子供2人の命奪われ、住めなくなった自宅のローンも抱え…「二重の苦しみ」の中で生きる遺族

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何の落ち度もなく家族を殺害された上、経済的にも苦境に立たされる「二重の苦しみ」の中で生きていかなければならないのか――。
長野県坂城町の銃撃事件から26日で3年。突然自宅に押し入った男に子ども2人の命を奪われ、今後住むことのない自宅のローンも抱える市川武範さん(58)は、犯罪被害者への経済的支援の充実を求めている。(岡部哲也)
今年3月4日、市川さんと妻の姿は、県内のある高校にあった。真新しい制服に身を包み、殺害されるまでの約1か月半、直人さんが通った学校。生きていれば卒業式の日だった。学校側の配慮で、在校生の下校後、直人さんの卒業証書と色紙を受け取った。
「直人、皆と一緒に卒業できてよかったね」。胸の内でそうつぶやき、思わず涙があふれた。色紙には「元気にしてる? ゆっくり休んでね」「卒業しても一緒だよ」というクラスメートのメッセージが記されていた。
◎ 事件を起こした男は、元妻が市川さんの長男と親交があると思い込み、逆上したとみられている。その一方で、「長男にも責任がある」という中傷がインターネット上で広がった。現場となったのは、直人さんが生まれた年に新築した平屋建ての一軒家。出産後の妻と直人さんの退院日と入居日が重なり、「直人と共に生きていく家」だと期待に胸が膨らんだ。だが、事件で一面血の海に。県内のアパートに転居せざるを得なくなった。
その後、生活は一変した。妻と2人で暮らすアパートは、20アンペアを超えるとブレーカーが落ちるため、エアコンはない。風呂場の扉もしっかりと閉まらず、手で押さえながらシャワーを浴びる。
殺害された2人分の遺族給付金計約680万円が支払われたのは、事件から約9か月後だった。犯罪被害給付制度の一つで、支給額は被害者が事件直前に労働で得ていた収入などを基に算出される。杏菜さんが勤めていた居酒屋レストランは、コロナ禍で前月から休業しており、事件当時の収入はゼロ。高校生だった直人さんも収入がなかったため、支給額が低水準だったとみられる。
30年で組んだ住宅ローンと転居先の家賃が今も重くのしかかるが、自殺した加害者側に賠償を求められない。精神的に不安定な状態の妻からは目が離せないため仕事も再開できず、給付金を取り崩して生活する日々だ。
◎ 今年2月、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患う妻と長男に、重傷病給付金と障害給付金が計約350万円支払われた。この制度では障害の程度などで等級が分かれるが、被害者にもトラブルの一因がある場合には減額されるケースもある。今回、長男が認定された等級では満額の支給だったといい、市川さんは「金額のことよりも、長男に全く非がないことを正式に認めてもらえたことに安堵(あんど)した」と打ち明ける。
市川さんは現在「新全国犯罪被害者の会(新あすの会)」の一員として、被害者に代わり国が加害者側に賠償請求する仕組みなどを国に要望している。欧米では、被害者や遺族が事件前の生活水準を取り戻すまで生活費を補償し続ける制度がある。遺族らのために充てられる予算も日本に比べて格段に多い。
市川さんは「ある日突然、家族を理不尽に失うつらさを一人ひとりが想像し、加害者の逃げ得を許さない社会になれば」と願う。
◆坂城町の銃撃事件=2020年5月26日午後11時過ぎ、坂城町上平の市川武範さん宅に暴力団組員の男(当時35歳)が押し入り、長女杏菜さん(同22歳)と次男直人さん(同16歳)を拳銃で殺害後、その場で自殺した。県警は、事件2日前に発生した市川さんの長男に対する傷害容疑などで逮捕状を取り男の行方を追っていたが、逮捕に至る前に襲われた。男は殺人容疑などで被疑者死亡のまま書類送検され、不起訴となった。

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