこう締めくくった。 「私の当時の状況や心情を話すことで、家族を奪われる悲惨さや犯罪の身近さ、命の尊さを伝えることができれば、皆さんにお話してよかったと思います」 強い決意を胸に秘め、亡き父と同じ地域の「お巡りさん」としてきょうも交番に立っている。【横見知佳】
よく聞かれるこんな質問に、胸がドキッとする若手警察官がいる。「犯罪被害者や遺族を一人でも減らしたい」。強い気持ちとは裏腹に、口ごもってしまうのには理由がある。
志した一番のきっかけが、警察官だった父を殺されたことだからです――。
人生が180度、強制的に変わった
大阪府警摂津署地域課の新町拓欣(ひろき)巡査長(26)。7年前に父が殉職してからの経験を初めて人前で語った。
2015年3月12日午後4時すぎ、大阪市浪速区の路上。浪速署地域課で巡査部長だった父の照久さん(当時50歳)は、右折禁止の交通違反をした軽ワゴン車に停止を求めていた。車はいったん速度を落としたものの、加速して照久さんをひき、そのまま逃走した。
19歳だった拓欣さんは当時、高校を卒業して社会人1年目。仕事後に見たスマートフォンは、母からの着信で埋まっていた。
「お父さんが仕事中、車にひかれた。もしかすると助からないかもしれない」。病室のベッドで横たわる父は、顔も体も傷だらけだった。
ついさっきまで、仕事が終わったら何をしようかと考えていたのに、目の前には変わり果てた父の姿と泣き叫ぶ家族の姿。「ありがとう」の一言すら伝えられない別れ。目を覚ますことのない父に寄り添い、「これからどうすればいいんよ」と問いかける母の言葉が今も胸に残っている。
「あの日から人生は180度、強制的に変えさせられてしまった」。事件は大きく報じられ、友人や知人からの視線を「かわいそう、哀れだな」と感じて隠れるように生活した。1人になるとどうしようもない悲しみに襲われた。
事件から1カ月後。軽ワゴン車を運転していた男が府警に出頭した。男は殺人などの罪に問われ、懲役17年の判決が確定。だが、罪を償っても、亡くなった父は二度と帰ってこない。遺族は悲しみとやり場のない怒りを一生背負い続ける。
「父のような被害者や、私のように大切な人を失う人を少しでも減らしたい」
目指したのは父と同じ道だった。仕事を辞めて大学に進学。20年4月に府警に採用され、同年9月から摂津署で勤務する。
犯罪被害者・家族を減らしたい
交番で市民に寄り添う中で実感しているのは、ニュースにはならなくても世の中では多くの事件事故が起き、その数だけ被害者がいるということだ。精神的なダメージを受け、外出するのが怖くなってしまった人もいる。
「誰しもがその直前まで、自分が被害に遭うとは思っていません」。あの日までの自分がそうだったように、多くの人がひとごとのように感じている犯罪被害者。大切な家族を奪われる苦しさやどうにもならない絶望を感じたからこそ、被害者の遺族として、警察官として、伝えられることがある。
拓欣さんは2カ月かけて原稿を書き上げた。「犯罪被害者週間」(25日~12月1日)に合わせて大阪府摂津市の大阪薫英女学院高で16日に開かれた「命の大切さを学ぶ教室」。250人の生徒に向けた約20分の講演をこう締めくくった。
「私の当時の状況や心情を話すことで、家族を奪われる悲惨さや犯罪の身近さ、命の尊さを伝えることができれば、皆さんにお話してよかったと思います」
強い決意を胸に秘め、亡き父と同じ地域の「お巡りさん」としてきょうも交番に立っている。【横見知佳】