天才的な人事力…フジ日枝氏は「怪物ですよ」 長く権力を独占できたワケと人心掌握術

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フジテレビの親会社「フジ・メディア・ホールディングス(FMH)」の大株主である米国投資ファンド「ダルトン・インベストメンツ」が、40年近くもフジとFMHの全権を握る両社の取締役相談役・日枝久氏(87)の辞任を求めている。そもそも日枝氏はどうして長く権力を独占できているのか?【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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フジの最高権力者が日枝氏であることは、同局内のレイアウトを見ただけで分かる。
「取締役室のあるフロアは20階ですが、一番奥の部屋は日枝氏。清水賢治社長の部屋はその手前。普通の企業なら社長の部屋が一番奥です」(フジ関係者A)
日枝氏が40年も権力を握れているのは人事権を独占しているから。人事権の使い方もほかのトップたちとはちょっと違う。
「局長級以上の人事は日枝氏が決める。それだけでなく、辞令は本人に直接手渡す。日枝氏が『期待しているぞ』などと長々と話したあと、辞令を渡す。すると本人は自然と『ありがとうございます』と頭を下げる。同じ人物が取締役、常務などと昇進するたび、お礼のセレモニーは繰り返される。気がつくと、日枝氏への忠誠心が高まっている」(フジ関係者B)
それでも日枝氏に反抗したり、異を唱えたりする者が出てくる。あるいは反発しそうな人間が現れる。すると日枝氏はその人物をすぐさま社の中枢から外す。しかし、いきなり左遷するわけではない。
「まず別部署や子会社などで現在と同格に見えるポストに異動させる。その異動先で徐々に権限を奪う」(フジ関係者A)
同格のポストに異動させる第一の理由は本人の体面を保つためだという。だが、それより大きな目的もある。
「社内外で日枝氏が冷酷な人物だと思わせないため」(フジ関係者B)
日枝氏は人事権を独占しているうえ、天才的な人事力の持ち主なのである。
「怪物ですよ」(フジ関係者A)
では、日枝氏はどうやって権力を握ったのか。世間には誤解があるようだ。
1992年、日枝氏はフジ会長などを務めていた鹿内宏明氏(79)をクーデターで追放した。だが、それは自分1人の力で成し遂げたものではない。
同期で元専務の故・中本逸郎氏に日枝氏は支えられた。中本氏と日枝氏は組合仲間でもあった。
「中本氏は時代劇『座頭市』(1974年)などを成功させた人。頭がキレて、極めて優秀なテレビマンだった」(フジ関係者B)
ほかにもクーデター仲間はいた。元副社長の故・出馬迪男氏たちである。やはり仕事ができた。クーデター仲間はそのまま指導者になった。初期の日枝体制は集団指導制だったのである。
「当初の日枝氏はほかの人の意見にもよく耳を傾けていた」(フジ関係者B)
だが、10年、20年と過ぎるうち、クーデター仲間は次々と亡くなっていった。日枝氏が若手に権力を委譲しなかったため、自分1人が力を握ることになった。今でも社内に残っている日枝氏の古くからの仲間は尾上規喜監査役(89)だけ。2人はその頭文字から「HOライン」と称され、社内で怖れられている。
ダルトンは日枝氏を独裁者呼ばわりもしている。これは実際にはどうなのだろう。
「人事については独裁者だが、かといって社内で大威張りしているわけではない。たとえば社内で社員全員が一斉に並ばなくてはならないとき、日枝氏も一緒に並ぶ」(フジ関係者A)
フジ関係者Bは「日枝氏は鹿内春雄氏を意識しているのではないか」という。春雄氏は日枝氏の前の支配者である故・鹿内信隆氏の長男で、副社長だった。
春雄氏は明るくスマートで社員にやさしかった。子会社の制作会社社員をフジの社員に登用したのも春雄氏。感謝された。「楽しくなければテレビじゃない」という路線を決定したのも春雄氏だ。
日本航空123便墜落事故(1985年)の際、CMをすべて飛ばしてのロングラン生放送に踏み切り、他局を完全に圧倒したのも春雄氏の判断だった。フジ快進撃の立役者は日枝氏ではなく、春雄氏だと考えているフジ関係者は多い。
日枝氏は功罪のどちらも誤解されている。経済誌などが「採用試験で日枝氏が気に入った女性が毎年1人採用される」と報じたが、これについては複数の関係者が「まるっきりウソ」(フジ関係者A)と断じる。
ただし、コネ入社は増えた。大手スポンサー、マスコミ関係者などの子女である。
「鹿内信隆氏は大物の子女が入社試験を受けた際には『3次試験くらいまで通せ』と指示した。相手の顔を潰さないためです。『それでも相手が怒ったら、オレが謝りに行く』と言っていた」(フジ関係者A)
日枝氏になってコネ入社が増えたのはどうしてか。
「日枝氏は社内では権力があるが、サラリーマントップ。万一のとき、力を貸してくれる人を増やしたいという気持ちがあるのではないか。日枝人事の特徴の1つと言える」(フジ関係者A)
社長がめまぐるしく替わるのも近年の日枝人事の特色だ。2017年から19年が元岡山放送社長で現在は上野の森美術館館長の宮内正喜氏(81)、2019年から21年は元広報局長の遠藤龍之介副会長(68)、2021年から22年が編成畑で「カノッサの屈辱」(1990年)などをヒットさせた金光修・FMH社長(70)である。
2022年から25年が「オールナイトフジ」(1983年)などの人気番組をつくった港浩一氏(72)、現在は1月27日に暫定的に就任した編成畑の清水賢治氏(64)である。
8年で5人は多い。なぜ、日枝氏が社長交代を繰り返したのかというと、焦りからだという。
「業績が最悪ですから。中居正広氏と女性のトラブルがなくても日枝氏の退任が求められる可能性があった」(フジ関係者A)
フジは4年連続で個人視聴率もCM売上高も民放キー局4位。体力の違うテレビ東京を除くと、最下位なのである。
日枝氏はなんとか業績を回復させようと社長を次々と替えた。特に制作畑の港氏への期待は大きかった。
「1980年代の黄金時代の再来を狙っていた」(フジ関係者B)
ところが中居氏と女性のトラブルが起こる。「人事の日枝氏」が人事によって追い詰められた。
そもそも港氏の社長起用には疑問を唱える声が社内に多かった。バラエティー番組の担当常務だった2013年、「ほこ×たて」の不適切な演出によって減俸処分を受けているからだ。この番組は世間から「やらせ」と猛批判された。
「ほこ×たて」の問題を振り返りたい。無線操縦のボートなどを射撃する「絶対命中スナイパー軍団VS絶対逃げるラジコン軍団」というコーナーで、実際には最初に対戦したボートがスナイパーに3連勝して対決は終了していた。ところが、放送ではヘリコプター、車、ボートの順で対戦し、「ラジコン軍団」が逆転勝利したようになっていた。
まるで事実と違う。これが演出と呼べるのだろうか。また、コンプライアンス上の問題を起こした人間を組織のトップに据えるのは危ういのではないか。フジの場合、やらせ番組を担当したあと、順調に出世するようなケースが珍しくない。
「港氏は日枝氏に気に入られていた。日枝氏のお気に入りになったら、多少の汚点は出世に影響しないということ」(フジ関係者B)
「ほこ×たて」問題ではもう1人、今回の中居氏のトラブルに深く関わる人間が減給処分となった。1年半前の中居氏のトラブル発生時に、直接の責任者である編成担当専務だった大多亮氏(66)である。現在は関西テレビ社長だ。
「ほこ×たて」問題のときの大多氏は直接の責任者である常務編成制作局長だった。このときの処分はコンプライアンスを軽んじたために下された面もあったはず。だが、効果がなかったようだ。あるいは人権やコンプライアンスを最初から度外視しているのかも知れない。
関テレは中居氏のトラブルの記事に関し、文春が記事の一部を訂正したことから、番組やYouTubeで激烈に批判した。放送法4条は「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と定めているが、文春批判に終始しているように見えた。
関テレはフジの系列局であるだけでなく、資本の関係があり、社長も送り込んでいる。しかも大多氏は当事者の1人だ。誤解を招きかねない放送は控えるべきではないか。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。
デイリー新潮編集部

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