■[検証・万博の現在地]<1>
2025年大阪・関西万博の開幕まで、30日で500日となる。
海外パビリオンの建設遅れや会場建設費の増額などの課題が山積する中、準備状況の「現在地」を検証し、今後の展望を描く。
■協会内で危機感共有されず「急がないと手遅れ」
大阪湾岸にそびえ立つ大阪府咲洲(さきしま)庁舎(大阪市住之江区)からは、2025年大阪・関西万博の会場となる人工島・夢洲(ゆめしま)(同市此花区)が一望できる。万博を運営する日本国際博覧会協会(万博協会)は、このビルの43階に入る。
府副知事出身の田中清剛(73)は、5月に会場整備を担う整備局担当の副事務総長に就任した。万博協会との連携強化のため、知事の吉村洋文(48)から派遣されたのだ。
田中が万博工事に携わるゼネコンに就任あいさつに行くと、口々にこう言われた。「海外パビリオンが非常に厳しい」。建設資材や人件費の高騰などの日本の事情が理解されず、コストに見合わない予算で発注しようとする国が相次いでいるというのだ。
一方、協会で参加国の対応を受け持つ国際局に聞くと、「日本のゼネコンが高い見積もりを持ってくる」という認識だった。
慌てた田中は吉村に「協会内で危機感が共有されていません」と伝えた。吉村は「急がないと手遅れになる」と感じ、大阪市長の横山英幸(42)にも連絡した。
万博協会には昨年9月、日本建設業連合会から遅れへの懸念が指摘されていた。だが、府と市のトップも協会の副会長を務めているのに、事態の深刻さを把握できていなかった。協会任せにしてきたツケはこの後、表面化することになる。
◇ 大阪・関西万博会場の人工島・夢洲(大阪市此花区)では、巨大な円が姿を現している。万博のシンボル、環状の大屋根(リング)だ。今年6月に木材の組み立てが始まり、3割ほどが組み上がった。開幕まで、今月30日で500日。しかし、円の内側に配置される「万博の華」、海外パビリオンは1件も着工されていない。
国内で開催された万博で、5年に1度開かれる規模の大きな「登録博」(旧一般博)は他に、1970年大阪万博と2005年愛知万博がある。これらと比べると、準備の遅れは際立つ。
■大阪万博では622前に着工
70年大阪万博では、カナダが海外勢第1号として開幕622日前に着工した。大阪・関西万博は100日以上遅れている計算だ。愛知万博は当初、小規模な博覧会として誘致を目指した経緯などから、日本側が全ての参加国のパビリオンを建設。着工は03年春で、開幕2年前とさらに余裕があった。
なぜ大阪・関西万博の準備は遅れたのか。
運営主体の日本国際博覧会協会(万博協会)事務総長、石毛博行(72)(経済産業省出身)は「昨年10月の説明会で、参加国には急いでほしいと言っていた。建設業者との契約だから強制はできない」と説明する。
遅れの背景として指摘されるのが、協会内の縦割りだ。職員は、国や大阪府、大阪市、企業などから出向する約690人の寄り合い所帯。参加国の対応は国際局、会場整備や建築関係は整備局と分かれている。
政府関係者は「国際局はスケジュールの厳しさを理解せず、参加国に強く言えなかった。整備局は理解していたが、国際局に伝えていなかった」と明かす。
同志社大の太田肇教授(組織論)は「臨時的なプロジェクトを行う組織は、本来の所属先が異なる人たちで構成され、責任感が希薄になりがちだ。連携のための会議を開くなど情報共有ができる態勢にする必要がある」と指摘する。
◇ 万博の誘致構想は、関西経済の起爆剤にするため、大阪府と大阪市が14年夏に掲げた。だが、誘致に成功し、万博協会が19年に発足すると、開催準備は協会が主導し、府と市は前面に出なくなった。
■窓口の大阪市、積極的に動かず
参加国が自前で建設する「タイプA」のパビリオンは当初、60か国が予定していた。建設するために必要な仮設建築物許可は、大阪市が窓口となる。参加国から初めて申請が出たのは今年9月。市の担当課は申請が低調なことを把握していたが、解決に向けて積極的に動かなかった。
「協会が各国への働きかけをちゃんとやっていると思い込んでいた」。市幹部は反省を口にする。
万博の誘致主体は国で、本来は国家事業だ。だが、政府の関心は低かった。
「かなり力を入れないといけない」。首相の岸田文雄が動き出したのは5月29日、大阪府知事の吉村洋文(48)からそう進言された後だった。就任後、関係閣僚と万博のために官邸で集まったのは5月までの1年7か月でわずか1回。一方、6月以降の半年では4回に上る。
政府は9月以降、石毛を補佐する副事務総長を4人から5人に増やして財務省出身者を充て、部局横断的な課題をチェックする新設部署・総合戦略室の担当に据えた。
◇ しかし、目に見える成果は上がっていない。工事業者が見つかっていない「タイプA」の国は半数超の31に上る。契約に向けて業者と協議している国もあるが、めどが立っていないケースも多いとみられる。
日本建設業連合会会長の宮本洋一(76)(清水建設会長)は解決策として、プレハブのような工期の短い建物の発注を提案する。万博協会も同じ考えで、8月に協会が建設を代行する簡易なパビリオン「タイプX」への移行を参加国に提案。だが、応じたのはアンゴラとブラジルの2か国だけだ。
多くの国がすでに国内での予算承認を経て設計を始めており、欧州のある政府関係者は「デザインを決定済みの国が、タイプXに切り替えるのは簡単ではない。もっと早く示すべきだった」と指摘する。
タイプXの着工は年内にも予定されているが、どれだけの国が移行するかは不透明だ。タイムリミットは目前に迫る。(敬称略)