日本で最も混雑の激しい路線として知られる東京メトロ東西線に異変が起きている。
混雑緩和を図るため駅ホームの幅を広げたり、動く歩道を設置したりする駅の改良工事が中止となっているのだ。大きな理由は新型コロナウイルス禍による乗客の減少。専門家は「リモートワークや時差通勤はアフターコロナも続くとみられ、鉄道会社は混雑緩和に向けた設備投資の見直しを迫られている」と指摘する。(大竹直樹)
トンネルの壁面は鉄骨むき出しで、工事の真っただ中にあるように見える東京メトロ東西線木場駅(東京都江東区)の地下ホーム。実は昨年4月から工事が止まったままだ。東京メトロによると、今年4月に工事の無期限休止が決まった。
「旅客運輸収入はコロナ禍前の水準まで戻らないと想定している」。東京メトロの担当者が打ち明ける。工事を計画した当時に比べ「輸送人員が減少している」のが休止の理由だ。
?汚名?は返上
国土交通省の統計ではコロナ禍前の令和元年度、東西線の木場-門前仲町(同区)間の混雑率は199%で全国ワーストだった。混雑率200%は「体が触れ合い相当圧迫感があるが、週刊誌程度なら何とか読める」(国交省)満員電車。つり革や手すりにつかまることができない人も多いぎゅうぎゅう詰めの状態だった。
木場駅はその混雑区間の起点となる駅。東京メトロの計画では、シールドマシンと呼ばれる大型機械で掘削した円形のトンネルを箱形のトンネルに作り替え、ホームを広げることになっていた。
ところが、コロナ禍で状況は一変。木場駅の乗降客数はコロナ禍前の平成30年度に約7万8千人だったが、令和3年度は約6万人に減ったのだ。2年度の混雑率は123%にまで減少した。
新交通システム「日暮里・舎人ライナー」の赤土小学校前-西日暮里間(混雑率140%)や東急田園都市線の池尻大橋-渋谷間(同126%)を下回り、ついに東西線は「ワースト」を返上した。
合理化にシフト
木場駅の2駅隣、南砂町駅(同区)でも混雑緩和の駅改良工事が進んでいる。東京メトロによると、ホームと線路を増設。同じ方向に向かう電車を交互に発着させ、遅れの解消や列車の増発を図る計画だ。ただ、コロナ禍による乗客減を受け、南砂町駅でも動く歩道の整備を中止するなど計画の一部を見直したという。
東京メトロでの勤務経験もある鉄道ジャーナリストで都市交通史研究家の枝久保達也氏は「リモートワークの普及に加え、時差通勤が定着し、ラッシュのピークシフトが進んでいる」と指摘する。
鉄道会社はこれまで、朝の通勤時間帯の混雑緩和を目指し、駅や信号設備の改良工事など設備投資を進めてきた。しかし枝久保氏は「鉄道会社を悩ませてきたラッシュ問題はほぼ解決し、これからは体制の合理化やスリム化をいかに図れるかということが問われてくる」と分析する。
人口減少時代を迎え、コロナ禍で変わり始めた乗客の働き方。枝久保氏によると、鉄道各社によってばらつきはあるものの、定期利用は今後おおむね2割前後減少すると予測しているといい「長期的に見れば、効率の悪いラッシュ輸送がなくなるのは鉄道会社にとっても悪い話ではない」とみている。
東京メトロは「利用動向や多様化するニーズを踏まえて優先順位を考慮し、必要に応じて輸送改善施策など設備投資計画を見直す」としている。