「ある日、涙が止まらなくなって…」DV妻から逃げ出した男性が絶望した”不条理”

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

経済面や健康上の問題を抱えるなどして、社会の網からこぼれ落ちた人々を指す「弱者男性」という言葉。その言葉はSNS上で広がり、10月には弱者男性を支援するNPO団体が特定非営利活動法人の認定を受けた。バカにされるかも、男らしくない……。DV被害や悩みを相談しづらい男たちの寄る辺になるか――?◆衝撃の「日本弱者男性センター」発足
この連載が始まってから、弱者男性界を震撼させるニュースがあった。’23年10月6日に日本で初めて、弱者男性を支援するNPO団体が認定を受けたのだ。その名も「日本弱者男性センター」と名乗る団体の活動報告を見てみた。直近では、男性専用車両の運行と、女性モデルの写真しか掲載されていない小売店の求人広告へ男性写真を加えるよう抗議しているようだ。
ん?と、違和感を抱いたのは私だけではないと思う。弱者男性が差別される事例には、私が知るだけでも以下のものがある。
・男性は女性の2倍自殺へ追い込まれている。それにもかかわらず、世間の目はほとんど男性へ向いていない。・男性は命のリスクがある仕事に就かせられがちである。たとえば、自衛隊員の男性比率は95.3%と偏りがある。・高校生のDV被害調査では、男性被害者のほうが多いことがわかっているが、いまだにDV被害=女性のイメージが根強くあり、支援の手が届かない。
せっかく弱者男性を支援する団体ができたのだから、腐すようなことはしたくない。だが、一面で訴える課題が男性専用車両と求人広告の写真でいいのだろうか、という疑問は拭えなかった。
ところが……。実際に女性からDVを受けた男性に話を聞くと「男性専用車両は、弱者男性にとって象徴のようなもの」だという。
◆極度にケチな妻からDVを受ける日々。そのとき男性は……
山本さん(仮名)は、インフラ業界に勤める男性だ。会社はホワイト高給。定時退社でも30歳で年収600万円を手にできる。誰もが羨やむキャリア強者といっても過言ではない。実際、山本さんも自分の仕事に満足し、休みは趣味のキャンプで、焚き火を眺めつつ、手ずから挽いたコーヒーを飲むのが楽しみだった。こんな生活が一変したのは、山本さんが結婚してからである。前述のステータスを持っていたため、婚活自体はトントン拍子に進んだ。同じ国立大卒の女性と巡り合い、彼女の倹約家な面に惹かれた。
「僕が趣味にお金を使いがちなので、彼女に家計を任せたら貯蓄もできてありがたいな、と思ったんです」
ところが、彼女は“度を越した”ケチだった。お小遣いはほとんどもらえず、アイス1つ買って帰るだけで一晩中叱責された。キャンプ道具は売り払われ「キャンプ場じゃなく、公園へ行けばタダですむじゃない」と一蹴された。
「有料レジ袋をもらった、お風呂を追い焚きした、電気を消し忘れたといったことで、一日中怒られ続けて。最後は、お皿を投げつけられました。ある日、涙が止まらなくなってしまって、妻が外出している隙にスーツケース1個で逃げ出したんです」
◆弱者男性を苦しめる民法のしばり
山本さんはそれから2年かけて調停離婚にこぎつけた。その間、山本さんは専業主婦の彼女へ婚姻費用を振り込まなくてはならなかった。婚姻費用とは、夫婦が同じ経済レベルで生活するよう定められた法律のもと、稼ぎが多いほうから少ないほうへ支払われるものだ。
DVを妻から受けていたにもかかわらず、山本さんは彼女を養う義務が生じたのである。弁護士費用、別居先の資金、そして婚姻費用と、彼がこの2年で費やした費用は数百万円に上る。倹約家の妻がつくってくれた貯金も、離婚までの道のりで溶けてしまった。

◆社会や制度は“男性の被害者”を想定していない
物を投げられるほどの暴力を受けるケースは限られるとはいえ、妻から言葉の暴力を浴びている男性は少なくない。男女平等参画局の調査によると、男性の5人に1人が配偶者からのDVを経験している。にもかかわらず、山本さんのように配偶者と別離できた男性の割合は、同じDV被害を受けた女性の2割にすぎないというデータもある。
また、DVを受けた男性はわずか22%しか誰かに相談できていない。女性は約半数が相談できているのと比べ、大きな差がある。背景には、相談するとバカにされる・男らしくない・出世に差し障るなど「社会が男性に求めるもの」との葛藤がありそうだ。
◆男性の弱みはダイレクトに語れない
そんな山本さんも、友人や職場には相談できず、第三者である私を頼った。そして、誰にも明かさないまま調停離婚した。周囲には、円満離婚だったと話している。そんな山本さんが公で発信できるのが「男性専用車両」への賛同なのだという。というのも、男性専用車両は、自分が直面した問題に触れることなく、男女不平等を訴えられるテーマだからだ。
「自分の弱みを見せても、いいことがないんですよ。別に女性と違って同情されないし、モテないし。これからも前の奥さんのことは話したくないですね。でも、婚費のこととか、男性への不平等について言いたいことはあるんです。だから、(そこで代わりのトピックとして扱うのが)男性専用車両なんですよ」
◆男性の生きづらさを語るきっかけとしての「男性専用車両」
自分が傷ついた経験を公に晒したくない。晒すメリットもない。だが、これまでに受けた仕打ちを語りたい。そのとき「男性専用車両」は身代わりのテーマとなってくれる。実は、日本弱者男性センターが1日限定で男性専用車両を運行したとき、ネットの反応では「これとは関係ないけれど、女性からこういう被害を受けた」と、体験を語りだす姿が見られた。
弱者男性への差別を感じる誰もが、男性専用車両を最大の課題だと認識しているわけではない。ただ、男性専用車両は、誰もが弱者男性としての生きづらさを語りやすくする、媒介の役割を果たしているのだろう。
そう考えると、些末に見える差別への言及も、多面的に見えてくる。映画館のレディースデー、パート求人広告の男女比率への訴えは、もしかすると3K労働が男性に偏っていることや、生活保護の受給しづらさ、男性の自殺者やDV被害者の多さなど、ビッグ・イシューを語り始めるための、狼煙なのかもしれない。
―[弱者男性パンデミック]―

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。