【木村 政美】「給料泥棒!」「役立たず!」成績の上がらない30歳営業マンを襲った「ヤバすぎる退職勧奨」の中身

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「会社を辞めてもらえないか?」。突然の退職勧奨を受けたとき、冷静でいられる人は少ないだろう。しかも、その勧奨がパワハラまがいの違法性の高いものだとしたらーー。本稿では、成績不振により退職を迫られた営業マンの壮絶すぎるエピソードを社会保険労務士の木村政美氏が紹介する。
正月が明け、出勤したA原さん(30歳・大学卒業後甲社に就職、現在まで営業課勤務、仮名=以下同)が、朝礼終了後自席に戻るとB上営業部長(以下「B上部長」が寄ってきた。
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「A原君、明けましておめでとう。早速話があるんだけど今、時間いいかな?」「はい、大丈夫です。何ですか?」「ここでは言いにくいから会議室に行こう」「仕事の話ならここですれば済むのに、わざわざ会議室へ呼ぶなんてどうしたのかな?」不思議に思ったA原さんは、B上部長の後ろについていった。会議室に入るとB上部長はA原さんとテーブルを隔てて向かい合わせに座り、「この頃、仕事の調子はどうだね?」と尋ねた。A原さんは、「はい、ボチボチです」と答えた。するとB上部長は顔を曇らせた。「ボチボチだって? そんなことないでしょう。君は昨年の10月から12月までの3か月間、顧客を1件も取っていないじゃないか」「申し訳ありません」A原さんはB上部長に深々と頭を下げ、謝罪した。「C山営業課長(A原さんの上司。以下「C山課長」)から指導を受けて他のメンバーは皆がんばっているのに、君だけが顧客ゼロ。要するにA原君は営業に向かないってことかな」そして続けた。「ウチは営業主体の会社だから、営業成績が振るわないと他にやってもらう仕事がないんだよ。だからヨソで新しいキャリアを模索するのも悪くないと思うけど……」「私はクビってことですか?」B上部長はあわてて右手を横に振った。「クビにするとは言ってないよ。退職して新しいキャリアを築いたらどうかと提案しているんだ。今すぐ返事をしなくていいから考えてみて欲しい。話はこれで終わりだから仕事に戻りなさい」「クビじゃないと言ったけど、実質クビと同じじゃないか。8年間もがんばってきたのにお払い箱だなんて……」B上部長の発言に激しいショックを受けたA原さんは、会議室を出ると思わず涙があふれた。「退職合意書」へのサインを拒否……1週間後、再びB上部長はA原さんを会議室に呼んだ。「退職の件は考えてくれたかね? 今日はその返事を聞かせて欲しい」「あれから毎日いろいろ考えました。でもやっぱり会社を辞めたくありません。もうしばらくここで頑張らせて下さい。お願いします」と言い、A原さんは頭を下げた。 そして、昨年の10月、入社時から担当していたルート営業から新規開拓営業に配置転換後、仕事の要領がつかめずに出遅れたが、今月は5件の訪問予定があり成約に繋がる可能性があることを説明した。しかしB上部長は首を横に振った。「君が自分なりに頑張っていることは認めるよ。しかし会社が求めているのは可能性じゃなくて実績。もしかしたら1月の成績もゼロのままかも知れないでしょ?」そして過去にもルート営業から新規開拓営業に変わった社員は多くいるが、全員が3か月以内に実績を出していることを引き合いに出し、A原さんの能力不足を指摘した。A原さんが黙ると、B上部長はA原さんの前に「退職合意書」を突き出し、合意書の内容を読み上げ最後に、「1月31日付で退職してもらいたい。ここに了承のサインをして下さい」と署名欄を指さした。A原さんは下を向いたまま声を振り絞った。「部長、お願いします。退職は勘弁して下さい」「そうか。君の考えはわかったよ」B上部長はあっさりと引き下がり、合意書をその場で破いた。その様子を見たA原さんはほっとした。「良かった。これで二度と退職を勧めてくることもないだろう」しかし翌日の夕方、またもやB上部長に呼ばれたA原さん。会議室に入るとB上部長とC山課長がいた。C山課長はA原さんに、「どうして退職勧奨の話、断ったの?」と尋ねた。A原さんは昨日B上部長に説明した内容を繰り返した。するとC山課長は厳しい口調で言った。「私は君に新規顧客リストの作成からアポ取りの方法まで、マニュアルを作って渡し、1週間に1回は個別で指導をしてきたのに、顧客がつかないとはあまりにも能力がなさすぎる。この会社を辞めて他に行くしか方法はない」そしてB上部長と交互に退職を迫った。A原さんはただ黙っているしかすべがなく、この時会議室に入ってから2時間が経過していた。A原さんはそれでも退職を承諾せず返事を保留にした。すると次の日の午後、自席で見込み客へアポ取りのため電話をしていたA原さんの元へ、B上部長、C山課長、そして専務と甲社長の4人がやってきた。そして周りに誰もいないのをいいことに、4人はA原さんの周りを囲むと口々に退職を迫った。A原さんは唇を噛みながら黙って下を向いていたが、その態度が気に入らなかった専務が大声で怒鳴った。「このグズ野郎。お前なんか本当はクビになってもおかしくないんだよ。それを温情で退職扱いにすると言ってるんだ。だから今のうちにとっとと会社を辞めちまえ!」他の3人も、「給料泥棒!」「役立たず! お前の顔なんか見たくない」などと他の営業社員が戻ってくるまでの3時間、罵声を飛ばし続けた。そして恐怖に震えたA原さんに甲社長がとどめを刺した。「A原! 退職合意書にサインするまで毎日来るからな。覚悟しとけ」* * *労働者の解雇が容易にできない日本企業の場合、このように退職勧奨を行なうことが多い。もっとも、企業が労働者に対して退職勧奨をすること自体は違法ではないが、問題なのは退職勧奨の方法である。退職勧奨に応じる、応じないの選択権は労働者にあるが、その決定権を侵害した場合は違法扱いとなり、退職勧奨は無効になる。A原さんの受けた退職勧奨に問題はないのか。詳しくは後編記事〈30歳営業マンが絶句…「ヤバすぎる退職勧奨」は正当なのか、それとも違法か?〉でお伝えする。
「A原君、明けましておめでとう。早速話があるんだけど今、時間いいかな?」
「はい、大丈夫です。何ですか?」
「ここでは言いにくいから会議室に行こう」
「仕事の話ならここですれば済むのに、わざわざ会議室へ呼ぶなんてどうしたのかな?」
不思議に思ったA原さんは、B上部長の後ろについていった。
会議室に入るとB上部長はA原さんとテーブルを隔てて向かい合わせに座り、
「この頃、仕事の調子はどうだね?」
と尋ねた。A原さんは、
「はい、ボチボチです」
と答えた。するとB上部長は顔を曇らせた。
「ボチボチだって? そんなことないでしょう。君は昨年の10月から12月までの3か月間、顧客を1件も取っていないじゃないか」
「申し訳ありません」
A原さんはB上部長に深々と頭を下げ、謝罪した。
「C山営業課長(A原さんの上司。以下「C山課長」)から指導を受けて他のメンバーは皆がんばっているのに、君だけが顧客ゼロ。要するにA原君は営業に向かないってことかな」
そして続けた。
「ウチは営業主体の会社だから、営業成績が振るわないと他にやってもらう仕事がないんだよ。だからヨソで新しいキャリアを模索するのも悪くないと思うけど……」
「私はクビってことですか?」
B上部長はあわてて右手を横に振った。
「クビにするとは言ってないよ。退職して新しいキャリアを築いたらどうかと提案しているんだ。今すぐ返事をしなくていいから考えてみて欲しい。話はこれで終わりだから仕事に戻りなさい」
「クビじゃないと言ったけど、実質クビと同じじゃないか。8年間もがんばってきたのにお払い箱だなんて……」
B上部長の発言に激しいショックを受けたA原さんは、会議室を出ると思わず涙があふれた。
1週間後、再びB上部長はA原さんを会議室に呼んだ。
「退職の件は考えてくれたかね? 今日はその返事を聞かせて欲しい」
「あれから毎日いろいろ考えました。でもやっぱり会社を辞めたくありません。もうしばらくここで頑張らせて下さい。お願いします」
と言い、A原さんは頭を下げた。
そして、昨年の10月、入社時から担当していたルート営業から新規開拓営業に配置転換後、仕事の要領がつかめずに出遅れたが、今月は5件の訪問予定があり成約に繋がる可能性があることを説明した。しかしB上部長は首を横に振った。「君が自分なりに頑張っていることは認めるよ。しかし会社が求めているのは可能性じゃなくて実績。もしかしたら1月の成績もゼロのままかも知れないでしょ?」そして過去にもルート営業から新規開拓営業に変わった社員は多くいるが、全員が3か月以内に実績を出していることを引き合いに出し、A原さんの能力不足を指摘した。A原さんが黙ると、B上部長はA原さんの前に「退職合意書」を突き出し、合意書の内容を読み上げ最後に、「1月31日付で退職してもらいたい。ここに了承のサインをして下さい」と署名欄を指さした。A原さんは下を向いたまま声を振り絞った。「部長、お願いします。退職は勘弁して下さい」「そうか。君の考えはわかったよ」B上部長はあっさりと引き下がり、合意書をその場で破いた。その様子を見たA原さんはほっとした。「良かった。これで二度と退職を勧めてくることもないだろう」しかし翌日の夕方、またもやB上部長に呼ばれたA原さん。会議室に入るとB上部長とC山課長がいた。C山課長はA原さんに、「どうして退職勧奨の話、断ったの?」と尋ねた。A原さんは昨日B上部長に説明した内容を繰り返した。するとC山課長は厳しい口調で言った。「私は君に新規顧客リストの作成からアポ取りの方法まで、マニュアルを作って渡し、1週間に1回は個別で指導をしてきたのに、顧客がつかないとはあまりにも能力がなさすぎる。この会社を辞めて他に行くしか方法はない」そしてB上部長と交互に退職を迫った。A原さんはただ黙っているしかすべがなく、この時会議室に入ってから2時間が経過していた。A原さんはそれでも退職を承諾せず返事を保留にした。すると次の日の午後、自席で見込み客へアポ取りのため電話をしていたA原さんの元へ、B上部長、C山課長、そして専務と甲社長の4人がやってきた。そして周りに誰もいないのをいいことに、4人はA原さんの周りを囲むと口々に退職を迫った。A原さんは唇を噛みながら黙って下を向いていたが、その態度が気に入らなかった専務が大声で怒鳴った。「このグズ野郎。お前なんか本当はクビになってもおかしくないんだよ。それを温情で退職扱いにすると言ってるんだ。だから今のうちにとっとと会社を辞めちまえ!」他の3人も、「給料泥棒!」「役立たず! お前の顔なんか見たくない」などと他の営業社員が戻ってくるまでの3時間、罵声を飛ばし続けた。そして恐怖に震えたA原さんに甲社長がとどめを刺した。「A原! 退職合意書にサインするまで毎日来るからな。覚悟しとけ」* * *労働者の解雇が容易にできない日本企業の場合、このように退職勧奨を行なうことが多い。もっとも、企業が労働者に対して退職勧奨をすること自体は違法ではないが、問題なのは退職勧奨の方法である。退職勧奨に応じる、応じないの選択権は労働者にあるが、その決定権を侵害した場合は違法扱いとなり、退職勧奨は無効になる。A原さんの受けた退職勧奨に問題はないのか。詳しくは後編記事〈30歳営業マンが絶句…「ヤバすぎる退職勧奨」は正当なのか、それとも違法か?〉でお伝えする。
そして、昨年の10月、入社時から担当していたルート営業から新規開拓営業に配置転換後、仕事の要領がつかめずに出遅れたが、今月は5件の訪問予定があり成約に繋がる可能性があることを説明した。しかしB上部長は首を横に振った。
「君が自分なりに頑張っていることは認めるよ。しかし会社が求めているのは可能性じゃなくて実績。もしかしたら1月の成績もゼロのままかも知れないでしょ?」
そして過去にもルート営業から新規開拓営業に変わった社員は多くいるが、全員が3か月以内に実績を出していることを引き合いに出し、A原さんの能力不足を指摘した。
A原さんが黙ると、B上部長はA原さんの前に「退職合意書」を突き出し、合意書の内容を読み上げ最後に、
「1月31日付で退職してもらいたい。ここに了承のサインをして下さい」
と署名欄を指さした。A原さんは下を向いたまま声を振り絞った。
「部長、お願いします。退職は勘弁して下さい」
「そうか。君の考えはわかったよ」
B上部長はあっさりと引き下がり、合意書をその場で破いた。その様子を見たA原さんはほっとした。
「良かった。これで二度と退職を勧めてくることもないだろう」
しかし翌日の夕方、またもやB上部長に呼ばれたA原さん。会議室に入るとB上部長とC山課長がいた。C山課長はA原さんに、
「どうして退職勧奨の話、断ったの?」
と尋ねた。A原さんは昨日B上部長に説明した内容を繰り返した。するとC山課長は厳しい口調で言った。
「私は君に新規顧客リストの作成からアポ取りの方法まで、マニュアルを作って渡し、1週間に1回は個別で指導をしてきたのに、顧客がつかないとはあまりにも能力がなさすぎる。この会社を辞めて他に行くしか方法はない」
そしてB上部長と交互に退職を迫った。A原さんはただ黙っているしかすべがなく、この時会議室に入ってから2時間が経過していた。
A原さんはそれでも退職を承諾せず返事を保留にした。すると次の日の午後、自席で見込み客へアポ取りのため電話をしていたA原さんの元へ、B上部長、C山課長、そして専務と甲社長の4人がやってきた。
そして周りに誰もいないのをいいことに、4人はA原さんの周りを囲むと口々に退職を迫った。A原さんは唇を噛みながら黙って下を向いていたが、その態度が気に入らなかった専務が大声で怒鳴った。
「このグズ野郎。お前なんか本当はクビになってもおかしくないんだよ。それを温情で退職扱いにすると言ってるんだ。だから今のうちにとっとと会社を辞めちまえ!」
他の3人も、
「給料泥棒!」
「役立たず! お前の顔なんか見たくない」
などと他の営業社員が戻ってくるまでの3時間、罵声を飛ばし続けた。そして恐怖に震えたA原さんに甲社長がとどめを刺した。
「A原! 退職合意書にサインするまで毎日来るからな。覚悟しとけ」
* * *
労働者の解雇が容易にできない日本企業の場合、このように退職勧奨を行なうことが多い。
もっとも、企業が労働者に対して退職勧奨をすること自体は違法ではないが、問題なのは退職勧奨の方法である。退職勧奨に応じる、応じないの選択権は労働者にあるが、その決定権を侵害した場合は違法扱いとなり、退職勧奨は無効になる。
A原さんの受けた退職勧奨に問題はないのか。詳しくは後編記事〈30歳営業マンが絶句…「ヤバすぎる退職勧奨」は正当なのか、それとも違法か?〉でお伝えする。

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