助けたい気持ちはありますが…年金月19万円の60代夫婦、生活保護で暮らす29歳の愛娘を“放置”するワケ【FPが解説】

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離婚や死別、病気など、さまざまな理由から生活に困窮した場合に利用できる「生活保護制度」。いざというとき、救済措置のような役割をはたすこの制度ですが、一度生活保護を受給した人は、そこから抜け出すのが困難になってしまうケースも少なくありません。石川亜希子FPが、具体的な事例から「生活保護のしくみ」と「生活保護からなかなか抜け出せない理由」を解説します。
北関東の地方都市に住む60代のA夫妻には、ひとり娘のBさんがいます。
Bさんは29歳で、4歳と2歳、幼い2人の子どもを育てるシングルマザーです。Bさんは下の子が生まれてまもなく、離婚を余儀なくされました。
当初はパートと元夫からの養育費で生計を立てていましたが、子どもが頻繁に体調を崩し、思うようにパートを続けることができなくなりました。また、いつの間にか養育費も途絶えてしまい、元夫とは連絡がつきません。
東京23区内の古びたアパート(1DK)に3人身を寄せ合って暮らしていましたが、家賃の支払いにも困るようになり、Bさんは生活保護を申請。現在は母子加算などを含め、月に約25万円の生活保護費を受給しています。
「生活保護」は、さまざまな理由により生活に困窮している人々に対し、憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障し、自立した生活ができるよう支援する制度です。
この生活保護制度を利用すると、憲法の理念に基づいた“最低生活費”=「生活扶助基準額」が支給されます。この生活扶助基準額は、住んでいる場所や世帯状況によって細かく定められています。
住んでいる地域によって6つの級地に区分され、級地によって基準額が異なります。東京23区内や横浜市、大阪市など、生活費が高いとされる地域であれば、もっとも基準額が高い「1級地-1」という区分に該当します。
なお、支給される金額は世帯人数が増えれば多くなりますが、単純に「支給額×世帯人数」というわけではありません。世帯人数が増えると、1人あたりの支給額は少なくなるよう調整されています。
この最低生活費に、次に説明する8種類の扶助のうち必要なものが加算されます。
生活扶助……生活に必要な費用(食費・被服費・光熱費等)住宅扶助……アパート等の家賃教育扶助……義務教育を受けるために必要な学用品費医療扶助……医療サービスの費用介護扶助……介護サービスの費用出産扶助……出産に要する費用生業扶助……就労に必要な技能の取得等にかかる費用葬祭扶助……葬祭費用
生活扶助……生活に必要な費用(食費・被服費・光熱費等)
住宅扶助……アパート等の家賃
教育扶助……義務教育を受けるために必要な学用品費
医療扶助……医療サービスの費用
介護扶助……介護サービスの費用
出産扶助……出産に要する費用
生業扶助……就労に必要な技能の取得等にかかる費用
葬祭扶助……葬祭費用
特定の世帯には、上記の扶助項目に加え、母子加算、児童養育加算など9つの加算項目があります。
生活保護を利用すると、こうした金銭給付のほか、税金や保険料は免除され、扶助項目にある医療サービスや介護サービスについても、本人が費用を負担することなく受けることができます。
A夫婦は、このように苦しい状況にある娘のことが気がかりな様子です。
「娘と孫を助けたい気持ちはありますが、私たちも自分たちの生活でいっぱいいっぱいで、援助することが難しくて……。なにか手伝いに行きたいなとは思いますが、同じ関東といっても東京までは交通の便も悪く、お金も時間もかかってしまいます。
自分の子どもが辛い状況なのに放置していると言われても仕方がありません。ただ、生活保護を受けていれば最低限の生活は保障されていると思うので、その点は離れていても安心できます。もちろん、いつまでもこのままではいけないとは思うのですが……」
FPとの面談時、浮かない表情でA夫婦はそうおっしゃいました。
愛する娘をどうにかしたいと考えるA夫妻ですが、A夫妻は月19万円の年金を受給しながら生活している身です。
総務省の令和5年度家計調査報告書によれば、65歳以上の夫婦のみの無職世帯における家計収支は、平均で収入(年金など)が24万4,580円、支出が28万2,497円となっています。A夫婦の収入は平均以下ですから、2人が自分たちの生活でいっぱいいっぱいというのもうなずけます。
Bさん自身も、このままではいけないとは思いつつも、食事や住居、医療などの基本的な生活ニーズが満たされていることの安心感は大きく、自立への1歩を踏み出せずにいます。
お金について相談できるような友人もいないそうで、A夫婦が電話したところ、Bさんは涙ながらに次のように答えたといいます。
「少しずつでも仕事するほうがいいことはわかってるんだけど、子どもを預けるところがないの。また生活が不安定になれば私もピリピリしてしまうし、子どもの笑顔を奪ってしまうのが申し訳なくて……」。
一度生活保護を受給すると、就労して自立しようと思っても、
■低賃金の仕事しか見つからず。働くより生活保護を受けているほうが経済的に安定する■保育所の空きがなく、子どもを預けることができないため働くことが困難
■低賃金の仕事しか見つからず。働くより生活保護を受けているほうが経済的に安定する
■保育所の空きがなく、子どもを預けることができないため働くことが困難
など、さまざまな理由で思うように働けず、長きにわたって生活保護から抜け出せないというケースも少なくありません。
しかし、人生をもう少し俯瞰して見てみると、生活保護を受けたままでは将来、子どもの進路などにも影響を与える可能性が考えられます。生活保護のメリットは活かしながらも、だんだんと生活基盤を整え、自立するための準備を進めることが大切です。
生活保護は、憲法で保障されている国民の権利です。さまざまな理由により生活に困窮する事態は誰にでも起こり得ることで、必要な場合はこの“セーフティネット”を迷わず利用すべきですが、さまざまな偏見があることも事実です。
実際、日本では、生活保護を受給している割合は人口のわずか1.7%程度にとどまっています。
かつて、「生活保護の不正受給」がメディアで騒がれたことがありましたが、不正受給にいたってはそのうちの1~2%です。もちろん、悪質な不正受給に対しては厳しく対応すべきですが、そういうケースはごくわずかで、むしろ、本当に必要な人に届いていない可能性のほうが高いといえます。
では、生活保護を受給しながら、徐々に自立していくにはなにから始めたらよいのでしょうか。筆者はA夫妻に、娘さんと相談するよう下記の3つの対策を提案しました。
まずは、家計管理を徹底する必要があるでしょう。自立後は、免除になっている税金や保険料、医療費などについても、自分で払っていく必要があります。
いまもらっている金額だけでなく、こうした費用も含めて、どのくらいの収入が必要になるのか把握しましょう。また、自治体によっては、家計管理の提案や支援をしてくれるところもあります。ぜひ利用するといいでしょう。
また、家計管理しながら、貯金していくことも大切です。「生活するのに最低限必要な額をもらっているのだから、貯金してはいけないのでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、生活保護費は貯金することもできます。
貯金がないままでは自立が難しくなりますから、少額からでも始めるとよいでしょう。
ただし、貯金額があまりに多額になると生活保護が打ち切りになる場合もあります。生活保護を受給しているあいだは、年に数回程度ケースワーカーによる訪問調査が行われますので、その際に相談するとよいでしょう。
また、生活保護の扶助のうち、前述の「生業扶助」を申請することもできます。生業扶助には、職業訓練費用の支援、専門学校の学費、資格取得のための講習費用などが含まれます。自分の能力を活かし、より広い意味での自立を支援するものです。こちらもケースワーカーと相談のうえ、必要であれば利用するとよいでしょう。
後日、A夫妻から筆者に連絡がありました。
「娘に連絡したところ、『扶助については知らなかった。福祉や保育の仕事に興味があるから、ケースワーカーさんと相談してみる。教えてくれてありがとう』と言われました。娘に対しては助けてあげられない罪悪感がありましたが、少しだけほっとしています。ありがとうございました」
BさんもA夫婦も、これからの暮らしに対して少しだけ前向きになったようでした。
生活保護の申請は、憲法で認められている国民の権利です。生活に困窮したときは、ためらわずに行政を頼りましょう。
そして、だんだんと生活が落ち着いたら、その先のことを考えていくことも大切です。1人で考えていると視野が狭くなりがちですから、ご家族やケースワーカーなどに相談しながら、1歩ずつ自立の道を探っていきましょう。
石川 亜希子AFP

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