ニホンウナギの稚魚「シラスウナギ」が全国各地で深刻な不漁に陥っている。
稚魚の産地で養殖ウナギの生産量も全国3位を誇る宮崎県では、2月末時点の採捕量が、過去最低だった2019年漁期の47%にとどまる。少ない資源をかすめ取る密漁も後を絶たず、漁業者らは来季以降適用される厳罰化に期待をかけるが、摘発自体が難しく、その効果は未知数だ。(波多江航、浜崎大弥)
■最低ペース
2月上旬の夜、宮崎県高鍋町の小丸川で、小丸川漁協の組合員らが川面をライトで照らしていた。前田和則組合長(71)は仕掛けた網をのぞき込み、「2時間粘ってまだ数匹だけ」とため息交じりにつぶやいた。
県によると、昨年12月11日の漁解禁から今年2月末までの採捕量はわずか26キロ。県内(73キロ)、国内合計(3・7トン)ともに過去最低だった19年漁期(18年11月~19年5月)でも、2月末時点で55キロあった。県内水面漁協連合会の江上敬司郎会長は「時期が遅れているだけだとも思ったが、過去に経験のない不漁だ」と苦渋をにじませる。
全国の他の産地も、同様に深刻な不漁となっている。19年漁期と比較して、静岡県では2月20日時点で66%、高知県では1月末時点で約37%と低迷する。
国内に出回る成魚ウナギの大半は養殖だ。不漁の見通しとの情報が出回り、昨年末から割高な外国産の稚魚の輸入が急増しているという。宮崎県内の養殖業者は「(資源高で)餌や養殖池の燃油代もかさんでおり、厳しい状況」として、成魚の値上がりを懸念する。
不漁の原因について、近畿大の渡辺俊・准教授(魚類生態学)は「サケのように特定の河川と海を往復する魚ではなく、ある地域の増減の原因を特定するのは難しい」と話す。一方、国内の稚魚採捕量は40年前の3分の1で、東アジア各国でも減少傾向にあり、「河川や海洋の環境悪化の影響もあるとみられ、全体数が減っている。資源管理の徹底が必要だ」と訴える。
■罰金300倍
その資源管理を困難にしているのが密漁だ。水産庁によると、22年漁期は24都府県から計約5・5トンの採捕報告があったが、国内の養殖池へ入れられた「池入れ量」は約16・2トン。輸入分約5・8トンを除く約4・9トンは「出所不明」だった。同庁は各知事の採捕許可のない密漁や、自治体が定めた出荷先以外に高値で販売した未報告分とみる。
「川を遡上(そじょう)する前に密漁者が海側で根こそぎ捕ってしまう。不漁だというのに……」。ウナギの放流など資源保護にも取り組んでいる漁協関係者は憤る。価格が高騰したシラスウナギは「白いダイヤ」と呼ばれ、各地で密漁が横行。宮崎県内では、過去に流通ルートを持つ暴力団が関与していたケースもあった。
漁業者が待ち望むのが密漁に対する厳罰化だ。漁業法改正で罰則対象にシラスウナギが加わり、来季の12月から法定刑の上限が「懲役3年または罰金3000万円」となる。都道府県ごとの漁業調整規則で定める現行の罰則は「懲役6月または罰金10万円」。罰金は300倍に跳ね上がり、抑止効果に期待がかかる。
だが、現場を押さえるのは容易ではない。
2月上旬の深夜、小丸川の河口にヘッドライトを着けて腰まで水に浸かり、たも網を手繰る男たちがいた。漁が禁止されている砂州の海側。組合員に着用が義務付けられた蛍光色のベストは着けていない。ただ、稚魚は半透明でつまようじほどの大きさしかなく、闇夜の中、何を捕っているのかは判然としなかった。
見張りを置くなど犯行は組織的で、県警のベテラン捜査関係者は「暗くて写真や動画の撮影は難しい。現行犯で押さえようとしても、水中に逃がして証拠を隠滅されてしまう」と明かす。
県や県警はパトロールを強化し、1月には県警が同川で密漁者1人を検挙した。小丸川漁協も対策徹底を求め、通報に素早く対応できるよう取り締まり専用の船を提供するなどして協力している。前田組合長は「取り締まってくれているが、いたちごっこが続いている。厳罰化が抑止力になることを願いたい」と話す。
◆ニホンウナギ=マリアナ諸島西側の海域で生まれ、海流に乗って東アジア沿岸にたどり着く。沿岸や河川で5年~十数年かけて成長した後、同海域へ戻る。卵から人工孵化(ふか)させる「完全養殖」はまだ研究段階で、実用化には至っていない。国際自然保護連合(IUCN)が2014年、絶滅危惧種に指定した。