東京に隣接する埼玉県川口市は、日本屈指の外国人が多い街だ。そこでいま注目されているのが中東から来た「クルド人」の存在。3000人ほどいる彼らを排斥しようとする「ヘイト」が活発になっているからだ。クルド人は、なぜ川口に住み、どうしてトラブルが起きているのか。探っていくとローカルな問題ではなく、どこの地域でも起きうる現在の日本の課題が浮かび上がってきた。(担当:報道特集・佐藤祥太)
【写真を見る】「送還されたら死ぬまで刑務所」“強制送還”と“ヘイト”のはざまで暮らす家族 川口のクルド人のいま【報道特集】
3月上旬、埼玉と東京を隔てる荒川の河川敷にある公園。きらびやかな衣装をまとうクルド人が、生演奏の中東の旋律にあわせて踊っていた。1000人程はいるだろうか、その多さと衣装の華やかさに驚いた。主催したチョーラクさん(仮名)が高揚した様子で、こう説明してくれた。
チョーラクさん「『NewRoz=新しい日』を祝う『ネウロズ』はクルド人にとって一年で一番大事な日です」
中東のトルコ、イラクなどにまたがる地域に3500万人ほどいるとされ「国をもたない最大の民族」と呼ばれるクルド人。川口周辺に約3000人いるとみられるが、なぜ日本、しかも川口に多いのか?
東京に隣接しつつも家賃が安い川口には、人口の8%近い約4万5000人の外国人が住む。ビザなしで来日できるトルコ国籍のクルド人も30年程前から増え始めたとされる。トルコでの根強い差別と迫害を訴える人が多く、チョーラクさんもその一人だ。
出店からケバブ(肉のロースト)の香ばしい匂いが漂い、老若男女が手を取り合って踊り続ける。しかし、実はこの場には大量の警察官が周囲に動員されていた。
祝いの場には似つかわしくない風景に違和感をおぼえていると、公園の端から、拡声器を通じた怒鳴り声が聞こえてきた。
日本人の男「あなたたちクルド人だけが突出してトラブルが多い。不法滞在は犯罪です。即刻強制送還せよ」
手に旭日旗をもっている男を、警察官がすぐ取り囲む。笑顔でケバブを作っていたクルド人の男性が大変な剣幕で男に言い放つ。
クルド人男性「文化祭りだよ、いい加減にしろ!」
しかし、男は挑発的な言動をやめず、クルド人や日本人の支援者と断続的なもみ合いが続く。やや離れたところから男の動きを注視していたチョーラクさんは、困惑した表情を浮かべて片言の日本語でこうつぶやいた。
チョーラクさん「ヘイトあるため、来られない人もいますんで。ハズカシイ」
ヘイト行為とは、特定の国の出身者であることのみを理由に、日本社会から追い出そうとしたり危害を加えようとする一方的な言動を指す。政府は2016年、ヘイトスピ―チ解消法を施行している。
チョーラクさんの息子が、ヘイト行為の男、同胞、そして警察官を見る不思議そうな表情が印象的だった。なぜ今、クルド人にヘイトの矛先が向かっているのか。
まだ少し肌寒い春の夜、チョーラクさん一家の川口市のアパートを訪ねた。私たちの分の夕食も用意していてくれた。メインはロールキャベツと焼いたチキン。独特の香辛料が、ピリっと辛い。床に布を敷いて、その上で食べるのがクルド式だという。
2歳で来日した長男はいま中学校3年生。小学4年生の二男とともに、日本語を問題なく操る。
長男「ドラえもんとかアンパンマンを見て学んできて。それで日本語がぺらぺらになった。漢字ドリルも訓読みのところを見ながらよくちっちゃい頃勉強してたので、書くのもできます」
穏やかに夕食をとり、その後、子どもたちは宿題に取り組む。将来の夢を聞くと、長男はサッカー選手。次男は「悪い人をつかまえたい」から、日本の警察官だという。
トルコで生まれたチョーラクさんは、高校生のときに地元の「ネウロズ」に参加したことで当局に逮捕、暴行された。トルコを去る決意を固め、同じ事情から先に来ていた兄を頼って、妻と長男とともに日本に来た。観光ビザで成田空港から入国し、難民認定を申請したが2度却下されている。
一家は在留資格のない「仮放免」で12年間暮らしている。同様の状況のクルド人は700人ほどいるとされる。就労は禁止され、埼玉県外への移動にも許可が必要。子どもの修学旅行なども例外ではないと聞いて、そこまでかと思った。
健康保険にも入れず、医療費は全額負担。約7万円の家賃も含めて、就労資格のある兄の支援で生活を成り立たせているが、日々の生活は厳しい。チョーラクさんは、クルド語とトルコ語まじりでこう嘆いた。
チョーラクさん「本当に大変です。日本に来たけど、自由に動けないですし、何より働けない。自分の力で家族を養えないのが哀しい。生きているのか、生きていないのか分からないような状態です」
そんな不安定な環境で暮らす一家に、何がもっとも気がかりかを聞いた。夫妻は間髪入れず、日本語で「強制送還」と答えた。
実は、これまでの入管難民法では難民申請中は強制送還が停止される規定があった。しかし、その規定が“送還逃れ”に悪用されているとして、政府が去年、法律を改正。今年6月10日から3回目の申請以降は特別の事情がない限り、強制送還の対象となったのだ。
チョーラクさんは、3回目の申請の結果待ちが続いている。その立場は私も理解していたが、自宅での慎ましく穏やな生活をまさに目にしているだけに「強制送還」の言葉が不思議に響く。
一家が「強制送還」を恐れる理由は、生活が変わるからだけではない。去年の11月にトルコ政府が、埼玉での「ネウロズ」を主催した「日本クルド文化協会」とチョーラクさんを含む幹部6人のトルコ国内での資産を凍結した。トルコからの分離・独立を掲げる武装組織PKK=クルディスタン労働者党に資金を供与したというのが理由だ。
何度も会い、自宅にまで上げてもらっているのにこんな質問は失礼だろうか…と思いつつも記者として聞いた。「あなたは、テロリストですか?資金を提供しましたか?」チョーラクさんはちょっと苦笑いして、こう答えた。
チョーラクさん「私たちはテロリストともPKKとも何のつながりもないのに…『クルド』を前面に出した活動をしたことでトルコ当局から狙い撃ちにされたのです。送還されたら、私は死ぬまでずっと刑務所に入れられると思います」
トルコでの迫害と日本でのヘイト。その間で怯えて暮らす妻が哀願するように語った。
妻「12年間川口にいますが、ケンカしたこともないし、ルールを破ったことはありません。私たちは安全な日本が大好きで残るために頑張っています。在留資格を与えてくれたら、日本社会にも貢献できるはずです」
しかし、川口周辺のクルド人は、様々だ。クルド人が多い地域に住む奥富精一市議のもとにはゴミ捨てなどの苦情が寄せられてきたという。案内してもらった事務所近くの公園にはクルド人が使うトルコ語の看板がいくつもあった。「ごみ出しはルールを守って!」と書いてある。
奥富精一 川口市議「ひどいときは白物家電が置いてあったりですね、引っ越し前、そのシーズンになると箪笥が置いてあったりとか、しょっちゅうです」
それだけではない。生活での騒音や乱暴な運転、それに集団での喧嘩などが問題になっているという。奥富市議は、一部の市民の声をこう代弁する。
奥富精一 川口市議「一生懸命挨拶もきちんとできるとか、そういう子もいっぱいいるんですよ。だから一緒くたにクルド人全体が悪いという風には地域の人も思っていません。ただ、地域の不安が恐怖のレベルに達しています。そうなると『もう外国人はお断りだよ、結構だよ』というふうになっちゃうわけですよね」
チョーラクさんたちの団体は、そうした市民の不安を解消しようと10年ほどある活動に取り組んできた。初夏のある日の夜、集まったのは川口市内のトルコ料理店の前。ベストの背中には「防犯パトロール」と書いてある。
チョーラクさん「きょうはパトロールします。ゴミ集めて、まわりみて問題あるかないか」
談笑はなし。体格が良い男性たちが黙々と街路のゴミを拾いつつ、クルド人の迷惑行為がないかに目を光らせる。
繁華街の店の軒先で雑談をしていた同胞に声をかけた。
チョーラクさん「ほら、立って。立って下さい」クルド人男性「私たちも掃除しているんですよ…」チョーラクさん「この缶は持って帰って下さいね。空なら私たちがもっていきますよ」
男性たちはちょっと不満げな様子でその場を後にした。見て回るのは繁華街だけではない。車で向かったのは、クルド人が多い地域のコンビニ。1つの場所は10分ほどで、次から次へと進むので私たちはついていくのに精一杯だ。ある店にたどり着くと、店の人からこんな相談を持ち掛けられていた。
コンビニの店員「昨日デカいトラックが駐車場に止まっていて。持ち主さんがどっかいっちゃって…」チョーラクさんの仲間「その写真取ってメモして、今度うちきたとき…」チョーラク「メモ見せればうちが全部話するので」
問題を起こしたクルド人を探しだして注意することもあり、見回り先でのトラブルは減っているという。チョーラクさんは夜の公園でもタバコの吸い殻や空き缶を拾いながら、こう語った。
チョーラクさん「いつもやったときも『ありがとうございます』って日本人に言われる。『クルド真面目にやっている』と」
クルド人と市民との軋轢は以前からあったが、クローズアップされたのはここ数年のこと。クルド人のコミュニティが形成され、日本社会に溶け込まずとも一定程度生活できる環境ができたからだとみられている。この「見回り」は、日本人社会とクルド人コミュニティの溝を埋める役割を果たそうとしているが、その思いとは裏腹に、川口のクルド人の問題はいま過激なヘイト行動につながっている。