この4月から新入社員を迎え、フレッシュな新人たちのおかげで職場の空気もなんだか華やいでいると感じる方も多いのではないか。その一方で心配なのが、彼らがちゃんと会社に定着してくれるのか?
うちは残業も少なく安定していて人間関係も良好な「ホワイト企業」だから大丈夫……と油断していると思わぬしっぺ返しを食らうこともある。
居心地は良いものの「ゆるい職場」に危機感を覚えて退職を決意したA中さん(22歳、仮名=以下同)の事例をもとに社会保険労務士の木村政美氏が解説する。
A中さんは大学卒業後甲社(業務用機械の製造・販売を営む。従業員数300名)に入社、4月3日の入社式後1週間の新入社員研修を終え、念願かなって本社営業課(メンバー数は15名)に配属された。
明るく社交的な性格のA中さんは、大学時代物品販売の営業アルバイトで新規客相手に契約を取りまくり、アルバイトを始めて半年後に成績優秀者として社内表彰されたことと、学校でキャリアについての授業を受けたことがきっかけで社会人になっても営業の仕事を続けようと決めた。そして社内でぶっちぎりナンバーワンの業績を上げる営業マンになり、10年以内に管理職になることを目標にした。
「よーし!がんばって早く1人前の営業マンになって売りまくるぞ!」
張り切っていたA中さんだったが……。
Photo by iStock
4月10日の課内朝礼後、A中さんはB山営業課長(A中さんの直属上司。以下「B山課長」)に呼ばれた。「これから営業の仕事を覚えてもらうけど、直接の指導と仕事の指示はC上主任が担当します。A中君の席はC上主任の隣にするので、わからないことがあったら彼に聞いてください」その後自席に戻ったB中さんは、終日C上主任から業務方法について、もらった資料を見ながらレクチャーを受けた。A中さんは説明を聞き漏らすまいと、資料の余白にびっしりとメモを取った。その様子を見たC上主任は思わず失笑した。“ぬるま湯”な職場の正体翌日、出社したA中さんが席に着くと、C上主任が「A中君にお初の仕事だよ。明日自分が担当する乙社で新商品の説明会をするから、先方に配るための資料を50部用意して欲しい。原稿は今渡すからコピーして、ページを間違えないように注意しながら1部づつ冊子にして下さい」「わかりました。すぐにやります」A中さんはC上主任から原稿をもらうと1時間足らずで資料を全部作り終えた。C上主任はその間、きびきびと準備にいそしむA中さんの様子を眺めていた。そして作業を終えたA中さんに、「もう用意できたなんてすごいね。でも入社早々そんなにがんばるなよ。自分たちだってやることないんだから。アハハ……」と笑いながら言った。 「『やることがない』ってどういうこと?」A中さんが改めて周りを見回すと、先輩達は皆ヒマそうにしていた。スマホでゲームをしたり、メンバー同士でコーヒーを飲みながら雑談したり。B山課長も話の輪に入り、大声で世間話をしていた。A中さんはC上主任に尋ねた。「皆さん、営業に行かないんですか?」「ウチの会社はもともと取引先が決まっているし、1人が担当する会社も10社くらいしかないから、訪問の約束がない限りほとんど外には出ないんだよ」「新しいお客さんを開拓したりはしないんですか?」「取引先から自動的に注文が入ってくるし、それで会社は儲かるんだから無理して新しい顧客を探す必要はないよ。だいいち新規開拓なんてカッタルイし仕事が多くなればその分、残業時間が増えるからね」そして続けた。「ウチの会社ね、去年から残業禁止になったんだよ。だから余計な仕事はできないってわけ」アルバイト時代の会社は、リーダーシップにあふれた上司と、やる気満々の社員達に囲まれて刺激的な日々を送っていた。それ引き換え甲社の営業課は活気がなくみんながダラケているようにしか見えない。A中さんが抱いていた営業に対する前向きで行動的なイメージが崩れていった。その後もA中さんに振られる仕事はコピー取りとか雑用ばかりだったが、仕事の内容よりも時間を持て余すことが嫌だった。まわりの先輩やB山課長は相変わらずヒマそうで、事あるごとにA中さんに話しかけたりランチに誘ったりと可愛がってくれるので人間関係的な居心地は良かったが、「このままぬるま湯に浸かっていてはキャリアアップができない」との思いは膨らむばかりだった。課長に「もっと仕事がしたい」と直訴したが…配属から2週間後、A中さんはB山課長に直訴した。「もっと仕事をやらせてください。早く仕事を覚えて営業マンとして活躍したいんです」B山課長は飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。 「そう言われてもねえ……今は君が担当する取引先がないんだよね。だからそれまでC上主任が指示した仕事だけをしていればいいよ。ヒマな時はコーヒーでも飲んでゆっくりしていなさい」「じゃあ私はずっと営業活動ができないんですか?」「そんなことはない。6月に入ったらC上主任が担当している取引先のうち、比較的業務が楽な3社を見繕って、君に担当替えする予定だよ」「自分の担当はたった3社ですか!じゃあもっと担当を増やすには新規開拓すればいいですか?」「その必要はない。わが社は昔からの取引先と付き合っていれば売上は十分に成り立つんだよ」余計なことをするなと言わんばかりのB山課長に、A中さんの不安感は益々大きくなった。A中さんは大学時代の友人5人と毎日ラインで情報交換していたが、「先輩の営業に同行した」とか「商品企画のアイデアを求められた」など友人達が会社の戦力として扱われている様子が、A中さんのあせりを余計に助長させた。「このままでは友人たちに後れを取ってしまう、自分がダメになる」それから2日後、A中さんはB山課長に退職を願い出た。驚いたB山課長はすぐにD川総務部長(人事・労務担当の責任者。以下「D川部長」)にその旨を報告した。話を聞いたD川部長は首をひねりながら言った。<A中さんの労働条件・一部抜粋>・就業時間:9時から17時まで(休憩1時間)、残業はほとんどなし・休日:土・日・祝日・給与:初年度25万円(税込)その他営業手当月1万円、通勤手当あり・年次有給休暇:入社日から10日間付与「A中君の労働条件からしたら、ウチの会社はホワイト企業そのものじゃないか」B山課長も同意した。「そうですよ。それに営業課全体もA中君を可愛がってましたから、パワハラなんて考えられない」「それでも会社を辞めたいなんて、何が不満なんだろうね?」* * *新入社員が離職するおもな理由は、「人間関係の問題」「業務内容の問題」「待遇に対する不満」「キャリア形成に関すること」などが挙げられる。事例の甲社で言えば「人間関係の問題」「待遇に対する不満」はなく、世間的に見ても立派なホワイト企業だろう。しかし、成長意欲の高いA中さんからしたら、希望通りの営業職とはいえ、新規開拓営業ができないのは、イメージしていた業務内容とのミスマッチであり、キャリア形成を考える上でも、「このままでは自分がダメになる」と危機感を覚えて、退職を決意したわけだ。ホワイト企業は言い換えれば「ぬるい職場」。いくら職場の環境がよくても仕事のやりがいが見いだせなければ、早期退職は防げないのだ。後編記事〈キャリア志向の新入社員は「ぬるい職場」から逃げていく…「見限られる会社の特徴」と退職防止策〉では、新入社員の離職率から、彼らがキャリア形成にこだわる理由、A中さんの気になるその後などについて見ていこう。
4月10日の課内朝礼後、A中さんはB山営業課長(A中さんの直属上司。以下「B山課長」)に呼ばれた。
「これから営業の仕事を覚えてもらうけど、直接の指導と仕事の指示はC上主任が担当します。A中君の席はC上主任の隣にするので、わからないことがあったら彼に聞いてください」
その後自席に戻ったB中さんは、終日C上主任から業務方法について、もらった資料を見ながらレクチャーを受けた。A中さんは説明を聞き漏らすまいと、資料の余白にびっしりとメモを取った。その様子を見たC上主任は思わず失笑した。
翌日、出社したA中さんが席に着くと、C上主任が
「A中君にお初の仕事だよ。明日自分が担当する乙社で新商品の説明会をするから、先方に配るための資料を50部用意して欲しい。原稿は今渡すからコピーして、ページを間違えないように注意しながら1部づつ冊子にして下さい」「わかりました。すぐにやります」
A中さんはC上主任から原稿をもらうと1時間足らずで資料を全部作り終えた。C上主任はその間、きびきびと準備にいそしむA中さんの様子を眺めていた。そして作業を終えたA中さんに、
「もう用意できたなんてすごいね。でも入社早々そんなにがんばるなよ。自分たちだってやることないんだから。アハハ……」
と笑いながら言った。
「『やることがない』ってどういうこと?」A中さんが改めて周りを見回すと、先輩達は皆ヒマそうにしていた。スマホでゲームをしたり、メンバー同士でコーヒーを飲みながら雑談したり。B山課長も話の輪に入り、大声で世間話をしていた。A中さんはC上主任に尋ねた。「皆さん、営業に行かないんですか?」「ウチの会社はもともと取引先が決まっているし、1人が担当する会社も10社くらいしかないから、訪問の約束がない限りほとんど外には出ないんだよ」「新しいお客さんを開拓したりはしないんですか?」「取引先から自動的に注文が入ってくるし、それで会社は儲かるんだから無理して新しい顧客を探す必要はないよ。だいいち新規開拓なんてカッタルイし仕事が多くなればその分、残業時間が増えるからね」そして続けた。「ウチの会社ね、去年から残業禁止になったんだよ。だから余計な仕事はできないってわけ」アルバイト時代の会社は、リーダーシップにあふれた上司と、やる気満々の社員達に囲まれて刺激的な日々を送っていた。それ引き換え甲社の営業課は活気がなくみんながダラケているようにしか見えない。A中さんが抱いていた営業に対する前向きで行動的なイメージが崩れていった。その後もA中さんに振られる仕事はコピー取りとか雑用ばかりだったが、仕事の内容よりも時間を持て余すことが嫌だった。まわりの先輩やB山課長は相変わらずヒマそうで、事あるごとにA中さんに話しかけたりランチに誘ったりと可愛がってくれるので人間関係的な居心地は良かったが、「このままぬるま湯に浸かっていてはキャリアアップができない」との思いは膨らむばかりだった。課長に「もっと仕事がしたい」と直訴したが…配属から2週間後、A中さんはB山課長に直訴した。「もっと仕事をやらせてください。早く仕事を覚えて営業マンとして活躍したいんです」B山課長は飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。 「そう言われてもねえ……今は君が担当する取引先がないんだよね。だからそれまでC上主任が指示した仕事だけをしていればいいよ。ヒマな時はコーヒーでも飲んでゆっくりしていなさい」「じゃあ私はずっと営業活動ができないんですか?」「そんなことはない。6月に入ったらC上主任が担当している取引先のうち、比較的業務が楽な3社を見繕って、君に担当替えする予定だよ」「自分の担当はたった3社ですか!じゃあもっと担当を増やすには新規開拓すればいいですか?」「その必要はない。わが社は昔からの取引先と付き合っていれば売上は十分に成り立つんだよ」余計なことをするなと言わんばかりのB山課長に、A中さんの不安感は益々大きくなった。A中さんは大学時代の友人5人と毎日ラインで情報交換していたが、「先輩の営業に同行した」とか「商品企画のアイデアを求められた」など友人達が会社の戦力として扱われている様子が、A中さんのあせりを余計に助長させた。「このままでは友人たちに後れを取ってしまう、自分がダメになる」それから2日後、A中さんはB山課長に退職を願い出た。驚いたB山課長はすぐにD川総務部長(人事・労務担当の責任者。以下「D川部長」)にその旨を報告した。話を聞いたD川部長は首をひねりながら言った。<A中さんの労働条件・一部抜粋>・就業時間:9時から17時まで(休憩1時間)、残業はほとんどなし・休日:土・日・祝日・給与:初年度25万円(税込)その他営業手当月1万円、通勤手当あり・年次有給休暇:入社日から10日間付与「A中君の労働条件からしたら、ウチの会社はホワイト企業そのものじゃないか」B山課長も同意した。「そうですよ。それに営業課全体もA中君を可愛がってましたから、パワハラなんて考えられない」「それでも会社を辞めたいなんて、何が不満なんだろうね?」* * *新入社員が離職するおもな理由は、「人間関係の問題」「業務内容の問題」「待遇に対する不満」「キャリア形成に関すること」などが挙げられる。事例の甲社で言えば「人間関係の問題」「待遇に対する不満」はなく、世間的に見ても立派なホワイト企業だろう。しかし、成長意欲の高いA中さんからしたら、希望通りの営業職とはいえ、新規開拓営業ができないのは、イメージしていた業務内容とのミスマッチであり、キャリア形成を考える上でも、「このままでは自分がダメになる」と危機感を覚えて、退職を決意したわけだ。ホワイト企業は言い換えれば「ぬるい職場」。いくら職場の環境がよくても仕事のやりがいが見いだせなければ、早期退職は防げないのだ。後編記事〈キャリア志向の新入社員は「ぬるい職場」から逃げていく…「見限られる会社の特徴」と退職防止策〉では、新入社員の離職率から、彼らがキャリア形成にこだわる理由、A中さんの気になるその後などについて見ていこう。
「『やることがない』ってどういうこと?」
A中さんが改めて周りを見回すと、先輩達は皆ヒマそうにしていた。スマホでゲームをしたり、メンバー同士でコーヒーを飲みながら雑談したり。B山課長も話の輪に入り、大声で世間話をしていた。A中さんはC上主任に尋ねた。
「皆さん、営業に行かないんですか?」「ウチの会社はもともと取引先が決まっているし、1人が担当する会社も10社くらいしかないから、訪問の約束がない限りほとんど外には出ないんだよ」「新しいお客さんを開拓したりはしないんですか?」「取引先から自動的に注文が入ってくるし、それで会社は儲かるんだから無理して新しい顧客を探す必要はないよ。だいいち新規開拓なんてカッタルイし仕事が多くなればその分、残業時間が増えるからね」
そして続けた。
「ウチの会社ね、去年から残業禁止になったんだよ。だから余計な仕事はできないってわけ」
アルバイト時代の会社は、リーダーシップにあふれた上司と、やる気満々の社員達に囲まれて刺激的な日々を送っていた。それ引き換え甲社の営業課は活気がなくみんながダラケているようにしか見えない。A中さんが抱いていた営業に対する前向きで行動的なイメージが崩れていった。
その後もA中さんに振られる仕事はコピー取りとか雑用ばかりだったが、仕事の内容よりも時間を持て余すことが嫌だった。まわりの先輩やB山課長は相変わらずヒマそうで、事あるごとにA中さんに話しかけたりランチに誘ったりと可愛がってくれるので人間関係的な居心地は良かったが、「このままぬるま湯に浸かっていてはキャリアアップができない」との思いは膨らむばかりだった。
配属から2週間後、A中さんはB山課長に直訴した。
「もっと仕事をやらせてください。早く仕事を覚えて営業マンとして活躍したいんです」
B山課長は飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。
「そう言われてもねえ……今は君が担当する取引先がないんだよね。だからそれまでC上主任が指示した仕事だけをしていればいいよ。ヒマな時はコーヒーでも飲んでゆっくりしていなさい」「じゃあ私はずっと営業活動ができないんですか?」「そんなことはない。6月に入ったらC上主任が担当している取引先のうち、比較的業務が楽な3社を見繕って、君に担当替えする予定だよ」「自分の担当はたった3社ですか!じゃあもっと担当を増やすには新規開拓すればいいですか?」「その必要はない。わが社は昔からの取引先と付き合っていれば売上は十分に成り立つんだよ」余計なことをするなと言わんばかりのB山課長に、A中さんの不安感は益々大きくなった。A中さんは大学時代の友人5人と毎日ラインで情報交換していたが、「先輩の営業に同行した」とか「商品企画のアイデアを求められた」など友人達が会社の戦力として扱われている様子が、A中さんのあせりを余計に助長させた。「このままでは友人たちに後れを取ってしまう、自分がダメになる」それから2日後、A中さんはB山課長に退職を願い出た。驚いたB山課長はすぐにD川総務部長(人事・労務担当の責任者。以下「D川部長」)にその旨を報告した。話を聞いたD川部長は首をひねりながら言った。<A中さんの労働条件・一部抜粋>・就業時間:9時から17時まで(休憩1時間)、残業はほとんどなし・休日:土・日・祝日・給与:初年度25万円(税込)その他営業手当月1万円、通勤手当あり・年次有給休暇:入社日から10日間付与「A中君の労働条件からしたら、ウチの会社はホワイト企業そのものじゃないか」B山課長も同意した。「そうですよ。それに営業課全体もA中君を可愛がってましたから、パワハラなんて考えられない」「それでも会社を辞めたいなんて、何が不満なんだろうね?」* * *新入社員が離職するおもな理由は、「人間関係の問題」「業務内容の問題」「待遇に対する不満」「キャリア形成に関すること」などが挙げられる。事例の甲社で言えば「人間関係の問題」「待遇に対する不満」はなく、世間的に見ても立派なホワイト企業だろう。しかし、成長意欲の高いA中さんからしたら、希望通りの営業職とはいえ、新規開拓営業ができないのは、イメージしていた業務内容とのミスマッチであり、キャリア形成を考える上でも、「このままでは自分がダメになる」と危機感を覚えて、退職を決意したわけだ。ホワイト企業は言い換えれば「ぬるい職場」。いくら職場の環境がよくても仕事のやりがいが見いだせなければ、早期退職は防げないのだ。後編記事〈キャリア志向の新入社員は「ぬるい職場」から逃げていく…「見限られる会社の特徴」と退職防止策〉では、新入社員の離職率から、彼らがキャリア形成にこだわる理由、A中さんの気になるその後などについて見ていこう。
「そう言われてもねえ……今は君が担当する取引先がないんだよね。だからそれまでC上主任が指示した仕事だけをしていればいいよ。ヒマな時はコーヒーでも飲んでゆっくりしていなさい」「じゃあ私はずっと営業活動ができないんですか?」「そんなことはない。6月に入ったらC上主任が担当している取引先のうち、比較的業務が楽な3社を見繕って、君に担当替えする予定だよ」「自分の担当はたった3社ですか!じゃあもっと担当を増やすには新規開拓すればいいですか?」「その必要はない。わが社は昔からの取引先と付き合っていれば売上は十分に成り立つんだよ」
余計なことをするなと言わんばかりのB山課長に、A中さんの不安感は益々大きくなった。
A中さんは大学時代の友人5人と毎日ラインで情報交換していたが、「先輩の営業に同行した」とか「商品企画のアイデアを求められた」など友人達が会社の戦力として扱われている様子が、A中さんのあせりを余計に助長させた。
「このままでは友人たちに後れを取ってしまう、自分がダメになる」
それから2日後、A中さんはB山課長に退職を願い出た。驚いたB山課長はすぐにD川総務部長(人事・労務担当の責任者。以下「D川部長」)にその旨を報告した。話を聞いたD川部長は首をひねりながら言った。
<A中さんの労働条件・一部抜粋>・就業時間:9時から17時まで(休憩1時間)、残業はほとんどなし・休日:土・日・祝日・給与:初年度25万円(税込)その他営業手当月1万円、通勤手当あり・年次有給休暇:入社日から10日間付与
「A中君の労働条件からしたら、ウチの会社はホワイト企業そのものじゃないか」
B山課長も同意した。
「そうですよ。それに営業課全体もA中君を可愛がってましたから、パワハラなんて考えられない」「それでも会社を辞めたいなんて、何が不満なんだろうね?」
* * *
新入社員が離職するおもな理由は、「人間関係の問題」「業務内容の問題」「待遇に対する不満」「キャリア形成に関すること」などが挙げられる。
事例の甲社で言えば「人間関係の問題」「待遇に対する不満」はなく、世間的に見ても立派なホワイト企業だろう。
しかし、成長意欲の高いA中さんからしたら、希望通りの営業職とはいえ、新規開拓営業ができないのは、イメージしていた業務内容とのミスマッチであり、キャリア形成を考える上でも、「このままでは自分がダメになる」と危機感を覚えて、退職を決意したわけだ。
ホワイト企業は言い換えれば「ぬるい職場」。いくら職場の環境がよくても仕事のやりがいが見いだせなければ、早期退職は防げないのだ。
後編記事〈キャリア志向の新入社員は「ぬるい職場」から逃げていく…「見限られる会社の特徴」と退職防止策〉では、新入社員の離職率から、彼らがキャリア形成にこだわる理由、A中さんの気になるその後などについて見ていこう。