SNSのタイムラインに突然、「この人を探しています」と顔写真つき投稿があらわれて驚かされることがある。行方不明の知人や家族を探している切実なユーザーの投稿があれば、なかには「●●万円持って逃げました」「犯罪者です」などのコメントがついた不穏な内容が書き込まれていることもあり、近ごろはそういった情報ばかりを掲載する専門掲示板もある。ライターの宮添優氏が、なぜ不穏な投稿がなくならないのか、についてレポートする。
【写真】借金もSNS経由 * * *「その写真にうつる裸の女性は確かに私の妹でした。最初は、いわゆる”リベンジポルノ”だと思ったんです」 北部九州在住の会社員・青木直也さん(仮名・20代)は昨年「妹の裸の写真がネットに出回っている」と知人から連絡を受け、驚愕した。妹は、高校卒業と同時に家を出て、関西の学校に進学。卒業後もそのまま関西エリアで一人暮らしをしながら働いている、はずだった。青木さんはすぐ、妹が何かのトラブルに巻き込まれたと考えた。しかし、そこには大きな違和感も感じたのだ。「写真は、妹が半裸で写っているものが2枚ありました。見るのもつらかった。ただ、そのうちの一枚は、自分の免許証を持ってカメラに映るよう向けており、脅された可能性もあるものの、その写真が自撮り風なことに違和感を覚えました」(青木さん) 青木さんが注目したのは、写真の中の妹が、誰かにやらされているというより「自らすすんで撮っているように見えた」ということだった。迷いつつも両親には告げず、まず妹に連絡を取った青木さんだったが、妹の発した言葉に、青木さんは言葉を失った。「妹は、友人に”返さなくてもいいヤミ金がある”と聞いたらしく、そこで10万円を借りたものの、その後の催促には一切応じず逃げている、とのことでした。もちろん、自分の裸がネットに出回っていることも知らない様子でした。どうにか解決してやりたいのですが、大泣きした後に激高し、兄貴には関係ない、どうせ誰も見ていない、結婚したら姓が変わるなどといって話にならない。こちらが心配していることも一顧だにしない」(青木さん) 問題の写真がアップされていたのはSNSと、ネット上のとある掲示板だった。その掲示板は、写真や動画とともにその被写体の個人情報を記した投稿が並ぶ、異様な雰囲気を放っている。 実は、青木さんがショックを受けた掲示板は、「悪者情報共有」とか「犯罪者告発掲示板」といったタイトルでネット上にいくつも存在している。そこには「金を返さなかった」「パワハラの常習者だ」として、何人もの人間が実名と顔写真付きで掲載されている。中には、青木さんの妹のように半裸や全裸姿で免許証を持っている女性や、両親の住所や名前、生年月日、子供の情報まで書き込まれている投稿もあり、人権侵害以外の何ものでもない。さらに掲示板には、こうした投稿を煽るように「どんどん犯罪者の情報を書き込もう」という趣旨の文言も見受けられた。 私刑でしかないこれらのネット空間は、そこに掲載されているのが全くの他人であってもあまりに酷く、嫌悪しか覚えないのが正直なところだが、それでも存在するというのは、やはり一定の需要めいたものが存在するのだ。告発系掲示板、告発系SNSアカウントの「中の人」 かつて、架空の投資詐欺話で大損をしたという神奈川県在住の自営業・森田幸司さん(仮名・40代)は、こうしたサイトについて、手放しで絶賛する。「最近はネットやSNSを使った詐欺が非常に多く、騙された、金を取られたと警察に駆け込んでも、個人間の金銭の貸し借りだからと対応してくれないパターンがほとんど。そういう詐欺があちこちで起きすぎているのに警察が動かないとなれば、被害者が頼るのはこうした掲示板か、今はやりの”私人逮捕系YouTuber”しかいません。彼らに頼って金が戻ってくる可能性は少ないかも知れませんが、相手を晒すことで確実なダメージが与えられるし、こちらの溜飲もいくらか下がる」(森田さん) とはいえ、こうした掲示板書き込みのほとんどが、逆に発信者が違法性を問われるかもしれない。明らかな犯罪を今目の前で起きていない限り、「怪しいと」「疑わしい」というだけで名前や住所を晒して糾弾すれば、逆に糾弾した側が法的な責任に問われる可能性は高い。確かに被害者の溜飲は下がるだろうが、金が返ってくる可能性が少ないことを考えれば、この「晒す」側も、相当なリスクを背負うことになる。 そもそも、誰がこれらの掲示板を運営しているのか。以前、無届けで貸金業務を行ったとして逮捕された経験がある、都内在住の会社経営・U氏(50代)が打ち明ける。「告発系掲示板や告発系SNSアカウントは、実はSNSを使ったヤミ金業者の関係者が作成していました。金を借りたのに返さない客への脅しでしたが、その後、担保が免許証や学生証だけでなく、女性であれば裸の写真なども要求するようになった。万一飛んだり、バックレたりしたら、どうなるかわかるよね?というワケです」(U氏) U氏自身も、こうしたアカウントの「中の人」と、SNS上で情報交換をしたこともあるという。「コイツが飛びやすいとか、コイツはうちにも(金を借りに)来たとか、そういった情報共有をしましたね。あとは、担保の写真や映像の売買もあり、それらはネット上のアダルトサイトに流されたり自由に使われます。相手は借金で飛んだ(※逃げた)奴、ということで、回収が終わったとしても写真や映像は好き放題にやられる」(U氏) しかしである。そんな状況であれば、いくら金に困ったとはいえ、自身や家族の個人情報、裸の写真や映像までをヤミ金に握られているわけだから、そう簡単に「飛ぶ」はずも無いと思われる。ではなぜ、今なお、こうした掲示板に晒される人が後を絶たないのか。「今は法律が変わり、存在自体が違法なヤミ金から金を借りても返さなくて良い、ということになりました。すると、司法書士や弁護士に泣きついて、そのまま返さない客が激増したんです。最近は、司法書士などに泣きつく前提で金を借り、そのまま一度も返さない”初回飛び”の客も少なくないそうです。中には、写真や動画がばらまかれようと、何度も何度も融資の申し込みをしてくる客もいる」(U氏) 筆者も以前、関西地方のヤミ金関係者を取材した際、似たような話を聞いたことがあった。免許証や学生証を偽造し、ヤミ金から金を借りようとする高校生や大学生まで存在したが、U氏によればその状況にも拍車がかかっているという。「結局、ヤミ金を利用しようという客の状態は普通じゃない。しかも、互いに警察に相談できないこともわかっているから、不法行為が次の不法行為を呼ぶような状態になっている」(U氏)司法書士に相談したら解決するなんて甘い 冒頭、青木さんの妹の例はどうだろうか。筆者が調べたところ、青木さんの妹は何度かヤミ金を利用した後、知人に「ヤミ金には返さなくて良い」と吹き込まれていた。その際、担保としてヤミ金業者に送ってしまった自身の写真や映像がばらまかれる可能性を、どれほど理解していたかわからない。しかし、この先も「被害」が続く可能性をU氏は指摘する。「飛んだ客の情報は、あらゆる所に共有されます。それこそ通販会社から強盗団の一味にまで、です。新たな脅迫を持って、違法な性風俗店で働いたり新たな借金をしろと強要されるかもしれない。家族の情報まで知られているのに、司法書士に相談したら解決する、なんて甘い考えでいたら危険です」(U氏) 元々は通販業者などから流出した名簿に電話をかけるだけだった「オレオレ詐欺」も、その後は死者まで出した「アポ電強盗」という凶悪な形に変化している。ヤミ金に取られた情報が、今後どのように利用されるかは誰にもわからないのだ。
* * *「その写真にうつる裸の女性は確かに私の妹でした。最初は、いわゆる”リベンジポルノ”だと思ったんです」
北部九州在住の会社員・青木直也さん(仮名・20代)は昨年「妹の裸の写真がネットに出回っている」と知人から連絡を受け、驚愕した。妹は、高校卒業と同時に家を出て、関西の学校に進学。卒業後もそのまま関西エリアで一人暮らしをしながら働いている、はずだった。青木さんはすぐ、妹が何かのトラブルに巻き込まれたと考えた。しかし、そこには大きな違和感も感じたのだ。
「写真は、妹が半裸で写っているものが2枚ありました。見るのもつらかった。ただ、そのうちの一枚は、自分の免許証を持ってカメラに映るよう向けており、脅された可能性もあるものの、その写真が自撮り風なことに違和感を覚えました」(青木さん)
青木さんが注目したのは、写真の中の妹が、誰かにやらされているというより「自らすすんで撮っているように見えた」ということだった。迷いつつも両親には告げず、まず妹に連絡を取った青木さんだったが、妹の発した言葉に、青木さんは言葉を失った。
「妹は、友人に”返さなくてもいいヤミ金がある”と聞いたらしく、そこで10万円を借りたものの、その後の催促には一切応じず逃げている、とのことでした。もちろん、自分の裸がネットに出回っていることも知らない様子でした。どうにか解決してやりたいのですが、大泣きした後に激高し、兄貴には関係ない、どうせ誰も見ていない、結婚したら姓が変わるなどといって話にならない。こちらが心配していることも一顧だにしない」(青木さん)
問題の写真がアップされていたのはSNSと、ネット上のとある掲示板だった。その掲示板は、写真や動画とともにその被写体の個人情報を記した投稿が並ぶ、異様な雰囲気を放っている。
実は、青木さんがショックを受けた掲示板は、「悪者情報共有」とか「犯罪者告発掲示板」といったタイトルでネット上にいくつも存在している。そこには「金を返さなかった」「パワハラの常習者だ」として、何人もの人間が実名と顔写真付きで掲載されている。中には、青木さんの妹のように半裸や全裸姿で免許証を持っている女性や、両親の住所や名前、生年月日、子供の情報まで書き込まれている投稿もあり、人権侵害以外の何ものでもない。さらに掲示板には、こうした投稿を煽るように「どんどん犯罪者の情報を書き込もう」という趣旨の文言も見受けられた。
私刑でしかないこれらのネット空間は、そこに掲載されているのが全くの他人であってもあまりに酷く、嫌悪しか覚えないのが正直なところだが、それでも存在するというのは、やはり一定の需要めいたものが存在するのだ。
かつて、架空の投資詐欺話で大損をしたという神奈川県在住の自営業・森田幸司さん(仮名・40代)は、こうしたサイトについて、手放しで絶賛する。
「最近はネットやSNSを使った詐欺が非常に多く、騙された、金を取られたと警察に駆け込んでも、個人間の金銭の貸し借りだからと対応してくれないパターンがほとんど。そういう詐欺があちこちで起きすぎているのに警察が動かないとなれば、被害者が頼るのはこうした掲示板か、今はやりの”私人逮捕系YouTuber”しかいません。彼らに頼って金が戻ってくる可能性は少ないかも知れませんが、相手を晒すことで確実なダメージが与えられるし、こちらの溜飲もいくらか下がる」(森田さん)
とはいえ、こうした掲示板書き込みのほとんどが、逆に発信者が違法性を問われるかもしれない。明らかな犯罪を今目の前で起きていない限り、「怪しいと」「疑わしい」というだけで名前や住所を晒して糾弾すれば、逆に糾弾した側が法的な責任に問われる可能性は高い。確かに被害者の溜飲は下がるだろうが、金が返ってくる可能性が少ないことを考えれば、この「晒す」側も、相当なリスクを背負うことになる。
そもそも、誰がこれらの掲示板を運営しているのか。以前、無届けで貸金業務を行ったとして逮捕された経験がある、都内在住の会社経営・U氏(50代)が打ち明ける。
「告発系掲示板や告発系SNSアカウントは、実はSNSを使ったヤミ金業者の関係者が作成していました。金を借りたのに返さない客への脅しでしたが、その後、担保が免許証や学生証だけでなく、女性であれば裸の写真なども要求するようになった。万一飛んだり、バックレたりしたら、どうなるかわかるよね?というワケです」(U氏)
U氏自身も、こうしたアカウントの「中の人」と、SNS上で情報交換をしたこともあるという。
「コイツが飛びやすいとか、コイツはうちにも(金を借りに)来たとか、そういった情報共有をしましたね。あとは、担保の写真や映像の売買もあり、それらはネット上のアダルトサイトに流されたり自由に使われます。相手は借金で飛んだ(※逃げた)奴、ということで、回収が終わったとしても写真や映像は好き放題にやられる」(U氏)
しかしである。そんな状況であれば、いくら金に困ったとはいえ、自身や家族の個人情報、裸の写真や映像までをヤミ金に握られているわけだから、そう簡単に「飛ぶ」はずも無いと思われる。ではなぜ、今なお、こうした掲示板に晒される人が後を絶たないのか。
「今は法律が変わり、存在自体が違法なヤミ金から金を借りても返さなくて良い、ということになりました。すると、司法書士や弁護士に泣きついて、そのまま返さない客が激増したんです。最近は、司法書士などに泣きつく前提で金を借り、そのまま一度も返さない”初回飛び”の客も少なくないそうです。中には、写真や動画がばらまかれようと、何度も何度も融資の申し込みをしてくる客もいる」(U氏)
筆者も以前、関西地方のヤミ金関係者を取材した際、似たような話を聞いたことがあった。免許証や学生証を偽造し、ヤミ金から金を借りようとする高校生や大学生まで存在したが、U氏によればその状況にも拍車がかかっているという。
「結局、ヤミ金を利用しようという客の状態は普通じゃない。しかも、互いに警察に相談できないこともわかっているから、不法行為が次の不法行為を呼ぶような状態になっている」(U氏)
冒頭、青木さんの妹の例はどうだろうか。筆者が調べたところ、青木さんの妹は何度かヤミ金を利用した後、知人に「ヤミ金には返さなくて良い」と吹き込まれていた。その際、担保としてヤミ金業者に送ってしまった自身の写真や映像がばらまかれる可能性を、どれほど理解していたかわからない。しかし、この先も「被害」が続く可能性をU氏は指摘する。
「飛んだ客の情報は、あらゆる所に共有されます。それこそ通販会社から強盗団の一味にまで、です。新たな脅迫を持って、違法な性風俗店で働いたり新たな借金をしろと強要されるかもしれない。家族の情報まで知られているのに、司法書士に相談したら解決する、なんて甘い考えでいたら危険です」(U氏)
元々は通販業者などから流出した名簿に電話をかけるだけだった「オレオレ詐欺」も、その後は死者まで出した「アポ電強盗」という凶悪な形に変化している。ヤミ金に取られた情報が、今後どのように利用されるかは誰にもわからないのだ。