万引依存症「クレプトマニア」は治る 「成功体験」の記憶をパズルで崩す治療法

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万引などの窃盗行為がやめられない心の病「クレプトマニア(窃盗症)」。
衝動的に犯行に及んでしまうことが多いとみられてきたが、研究は進んでおらず未知の領域とされてきた。そうした中で京都大などの研究グループは2月、スーパーなどの犯行現場の風景を見ることが引き金となり、アルコール依存症患者らと同じく無意識に行動している可能性があるとの研究成果を発表した。すでに共同研究を行う医療機関で治療に応用。感情コントロールが治療方法との定説を覆し、脳科学の分野から全く異なる手法が新たに確立されようとしている。
「パブロフの犬」と同じか
「クレプトマニアは『パブロフの犬』のような反応がある」。研究に携わった京大大学院情報学研究科の後藤幸織(ゆきおり)准教授(47)は、ロシアの学者、イワン・パブロフが、犬にベルを鳴らして餌を与え続けるとベルの音だけで反射的に唾液が出るようになった条件反射についての実験を例に挙げて説明する。
研究グループによると、依存症患者の最初の動機はストレス解消といった感情面が主な要因。その後はパブロフの犬のように、繰り返すたびに刷り込まれて無意識的に行うようになるという。また、アルコールや薬物に頼る「物質依存症」の患者は居酒屋の風景などの視覚情報が刺激となり飲酒や薬物摂取に走ることが分かっており、窃盗症は依存症には認定されていないものの、共通点があるのではとの仮説を立てた。
依存症と同じ傾向
研究グループは窃盗症患者の視線の動きと、誘惑への反応をつかさどる脳の前頭葉の一部の反応を調査。窃盗症患者11人とそうでない人27人を対象に「無人のスーパー」「利用者がいるスーパー」「街頭」など6種類の画像を見せ、まばたきの回数や注視の時間などを計測した。その結果、窃盗症患者は無人のスーパーの画像時にのみ、他にはない視線の動きをみせて脳内の血流量も増加したという。
後藤准教授は、この結果はアルコール依存症患者と同じ傾向だとした上で、「窃盗症も依存症の一種の可能性が高い。根本的な原因を探るメカニズムの解明にとって大きな一歩だ」と期待を込める。
警察庁の統計によると、令和3年の窃盗の摘発人数は8万4360人。そのうち半分以上の4万4328人が再犯者となっている。窃盗症患者向けの主な治療方法は、自助グループや病院で感情の制御を行う「認知行動療法」。物事の受け止め方や考え方に働きかけ心理的苦痛を軽減する治療法だが、後藤准教授は「依存症が発生する根本的な原因を見つけなければ、治療の効果は限定的だ」と疑問を呈する。
新たな治療
後藤准教授と共同研究を行う東京都三鷹市で窃盗症患者の診療を専門とする「MRCラボクリニック」では、すでに研究結果を治療に応用している。
キーワードは「記憶の再固定化」。元武俊(ウォン・ムジュン)院長(50)によると、記憶する際に人間は、曖昧な経験を思い出した後、より詳細な記憶として脳に再定着させる。そのため同クリニックでは、この再定着を妨害して記憶を薄め、依存度を減らす治療を取り入れているという。
その方法は、患者に窃盗の状況を話してもらいながらパズルを解いてもらうというもの。曖昧な記憶の再定着時に別の刺激を与えることで、記憶が薄らいでいく。元院長は「人は成功体験が積み重なることで無意識的に行動に及ぶ。他の刺激に集中させることで原因を断ち切ることが目的だ」と述べる。そのため、パズルを解きながら患者に話してもらうのは、窃盗が成功した体験だという。
クリニックは開業から2年と歴史は浅く患者の総数は数十人程度。それでも、1回40分程度の面談を繰り返した結果、窃盗することなく買い物ができた患者も出ているという。
刑法犯認知件数の7割を占める窃盗。新たな治療方法の普及に向け元院長は「心的外傷後ストレス障害(PTSD)や他の依存症にも応用できる。依存症を克服する手助けをしたい」と話している。
研究成果は2月2日付の英国際学術誌電子版に掲載された。(鈴木文也)

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