〈「ジジイを舐めている」怒りの老ハンターが語る、猟友会が“駆除辞退”した町で起きていること〈ハンターは“駆除拒否”へ〉〉から続く
「そういう意味では、ヒグマを撃つ技術のあるハンターは今や“絶滅危惧種”です。その技術をどう継承していくかも含めて、今、ここで本気で対策しないと本当に手遅れになる。それなのにどうしてこういう判決が出るのか、理解に苦しみます」
【画像】430キロの超巨大ヒグマの姿
北海道猟友会砂川支部奈井江部会で部会長を務めるハンターの山岸辰人(72)が言う「判決」とは、今回、北海道猟友会がヒグマ駆除の原則拒否方針を打ち出す直接のきっかけとなった「砂川事件」の控訴審判決を指す。
ハンターたちはいったい何に怒っているのだろうか。(全2回の2回目/前編から続く)
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問題となった「事件」が起きたのは、2018年8月18日朝のこと。
砂川市ではその少し前からヒグマの出没が相次いでいたが、この日、山間部で1頭のヒグマの目撃情報が寄せられた。北海道猟友会砂川支部支部長の池上治男と猟友会所属のハンターである橋本(仮名)は、砂川市からの駆除要請を受けて、市職員1名と警察官1名と共に出動した。

現場は山間部を通る市道脇の斜面で、その草むらの中にまだ子グマと思われる小さなクマがいることが確認できた。子グマを撃つことを渋る池上に対して、市職員は「住民の不安を取り除くために駆除してほしい。発砲許可も出ている」と駆除を要請した。
これを承諾した池上は、クマが隠れた斜面の下に回り込んだ。8mほどの斜面の上を市道が通り、その向こうには民家や建物があったため、同行した警察官と市職員は住民に家の中に隠れているよう注意を呼びかけた後、自分たちは斜面の上の物置の陰に隠れた。同行したハンターの橋本もその近辺にいたようだ。

それらを確認した後、池上はクマが立ち上がった瞬間を見計らって発砲、これを駆除したのである。ここまでは何の問題もなかったが、その2カ月後、事態は急変する。
池上と同行したハンターの橋本が、砂川署(現・滝川署)に被害を訴え出たのである。その内容は、駆除のときに池上が撃った弾が跳弾(弾丸が障害物などに当たって予測不能な方向に跳ね返ること)して、橋本の銃に当たり、銃が破損したというものだった。
橋本がなぜ2カ月後に警察に駆け込んだのか、その動機はよくわからないところもあり、ここでは立ち入らない。
捜査した砂川署は銃刀法違反などの疑いで池上を書類送検したが、検察庁はこれを不起訴処分とした。だが翌年4月になって北海道公安委員会は、池上が発砲した際、銃弾が到達する可能性のある場所に建物があったとして、池上の猟銃所持の許可を取り消したのである。
これを不服とした池上は処分取り消しを求めて、北海道を相手取って裁判を起こした。これが「砂川事件」の概要である。ちなみに前出の山岸と池上は同じ猟友会砂川支部に属しており、この件でも山岸は池上を全面的にサポートしてきた。
「ポイントは駆除を判断したのは誰なのか、ということです。法律上、有害鳥獣の駆除の主体は自治体であり、このときも砂川市の職員の要請で撃っている。にもかかわらず、池上さんの猟銃所持の許可が取り消されたのは不可解です」(山岸)
ヒクマ(北海道斜里町) 時事通信社
池上の訴えを受けて2021年12月に開かれた一審では、池上の主張が認められ、札幌地裁は「(公安委の処分は)著しく妥当性を欠くもので違法だ」と断じた。
裁判官は現場検証を行ったうえで、ヒグマの背後には高さ約8mの斜面があり、池上が撃った位置からは斜面の上にある建物はほとんど見えないことを指摘。さらにその斜面が「バックストップ(弾が外れたり、獲物を貫通した際に受け止めるもの)」として機能することを認めた。

北海道公安委員会が指定する射撃指導員の資格を持つ山岸はこう語る。
「クマは斜面の中腹ほどにいましたが、池上さんとの距離は約18mあり、角度としては上方に10度未満で、ほぼ水平に撃つ感じでした。仮に弾が貫通したとしても8mのバックストップを超えて、さらに斜面の上を通る市道の向こうにある問題の建物まで60m以上も飛んで行くことは、ありえないと言っていいと思います」
一審もまた山岸と同様の判断をし、「池上の撃った弾が斜面の上の建物に到達する可能性があった」という北海道側の主張を斥けた。また発端となった橋本の証言についても「信用に値しない」とこれを採用しなかったのである。
敗訴した北海道側は即日控訴、争いは高裁に持ち込まれた。
そして2024年10月18日、札幌高裁は一審の判決を覆し、池上は逆転敗訴を喫した。
この二審では、現場の斜面を「バックストップ」とは認めず、池上の撃った弾が跳弾して斜面の上の建物に到達するおそれがあったと指摘した。判決文にはこうある。
〈本件発射行為当時、本件ヒグマがいた位置と本件一般住宅との間には、仮に何らかの物が存在していたとしても、土手などの弾丸を遮るに足りる構造物は存在しなかった〉
〈仮に何らかの物が存在していたとしても〉とは8mの斜面のことを指すのだろうか。山岸もこう首をひねる。
「今回、この判決を出した裁判官は現場検証をしていません。なのになぜ、斜面がバックストップにならないと判断できるのか、私には疑問です。確かに鳥獣保護管理法には“バックストップがない場所で撃ってはいけない”と書いてあるんですが、では幅何mで高さが何mあれば、バックストップと認められるのかという具体的な規定はないんです」

一方で判決文の中で裁判官がしきりに強調しているのが跳弾の可能性だ。
〈(現場斜面には草木が繁茂し、石も散乱していたため)跳弾が起こりやすい状況であったことを考慮すると、本件発射行為による弾丸は、本件ヒグマに命中したとしても、その後弾道が変化するなどして、本件周辺建物5軒、特に本件建物や本件一般住宅に到達するおそれがあったものと認めるのが相当である〉
〈なお、(各文献によると)跳弾は、飛んでいく方向が分からず、複数回起こり得ることからすれば、本件ヒグマがいた位置と本件周辺建物5軒の間に本件斜面の地面があったとしても、直ちに本件周辺建物5軒に跳弾が到達するおそれがなくなるともいえない〉
要は、跳弾というのはどこに飛んで行くかわからないのだから、撃った弾丸がヒグマを貫通し、8mの斜面を超えて、さらに60m離れた建物群に到達することだってありうるという理屈である。あえて言うならば「跳弾万能説」だ。
そもそも跳弾したのであれば、現場に弾丸の破片などが残るはずだが、それは見つかっていない。
この「跳弾万能説」に山岸は異を唱える。
「ライフルの最大到達距離は約3kmから4kmですから、この理屈に従えば、少なくとも半径3km以内にハンター以外の人、住宅、建物、構築物など獲物以外のものがある場所では撃てないことになる。事実上、日本においてクマを銃で撃つことは不可能になります」
そう考えたのは山岸ばかりではない。「判決に怒りを覚えた」という狩猟免許を持つ本州の弁護士も手弁当で池上の弁護団に加わった。
二審の判決が出た後、砂川市の現場を視察した北海道猟友会の堀江篤会長は「(バックストップも含めて)この現場の条件で撃って、ダメと言われるのなら、とてもじゃないけど(駆除は)やれないよね」と漏らしたという。

そして北海道猟友会は、自治体からのヒグマの駆除要請を原則拒否するよう各支部に通達を出す方針を固めたのである。山岸はハンターの立場をこう代弁した。
「やっぱりある種の善意でクマの駆除に協力してきたのに、こういう形で行政にハシゴを外されて、すべての責任をハンターに押し付けられるのはたまったもんじゃないですよね」
一方で現在環境省では、昨今の市街地におけるクマの出没多発を受けて、従来は原則禁じられていた市街地での発砲をできるように鳥獣保護管理法を改正しようとしている。
「それだって、誰の責任で発砲するのか。警察なのか、自治体なのか、そこをはっきりさせてくれないと、また第2、第3の砂川事件が間違いなく起こると思います。何よりもそういう曖昧な状態でヒグマを相手にすると、ハンターの生命が危険にさらされる。いずれ大事故に繋がりかねないと私は危惧しています」(同前)

11月25日、道猟友会は、自治体や警察との連携が不十分な場合は、ヒグマ駆除への出動を拒否するよう全71支部に対して通知することを正式に決定した。これを受けて一部の支部では「現状では要請を拒否せざるを得ない」と“出動拒否”の動きが早くも広がり始めている。
本来、有害な獣から住民の生命と安全を守るのは、自治体や警察など行政の仕事であるはずだ。その重要な仕事を、いち民間団体である猟友会に長年丸投げしてきたツケが回ってきたのが、今回の「駆除拒否」騒動であるという見方もできる。
最後に山岸はこう語った。
「我々はクマの駆除をしたくないと言ってるんじゃないんです。リスクのある仕事をする以上、法整備も含めて持続可能な体制を作るべきだし、それが行政の仕事なんじゃないですか? という話です。このままでは、ヒグマを撃てるハンターは絶滅してしまいます」
長年に渡って放置されてきた法と責任の“真空地帯”――今、その間隙をつくようにヒグマは人間社会とクマの境界を踏み越えつつある。その境界を守る最後の砦であるハンターを孤立させてはならない。
(文中敬称略)
(伊藤 秀倫)