ラブレター1通1万円。IT企業の部長が「ラブレター代筆屋」の副業を続けるワケ

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近年ブームになっている会社員の副業。さまざまな副業が世にあふれる中、一風変わった仕事で注目を集める人物がいる。「ラブレター代筆屋」の小林慎太郎さん(Twitter:@DenshinWorks)だ。
彼はIT企業の管理本部で本部長を務めながら、副業でラブレター代筆屋を営んでいる。仕事として成り立つのか疑問に思うところだが、依頼はコンスタントに舞い込んでくるそうだ。 メディアでもたびたび取り上げられ、今では順調に依頼をこなす小林さん。しかし代筆屋を始めたばかりの頃は、本人も想像していなかった苦労があった。彼はなぜ、ラブレターの代筆をビジネスにしようと思ったのか。
◆愛の告白だけがラブレターじゃない
LINEなどメッセージアプリでの告白が主流となった現代。そもそもラブレターの代筆を頼む人はどれくらいいるのだろうか。
「月の依頼数は1~2件ほど。多い時で月5件くらいです。依頼人は男性が7割・女性が3割で、30代~40代の方から多くご依頼をいただいております。今まで約160通のラブレターを書いてきました」
代筆の金額は1通1万円。オンラインや対面で依頼人の悩みや目的を聞き、ヒアリングした内容をもとに文面を考えている。依頼人の年齢層は幅広く、下は10代から上はなんと80代だという。
「依頼でいちばん多いのは復縁の手紙です。80代の方からは、『家族への感謝を伝える手紙を書いてほしい』とお願いされました。ラブレターといえば“愛の告白”と考えられがちですが、僕は“なんらかの気持ちを伝えるもの”と捉えています」
◆人生に焦りを感じ副業を決意 小林さんが代筆屋を始めたのは今から約8年前。妻子を持ち安定した日々を送る中で、「今の延長線上を歩くのはまずい」と人生の焦りを感じるようになった。「好きなことで生きていこう」と考え、浮かんだのが代筆業だ。
「昔から文章を書くことが好きだったんです。“ラブレターの代筆”という発想に至ったのは、僕自身のラブレターにまつわる思い出が関係しています。小学4年生の頃、クラスメイトの女の子から生まれて初めてラブレターをもらいました。上履きの中に小さく折りたたまれた紙が入っていて、一言『すき』と書かれていたんです。あの時の嬉しさや胸の高鳴りが原体験としてありますね」
とはいえ、最初から代筆屋一本でやっていこうと考えていたわけではない。個人事業主の開業届を出した当初は、代筆以外にもいくつかサービスを提供していた。就職相談、面接対策、プレゼン指導などだ。
◆会社員では得られない感情を求めて代筆屋に
「就職相談などのサービスは、人事で働いた経験を活かしたものです。代筆屋のみになったのは4年ほど前から。結局、代筆の依頼がいちばん多かったので、他を掲げている理由が無いなと。それに、プレゼンや面接指導で得られる感情って、会社員をやっている時に得られるものと同じだったんですよね。本業の延長線上みたいで。それならやる必要無いなって思ったんです」
副業を始めたばかりの頃は、ほとんど依頼が来なかった。宣伝のため、自らビラ配りをしていたそうだ。
「当時はこの活動に費やすお金も無かったので……。どうしようかなと思った時に、ビラ配りしか浮かばなかったんですよね。エクセルを使って自分でビラを作って、新宿や水道橋で配っていました。10人に1人くらいは受け取ってくれたかな。でも集客はゼロでした(笑)」
活動を始めて少し経った頃、ようやく最初の依頼が舞い込んでくる。しかしそれは、予想もしていなかった内容だった。
◆予想外の依頼に責任を感じ始める

その後ちらほらと依頼が入るようになるものの、どれも小林さんが考えていたようなものではなかった。「遠距離の彼女にプロポーズしたい」「離婚協議中だが復縁したい」「病気の妻に感謝を伝えたい」など、どれも“ポップ”とは言い難い内容だ。
「シリアスな依頼が続く中で、『この仕事は思っていたのと違うな』と感じるようになりました。代筆屋を始める前にどんな依頼が来るか知っていたら、怖くてできなかったと思います。貰った側は僕が書いたと知らないので、本人が書いたと思うわけですよね。何年、何十年と保管されるかもしれない。責任の重さを感じるようになりました」
代筆屋の仕事とは何か。それを改めて考えるようになってからは、仕事のあり方にも変化が生まれた。依頼人をより理解し、“その人に合わせた文章”を書くようになったという。そのために大切にしているのが、ヒアリングだ。
「依頼人に対してどれだけ共感できるかで、代筆に向かう自分の気持ちのもっていき方も左右されます。だからギリギリまで相手を知る努力をする。それが基本スタンスです。人の心や感情って完全には理解できないものだけど、だからって理解を放棄したくないので。こんなご時世なので中々難しいですが、なるべくオンラインより直接会ってお話を伺うようにしています。そのほうが理解が深まって依頼者に対する思いも強くなり、書く時にも集中しやすいですね」
◆「自分自身への手紙を書いてほしい」
相手を知り、理解して書く。その意味でもっともハードだった依頼は、「依頼人自身への手紙」だ。
「その方からの依頼は、『私になりきって、私自身に書いてほしい』というものでした。複雑な家庭に生まれ、両親を亡くして施設で育った方で。子供の頃から自分に自信が無く、ご両親がいないのもあって人から褒められた記憶が無いと。心が未成熟のまま体だけ大人になってしまって、周囲との関係性や仕事に支障が出ていると仰っていました。そんな境遇でも頑張って数十年生きてきたから、自分自身を励ます手紙を書いてほしいとのことでした」
依頼人になりきって書く。初めてのシチュエーションへの戸惑いもさることながら、小林さんを悩ませたのは“依頼人への理解”だった。
「その方の境遇と、僕が歩んできた人生はまったく違うので、最初は深く理解することが難しかったです。最大限理解できるように、いろいろ質問したりゆっくり話したりしました。話を聞いていると、その方の人生は三部に分かれている感じだったんですよ。子供時代、新社会人時代、大人になってから。それぞれで送るメッセージが違うなと思って、各年代のその人に送るイメージで三通書きました」
普段は作った文面をWordファイルで送っているが、その時は小林さん自ら便箋を買い、直接したためてポストに投函したという。
「反応としては、『読んでいて非常に理解してもらえた感じがしたし、涙が出ました』と。喜んでもらえたのかな。この方のように、復縁以外の依頼も多いです。『相手には渡さないけど、自分の中で気持ちに区切りを付けるために書いてほしい』といった依頼もありますね」
◆「気持ち悪い仕事だな」と批判も
一人ひとりの依頼者と向き合いながら続けていくうちに、TVや新聞で取り上げられるようになった。代筆屋を始めて2年経った頃には、活動をまとめた本も出版。だが活動が注目されるにつれ、ネガティブな意見が寄せられるようになったという。

ラブレターを渡したあとの結果報告が来ることも稀だ。依頼完了時には感謝の言葉をもらえるが、依頼人のその後を小林さんが知ることは少ない。
「こちらから『どうでした?』と聞くことは無いですね。『ダメでした』って言われるのも気まずいので(笑)。あえて深追いはしないけど、気にはなります」
◆代筆屋になったからこそ手にしたモノ
約8年間、見知らぬ他人へのラブレターを書き続けてきた。会社員と代筆屋の二足のわらじ生活の中で、気持ちのバランスを取るのが難しい時もある。しかし小林さんは、「もし代筆業を辞めたら、アイデンティティや“個”を失う気がする」と語る。
「小林慎太郎というひとりの人間として『周りの人や世の中に何か貢献できている。何かしらを提供できている』って感触があるんですよ。これは会社員では得られない感覚です。会社は僕がいなくてもまわるし、何か成果を上げても自分の力では無い気もする。でも代筆業は能力や性格を含めて等身大の自分でやっているから、一個人として感謝の言葉や反応をもらえている実感があります」
会社勤めだけをしていたら味わえなかった、特別なやりがい。この先、代筆業をどう広げていこうと考えているのか。
「今後の展望は正直無いんです。ビジネスをもっと拡大していこうとか、あんまり考えていないですね。今の形で長くやれればいいかな、くらいに思っています。依頼人の方々は年代も歩いている人生もさまざまです。会社員生活の中では接しない人たちと会って話を聞けるのは、価値があるし醍醐味でもあります。だからこそ、代筆屋として今以上の事は考えていないですね」
代筆屋の仕事を通じて触れる「誰か」の人生と感情。それはお金だけでなく、会社員生活の中で見失った「個」も与えてくれた。 どこかにいる誰かのため、小林さんは今日も愛を紡いでいく。
<取材・文/倉本菜生>

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