本来は売上に貢献してくれるはずのお客のなかには、恐怖やイラつきを与える迷惑なヤツもいる。読者のなかには、サービスやスタッフの対応が気に入り、足繁く通っているお気に入りの店がある人も多いのではないだろうか。お金を落としてくれる常連客は店にとってもありがたい存在のはずだが、いつの間にか一線を越えて“迷惑客”と化してしまう人もいるようだ。◆店員気取りがエスカレートした迷惑客
立川耀司さん(仮名・38歳)は、お客さんとスタッフが垣根を作らず、本音や気さくに話ができるような店を作りたいとの思いから脱サラ。バーの経営をはじめた。独り身で実家暮らしのうえ会社員時代の貯金もあったため、料金もリーズナブルに設定。
「すぐに常連さんもでき、半年ほどで理想的な環境になりました。N奈(23歳)がやってきたのはちょうどその頃です。気さくで明るく、よくしゃべる。飲むお酒の量は多くないが、ほかのお客さんとも楽しく話してくれるので助かっていました」
立川さんは感謝の気持ちを込め、おつまみやお酒、料金をサービスすることも頻繁にあったとか。少し気になっていたのは、N奈さんの口調。キツめのツッコミといえば聞こえはいいが、慣れてくると相手を見下すような言葉を浴びせることがありヒヤヒヤするように。
◆大学生のスタッフに指図するように
「それだけでもモヤモヤしていたのに、そのうち、お酒に酔うといつの間にかカウンターに入ってくるようになったんです。そして、お客さんの相手をするだけでなく、予約が入ったときや週末だけ手伝いに来てくれていた大学生のスタッフにも指図するようになりました」
そのうち、まるで自分の店かのように振る舞いはじめたとか。反発することもなく従っている大学生のことが気の毒になり、どのタイミングでどういうふうに注意すべきかと考えていたとき、追い打ちをかける出来事が起こる。
◆「私が店に入るなら指名制にして」
「最初は冗談かと思っていたのですが、『いまの会社を辞めたいから、ここで雇ってよ』などとしつこく言うようになったのです。だんだんと態度も悪くなり、お客さんにキツめにツッコむときに、バシバシと叩くようになりました」
おおらかな常連客から、「叩くのはやめて」などソフトな口調で注意を受けていることもありましたが、N奈さんは右から左。なかには明らかにN奈さんの言葉を受け流し、あしらっている常連客の姿も目にするようになります。
「そんな状況になっているにもかかわらずN奈は、『店長、私が店に入るようになったら指名制にしてよね。私、自信あるから』などと言ってくることもあったのです。何の自信があるのかとツッコミたくなりました」
◆お客とは一定の距離を保つように
N奈さんの言動に、立川さんは「このままスタッフかのように振る舞われても困るし、野放しにしておけば悪評が立つかもしれない」と危機感を覚えてしまう。そして怖くなって、N奈さんへのおつまみやお酒、料金のサービスをやめるという思い切った作戦に出た。
「サービスするのをピタリとやめたのでゴネてくるかと思いましたが、『こんなに店に貢献してるのに、最近お会計が高い』と何度かボヤいたぐらい。だんだんと店に来る回数が減って、気づいたら店に来なくなっていました」
その後、立川さんはN奈さんの出来事を反省し、お客さんとは常に一定の距離を保つよう心掛けているのだとか。“親しき中にも礼儀あり”ということわざもある。読者がお客として訪問する場合も適度な距離を保って、節度ある行動をとりたいものだ。
◆サービス精神を悪用されかけた副店長

岸部さんは、高校のときに仲のよかった友達2人がたまたまお客さんとして店に来てくれたため、サービスでドリンクとお菓子を提供。少しでも楽しんで帰ってもらえれば、という想いからの行動だった。
「2~3日すると、また2人がいっしょに店に来てくれ嬉しかったです。その日はとくにサービスするつもりはありませんでした。でも店がヒマだったこともあり、こんな日に来てくれた2人に感謝の気持ちをと、再びサービスでドリンクとお菓子を提供してしまったのです」
◆「どうして今日は、サービスがないんだ?」
すると、また2~3日経って2人が来店。そのときは店内がほぼ満室状態で忙しいこともあったため、ドリンクやお菓子のサービスはしなかった。すると会計時に「どうして今日は、サービスがなかったんだ?」と言われてしまう。
「あれは特別だったので期待されても困ると伝えると、『あれ、上には内緒のサービスだろ? チクっていいの?』と、脅してきたのです。恐怖を感じるとともに、会社に黙って2人にサービスしたこと、変なサービス精神をはたらかせてしまったことを反省しました」
そんなやり取りをしていると、カラオケルームから出てきたお客さんが会計のために後ろに並んだため、2人は悪びれる様子もなく「チッ」と舌打ちして退店。そんな2人にはもう、仲のよかった高校時代の面影はなかったという。
◆勝手なサービスを会社に報告すると…
「悩んだ末、高校のときに親交のあった同級生に連絡。2人について探りを入れてみたところ、あまりよくない噂があり、『いま仲良くしている人は少ないんじゃないか』と言われました。詳しくは言えませんが、2人のせいでひどい目に遭った人も結構いるようです」
いまのような状態が続くとよくないと考えた岸部さんは、上司に相談。すると当然ながら、「会社の商品を勝手にサービスする行為は信用問題にかかわる。解雇や損害賠償請求などの問題に発展する可能性もあるから、今後は絶対しないように」と厳重注意を受けてしまう。
「自業自得とはいえ、友達だと思っていた2人には脅され、普段は温和な上司にこってりと怒られて踏んだり蹴ったり。そのあと2人に『今後は脅してきてもムダだ』と伝えたときにも、とても嫌な思いをしました」
◆2人を追い返して友達関係は解消
岸部さんが「今後は脅してきてもムダ」だと伝えたのは、上司に相談してすぐのこと。2人が店にやってきたときだった。2人は「は? 俺らを脅してんの?」「高校のときは俺らの機嫌とって、変なギャグとかばっか披露してたモヤシのくせに!」などと吐き捨てて退店。
「久しぶりに再会できて喜んでいたのは僕だけだったのかと、虚しくなりました。それに、高校のとき2人は、僕のギャグで喜んでくれているのだと思っていたのです。それなのに、機嫌をとっていると思われていたことがショックでした」
しばらくして岸部さんは、つながったままだったLINEからあらためて2人に連絡し、友達関係を解消。大反省している。勤め先に内緒のサービスなどはリスクが大きく解雇や損害賠償に発展するケースもあるため、勝手な判断でおこなわないよう注意したいものだ。
<TEXT/山内良子>