2022年中の救急車出動件数は722万9838件、搬送人員は 621 万 6,909人で出動件数、搬送人員ともに集計開始以来、最多となった(総務省調べ)。2002年の出動件数は455万5881件で、以後、前年比で微減を見せた年もあるものの増加傾向が続いた結果、約1.5倍に至っている。忙しさを増している救急車だが、不適切な利用者が増えており、本来、救急出動が必要な人に届かない可能性が大きくなっているという。ライターの宮添優氏が、頻回救急要請など不適切な利用によって混乱する実態をレポートする。
* * * 救急車をタクシー代わりにする人たちがいる──
こうしたニュースを、この数年の内にテレビや新聞などのメディアで見たことがある、という人は多いはずだ。新聞記事のデータベースで「救急車 タクシー代わり」と打ち込むと、今から40年以上前の1982年に「救急車の安易な利用が目立つ」とする日本経済新聞の記事がヒットするが、救急車をタクシー代わりにしていた人は、昔から一定数いたことも確認できる。
「目的外の利用をされようとする方は、実際に増えていると思います。また、何度も何度も救急要請してくるという人も、昔よりは増えた印象です」
こう話すのは、関東地方の消防署に勤務する、職歴20年になる救急救命士の平田良彦さん(仮名・40代)。人命を救うプロとして、時に理不尽な目に遭いながらも20年以上奉職してきたというが、この数年で、おかしな通報や要請が増えた気がすると訴える。
「腹痛を訴える高齢女性を病院に搬送中、急に痛みがなくなったからこのまま隣の市に住む息子の家に送って欲しいとお願いされたことが、過去にありました。断っても、年寄りの要求は聞けないのか、病状が悪化すると言われ、本部に連絡した上で渋々送りました。他にも、患者さんから”サイレンを鳴らして欲しくない”という要求もよくあります。患者さんの希望なんでしょうが、現場について本人に理由を聞くと”恥ずかしい”からと。緊急走行中はサイレンを鳴らす必要があり、都度説明しているんですが、本当に緊急状態だったのか疑ってしまいます」(平田さん)
そしてさらに、119番通報を受ける指令センター勤務の仲間に聞いて、確信に変わった。
「便秘で動けないから座薬を入れて欲しいとか、迎えに来るはずだった家族が来ず救急車で移動したいとか……。そういう電話を一日何十、何百回もかけてくる人が何人もいて、指令の方でも参っているそうでした」(平田さん)
特に、日本の救急車制度は原則無料で利用でき、患者側の要望さえあれば、電話一本でいつでもどこでも駆けつけてくれるため、この制度自体を「当たり前」と受け止める向きは、中高年者を中心に根強く残る。このため、一部の人々は「救急車は気軽に呼べるもの」と間違った解釈をし、要求は「タクシー代わり」以上にエスカレートしていくのだという。
一方、こうした報道を見る度に、不安に苛まれている、という人もいる。
「私の田舎は九州の山間ですが、人口数万のエリアに救急車はたった一台だけ。しかも、実家は消防署から10キロ近く離れており、実家で一人暮らしの高齢の母親に何かあったとき、本当に搬送してもらえるのか不安なんです」
こう話すのは、大阪市内在住の会社員・野中勇二さん(仮名・50代)。実家は九州の田舎で、かつて地域を走っていたバスは廃止されタクシー会社は倒産。現在は、自治体が一日2便だけのコミュニティバスを走らせているが、利便性に欠け、通院や買い物はもってのほか、緊急時の利用など「全く期待できない」という。
「一度、本当に具合が悪くなり母が119番したとき、救急車が出払っており時間がかかると言われました。その後、救急車の利用に関する報道などを見たのか、あまり救急車は呼ばない方がいいと、不調を我慢したり、家族に知らせないようになったんです。必要なときは呼ぶべき、と話していますが、どうしても気後れしているようで、万が一の時が不安で仕方ありません」(平田さん)
都内の現役救命救急士・佐々木史人さん(仮名・30代)も訴える。
「我々を民間の業者と同様と思っている方は少なくなく、そうした方々の影響で、本当に必要な場合に救急車がいない、向かえないということが起きている。全国的に見て、救急に関わるスタッフ数は増えていますが、出動件数もコロナ渦を除けば右肩上がりの状態で追いつかないんです」(佐々木さん)
救急車が気軽に使える「サービス」ではないということを一人ひとりが自覚しないと、救えるはずの命さえ救えないのだ。