【精神科医はぐりん】仕事はミスばかり、家庭では夫から罵倒…「何もかも上手くいかない」40代女性に潜んでいた”知られざる問題”

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近年、職場や家庭の場で「生きづらさ」を抱えて来院される方が増えています。生きづらさと言えば、まず発達障害の問題が思い浮かぶ方も多いかと思います。
外来で実際に診察していると、生きづらさを抱えて来院される方たちの中に、発達障害とは別のとある共通点を持った方をよく見かけます。診察に加えてWAIS(ウェイス)と呼ばれる知能検査、いわゆるIQを測定する検査を行うのですが、「境界知能」と呼ばれる方たちがかなりの割合で存在するのです。
これは平均値を100とするIQ検査で、IQ70~84に該当する方たちを指し、IQ69以下のいわゆる知的障害には該当しない方たちを指します。特に「発達障害の方に知能検査を実施したら境界知能も併存していた」という方を非常によく見かけるのです。今回は発達障害に境界知能が併存することでどのような生きづらさが出てくるのか、実例を通してご紹介していこうと思います。
※個人の特定に繋がらないよう、主旨に影響のない範囲で内容を変更しております。
実例の紹介の前に、そもそも知能検査(WAIS)におけるIQとはいったいどういったものなのかを紐解いてみようと思います。WAISでは言葉の理解やそれを説明する能力(言語理解)、目で見た情報を把握し推理したり再現したりする能力(知覚推理)、またそういった情報を一時的に記憶にとどめる能力(ワーキングメモリ)、簡単な情報をできるだけ速く正確に処理する能力(処理速度)、これらの能力を点数化し合計したものをIQと呼んでいます。
勘の良い方ならお気づきかもしれませんが、どれも仕事や家庭生活を送る上で必要な能力なのです。例えば料理をしながら掃除をする、次の予定を気に留めながら目の前の仕事をする、といった際にはワーキングメモリが必要です。自分の意図したことを誤解されることなく正確に言葉にして伝える際には言語理解が伴っていなければなりません。
境界知能の方たちは、こういった能力が全体的に、あるいは部分的に落ち込んでいて、日常生活や社会生活を送る上で支障を来しているのです。またこれらは、認知機能トレーニングなどによって部分的に改善するという報告もありますが、特に大人の場合、大幅な変化を期待することは難しいとされています。
40代の女性Aさん。短大を卒業し仕事にも10年以上従事して来ましたが、仕事や家事がどうにもうまくいかず、自身で発達障害ではないかと疑い受診されました。
彼女の問題は、うっかりや「抜け」、忘れ物といった不注意症状にありました。具体的には、蛇口の閉め忘れや火の消し忘れ、仕事のイベントの日を失念したりと、公私ともに問題が出てきていました。
不注意症状を改善しようとすると、今度は出勤途中に自宅へ引き返し、ガスや電気、鍵をかけ忘れていないかといった確認行為が増えていったのです。職場においても同様で、やり残した仕事がないかどうか気になり、そのため残業して帰宅が遅くなり、家事をする時間がなくなり、といった具合に悪循環に陥ってしまっていたのです。
Aさんは注意欠如障害(ADD)の診断となったのですが、それに加えて知能検査でIQ82と境界知能の結果が出たのです。表に出ているADDの症状に対して、それを補う土台となる能力がそもそも低く、上述のようにどう工夫してもうまくできないという状態に陥っていたのです。仕事で新しい作業が加わると定着するのに時間がかかったり、作業がいったん中断されると元の作業に戻れなかったり、一つ一つの作業に時間が掛かり時間内に終わらない、といった部分は境界知能によるものと言えます。
さらに深刻な問題として、このような状況で周囲の理解と協力が不可欠であるにも関わらず、一番の理解者であるべき夫が彼女のそういった状態に気づかず、むしろ叱責・罵倒してしまっていたのです。
記事後編「『私は基本嫌われている』精神科を訪れた30代女性が語ったワケ」では30代女性Bさんのケースを紹介しています。
「私は基本嫌われている」精神科を訪れた30代女性が語ったワケ

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