観光船「KAZU I(カズワン)」が沈んだ事故で、15日公表の運輸安全委員会の経過報告書では、沈没までの詳細な状況が再現された。
悪天候が予想されるなか、同業者の助言を無視して船を出し、実際に海が荒れ始めた時点でも近くの避難港を通り過ぎ、航行を継続――。運航会社側の度重なる判断ミスが、取り返しのつかない結果を招いていた。
乗客乗員26人を乗せたカズワンは4月23日午前10時、北海道斜里町のウトロ漁港と知床岬を往復する約80キロ、所要3時間のコースに向けて出航した。この時点では波も比較的穏やかだったが、強風・波浪注意報が出されており、シケを警戒する同業者は、カズワンの豊田徳幸船長(沈没事故で死亡、当時54歳)に出航を見合わせるよう注意していたという。
経過報告書は「船長は複数人から助言を受けていたが、問題視する様子が見られなかった」と指摘。船長と運航会社「知床遊覧船」の桂田精一社長(59)が出航の可否を検討、議論した記録もなかったとした。
運輸安全委が、乗客1人の携帯電話の全地球測位システム(GPS)による位置情報や気象観測記録を基に分析したところ、カズワンの往路の時速は約31キロ。折り返し地点の知床岬先端への到着は午前11時47分で、ほぼ予定通りの時刻だった。
しかし、この頃には、波の高さが運航中止基準の1メートルを超え、復路のカズワンは時速11~13キロ前後まで減速した。岬の近くには、荒天時の避難港があったが、カズワンが立ち寄ろうとした形跡はない。運輸安全委の担当者は「避難港に逃げ込むべきだった」と話す。
岬到着の同時刻、風が強くなってきたことに気づいた会社事務所のスタッフが豊田船長の携帯電話にかけたが、つながらなかった。事務所のアンテナが破損し、無線機は使えない状態だった。安全管理の責任者でもあった桂田社長は、私用で事務所を離れていた。
ウトロ漁港まで30キロほどの「カシュニの滝」付近を進んでいた頃には波の高さが2メートルに達し、船は時速6~7キロほどに落ちていた。
異変が伝えられたのは午後1時7分。豊田船長から同業者の無線に「スピードが出ないので、戻る時間、結構かかりそう」と連絡が入った。その直後、「浸水している」「救命胴衣を着せろ」と慌てふためく声が聞こえた。船長は「浸水してエンジンが止まっている。船の前の方が沈みかけている」と続けた。時計の針は、午後1時13分を回っていた。
海上保安庁にはその5分後、乗客の携帯電話から「カシュニの滝近く。船首浸水、沈んでいる。バッテリーだめ。エンジン使えない。救助頼む」と、SOSの118番通報があった。
乗客たちも事態の深刻さを悟り、家族に状況を伝えようと次々と携帯電話を手に取った。ある乗客は「船が沈みよる。今までありがとう」と感謝の言葉を残し、別の乗客は「足までつかっている。冷た過ぎて泳ぐことはできない。飛び込むこともできない」と訴えた。この乗客の通話が切れたのは午後1時26分。これが最後の通信記録となった。