毎年その順位や動向が注目されている「SUUMO 住みたい街ランキング」の2024年首都圏版が2月末に発表され、今年は2位に大宮、10位に浦和と埼玉の主要な街2つがランクインした。
近年、このランキングでの埼玉各地の躍進はめざましく、大宮と浦和のあるさいたま市の人口も年々増加。その裏には、都内のマンションや住宅価格が上がり過ぎて、都内在勤者でも埼玉で物件を探す方が現実的と考える人が増えたという事情もありそうだが。
ランキングでは大宮、浦和が人気だが、その一方で、東京へのアクセスのよさ、利便性をアピールする県内の他の自治体も、都内への通勤者に支持されているようだ。それら地域が共通して標榜しているキャッチコピーは「ほぼ東京」。
東京といっても市部ではなく、より都心に近い23区のいずれかの区と隣接していて、都心のターミナル駅や主要オフィス街と直通する鉄道の駅があることが、「ほぼ東京」を名乗ることができる条件のようだ。具体的には、川口、戸田、和光、朝霞、新座、草加、八潮の各市がそれにあたる。
コロナウイルスの蔓延以前だからもう5年ほど前になるが、たまたま埼玉県川口を訪ねた時、駅前に貼ってあった川口市が自らの自治体をアピールするポスターに「荒川を渡ると そこは川口」「東京のとなり 行ってみよう川口!!」というコピーが躍っているのを発見したことがある。
そのポスターの背景には、東京側から眺めた荒川対岸にタワーマンションが林立する川口の街並みの写真と、川口が東京23区と隣あうことを示す地図があしらわれていた。
テレビ東京の人気番組「出没! アド街ック天国」では、主に東京都内、時に首都圏各地域の街を特集している。以前に埼玉の戸田、川口といった街を特集した際に、ゲストとして出演していた戸田出身の藤田ニコルと、数多くのワイドショーでコメンテーターを務める川口出身の社会学者・古市憲寿は、二人とも「私の出身地は、ほぼ東京なんですよ」と発言。
これは本人たちの自発的発言なのか、台本に書いてあったことを言っただけなのか、どうにも気になった。
そんな埼玉の「ほぼ東京」各地を検証してみると、荒川を隔てて板橋区、北区と接している戸田は、埼京線で池袋、新宿、渋谷などと直結していて利便性も高く、若い子育て世代の移住者が増えているという。
そして、埼玉県内でも中核市であり、面積も広い川口は、駅周辺や荒川沿いに超高層が並ぶタワマン銀座。街全体には武蔵小杉や豊洲と拮抗する数のタワーマンションが林立している。それらの多くは、かつて川口の地場産業であった鋳物工場の跡地に建設されたものだと聞いた。
川口在住者の多くは、川口が東京に近いことをやはり何よりもメリットと感じているようで、「浦和や大宮になんかに行くことはない。池袋、新宿、渋谷に出るほうが便利だし、京浜東北線一本で上野、有楽町にも出られる」と胸を張る。
そして最近驚いたのは、それら埼玉の「ほぼ東京」地域間には、「うちの方が、ほぼ東京度がより高い」というマウンティング合戦が存在しているということだ。
和光市在住の友人は、和光は戸田や川口と違って、荒川で東京23区と隔てられていなくて地続きなので、その点でより東京度が高いのだと主張する。加えて、朝の通勤ラッシュ時に和光市駅からは、地下鉄有楽町線、副都心線の始発列車が1時間に20本以上あり、都心まで座って通勤できる点で、他の“ほぼ東京”地域とは一線を画しているのだと語る。
そんな和光市とはどんな土地柄なのか、戸田や川口とはどう違うのかをより深く知りたいと、さらに和光市民を探し回ったところ、また別の友人の奥さんが和光市育ちだという情報をキャッチした。
その友人に「奥さんに和光市についての話を聞きたいんだけど」と頼んでみたところ、「絶対に無理」と即答された。「うちの妻は和光市育ちだけど、小学校は練馬区内の学芸大大泉だし、中高も大学も都内の私立で和光とは無縁に人生を過ごしてきた」という。
どうやら“ほぼ東京”の高い和光市民は、あえて埼玉県民としてのアイデンティティを語りたくないということらしい。
また、板橋区出身・在住で、和光市との境界に近い板橋区立の小学校に通っていたという友人女子に聞いた話も興味深い。それは昭和の頃のことだが、その小学校の教室の窓から和光市側を眺めると、なんと当時は牛が放牧されている風景が見えたという。
たまに学校の友だちと県境を越えて和光市側に探検に行くと、板橋区側では舗装されていた道がいきなり砂利道になっていたり、ガードレールが壊れたまま放置されていたりして辺境感に慄いたそうだが、それも昔の話。今は板橋も和光も、その境はわかりにくくなっているという。
後編・『埼玉と東京の境界にあるマンションの住所を「東京」にする“衝撃の方法”』では、「ほぼ東京」各地に実際に行ってみることにした。
埼玉と東京の境界にあるマンションの住所を「東京」にする“衝撃の方法”