末期がんで4ヵ月の「命」を告知された経済アナリストの森永卓郎氏(67)が、一縷ののぞみを託して治療を始めたのは2023年の12月27日だった。猛烈な副反応で激やせし、「三途の川」の川岸まで行ったと振り返る森永氏だが、それから1年を生き延びた。森永氏ご本人が、がんとの闘いの途中経過を報告する。
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【写真を見る】昨年10月の森永さんと、治療を始める前の森永さん
「来年の桜は見られないかもしれませんよ」――。医師から余命4ヵ月の宣告を受けたのは、2023年11月のことだった。私(森永氏)は、にわかに信じられなかった。体調はすこぶるよかったし、腫瘍マーカーの数字も正常値だった。PET検査という検査も受けた。ガン細胞は、糖分を好むので、放射性フッ素を添加したブドウ糖を静脈注射して、その後、特殊なカメラで全身を撮影し、放射性フッ素の分布をみると、ガンのある部位が光って見えるという検査だ。私の場合、光ったのは胃とすい臓だけだった。
そこでまず検査がしやすい胃を徹底的に検査した。しかし、あらゆる深さの部位から組織を取って生体検査をしても、一切ガンはみつからなかった。胃は、完全に「シロ」だったのだ。そこで、今度は超音波内視鏡の検査をした。ところが、すい臓も、とてもきれいで、病変は一切みつからなかった。
しかし、私がガンを患っていること自体は間違いないなかった。それは、肝動脈の周囲を取り囲む「モヤモヤ」した組織を取って検査をすると、転移したとみられる腺ガンが検出されていたからだ。ただ、そのモヤモヤがどこから浸潤してきているのかが分からない。
近所の病院の医師の判断は、「原発(転移のもとの臓器)は、すい臓だろう」というものだった。徹底的な検査をしたから胃がんの可能性はない。すい臓に関しては、そこまで詳しい検査をしていないから、すい臓のどこかにガンが隠れているはず。すでに転移をしているのだから、ステージ4で、一般的にはあと4ヵ月ほどしか命は持たない。医師はそう判断したのだ。
私は、その見立てに納得できず、ガン診断の名医と言われる東京の医師二人にセカンドオピニオン、サードオピニオンを聞いた。驚くことに二人とも、診断が近所の医師とまったく同じだった。
2023年12月27日、朝のラジオ生放送から帰宅するその足で、私は近所の病院でアブラキサンとゲムシタビンというすい臓ガン向きの抗がん剤を点滴で投与した。当日は何も起きなかったが、翌日私の体調は激変した。
何も食べられない、水分も取れない、立っていることも、考えることもできなくなってしまったのだ。この時は、三途の川がはっきりと見えた。残り数日の命だと思った。
そんななか、都内のクリニックで点滴投与した一種の「気付け薬」が、劇的効果を発揮して、私はからくも一命を取り留めた。そして、病院に2週間、体力回復のための入院をしたのだ。その間、病院を一瞬抜け出して、クリニックで「血液パネル検査」を受けた。血液を分析して、80種類の遺伝子変異の有無を調べる検査だ。その結果、すい臓ガンの場合95%の確率で出現する「KRAS」という遺伝子変異がまったく見つからなかった。つまり、私はすい臓ガンではなかったのだ。医師の診断は、「原発不明がん」に変わった。
ただ、その診断によりむしろ厳しい選択を強いられることになった。どこに「原発」のがんがあるのか分からないから、手術や放射線治療はできない。抗がん剤も、がんの種類によって異なるから、何を使えばよいか分からない。つまり抗がん剤も使えないのだ。
がんは、誰の体の中でも毎日発生している。それを免疫細胞が毎日殺している。ガン細胞軍団と免疫細胞軍団が、毎日合戦を繰り広げているのだ。ただ、何らかの理由で免疫細胞が劣勢になると、一気にがん細胞が支配的になる。それががんの発症だ。
普通のがん治療は、抗がん剤や放射線を使ってがん細胞を抑え込みに行く。ところが私の場合は、がん本体(原発がん)がどこにあるのか分からないから、それができない。唯一残された手段は、免疫細胞を元気にすることだけだ。そのため、私は2つの治療を行っている。
一つは、オプジーボという免疫チェックポイント阻害剤の投与だ。ノーベル賞を受賞した本庶佑名誉教授の研究をもとに作られた新しいタイプの治療薬だ。もう一つは、「NK療法」と呼ばれる治療で、採取した血液のなかから免疫細胞を増殖培養して体に戻す治療だ。
オプジーボは、当初は一回の治療で数千万円かかる非常に高価な薬だったが、いまは薬価が大幅に下がった。そして、原発不明ガンの場合は、保険適用が認められるようになった。私は月に一度、オプジーボの投与を受けているが、保険適用の3割負担で、二十数万円の費用がかかっている。一方、月に2回受けているNK療法は、完全な自由診療で、1回40万円の費用がかかっている。その他の医療費も含めると、私の毎月の医療費は120万円ほどの持ち出しになっている。そのスピードで、預貯金が減り続けているのだ。
恐ろしいペースの流出だが、私の場合、当面の費用負担に問題はない。2023年7月に生前整理の一環で、私はすべての外貨や投資を処分していた。これは本当に偶然なのだが、処分した日の為替レートは160円台、日経平均も4万円を大きく超えていた。つまり、最も高値で売り抜けることができた。そのおかげで三千数百万円の資金が転がり込んできたのだ。いまは、それを毎月食いつぶしているので、あと数年は、資金繰りに問題はない。
ただ、医師からは、「オプジーボの効果は数か月で落ちてくることが多いので、そのくらいのスパンで決着はつくでしょう」と言われていた。最先端の薬でも効果には限界があるということだろう。だが、現実には、私のガン細胞と免疫細胞の戦いは、いまだに膠着状態が続いている。肝動脈の周りのモヤモヤは、この一年間、大きくもなっていないし、小さくもなっていないのだ。
つまり、私のがんは、少なくとも完治に向かっているわけではない。もちろん、悪化もしていないから、ある程度、治療の効果が表れているのかもしれない。その効果をオプジーボがもたらしているのか、NK療法がもたらしているのかは、分からない。両方が効いているのかもしれないし、両方とも効いていないのかもしれない。世間には大きな誤解があって、「オプジーボはがん治療の万能薬で、あらゆるがんを治せる」と思っている人が結構いる。しかし、私自身が完治に向かっていないのだから、すべての人に効果があるとは決して言えない。それは、NK療法も同じだ。
ただ、私のところには、ちょくちょく「どんな治療をどこの病院でしているのですか」という問い合わせがくる。その時、私はこう答えている。「お答えはしますが、私と同じことをやって効果があるかどうかは、まったく分かりません。私自身が完治に向かっていないので、お金をドブに捨てることにもつながりかねないので、そのことは理解してください」。
そして、治療法の問い合わせよりも、圧倒的に多く寄せられているのが、「こうすればがんが治せます」というアドバイスのメールだ。いままで2000件を超えるメールを受け取ったが、その内容はさまざまで、宗教への入信に始まり、がんを治せる名医やクリニックの紹介、治療器具の紹介、ワクチン、治療薬、治療法、健康食品、食生活、ライフスタイルなど、アドバイスは、あらゆる分野に及んでいる。そうしたアドバイスの一部は、私を広告塔として利用したり、高額の治療費を請求したりしようとしているのだが、大部分は、あくまでも善意に基づいて、自分自身や関係者の体験を連絡してくれるのだ。そこで語られる様々な対策は、実際に効果をもたらしているのだろう。
事実として、がんが進行するかどうかは、がん細胞と免疫細胞の戦い次第だ。そして、免疫は、前向きの気持ちによって高まる。医師と話しをしていても、免疫の3割から5割は前向きの気持ちが作り出していると主張する人が多い。まさに「病は気から」であり、本人が効果ありと信じれば、例え水道水であっても、免疫を高める効果をもたらすのだ。
少なくとも、いま私のガンが悪化していないのは、この精神的な部分が大きいのではないかと私は考えるようになった。そのことは、私自身の体を張った「実験」でもある程度確かめられたと考えている。
第2回【「命が尽きるまでフルスイングで生きる」 森永卓郎さんが明かした“目標”は「打倒イソップ」と「CDデビュー」】では、前向きに生きる決意を固めた森永氏が、今後、実現したいテーマについて語っている。
デイリー新潮編集部