新宿歌舞伎町にある通称「トー横地区」。7月3日、小倉將信・こども政策担当大臣が視察、集まる子どもや若者たちへの支援の必要を示唆した。だが、子どもたちが必要としているのは必ずしも大人たちが考える支援ではない。ジャーナリストの渋井哲也氏がレポートする。
長い夏休みの期間、羽根を伸ばそうとあれこれ遊びの計画をしている子どもたちも少なくないだろう。一方で、自宅に居場所のない子どもたちにとっては長く苦痛な期間でもある。
彼女、彼らが居場所を求めて向かう先は東京・新宿、歌舞伎町にある通称「トー横」だ。かねてからここに集まる子どもたちの存在は問題になっていた。
「いわゆる『トー横地区』には、居場所を求めて、多くの子どもや若い人たちが集まっていると聞いております。家庭や学校で厳しい環境に置かれていたり、複雑な事情を抱えて支援を必要とする人たちも多くいると伺っております。中には犯罪やトラブルに 巻き込まれてしまう危険性も存在するという風に認識しております」
「トー横地区」を視察する小倉大臣(渋井氏提供)
7月3日、閣僚では初めてトー横を視察した小倉將信・こども政策担当大臣は、集まった記者たちに対し、そう述べた。そして、トー横に集まる子ども・若者たちの支援する公益社団法人「日本駆け込み寺」の事務所内で、10代から20代の男女4人から話を聞いていた。
小倉大臣の視察は「青少年の非行・被害防止全国強調月間」の一環だ。そして、今月中に、全国で行き場のない子ども・若者を支援する団体の実態を調査することを明らかにした。
「トー横地区」とは、新宿歌舞伎町内にある映画館「TOHOシネマズ新宿」横の意味。もともとは映画館東側の路地を「トー横」と呼び、自撮りをする若者たちの待ち合わせ場所だった。現在は、西側の「シネシティ広場」も含めた範囲を指している。
2019年の頃から、付近の路地で飲酒などをする若者が増え始め、周辺のホストやキャバクラ店、飲食店の店員らから、「お金をかけずに飲酒している若者たち」を指して、「トー横キッズ」と飛ばれるようになった。当事者の若者たちは、それに対抗して自らを「トー横界隈」などと名乗るようになった。
筆者が「トー横」に関心を寄せたのは21年5月のことだ。19歳の男性と14歳の女子中学生が、歌舞伎町のホテルから飛び降り、命を絶った事件がきっかけだった。
トー横は子どもや若者たちの居場所になる一方で、犯罪に巻き込まれる危険性が高いエリアだ。そのため、東京都青少年問題協議会は6月28日にその実態把握と、相談窓口の設置などの支援策を盛り込んだ総合対策の素案を示した。
さらに、これまでも警察はトー横に集まる子どもたちを警戒し、声掛けをしたり、一斉補導をするなどを繰り返してきた。トー横で過ごす女子高校生クミ(仮名、16歳)はこう話す。
「(児童相談所に)一時保護をされたことがあります。そこは携帯も使えず、居心地もよくなかった。その後、自宅に戻されたんですが、私は家にいたくないから、トー横に来ました。だから大人に言われて自宅に戻される意味がわからない。結局、トー横に来るんですから」
事情を聞くと、クミは家庭では虐待を受け続け、学校では友達もできない、という。そのため、似たような境遇の同世代が集まるトー横に居場所を見つけた。「友達に会いたい」ということで、繰り返しトー横に訪れている。
同じく、女子中学生のミナミ(仮名・14歳)。彼女は今年4月からトー横に来るようになった。
「トー横に来るようになったのは、自分と同じような子がたくさんいるから。家に居場所がなかったり、学校でいじめられたり、病んでいたり……。全部、自分にあてはまります」
ミナミも父親から殴るなどの虐待を受けている。ほかにもきょうだいがいるのだが、殴られるのはいつもミナミだけだという。
「自分はなにか一つのことに打ち込めないんです。だからかなんでしょうか。頻度は少ないけれど、父親に殴られます。髪の毛を引っ張られることもあって、痛いです。父親は、私を殴っても大丈夫だと思っているようで、ストレスの吐け口の対象になっています」
そう淡々とつぶやくように明かした。
クミ、ミナミに対する保護者の行為は虐待であり、体罰だ。
2020年4月、民法が改正され、親による「しつけ」の名の下でも体罰が禁止された。
18年3月に東京目黒区で、19年1月に千葉県野田市で起きた2つの虐待死事件を覚えているだろうか。この事件では目黒区では当時5歳の女児が、千葉県野田市では当時10歳の女児がそれぞれ繰り返される父親の暴力により死亡した。
ミナミに対する父親の暴力も、民法で禁止された体罰だ。
「友達にも相談したことないです。だって、もし話をしたら、友達が父親の標的になるかもしれない。そんなストレスを与えたくない」(ミナミ)
写真はイメージ(Photo by iStock)
友人への優しさから相談をしないということか。家庭で休まらないのなら、せめて学校にいる時間は安心できないものだろうか。ミナミは続けた。
「小学校4年までは自分の話を聞いてくれる、いい先生がいました。でも、小学5年以降の先生は、自分の話を聞いてくれませんでした。先生という存在は嫌いになりました。自分は学校でいじめられていますが、学校でも、同級生からは変わりもの扱いをされ、距離を置かれていて、話すタイミングもほとんどない。下校中には同級生から殴られたりします。でも、その証拠がないので、誰にも相談できません。先生に言ったところで、加害生徒たちが言うことと一緒で私の味方にはなってくれません」
ミナミは教師への不信感を持つため、相談することはできないのだ。
学校では「いじめに関するアンケート」を取っている。回答し、SOSを出すことでいじめの発覚につながることもある。では、ミナミはアンケートにいじめのことを書いたのだろうか。
「アンケートにはいじめのことを書いていません。だって、もし書いたら、いじめている子が先生から何かを言われてしまいます。それは可哀想です」(ミナミ)
自分をイジメる相手にも拘わらずミナミはかばう。これが彼女の他者に対する優しさがさせるところなのだろう。そのため学校では、ミナミに対するいじめを認知せず、解決に至る方策も取られていない。
ミナミは教室に入ることができなくなった。現在、学校には部活動だけに通うという。そんな彼女をトー横に連れてきたのは数少ない友達の一人だった。
「ここに来ると落ち着きます。知り合った人たちが、ぎゅーってしてくれる(=ハグしてくれる)ので、メンタルが安定します。それで月曜日を迎えます。そして、金曜日になると、メンタルはボロボロです。またトー横へ来て、回復していく。その繰り返しです」(ミナミ)
大人たちが問題視し、取り締まりを強化しようと躍起になっていても、ミナミにとってトー横はかけがえのない場所なのだ。
学校や家庭に居場所がない若者や子どもたちにとって必要な場所となっているトー横地区。国や行政は支援の必要性を訴えるが――。
後編記事「市販薬の過剰摂取とストロング缶で酩酊状態になる若者たち――。でもトー横通いがやめられないワケ」では、さらに若者たちの置かれた状況について触れる。