ルフィを名乗る人物らによる指示で首都圏を中心に全国各地で発生した広域連続強盗事件は、フィリピンから移送された指示役とされる渡辺優樹容疑者(38)らが特殊詐欺事件に関係する窃盗容疑で逮捕され、警視庁による取り調べが本格化している。この事件では、渡辺容疑者らがフィリピンから国内の実行犯グループに対して匿名性の高い通信アプリ「テレグラム」が使われていたことがニュースとして大きくクローズアップされた。
テレグラムは通信内容が暗号化されるほか設定によってメッセージが自動的に消去されるため、犯罪などで悪用されるケースが多い。こうした特徴があるため、首都圏で活動している指定暴力団幹部は、「警察による通信傍受対策のため、組織内の連絡には必ずテレグラムを利用している」と証言している。
テレグラムはスマートフォン(スマホ)にアプリをダウンロードすることで簡単に利用を始められる。利用者同士のお互いの通信内容が暗号化されるほか、「1日」「5時間」などと消去時間を設定することでメッセージが自動的に削除されることが可能となっている。このため、振り込め詐欺などの特殊詐欺グループや覚醒剤などの違法薬物の売買など行っている犯罪組織で使われることが多く、捜査の障壁となっている。
今回の事件でも、フィリピン当局が押さえた渡辺容疑者らが利用していたスマホやタブレット端末など15台が警視庁に提供されており、通信内容の復元が捜査のカギとなっている。ルフィグループは渡辺容疑者がリーダー格で、同様に警視庁に逮捕された藤田聖也容疑者(38)が現金受け取り役の受け子のリクルーター、小島智信容疑者(45)が現金回収などと次第に役割分担が判明してきた。だが、SNSなどで闇バイトに応募した強盗の実行犯に対して、「タタキ(強盗の隠語)をやれ」などの渡辺容疑者らからテレグラムを利用しての指示の解明のハードルは高い。
警察当局の捜査幹部は「消去されたパソコンのデータやスマホの通信履歴などは、デジタル・フォレンジック(電子鑑識)という技術で通信内容を復元し、これまでさまざまな事件捜査に役立ててきたが、テレグラムの場合は非常に難しい」と話す。
ただ、テレグラムのメッセージは未読の状態にしておくとそのまま履歴や痕跡が残る仕組みになっている。前出の捜査幹部は、「全国各地で発生してきた強盗事件で、これまで数十人に上るかなりな人数の実行犯を逮捕している。スマホの指示内容を既読にする前に実行犯を逮捕した場合には押さえたスマホにメッセージが残っている。(渡辺容疑者ら)犯行の指示役のうち誰が『ルフィ』なのか解明するのは非常に困難だが、残されたメッセージをたどり地道に犯行グループの指揮系統を捜査していくことになる」と今後の捜査について述べた。
こうしたテレグラムの特性に着目し、首都圏で活動している指定暴力団幹部は、「警察が特定の人物の通信について携帯電話会社に協力を求めれば、それを拒否する会社はないはず。こちらが気付かないうちに通信傍受をしているかもしれない。だから日常的に組織内の連絡にはテレグラムを利用している」と打ち明けたうえで次のように説明を加えた。
「特殊詐欺やシャブ(覚醒剤)の密売などを行っている者たちが、かなり以前からテレグラムを使っていたことは良く知られていた。ヤクザだからといって密売グループなどのように、自分たちも日常的に、毎日のように違法なことを行っている訳ではないが、警察への対策でテレグラムを使っている。通常の音声通話やメール、LINEなどを使っていれば、やろうと思えば警察はすべての通信内容を把握することができるはずだ。だから重要なシノギ(資金獲得活動)の話では当然だし、その他の日常的な連絡事項でもテレグラムを使う。もちろん文字のメッセージは時間設定して自動的に消去している」
別の指定暴力団の幹部は「警察への対策は携帯電話での通話やメールに気を付けるだけではない」と強調する。
「そもそも事務所や自宅のガサ(家宅捜索)だとかで警察の目に留まるようなものは残さない。だから事務所内にはなるべく文書のようなものは置いておくなと若い衆に言っている。そのほかに、ガサで押収されないように普段からメモや日記の類は取らないし、残さないようにしている。手帳も持たない。組織の若い衆にもメモを取るなと指導している。余計なものを残して詮索されるのは得策ではない」
テレグラムの利用、メモ厳禁などで警戒を怠らない暴力団と警察当局との駆け引きは続く。
取材・文:尾島正洋ノンフィクションライター。産経新聞社で警察庁記者クラブ、警視庁キャップ、神奈川県警キャップ、司法記者クラブ、国税庁記者クラブなどを担当し、フリーに。近著に『山口組分裂の真相』(文藝春秋)