どこに行っても薬が買えない。圧倒的に薬が足りない。ひとたび病になれば手厚い治療が受けられるはずの日本で、まさかの“医療崩壊”が起こりつつある。折しもインフルエンザ流行の兆しもあって不安は尽きない。いったい医療の最前線で何が起こっているのか。
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【写真を見る】医薬品不足の折も折、医師会ベッタリ議員の名前とは? 朝晩になればヒンヤリとした空気が漂い、秋が深まっていくのを実感できるが、寒暖差が激しい季節は体調を崩しがちだ。国立感染症研究所などの調べでは、今月8日までの1週間、全国でインフルエンザと診断された人の数は前週より増加傾向で、12月上旬に大流行の恐れもあるそうだ。

今月6日に日本医師会が発表した「医薬品供給不足 緊急アンケート」の速報結果は、そうした不穏な流れに追い打ちをかける内容だった。未曾有の「医薬品不足」「入手困難」が9割超 アンケートは8月9日から9月30日の期間で実施され、全国6773の医療機関から回答が得られた。その衝撃的な結果がつづられたレポートには、以下のような記述がある。〈医療機関で入手困難な医薬品の有無を聞いたところ、「入手困難である」と回答した割合は90.2%と全国で医薬品が困窮している〉〈「(医薬品を取り扱う)卸に発注した医薬品の納入状況」については、「発注しても納品されない」状況が49.7%あった〉 さらに74.0%の医療機関が、処方箋をもとに調剤する院外の薬局などから「在庫不足」を訴える連絡を受けたとも書かれている。 実際、東京・世田谷区にある処方箋薬局に聞くと、「例えば解熱鎮痛剤の『カロナール』や『ロキソニン』といった、皆さんになじみのある薬でさえ品薄状態です。私は薬剤師を30年ほどやっていますが、こんなに薬の在庫が足りない状況は初めての経験。熱さましから咳止めの薬や抗生物質まで、ありとあらゆる分野の薬が不足しています」大人用の薬を砕いて添加物を混ぜて… この薬局ではシロップなど小児用の薬も足りていないとして、こう続ける。「大人用の薬を砕いて添加剤を混ぜて作り直し、子どもさんの保護者にお渡しすることもあります。処方箋で指定された薬がない場合、効果が同じ他の薬で代用するのですが、その際は薬局から担当医に相談します。問い合わせに時間がかかるので患者さんをお待たせすることが多く、ご迷惑をおかけしています」 それでも薬を自前で用意できない場合もあるそうだ。「先日、どうしても処方箋にある薬が用意できず、より大きな薬局を患者さんに紹介しました。どの薬局であろうとも、処方箋で求められる薬は偏りなく在庫を備える体制を取っていなければいけないのに、申し訳なく思います」(同) 同じく都内の新宿区にある老舗薬局は、「これまで患者さんにお薬を渡すのは5分程度で済んでいたのに、今では20~30分もかかってしまい、現場の手間も増大しています。近所の薬局と在庫を融通し合えるよう連携を取っていますが、別の薬局では同じ市内の薬局全部に電話しても、欲しい薬がなかったこともあったそうです」薬を変えるデメリット こうした町の薬局には、風邪薬などを求める“一見さん”をはじめ、持病の治療でなじみの薬を長年服用する“常連さん”も多くやって来る。厚労省の統計によれば、75歳以上の高齢者の半数近くが平均5種類以上の薬を処方されているというから、事態はより切実だ。 先の処方箋薬局に聞くと、「風邪薬とは別に、長年服用している降圧剤など基礎疾患のための薬は、いきなり違う薬に変えてしまえば効果が変わってしまう可能性もあるので、主治医の方もすごく悩まれ、気を使いながら処方箋を組み立て直していますよ」『世界史を変えた新素材』『医薬品クライシス』などの著者でサイエンスライターの佐藤健太郎氏が言う。「あのメーカーのあのブランドの薬がいい、長年親しんできた薬でないと嫌だ、といった患者さんたちはいて、薬を変えることに対する心理的負担は小さくありません。効果を最大限に引き出すためには、患者さん自身が薬に対して信頼感を持つことが必要なのですが、ただ実際のところ、有効成分が同じ薬でもメーカーが変わると微妙に効き目が違うことはあります。分子構造は同じでも、結晶のさせ方や添加物の混ぜ方などの微妙な差によって、水への溶け方や体内への吸収の仕方が変わってしまう。患者さんの体質によっては、かなり効き目に大きな違いが出てしまうこともあります」なぜ薬不足に? いったいなぜ、かような事態が生じているのか。「薬の品薄状態は、ここ2、3年続いていましてね。卸さんに発注をかけても入荷日未定と言われてしまう。今まではこんなことなかったんですが……」 そう明かすのは、都内の江東区にある薬局店に勤める薬剤師だ。「コロナを機に薬への需要が高まったことが背景にありますが、ジェネリック医薬品メーカーの不祥事をきっかけに、生産数が全体的に減っていることが大きい。例えば、Aという医薬品を二つのメーカーが半分ずつ生産していたところ、片方のメーカーが不祥事で生産をやめたとして、どこかがすぐに補えるという世界ではありません」 製薬各社の生産計画は厳密で、新たに薬を製造しようとすれば、準備に数年かかる場合もあるそうだ。「端的に言えば、世の中に出回る薬の半分がなくなった状況になってしまい、残った半分を病院や薬局が奪い合っているのです」(同) 生産が激減した引き金となった医薬品メーカーの不祥事。それは服用した患者に重大な健康被害を招き、死者まで出していた。 前出の佐藤氏が解説する。「今から3年前、小林化工というメーカーが、水虫などの治療薬『イトラコナゾール』を製造する過程で睡眠導入剤を誤混入してしまい、服用した患者さんが意識を失い交通事故を起こすケースもあった。最終的には全国で2名の死者と数百人の被害者を生みました」 驚くべきは、この翌年だけで小林化工のみならず、ジェネリック業界最大手の日医工を含むメーカー10社までが、定められた手順で製造しなかった等で、行政から業務停止や改善命令の処分を受けたことだ。患者にメリットがあるはずが… 死者まで出た事態を重く見た行政は抜き打ち検査を敢行。業界内でも自主点検を行った結果、数々の不祥事が露見したというが、国が音頭をとったジェネリックの急速な普及拡大が一因との指摘もある。 再び佐藤氏に聞くと、「少子高齢化で生じた医療費高騰を抑えるため、国は半ば強引に安価なジェネリック薬品の普及を推し進めてきました。その政策によって、2010年代初頭まで医薬品に占めるジェネリックのシェアは3~4割でしたが、今では約8割と倍近くになった。医薬品メーカーの起こした各種トラブルは、企業体質によるところも大きいですが、急拡大による無理な増産と、過剰な薬価の抑え込みによる設備投資不足なども要因の一つでしょう」 そもそもジェネリックとは、特許によって開発された新薬が独占的な販売期間を終えた後、後発メーカーが同じ有効成分で製造販売する薬を指す。研究開発費用が抑えられることから国が定める薬価も安く抑えられ、患者にメリットがあるとされてきた。作れば作るほど赤字 今回の事態を見ると本当に有益だったのかと首をかしげたくもなるが、患者にとって命綱ともいえる医薬品を巡る混乱は、一体いつまで続くのだろうか。 公益社団法人東京都薬剤師会の前会長である永田泰造氏によると、「患者さんの中には4、5軒回ってようやく薬が見つかったという人もいて、対面する薬剤師も皆が大変な思いをしています。本来はジェネリックを製造するメーカーの環境が整えられていない段階で増産を進めても無理が出る、という指摘が業界内にありました。今は錠剤の最低薬価は1錠5.9円に定められていますが、円安によって極端に言えば作れば作るほど赤字になるのが現状で、不正を行ったメーカーの代わりを他社が担えていません。なんとか利益の一部をやりくりできる範疇で、赤字覚悟の薬をある程度追加生産しているのが現状だと思います。その結果、製造ラインのスケジュールが混乱し、他の後発医薬品の供給にも影響が出ているということです」 限界まで切り詰められた薬価を見直すなど、メーカーが健全に薬を製造できる環境を整えなければ、収束の見通しさえ立たない。何らかの支援が必要 冒頭の日本医師会の緊急アンケートの分析に携わった神奈川県立保健福祉大学教授の坂巻弘之氏はこう話す。「最近になって厚労省は企業や医療関係者に増産の通知を出しましたが、製薬会社の多くは薬価が年々下げられる影響で、利益を確保できる最低限の在庫しか生産しない体制になっています。メーカーとしては“感染拡大に備えて増産しても在庫を抱えてかえって赤字になってしまう”という話にならないよう、国が在庫を買い上げるなど何らかの支援も必要になってくるのではないでしょうか」 医薬品業界を正常化するための“特効薬”が、一刻も早く求められている。「週刊新潮」2023年10月26日号 掲載
朝晩になればヒンヤリとした空気が漂い、秋が深まっていくのを実感できるが、寒暖差が激しい季節は体調を崩しがちだ。国立感染症研究所などの調べでは、今月8日までの1週間、全国でインフルエンザと診断された人の数は前週より増加傾向で、12月上旬に大流行の恐れもあるそうだ。
今月6日に日本医師会が発表した「医薬品供給不足 緊急アンケート」の速報結果は、そうした不穏な流れに追い打ちをかける内容だった。
アンケートは8月9日から9月30日の期間で実施され、全国6773の医療機関から回答が得られた。その衝撃的な結果がつづられたレポートには、以下のような記述がある。
〈医療機関で入手困難な医薬品の有無を聞いたところ、「入手困難である」と回答した割合は90.2%と全国で医薬品が困窮している〉
〈「(医薬品を取り扱う)卸に発注した医薬品の納入状況」については、「発注しても納品されない」状況が49.7%あった〉
さらに74.0%の医療機関が、処方箋をもとに調剤する院外の薬局などから「在庫不足」を訴える連絡を受けたとも書かれている。
実際、東京・世田谷区にある処方箋薬局に聞くと、
「例えば解熱鎮痛剤の『カロナール』や『ロキソニン』といった、皆さんになじみのある薬でさえ品薄状態です。私は薬剤師を30年ほどやっていますが、こんなに薬の在庫が足りない状況は初めての経験。熱さましから咳止めの薬や抗生物質まで、ありとあらゆる分野の薬が不足しています」
この薬局ではシロップなど小児用の薬も足りていないとして、こう続ける。
「大人用の薬を砕いて添加剤を混ぜて作り直し、子どもさんの保護者にお渡しすることもあります。処方箋で指定された薬がない場合、効果が同じ他の薬で代用するのですが、その際は薬局から担当医に相談します。問い合わせに時間がかかるので患者さんをお待たせすることが多く、ご迷惑をおかけしています」
それでも薬を自前で用意できない場合もあるそうだ。
「先日、どうしても処方箋にある薬が用意できず、より大きな薬局を患者さんに紹介しました。どの薬局であろうとも、処方箋で求められる薬は偏りなく在庫を備える体制を取っていなければいけないのに、申し訳なく思います」(同)
同じく都内の新宿区にある老舗薬局は、
「これまで患者さんにお薬を渡すのは5分程度で済んでいたのに、今では20~30分もかかってしまい、現場の手間も増大しています。近所の薬局と在庫を融通し合えるよう連携を取っていますが、別の薬局では同じ市内の薬局全部に電話しても、欲しい薬がなかったこともあったそうです」
こうした町の薬局には、風邪薬などを求める“一見さん”をはじめ、持病の治療でなじみの薬を長年服用する“常連さん”も多くやって来る。厚労省の統計によれば、75歳以上の高齢者の半数近くが平均5種類以上の薬を処方されているというから、事態はより切実だ。
先の処方箋薬局に聞くと、
「風邪薬とは別に、長年服用している降圧剤など基礎疾患のための薬は、いきなり違う薬に変えてしまえば効果が変わってしまう可能性もあるので、主治医の方もすごく悩まれ、気を使いながら処方箋を組み立て直していますよ」
『世界史を変えた新素材』『医薬品クライシス』などの著者でサイエンスライターの佐藤健太郎氏が言う。
「あのメーカーのあのブランドの薬がいい、長年親しんできた薬でないと嫌だ、といった患者さんたちはいて、薬を変えることに対する心理的負担は小さくありません。効果を最大限に引き出すためには、患者さん自身が薬に対して信頼感を持つことが必要なのですが、ただ実際のところ、有効成分が同じ薬でもメーカーが変わると微妙に効き目が違うことはあります。分子構造は同じでも、結晶のさせ方や添加物の混ぜ方などの微妙な差によって、水への溶け方や体内への吸収の仕方が変わってしまう。患者さんの体質によっては、かなり効き目に大きな違いが出てしまうこともあります」
いったいなぜ、かような事態が生じているのか。
「薬の品薄状態は、ここ2、3年続いていましてね。卸さんに発注をかけても入荷日未定と言われてしまう。今まではこんなことなかったんですが……」
そう明かすのは、都内の江東区にある薬局店に勤める薬剤師だ。
「コロナを機に薬への需要が高まったことが背景にありますが、ジェネリック医薬品メーカーの不祥事をきっかけに、生産数が全体的に減っていることが大きい。例えば、Aという医薬品を二つのメーカーが半分ずつ生産していたところ、片方のメーカーが不祥事で生産をやめたとして、どこかがすぐに補えるという世界ではありません」
製薬各社の生産計画は厳密で、新たに薬を製造しようとすれば、準備に数年かかる場合もあるそうだ。
「端的に言えば、世の中に出回る薬の半分がなくなった状況になってしまい、残った半分を病院や薬局が奪い合っているのです」(同)
生産が激減した引き金となった医薬品メーカーの不祥事。それは服用した患者に重大な健康被害を招き、死者まで出していた。
前出の佐藤氏が解説する。
「今から3年前、小林化工というメーカーが、水虫などの治療薬『イトラコナゾール』を製造する過程で睡眠導入剤を誤混入してしまい、服用した患者さんが意識を失い交通事故を起こすケースもあった。最終的には全国で2名の死者と数百人の被害者を生みました」
驚くべきは、この翌年だけで小林化工のみならず、ジェネリック業界最大手の日医工を含むメーカー10社までが、定められた手順で製造しなかった等で、行政から業務停止や改善命令の処分を受けたことだ。
死者まで出た事態を重く見た行政は抜き打ち検査を敢行。業界内でも自主点検を行った結果、数々の不祥事が露見したというが、国が音頭をとったジェネリックの急速な普及拡大が一因との指摘もある。
再び佐藤氏に聞くと、
「少子高齢化で生じた医療費高騰を抑えるため、国は半ば強引に安価なジェネリック薬品の普及を推し進めてきました。その政策によって、2010年代初頭まで医薬品に占めるジェネリックのシェアは3~4割でしたが、今では約8割と倍近くになった。医薬品メーカーの起こした各種トラブルは、企業体質によるところも大きいですが、急拡大による無理な増産と、過剰な薬価の抑え込みによる設備投資不足なども要因の一つでしょう」
そもそもジェネリックとは、特許によって開発された新薬が独占的な販売期間を終えた後、後発メーカーが同じ有効成分で製造販売する薬を指す。研究開発費用が抑えられることから国が定める薬価も安く抑えられ、患者にメリットがあるとされてきた。
今回の事態を見ると本当に有益だったのかと首をかしげたくもなるが、患者にとって命綱ともいえる医薬品を巡る混乱は、一体いつまで続くのだろうか。
公益社団法人東京都薬剤師会の前会長である永田泰造氏によると、
「患者さんの中には4、5軒回ってようやく薬が見つかったという人もいて、対面する薬剤師も皆が大変な思いをしています。本来はジェネリックを製造するメーカーの環境が整えられていない段階で増産を進めても無理が出る、という指摘が業界内にありました。今は錠剤の最低薬価は1錠5.9円に定められていますが、円安によって極端に言えば作れば作るほど赤字になるのが現状で、不正を行ったメーカーの代わりを他社が担えていません。なんとか利益の一部をやりくりできる範疇で、赤字覚悟の薬をある程度追加生産しているのが現状だと思います。その結果、製造ラインのスケジュールが混乱し、他の後発医薬品の供給にも影響が出ているということです」
限界まで切り詰められた薬価を見直すなど、メーカーが健全に薬を製造できる環境を整えなければ、収束の見通しさえ立たない。
冒頭の日本医師会の緊急アンケートの分析に携わった神奈川県立保健福祉大学教授の坂巻弘之氏はこう話す。
「最近になって厚労省は企業や医療関係者に増産の通知を出しましたが、製薬会社の多くは薬価が年々下げられる影響で、利益を確保できる最低限の在庫しか生産しない体制になっています。メーカーとしては“感染拡大に備えて増産しても在庫を抱えてかえって赤字になってしまう”という話にならないよう、国が在庫を買い上げるなど何らかの支援も必要になってくるのではないでしょうか」
医薬品業界を正常化するための“特効薬”が、一刻も早く求められている。
「週刊新潮」2023年10月26日号 掲載