いま中国では、習近平体制の締めつけが厳しくなっている。それに辟易した中国のカネモチたちは、ひっそりと日本に移住していた。彼らはどんな生活を送り、何に悩んでいるのか。そのリアルに迫る。
今年4月上旬、東京・六本木ヒルズの一角にある「グランドハイアット東京」の宴会場で、盛大なパーティーが開かれた。主催者は、中国出身の大物経営者と有名女優のカップルである。
参加した在日中国人の陸建氏(仮名)によると、参加者はみな、男性はタキシード、女性はイブニングドレスなどフォーマルな装いで、とても豪華な雰囲気だったという。
陸氏が語る。
「大物経営者というのは、中国では誰もが知っている不動産大手『万科企業』の創業者・王石氏で、有名女優というのは、『宮廷の諍い女』など数々のドラマに出演したこともある田朴氏です。
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万科企業は、いま不良債権問題で話題の中国恒大集団よりずっと大きい不動産会社です。王氏は70代。10年以上前に日本で病気の治療をして以来、日本に魅了されて日本ファンになり、ついにこのたび夫婦で日本に新居をかまえることになったそうなんです」
今回のパーティーは、すでに実業界を引退している王氏が、中国の有名企業の経営者らと日本の政治家、経営者などを引き合わせる企業家交流会という名目だったが、彼ら夫婦の「日本への引っ越し記念パーティー」も兼ねていたという。陸氏が続ける。
「何より驚いたのは、中国からやってきた経営者らの参加費です。費用には、パーティー以外に日本での研修会費なども含まれていたそうですが、なんと一人38万元(約770万円)。
日本からの参加者のなかには、親中派で知られる大物政治家も含まれていましたが、その方に支払った謝礼は60万円だったと聞きました。
どうやらパーティーに箔をつけるために、日本の方にはお金を払って参列してもらったようなのですが、口さがない中国人の間では『日本の名士って安いんだね』と噂されていました。
昨年からアリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏もしばしば来日し、長期滞在を繰り返していますが、いま、ほかにもあちこちで日本に移住した中国人富裕層や芸能人の引っ越しパーティーが行われている。引っ越しパーティーラッシュといった様相ですね」
王氏、田氏のケースに代表されるように、じつはいま、日本に移住する中国人富裕層が急増している。
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行政書士によれば、中国人富裕層の多くは、日本で事業を営むことができる「経営管理ビザ」を取得するケースが多い。その取得者は’22年末で約1万6000人。’12年末には約4400人だったので、この10年間で約4倍になった(ちなみに、’22年末で、日本に長期滞在する中国人の総数は約76万人)。
この数年で日本に移住してきたおよそ1万人強の中国人富裕層を、新しいタイプの中国人移住者といって差し支えないだろう。なぜ「新しい」のかといえば、彼らは、従来の移住者とはちょっと違う存在だからである。彼らはどんな特徴を持ち、どんな生活を送っているのだろうか。
まず、この1~2年で移住してきた富裕層を特徴づける重要なポイントの一つが、移住の「理由」である。彼らが日本に移住してきている最大の要因は、’19年末に始まったコロナ禍だ。
中国政府はゼロコロナ政策を打ち出し、厳しい行動制限やロックダウンを行った。’22年3~5月には最大の都市、上海市でもロックダウンが行われたが、中国の移民仲介会社には海外移住を希望する人からの電話が殺到した。
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なかでもとくに危機感を抱いたのが富裕層だった。ロックダウン中、コロナ以外の病気でも救急車を呼ぶことができず、多くの人々が亡くなったが、富裕層のなかにも「この国にいる限り、いつ、どんなひどい目に遭うかわからない」と痛感する人が急増したのだ。
’21年に強化された「共同富裕」(格差是正を目的とする政策のこと。大手IT企業や富裕層、芸能人がターゲットになり、脱税などが摘発された)の影響もある。東京都内で、中華圏最大級の日本不動産プラットフォームを運営する「神居秒算」代表取締役の趙潔氏は、「今後もしばらく日本移住を希望する富裕層は増えるでしょう」という。
さて、こうして移住してきた彼らの生活を、もう少しのぞいてみよう。
上海市出身で、40代前半の会社経営者・王鳴氏(仮名)は’22年秋、東京・港区内にある約2億円のタワーマンションに妻と娘の3人で引っ越してきた。上海のロックダウンを経験し、中国に住み続けることの不安や、習近平体制下で娘の将来を心配したことが理由だ。仕事はIT関係で、日本からリモートで日々の業務を行っている。
彼が来日して最初に探したのは、専属運転手とお手伝いさんだ。
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「日本では、アプリを使ってもなかなかタクシーがつかまらないと聞きましたので雇いました。友人の紹介で、月給45万円でいい人が見つかった。
お手伝いさんは、その運転手のツテで探しました。上海に近い江蘇省の出身なので、家庭料理の味つけも似ているし、日本の生活習慣も教えてもらえます」(王鳴氏)
後編記事「日本に溶け込む気は一切ナシ…移住ラッシュの「シン・中国人富裕層」が「日本を捨てて帰る日」」に続く。
なかじま・けい/’67年、山梨県生まれ。北京大学、香港中文大学に留学。新聞記者を経てフリージャーナリストに。著書に、『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)など
週刊現代9月30日・10月7日合併号より