クルド人と過激ヘイト 「仮放免者にも就労を」 川口市で見えた外国人政策の課題【報道特集】

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東京に隣接する埼玉県川口市周辺には、中東から来た「クルド人」が3000人ほどいるとみられる。今あるトラブルをきっかけに、そのクルド人への過激なヘイト行動が起きている。問題の根幹には何があるのか?取材していくと、ローカルな問題ではなく、日本の外国人政策の課題が浮かび上がってきた。(担当:報道特集・佐藤祥太)
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それは去年7月のある夜。川口市立医療センターの前にクルド人が集まりだした様子を、近くに住む市民が証言した。
市民の男性「中東系の外国人と思われる方が、ここの救急医療センターの前に集まって大騒乱。日本語じゃない音声でわーわー言い合って」
クルド人同士の刺傷事件をきっかけに100人規模の乱闘騒ぎが発生した。警察が事態を収拾しようとしたが、救急搬送の受け入れは5時間以上ストップ。この事件では殺人未遂などでクルド人7人が逮捕された。
クルド人を見かけても「ああ、中東系の人がいるな」と考える程度だったという市民の男性は、この乱闘騒ぎを境に不安や恐怖を感じるようになったという。
事件の映像はネット上で瞬く間に拡散し、今も広がり続けている。「川口におけるクルド人」をめぐるネガティブな印象が広がり、事態は新たな局面に入る。
ゴールデンウイークが始まる4月28日、日曜日。静かなはずの住宅街が異様な雰囲気に包まれた。
街宣車を先頭に、日の丸や旭日旗とトルコ国旗を手にした100人ほどがいた。周りには大量の警察官と「ヘイトはやめて」などと書かれたカードを手にした多くの人々が集まっている。
団体は“トルコとの友情をアピールする”という名目で行進を主催したという。だが、そこにこんな怒声が混じる。
デモ参加者「トルコ国籍を騙った、クルド人犯罪を許さないぞー」
プラカードには「不法滞在クルド人は追放しよう」とある。反対する人々も声を張り上げる。
反対する人々「差別をやめろ!ヘイトスピーチやめろ!」
双方の拡声器の音が響き、カメラマンとの会話が通じないほどだ。衝突を防ぐために警察官も声を張り上げて、衝突を阻止する。
デモ参加者、反対者、警察官、言い合い、もみ合い。何事かと外に出てきた住民も呆気に取られている。公園で遊ぶ少年に、不思議そうな表情で「これ…何やっているんですか?」と聞かれたが、一言では説明できなかった。デモは30分ほど続いた。
ヘイト行動は、乱闘映像がネットで拡散したのを境に、毎週のように行われるようになったが、川口周辺からの参加者は少ないと反対する人たちは指摘している。
在日コリアンを標的にしたヘイト行動が頻発していた神奈川・川崎市が4年前、ヘイトスピーチに刑事罰を科す条例を施行。それをうけて活動の場を移してきたと見られる人も多いというのだ。川崎のヘイト問題もかつて取材した私は、暗く、悲しい気持ちになった。
過激化するヘイトの一方で、川口周辺には外国人の生活支援に取り組むボランティア団体もたくさんある。その一つ「在日クルド人とともに」は毎週日曜の午前、雑居ビルの一室で日本語教室を開いている。
我々が訪れた日はクルド人と日本人が15人ずつほどきていた。顔なじみが多く、日本人女性がクルド人少女たちに冗談めかして話しかけていた。
支援者の女性「5年生になれるって?ほんとかよー」
明るい雰囲気のなか老若男女が、それぞれのレベルの書き取りや音読に取り組む。みな真剣な表情だ。幼い女の子も、絵本を開いてなにやら一生懸命つぶやいているのが微笑ましい。
団体の代表、温井立央さんは、妻が学校に行っていないクルド人の少女に声をかけたところから活動を始めたという。なぜ支援の軸が、日本語教室なのか。
温井立央さん「日本語を理解できない状態で暮らしているクルド人も多いと思います。ある一定の自分の思いとかを日本語で表現できる方がいいので、どうフォローしていくのかが課題です」
外国人にとって日本語は非常に難しい。家族でここに足しげく通う男性は、産業廃棄物の処理のテキストを音読していたが「何人」(なんびと)という言葉の読み方で詰まってしまった。
クルド人男性「どこの人でも。ナニビトも」ボランティア男性「ナニビトよりも、なんびとの方がいいな」
隣で聞きながら「何人」を正しく読める人は、果たして何人いるだろうかと思った。この男性は就労が禁じられている「仮放免」だが、こんな思いから勉強を続けているという。
クルド人男性「産廃処理の資格を取得すれば、もしかしたら、在留資格をくれるんじゃないかなって思ってるわけです」
この日は新学年スタートの直前。部屋にはクルド人家庭に提供するランドセルや文具などが山積みになっていた。全て寄付やリサイクル品。少年がカバンを背負うと褒める声があがった。
支援者「はい、どうぞ!」「わーぴったり!!」
満面の笑顔を浮かべる少年。その隣では日本人男性がクルド人の子供の名前を聞き取っていた。親にかわって、筆箱、鉛筆、雑巾などに名前を一つ一つ、書き込んでいく。代表の温井さんの妻が、はっぱをかけるように若いクルド人の母親に声をかけた。
温井まどかさん「勉強、勉強!子供の名前を書けないと、今度困るね、ママ」
一式揃ったところで親は丁寧に頭を下げて帰っていく。よほど嬉しいのだろう、子供たちは誇らしげな顔でランドセルを背負って、跳ねるようにして親を追いかける。
だが、こうした地道な支援にも、ヘイトの矛先が向けられている。代表の温井さんが見せてくれた団体宛てのメールには、クルド人への罵詈雑言を連ねた内容が並んでいた。頻繁だという攻撃の電話の音声も聞かせてもらった。
電話の男性「友好なんて生まれるわけないじゃないですか、あんな奴ら。かばうお前らクソ日本人がやっぱりクソだと思うんですよ…死ねこの野郎」
正体を明かさない男性の一方的な叫び声に、デモを取材しているときに感じた、暗く、悲しい気持ちが胸に湧く。男性は、川口周辺に住んでいるわけでもなければ、直接クルド人から迷惑を受けたわけではないと話す。こうした攻撃は去年7月の乱闘事件を境に激増したという。
温井立央さん「実際に何かされたというよりは、ネットの情報を信じてることが多いんですね」
一方でボランティアに参加する人は増えているという。一見してとても若い女性がいたので話を聞いた。
少女「きょう初めて参加しました。高校1年生です。クルド人をテーマにした本を読んで、私も何かできることはないかなと…皆さん日本を好きになってもらって、色々な人と共生できたらいいなと思っています」
はにかんだような笑顔に救われた気分になって、教室を後にした。
人口の8%近く、4万5000人の外国人が住む川口市は生活サポートに力を入れている。市役所で取材をしていると、様々な外国人がひっきりなしに来る。職員や市民にとっては日常的な風景なのだろう、相談を受け、案内する様子はスムーズだ。
そんな川口市のトップは、クルド人へのヘイト行動をどう見ているのか聞いた。
川口市 奥ノ木信夫 市長「非常に迷惑だと思っています。川口の誰々がやっているという話は聞いたこと一回もがないですから」
一方で市長はクルド人が日本社会に馴染むのに時間がかかっている、とも感じているという。病院前の乱闘事件のあとには、国に入国管理制度、なかでも「仮放免」を軸にした異例の要望を出している。その第一には、こう書いてある。
「不法行為を行う外国人は、法に基づき厳格に対処(強制送還等)していただきたい」
そして第二に「仮放免者が、最低限の生活維持ができるよう(中略)、就労を可能とする制度を構築していただきたい」ともある。そこには川口のこんな事情があるという
川口市 奥ノ木信夫 市長「川口は3Kの仕事が多いのですが、その一翼の解体工事を担うのはクルド人が多いのが実情です。日本の若い人で3Kの仕事につくかというと、ほとんどいない。真面目なクルド人もたくさんいるわけですから、きちんと就労してもらえれば、その人たちも、変な行動はしないようになると私は思っています」
市長はさらに国による支援も求めている。一連の取材を通じて、外国人との共生を掲げるものの具体策に欠ける政府のあり方が、川口のクルド人問題の背景にあると改めて感じた。
「仮放免」が解消されれば、クルド人の問題も減るはずと話す若者もいる。9歳で来日したギュル・メルバンさん(仮名)は14年間、仮放免で川口に住み続けてきた。
ギュル・メルバンさん「周りの人がみんな知らない言語を話していて、最初はすごい怖かったですね」
不登校の時期を乗り越えて、次第に学校にも馴染み、大好きなサッカーを通じて仲間もできた。それでも、日本には自分の居場所がないように感じてきたという。
ギュル・メルバンさん「いつ収容されるかわからないし、いつ強制送還されるか分からない、というのがあって将来を想像することがあんまりできないんです」
クルド人の窮状を広く知ってほしいと、猛勉強を重ねて大学に進み、難民の問題を研究してきた。そして去年の秋、大きな転機が訪れたという。見せてくれたのは「在留カード」だった。
ギュル・メルバンさん「急に在留資格をもらうことになって、心臓が飛び出そうになりました。1週間ぐらいずっと毎朝起きて見ていました。『本当にもらえたんだ、やっと』って」
法務省は6月10日に施行された入管法の改正にともなう特例として、日本で生まれ、学校に通う子がいる仮放免の家族などに在留資格を与えている。このことで仮放免から解放されたギュルさんはある夢にむかって、一層、勉強に打ち込んでいると話す。
ギュル・メルバンさん「ついこの間までの自分のように夢をもつことすらできない難民キャンプとかで生活している人々、子供たちを支えたいなっていう気持ちがあって。将来の夢はUNHCR=国連難民高等弁務官事務所で働くことです」
まっすぐな眼差しの青年はしかし、顔と本名を表に出すのは控えたいと言った。「自分はまだしも、家族がヘイトの対象になるのを心配している」という言葉に、在留資格を得てもなお日本で生きづらさを抱えるクルド人の現実を改めて見た気がした。
前編にて紹介したクルド人の新年祭「ネウロズ」に戻る。毎年行われてきたこの祭りだが、今年は乱闘事件をきっかけに「クルド人に貸し出すべきではない」という強い抗議の電話などが公園を管理する県側にあり、一時は開催が危ぶまれたという。
だが、なんとかこぎつけた会の踊りの輪には、多くの日本人が加わり、クルド人とも手を取りあって踊った。若い日本人カップルが「まるで外国映画の中みたいで楽しい」と顔をほころばせる。そんなクルド人にとって年に1度の晴れ舞台で2歳のとき来日した仮放免の少女がこう呼びかけた。
クルド人の少女「クルド人だけではなく、日本の方、ほかの国の方、全員に楽しんで頂けるようなお祭りになっているので、最後まで楽しんで下さい!」
去年7月以降、社会の視線が急に厳しくなったことを感じているクルド人も多いのだろう。少女の言葉に、盛んな拍手を送っていた。それを見ていた支援団体の温井さんに、クルド人と共に生きるためにはいま何が必要か問うたところ、こんな考え方を語ってくれた。
温井立央さん「踊りを見たり、音楽を聞いたり、その文化を知ると、同時にそこにいる人たちの表情も見えるわけですよね。自分たちと同じ人間である、同じ喜怒哀楽をもっていて、ここで生活をしていて、ということが分かってもらうというのが一番大きいと思います」
決して平たんではないが、お互いを理解し、共に生きていく道は作れるはずだ。手を取り合い、笑顔で踊る川口のクルド人と日本人を見て、そう感じた。

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